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August 8, 2023

「マイ・ロスト・シティー」(スコット・フィッツジェラルド著/村上春樹訳/中央公論新社)

●少し前にNHK100分de名著「ヘミングウェイ スペシャル」について書いたが、そこで触れられていたフィッツジェラルドの短篇「残り火」が気になって、この短篇が収められている「マイ・ロスト・シティー」(スコット・フィッツジェラルド著/村上春樹訳/中央公論新社)を読んだ。「残り火」にはいろんな点で圧倒されるんだけど(あのビスケットのエピソードがすごい)、自分にとっては少し「手厳しい」タイプの話ではある。この一冊のなかでは「失われた三時間」がいちばん好きになれる。主人公の男は20年ぶりに故郷に立ち寄る。といっても、滞在時間は飛行機の乗り継ぎのための3時間のみ。そこで、思い切って、12歳の頃に会ったきりのかつての憧れの少女の家に電話する。女性はすでに結婚していたが、同じ街に住んでいることがわかり、再会する。気まずい雰囲気になるかと案じていたが、話は弾み、少しいい雰囲気になってくる。だが、かつての思い出をたどっていくと、思わぬ展開が待っていた、というストーリー。こちらにも手厳しさはあるのだが、ユーモアがある。良質の「苦笑い」というか。
●この「失われた三時間」を読んで思い出したのは、ジョー・ヒルの短篇集「ブラック・フォン」に収められた「ボビー・コンロイ、死者の国より帰る」(以前に当欄で紹介した)。これも再会系のストーリーなのだが、男女の再会にゾンビ映画の撮影というシチュエーションを絡ませたところに独自性がある。もしかしてジョー・ヒルはフィッツジェラルドに触発されてこの話を思いついたのかも、と一瞬思ったが、そんなことないか。これもほろ苦いのだけれど、切なさを振り切ってしまうポジティブなエネルギーがあって、幅広い共感を得られる物語になっている。