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February 4, 2018

ラ・フォル・ジュルネ2018、ナントその3

ラ・フォル・ジュルネ・ナント、Arteのブース
●ナントのラ・フォル・ジュルネ、会場の真ん中の目立つ場所に設置されているarteのブース。日本からネット配信でお世話になっている方も多いはず。さて、ナント3日目。書いておかないと光速でなんでも忘れまくるので、即日メモする。
●まず朝イチはルネ・マルタン一押しのヴァイオリニスト、アレーナ・バエヴァ。今回のテーマ「新たな世界へ」(亡命/エグザイル)にふさわしい作曲家のひとり、コルンゴルトのヴァイオリン・ソナタを演奏してくれた。バエヴァは別の公演でコルンゴルトのヴァイオリン協奏曲も弾いていた。協奏曲のほうは近年ヴァイオリニストたちが盛んに取り上げるようになったのに対し、ソナタを弾く人はあまりいないと思う。なにしろ大曲で、45分ほどかかった。4楽章制の交響曲のような楽曲構成で、第2楽章がスケルツォ、第3楽章がアダージョ。作品番号は6。響きは後期ロマン派スタイル。バエヴァは技術が高くて、しかも思い切りのいいダイナミックな表現ができる人。遠からず人気アーティストになる予感。ピアノはヴァディム・ホロデンコ。
●コルンゴルトのヴァイオリン・ソナタだけで十分のはずだったが、プログラムにはさらにブロッホの「バール・シェム」組曲の3曲が残っていた。どうやら演奏中に時間がなくなってきたようで、係のおばちゃんがあわやあと一曲残して止めに入りそうになってハラハラ。事なきを得たけど、この音楽祭ではいろんなことがありうる。過去にこの音楽祭で、アンコールを弾き出したピアニストを係員が制止して大ブーイングをもらったことがあったことを思い出した。
●続いて、コンチェルト・ケルンへ。エグザイルな作曲家として彼らが選んだのはイタリア・バロック期の作曲家ダッラーバコ。バイエルン選帝侯の音楽家としてミュンヘン、ブリュッセル、フランスで活動した人なんだとか。その協奏曲集作品2、5、6から5曲を選んで演奏。生き生きとしたヴィヴァルディ風の協奏曲だが、多彩でまったく飽きさせない。コンチェルト・ケルンは切れ味鋭く爽快。客席は大喝采。
●まったく未知の団体との出会いもこの音楽祭の楽しみ。なんの予備知識もなく足を運んだのが、エマニュエル・バルドン指揮カンティクム・ノヴム。民族楽器にヴォーカルが加わったアンサンブル。ぱっと聴くとトルコ風?と思うが、「アララト」と題されたプログラムで、資料によれば「オスマン・トルコによるアルメニア人大虐殺から100年にあたる2015年のプログラム」。アフガニスタン、トルコ、ペルシャ、アラブ、アルメニア、キプロスなどで13世紀から17世紀までに発展した音楽文化を探求しているのだそう。
●せっかくフランスまで来たんだから、フランス・バロックも聴きたい。そこでヒューゴー・レーヌ率いるラ・シンフォニー・ドゥ・マレへ。エロディ・フォナールのソプラノとともに、リュリをとりあげるプログラム。なんだけど、行ってみたら、ただリュリの曲を演奏するんじゃなくて、ヒューゴー・レーヌががんがんとフランス語で語りつつ演奏する。で、それがどうやらワタシのカンでは、おっさんくさいギャグっぽくて(想像)、客席はどっと笑っている。く、くやしい……ワタシは笑えない。笑いのテイストとしてはドリフくらいのノリだと思うんだが、小芝居とか入れながら音楽が進む。「町人貴族」の「トルコ人の儀式のための行進曲」の最後で、ヒューゴー・レーヌがリコーダーでうねうねとくどい即興的なパッセージをさしはさんで、そこからドヴォルザークの「新世界より」第4楽章の一節につなげて笑いを取っていた。これなら笑える、ワタシも。愉快なオッサンになっていたヒューゴー・レーヌ。
●東京だったら絶対こんなに聴けないんだけど、ウチからナントまで24時間以上もかけてせっかく移動してきたんだから、さらに聴く。昨日に続いてクレーメルとクレメラータ・バルティカ。一曲目は昨日と同じカンチェリで、2曲目はクレメラータ・バルティカによるベートーヴェン~マーラー編の「セリオーソ」弦楽合奏版。この音楽祭でマーラーを取りあげるとなれば、こんな形になる。気迫のこもった名演。カンチェリの後で聴くと、ガラッと世界が一変したような効果があるわけだが、さらにこのベートーヴェン~マーラーの後に、カンチェリの「エクシール」から「詩篇23」。痛切かつ内省的な音楽。「セリオーソ」の両側にカンチェリを置いた構成が効果抜群。
●最後にもうひとつ。東京のラ・フォル・ジュルネでウクライナ生まれの作曲家ヴィクトロワという人の曲が何回か演奏されていたと思う。そのヴィクトロワの新作オラトリオ「エクソダス」が演奏された。ドミトリー・リス指揮ウラル・フィルとエカテリンブルグ・フィルハーモニー合唱団というエカテリンブルク勢が演奏。ナレーターがふたり。今回の音楽祭のテーマに応じて題材が出エジプト記。これがもうスペクタクル大作といった感じの音楽。作風としては難解でもなければ新しくもなく、かなり「春の祭典」風味の原始主義を漂わせつつ、細かな特殊奏法なども繰り出してくるのだが(カウベルをナレーターからヴァイオリン奏者に手渡していくリレーがおかしかった)、やたらと山場が続く音楽。山の次に谷じゃなくてまた山が来る。そんな息切れしそうな音楽を、リスが煽りに煽って最後は力技の大音響で聴衆をねじ伏せたといった感。この曲の前に、ラフマニノフの交響詩「死の島」(これまたプログラムが変更になっていた)も演奏されていたのだが、ラフマニノフの記憶がきれいさっぱり吹き飛んだ。
●体力と精神力が無尽蔵にあったら夜遅くの時間帯にゲニューシャスがヒンデミットの「ルードゥス・トナリス」を弾くのを聴きたかったのだが、不可能なのであきらめた。東京で聴くチャンスはないのだろうか。

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