March 1, 2019

リムスキー=コルサコフの「シェエラザード」と「千一夜物語」

●かねてより抱いていた疑問に、リムスキー=コルサコフが「シェエラザード」の各楽章で題材としたストーリーは「千一夜物語」のどの物語なのか、というものがある。第1楽章の「海とシンドバッドの船」はあきらかに「シンドバッドの冒険」由来だろうとして、後はどうなのか。
●第2楽章は「カレンダー王子の物語」。固有名詞のように思われがちだが、カレンダー(カランダール)とは人の名前ではなく、家族や財産を捨てた托鉢僧のこと。「千一夜物語」には托鉢僧になった王子の話がいくつかある。ひとつ有力候補になりそうなのが、「荷かつぎ人足と乙女たちとの物語」(マルドリュス版第9夜~第18夜)に出てくる「第三の托鉢僧の話」かもしれない。というのは、この話にはカランダールの回想として、漂流してたどり着いた島で、頂上の銅の騎士を弓で射って救われるという話が出てくる。この話は第4楽章は「バグダッドの祭り。海。船は青銅の騎士のある岩で難破。終曲」の「船は青銅の騎士のある岩で難破」の物語のことだろうから、つながりがある。まあ、だからといって確実ともいえないんだけど。第3楽章に至っては「若い王子と王女」だから、いくつも該当する話がありそうで、探す気にもなれない。
●で、そもそもリムスキー=コルサコフが読んだ「千一夜物語」はどの版なのか、という問題がある。「シェエラザード」の初演は1888年。もちろん、リムスキー=コルサコフはアラビア語ではなく、フランス語とかロシア語の翻訳で読んだに違いない(最初にヨーロッパに「千一夜物語」が紹介されたのはフランス語翻訳)。「千一夜物語」の主要翻訳版にはガラン版、レイン版、ペイン版、バートン版、マルドリュス版とあって、今ワタシらが容易に読めるのはバートン版かマルドリュス版。で、そのあたりの事情がなにかわかるかなと思って、「アラビアンナイト 文明のはざまに生まれた物語」(西尾哲夫著)を拾い読みしてみたところ、マルドリュス版は「シェエラザード」作曲より後だし、バートン版はほぼ同時期だが英語出版なので可能性は薄そう。ペイン版はその少し前だけどやはり英語なので、ロシアにいて容易にアクセスできたとも思えない。一方、最初に欧州に大ブームを起こしたガラン版は早くも1704年からフランス語で刊行されて、その後、すさまじい勢いで欧州各言語に翻訳されている。1763年にはロシア語翻訳も出ていたとあるので、リムスキー=コルサコフの時代にはすでにガラン版はロシア語翻訳で古典扱いだったとして不思議はない。だったら、素直にガラン版を読んだってことでいいんじゃないの。そんな気もするのだが、同書によればガラン版が大ヒットしたため、多数の偽写本が次々と出現したそうで、なかには中東出身者がアラビア語の知識を悪用してありもしない偽写本を作り上げるなど相当にカオスな状況にあったらしく、当時のロシアの状況となるとなんともいえない。

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