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August 30, 2022

「魔法」(クリストファー・プリースト著/早川書房)

●夏は名作を読む季節だからという理由で、先日、クリストファー・プリーストの「夢幻諸島から」を読んで空想の旅気分を味わったのだが、もう少しプリーストを読んでみたくなって手にしたのが「魔法」。予備知識なしで読んだほうがいいと思って、なにも知らないまま読みはじめたら、途中からまったく想像外の話になって唖然としてしまった。物語はまず、爆弾テロに巻き込まれて短期的な記憶を喪失した報道カメラマンの視点で描かれる。入院中のカメラマンのもとに、記憶喪失期間中の恋人だったという女性があらわれる。南仏とイギリスを舞台にふたりのラブストーリーがはじまるのだが、この女性には別れようとしても別れられない男がいることがわかってくる。どうやらこの三角関係は一筋縄ではいかないようだ……。
●って、待て待て。これはハヤカワ文庫FT(=ファンタジー)の一冊。リアリズムだけで話が進むわけがない。もう刊行から十分に年月が経っているのであまりネタバレを気にせずに書くけど、途中からある種の魔法のようなSF的な設定が出てきて、その後、巧緻なメタフィクションの仕掛けが施されていることに気づく。終盤、三人称で物語が描写されている途中で、突然一人称の「わたし」が出てくる場面がすごい。一瞬、これは登場人物のひとりが「読者」であるという話なのかと思ったけど、少し読むと「作者」なのだとわかる。ただ、すべてがきれいにまとまって着地するタイプの物語ではなく、最後は煙に巻かれたような感触も残るのだが……。読み終えてから、あちこち読み返して、自分がなにを読んだのか、確かめてしまった。
●昔、日本人作家のミステリで三人称でずっと話が進んでいたのに、ある瞬間にその光景を隠れて覗いていた「わたし」が出てくる話を読んだ記憶があるのだが、あれはだれのなんという本だったか。