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September 22, 2022

「ガルシア=マルケス中短篇傑作選」(ガブリエル・ガルシア=マルケス著/野谷文昭訳/河出文庫)

●ガルシア・マルケスの中短篇10篇を年代順に並べた新訳アンソロジー「ガルシア=マルケス中短篇傑作選」を読む。大半の作品は過去に読んでいるはずだが、せっかく文庫で出たので買ってみた。そもそも何十年も前に読んだ作品が多く、中身はかなり忘れているわけで。最初の一篇が名高い「大佐に手紙は来ない」。この中篇を始め、初期作はどれもリアリズムにもとづき、ラテンアメリカのやるせない現実が描かれている。後味は苦い。それが後の作品になると「巨大な翼をもつひどく年老いた男」や「エレンディラ」のように、魔術的リアリズムや神話的な要素が目立ってくる。「百年の孤独」のガルシア・マルケスは後半にいるわけだが、中短篇に限って言えば前半のほうがより味わい深い。
●「大佐に手紙は来ない」で、なんの手紙を待っているかといえば、退役軍人への恩給の支給開始を知らせる手紙。老いた主人公はかつての革命の闘士。今は妻とともに体の不調を耐えながら極貧の暮らしを送っている。家にある売れるものはすっかり売ってしまい、残るは亡き息子が残した軍鶏のみ。軍鶏の餌にもらったトウモロコシを粥にして食べるほどの窮状だが、大佐は必ず恩給がもらえるはずと信じて、毎週金曜日になると郵便局に手紙を受け取りに行く。もちろん、大佐に手紙は来ない。大佐は一本筋を通した生き方をしてきたにちがいない。そして、とうに世の中から忘れ去れているのだ。
●とても短い話だけど「ついにその日が」も忘れがたい。歯医者小説の傑作。ある日、横柄な町長が親知らずを抜いてくれと訪ねてくる。よほどの痛みに耐えかねた様子。だが、この町長はかつて歯科医の同志20人の命を奪った仇敵。歯科医は「化膿しているから」といって麻酔をせずに歯を抜く。淡々とした筆致がよい。
●一本だけ選ぶなら「この町に泥棒はいない」。無謀でマッチョな若者が出来心から町のビリヤード場に盗みに入る。しかし金目のものはなく、ボール3個だけを盗む。犯人としてよそ者の黒人が捕まる。だって、この町に泥棒はいないから。主人公の転落が描かれているのだが、弱い者は弱さゆえに愚かさから逃れられず、強い者はそれを見逃さない。町に立ち込めるヒリヒリした空気が伝わってくる。