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May 12, 2025

カーチュン・ウォン指揮日本フィル、スティーヴン・ハフ

スティーヴン・ハフ カーチュン・ウォン 日本フィル
●9日はサントリーホールでカーチュン・ウォン指揮日フィル。前半に芥川也寸志の「エローラ交響曲」、ブリテンのバレエ音楽「パゴダの王子」組曲、後半にブラームスのピアノ協奏曲第1番(スティーヴン・ハフ)という魅力的なプログラム。前半はアジア・プロ、寺院プロ。芥川也寸志「エローラ交響曲」は筆圧強めのサウンドで強烈。作曲者が書き残しているインドのエローラ石窟群からインスピレーションを受けたという「マイナス作曲論」の話は自分にはピンと来ないのだが、今にも東京湾に怪獣が現れそうな大迫力に圧倒される。この曲、いろんな要素が詰まっているとは思うが、いちばん強く感じるのはストラヴィンスキー「春の祭典」チルドレンということかな。その点は、先日の下野&都響の黛敏郎「涅槃交響曲」と共通している。
●ブリテンのバレエ音楽「パゴダの王子」は珍しい作品。カーチュン・ウォンがハレ管弦楽団を指揮した同曲の録音が出ており、Spotifyで耳にしてはいた。全曲だと2時間以上になるが、今回は「コリン・マシューズ、カーチュン・ウォン版」と記された約23分の組曲で。アジア趣味もさることながら、ブリテンにもこんなに舞踊性の高い、バレエ音楽らしいバレエ音楽があったのかというのが発見。
●この曲、「パゴダの王子」という曲名から、ラヴェルの「マ・メール・ロワ」の「パゴダの女王レドロネット」を連想せずにはいられない。もしや同じ物語を題材にしているのかと思い、プログラムノートを読んでみたが、ストーリーはぜんぜん違う。が、部分的に共通する題材がある。ラヴェルの「パゴダの女王レドロネット」が描いているのは、ドーノワ夫人の「緑の蛇」の一場面。この「緑の蛇」(蛇というかドラゴン。翼がある)は童話といっても、かなりとっ散らかった話で、そこそこ長い。双子の姫の片方が邪悪な妖精に呪われて醜い姿になってしまい、人目を避けて孤独に暮らすのだが、緑のドラゴンに出会い、見知らぬ国へ行く。実は緑のドラゴンの正体は王子で、最後は姫と王子の呪いが解けて、ともに美しい姿に戻って結ばれる……というお話。「パゴダの王子」はストーリー展開が違うものの、姉妹の姫という設定や、「火とかげ」(サラマンダー、火竜)の呪いが解けて美しい王子になるといったモチーフなど、骨格の部分で「緑の蛇」と共通点が目立つ。調べればなにかわかりそうではある。
●と、長々と書いたがコンサートとしてのメイン・プログラムはなんといってもハフのブラームス。ピアノ協奏曲第1番は奇跡の名曲だとあらためて実感。冒頭、カーチュンは粘度の高い濃厚な表現。ハフはやさしく入り、次第に白熱する。気迫のソロだが、内省的な第2楽章が白眉。この曲、第1楽章では重厚なオーケストラ相手にピアノが無理ゲー的な格闘を強いられるピアノ付き交響曲だが(録音だと易々と対抗できるけど)、第2楽章、第3楽章と進むとおおむねノーマルな協奏曲になる。ピアノが言いたいことを言う間はオーケストラは静かにし、オーケストラがバリバリと鳴っている間はピアノは脇に回る。なので、この曲は軋轢がやがて協力関係に至るという和解の音楽だと感じる。アンコールはシューマンの幻想小曲集Op12より第3曲「なぜに?」。余韻。

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