May 7, 2021

「恋するアダム」(イアン・マキューアン著/村松潔訳/新潮社)

●イアン・マキューアンの新作「恋するアダム」(新潮社)読了。先日紹介したカズオ・イシグロの「クララとお日さま」と同じく、AIが主要登場人物のひとりに設定されている。現代のイギリスを代表する作家がともにAIを巡る物語を描くという偶然。いや、偶然じゃないのかな。今、とりあげるべきテーマという意味で必然なのかも。
●「恋するアダム」の舞台は、現実と少し違った運命をたどるパラレルワールドのイギリス。フォークランド紛争でイギリスは敗れ、人工知能の父アラン・チューリングが悲劇的な死を迎えず(当人がこの小説に登場する)、テキサスで襲撃されたケネディが一命をとりとめ、再結成されたビートルズが新譜を発表している1980年代。主人公は30過ぎの冴えない独身男で、転がり込んできた遺産を使って、最先端のAIが組み込まれたアンドロイドのアダムを購入する。アダムはほとんど人間と区別がつかないほど精巧に作られており、極めて高度な学習能力を持つ。そんなアダムが主人公とガールフレンドの間に奇妙な三角関係をもたらす……。今作でもジャンル小説の枠組みを借りていて、SF仕立てでもありミステリー仕立てでもある。
●筋立ても雰囲気もぜんぜん違うが、やはりカズオ・イシグロの「クララとお日さま」と似通ったところがある。人間性とはなにかという根源的なテーマにまっすぐ向き合いながらも、「AI怖い、人間万歳」みたいな生ぬるい人間賛歌にならないところも同じ。そして、どちらもメインテーマは「愛」。ただ、「恋するアダム」はそれに「正義」が加わる。AIという新しい題材から、「愛と正義」というもっとも古典的なテーマに迫っている。意地悪さやユーモアはカズオ・イシグロとも共通する要素だが、マキューアンの場合はさらに辛辣で悪趣味。そこが魅力。そして「まちがってそうな道を自信満々で歩むダメ男」を書かせたら、この人の右に出る人を知らない。あと、マキューアンは科学やテクノロジーの世界に対しても視野の広さを持っているなと感じる。旧作で連想したのは「ソーラー」。
●饒舌さはマキューアンの持ち味のひとつだけど、それゆえに前半は少し読み進めるのに苦労した。その寄り道のおしゃべりは楽しいんだけど、似た話を以前にも聞いたことがあるような……。おまけに先に読んだ「クララとお日さま」があまりに完成度が高く、無駄のない物語だったこともあって、なおさら。しかし、中盤以降に話が進みだすと、これが想像していたよりもずっと骨太の物語であることがわかってきて、最後は疑いようのない傑作を読んだという充足感を味わえた。
●中身は文句なしだけど、唯一の難点は文字組。文字が小さく、フォントも細くて、老眼には読みづらい。この点は「クララとお日さま」の圧勝。書棚に並べたくて紙の本を買ってしまったが、Kindle版にすべきだったか。

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