amazon
February 18, 2020

「息吹」(テッド・チャン著/早川書房)

テッド・チャンの「息吹」(大森望訳/早川書房)を読む。これはもう信じられないほど完成度の高い短篇集。一作一作が練り上げられた傑作で、読み進めるのがもったいないほど。SFとしてのアイディアのおもしろさと、人間の生き方についての鋭い洞察力があって震える。オバマ前大統領が「大きな問いに向き合い考えさせ、そして人間を感じさせる短篇集」と絶賛するのも納得。
●大雑把に言っていくつかに共通するテーマは「過去と現在/未来」。過去をもし変えられるなら、あるいは知ることができるなら、記憶を正すことができるなら……。冒頭の「商人と錬金術師の門」は千一夜物語の枠組みを借りたタイムトラベルもの。枠物語の再帰性と時間旅行を結びつけるとは、なんて洗練されたアイディアなんだろう。「偽りのない事実、偽りのない気持ち」では、人生のあらゆる瞬間を映像で記録できるようになった(そう突飛な設定ではない)ときの親子関係が描かれる。記憶のあいまいさが失われた時代というか。クリストファー・ノーラン監督の映画を少し連想させる。「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」はAIを育てるという話で、形のないソフトウェアを対象とした疑似的な子育てはどこに行く着くか、という話でもある。どれも扱っているテーマは重いはずなんだけど、読後感がいいのが特徴。ドキッとさせられるのに、イヤな感じがしない。