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May 11, 2022

「南の音詩人たち アルベニス、セヴラック、モンポウの音楽」(濱田滋郎著/アルテスパブリッシング)

●今年3月、86歳で逝去した濱田滋郎さんが最後に取り組んでいた作曲家論「南の音詩人たち アルベニス、セヴラック、モンポウの音楽」(アルテスパブリッシング)から、アルベニスについての記述を読んでいる。ショーソンとのエピソードがいい。アルベニスはショーソンの「詩曲」を作曲者に代わってブライトコプフに持ち込んだが出版を断られると、ショーソンを失望させないために内緒で出版費用を負担し、しかも疑われないように出版社からだと偽って印税まで渡していたという。なんという友情、なのか。
●アルベニスの「イベリア」についての作品解説もためになる。いくつか自分メモ。第1巻第1曲の「エボカシオン」はほかの曲と違って、土地や舞曲の名前ではなく、スペイン語の「喚起」みたいな一般名詞が題名になっている。ニュアンスとしては「招魂」といった意味で、これからスペインの魂を召喚しますよ、といった幕開けの音楽ということになる。自筆譜には「前奏曲」と題されていたそうなので、それを知れば意味合いは明らか。
●「イベリア」第2巻の第2曲は「アルメリーア」。アルメリアの名はスペイン・サッカーでも小クラブとしてたまに目にすることがあるが、これがアンダルシア地方にあることは知っていても、本書にあるように「しゅろ椰子が高くそびえて、ヨーロッパというよりも、むしろアフリカを想わせる」土地だということまでは知らない。そう聞くと、物憂げな曲調にまた違ったイメージがわいてくるというもの。続く第3曲「トゥリアーナ」がセビージャのジプシー居住地の名前だというのはどこにでも書いてあるが、巻をまたいで次の曲、第3巻の第1曲「エル・アルバイシン」はグラナダのジプシー居住地なのだとか。ギターを思わせる楽想がふんだんに出てくる。「夜ごと催されるジプシーたちの宴の様子」というから、美しき古都グラナダというよりは、もっと猥雑なイメージがふさわしいようだ。
●第4巻の第2曲「ヘレス」は西アンダルシアの街。「全般的にフラットの多い調号が目立つ『イベリア』の中で、この曲のみは調号なしで書かれ、しかも第17小節において初めてソの音にシャープがつくまで、まったく白鍵のみを使っている」。濱田さんは、これについて「アルベニスらしい諧謔を込めた"白壁の町"へのオマージュなのかもしれない」と指摘する。すこぶるおもしろい話。