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January 19, 2021

「LIFESPAN(ライフスパン) 老いなき世界」(デビッド・A・シンクレア著/東洋経済新報社)

●最近読んだノンフィクションでもっとも刺激的だったのが「LIFESPAN 老いなき世界」(デビッド・A・シンクレア著/東洋経済新報社)。現実的なテーマとして「不老」を扱っている。著者はハーバード大学医学大学院の遺伝学の教授で、老化研究の第一人者。人間、年を取ればだれもが病気にかかりやすくなるという常識があるが、著者に言わせればそれ以前に老化そのものが病気であって、人間は老化を克服できるという。老化という病を克服すれば人間はもっと長生きできるはずであり、しかも晩年を闘病で過ごすのではなく健康寿命を延ばせると主張しているのだ。もちろん、そこには裏付けとなる研究があって、酵母や動物を対象とした実験で判明した、老化を克服する手段がいくつか挙げられている。たとえば、摂取カロリーの制限。長年老化の研究に取り組み、何千本の論文を読んできた著者は、まちがいなく確実な方法として「食事の量や回数を減らせ」という。特に効果的な方法として間欠的断食が紹介されている。ほかに長寿遺伝子を働かせる手段として、適度な強度による運動や、寒さに耐えることなども挙げられている。
●このあたりは直感的にも納得しやすい話だと思う。「腹八分目」とか「適度な運動」は伝統的な健康法でもあり、それを先端研究が裏付けたとも解せる。ときには空腹や寒さに耐えたほうが、人は若さを保てるというのも、まあ、そんなものかなと思える。しかし、著者のラディカルなところはその先にある。空腹に耐えるのは大変だし、やっぱり快適じゃない。だから、薬やサプリを使おうよ、という話になるのだ。著者は「人間を対象にした臨床試験は現在進行中だが、厳密で長期的な臨床試験がなされた老化の治療法や療法はひとつも存在しない」と断ったうえで(このあたりが少しずるい感じなのだが)、自分自身や家族はこれこれの薬とサプリを毎日この分量で摂取していると具体的に述べる。おかげで老親は年齢のわりにとても活動的だといったことまで書く。このあたりから、著者が急に有能なセールスマンに見えてくる。世界的権威が実践していると知ったら、みんなその薬とサプリを飲みたくなるだろう。もしそれが人間でも有効だと明らかになったら、どれほど巨大な経済的インパクトがあることか。つい好奇心でそのサプリを通販サイトで検索してみたら、とんでもない価格で販売されているのを目にしてしまった……。
●と、後味はあまりよくなかったのだが、だからといって著者の研究を疑わしく思う理由はひとつもない。食事の量を減らしたくなることはたしか。受け止め方の難しい一冊、かな。