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July 6, 2021

「台北プライベートアイ」(紀蔚然著/舩山むつみ訳/文藝春秋)

●評判の新刊、「台北プライベートアイ」(紀蔚然著/舩山むつみ訳/文藝春秋)を読む。台湾の探偵小説。なるほど、これはおもしろい。主人公は劇作家と大学教授を辞め、思い立って台北の路地裏で私立探偵を開業したという人物。妻に逃げられ、心の病も抱え、劇作家時代の仲間たちを酔っ払って罵倒してしまって社会的に居場所もない。偏屈な崖っぷちのオッサンが主人公なのだが、ところどころに出てくる主人公の台湾観や芸術論が興味深く、話の展開も新鮮で、ぐいぐいと読ませる。もしかするとミステリーとしてのおもしろさ以上に、主人公の長々とした独白のほうがおもしろかったかも。たとえば、こんな感じ。

台湾はもはや芸術など必要としていない。台湾が求めているのは、『シルク・ドゥ・ソレイユ』であり、『キャッツ』であり、『オペラ座の怪人』だ。そして、はったりだけで第三世界を騙しまくる、くそったれのロバート・ウィルソン(アメリカの演出家・舞台美術家)だ。台湾人が求めるのは、見かけばかりの華麗さであり、安っぽい感動だ。

ロバート・ウィルソンって、そんな認識なんだ。苦笑。日本文化についての言及もたびたび見られ、横溝正史とか宮崎駿の名前も出てくるし、こんな一文もある。すごくない?

アメリカのロマン派の詩人エドガー・アラン・ポーの怪奇的な美学と残酷な情緒が推理小説の始祖である江戸川乱歩によって日本の土壌に移植されると、土壌や水が合わずに枯れてしまうこともなく、ちゃんと花を開いて、新しい品種を生み出している。

●人間関係がやたらと濃密なのは台湾だからなのか。文化圏として近くもあり遠くもあって、不思議な感じ。あと、序盤で起きている事件が話の本筋だと思い込んで読んでいたら、中盤でぜんぜん別の事件があって、そちらが本題でびっくりする。訳文は最高。
●この一文も印象深かった。

政府が明らかに禁止していることなら、みんなは自信をもってやる。おれはつくづく思うのだが、これこそが台湾を人間が住むのに最も適した所にしている最も重要な要素だろう。