February 13, 2019

アシモフの「鋼鉄都市」

asimov_caves_of_steel.jpg●うんと昔に紙の本で読んだ本を、つい電子書籍で買い直してしまうというケースがある。Kindleでセールになっていたので、アイザック・アシモフの古典的SFミステリ「鋼鉄都市」(福島正実訳/早川書房)を購入して、「どんな話だっけ?」と思って最初の1ページを読み始めたらもう止まらない。最後まで読んで、ミステリとしての核心の部分も忘れていたことに気づく。まあ、30年以上も前に読んだきりなので、忘れていてもしょうがないし、どこかにあるはずの紙の本も再読できる状態ではないはず。
●で、再読してこれはまぎれもなく傑作だと思うと同時に、古き良き時代のSF小説を読んで感じる居心地の悪さからも逃れられない。なにしろ、アシモフほどの知性をもってしても予測できなかったのが、インターネット、そしてネットワーク化された社会におけるモバイルコンピューティング。恒星間宇宙船が実現するほど高度なテクノロジーが発達しているのに、だれもネットワークにつながっていない。「鋼鉄都市」で描かれる未来の地球では、人口増加問題に対処すべく、人々は「シティ」と呼ばれる千万人規模の超巨大集合住宅で配給制度のもとで暮らし、だれもが野外に出るという習慣を失って久しい。人口密度が極限まで高く、効率化のために食事をするときはみんな食堂に集まって食べる。人口爆発が社会問題として描かれているのも時代を感じさせる。ただ、それでも慧眼だなと思うのは、各個人の住居でライブラリを持つのではなく、集団向けの大規模ライブラリをみんなで共有するという設定になっているところ。

おのおのの家に持つ貧弱なフィルム図書のコレクションと、厖大な規模の総合ライブラリのコレクションとを比較してみるがいい。一軒一軒独立したヴィデオ設備と、現在の集団のヴィデオシステムとの経済的技術的な差違を。

ここで述べられるライブラリは物理ライブラリだと思うが、もしインターネットが予測できていれば、これはNetflixとかKindleみたいなものに近かったはず。SpotifyとかApple Musicとかも含めて。
●逆に当時の予測に現実がまったく追いついていないのは、宇宙開発とロボット工学。人類は別の惑星への植民どころか、久しく月にも立っていない。ロボット工学の3原則も生み出されそうにない。AIによる車の自動運転はまもなく実現しそうだが、ヒト型ロボットが運転席に座って車を運転するという形では決して実現しそうにない。取材音源の自動文字起こしもまもなく実現しそうだが、ヒト型ロボットがイヤホンで録音を聴きながらキーボードをカタカタ打つという形では決して実現しそうにない。くくく。
●でも、外形としてはいろいろ古びていても、ロボットや宇宙移民に対する憎悪や差別感情の描かれ方は今の排外主義にも通じている。記憶にあったよりずっとユダヤ色の強い小説で(初読のときはわからなかった)、主人公の刑事とコンビを組むロボットのダニールは、旧約聖書のダニエルに由来するようだ。ウォルトン作曲の「ベルシャザールの饗宴」なんかにも出てくる場面で、饗宴中に突然人の手の指が現れて壁に「メネ、メネ、テケル、ウパルシン」と書いたので、王がバビロン中の知者たちを集めるがだれも読めなかったところ、ユダの捕虜ダニエルひとりがこれを読み解いて、国の終焉を警告したという話があった。ダニエルは謎解き役の相棒にふさわしいということなのか。

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