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July 22, 2025

ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団のブリテン「戦争レクイエム」

ジョナサン・ノット 東京交響楽団 戦争レクイエム
●19日はミューザ川崎でジョナサン・ノット指揮東京交響楽団。終戦80年の節目の年のブリテン「戦争レクイエム」。イギリス人指揮者であるノットが東響でのラストシーズンにとりあげる作品として、これほどふさわしい作品もない。今年は「戦争レクイエム」イヤーで、来月に兵庫で佐渡裕指揮PACオーケストラが、9月に広島でギャビン・カー指揮広島交響楽団が、この反戦主義者による大作を演奏する。過去を遠くからふりかえるというよりは、今や現在進行形の作品として受け止めざるを得ない。ソプラノはガリーナ・チェプラコワ、テノールはロバート・ルイス、バリトンはマティアス・ウィンクラー。初演時にブリテンは戦争の当事者国である英独ソの独唱者を起用しようと考えたが(これは叶わず、作曲者指揮の録音でようやく実現する)、その意図に添って英独露の独唱陣。合唱は東響コーラス(今回も暗譜)、児童合唱は東京少年少女合唱隊。児童合唱は3階の扉を開けた向こう側から歌っていて姿が見えず、天上から降り注ぐ立体音響といった趣。テノールとバリトンはステージ上、ソプラノは合唱団側の下手上方。字幕付き。この曲はレクイエムといっても典礼文だけを歌うのではなく、第一次世界大戦で戦死したウィルフレッド・オーウェンの英語詩が用いられており、このテキストが作品の核心をなす。なので、字幕は必須。オーウェンの詩はしばしば典礼文に対する異議申し立てのように響く。現実はこうだ、と言わんばかりに。
●ノットは先日、スイス・ロマンドとのコンビで聴いて「もうひとつの顔」を見た気がしたけど、やっぱり東響とのコンビのほうが本家というか本拠というか、みんなが同じ方向に向かって音楽を作っている感じがする。東響コーラスとともに、すごい一体感。総じて感じるのは「恐怖」かな。「レクイエム・エテルナム」冒頭にショスタコーヴィチの交響曲第5番を連想。いちばん戦慄するのは「オッフェルトリウム」。息子を犠牲に捧げようとしたアブラハムを天使が止め、代わりに雄羊が捧げられる……のかと思いきや、ここでは天使の忠告は聞かれず、息子が殺される。老人が若者を戦場に送り出すの図。「リベラ・メ」も怖い。ぜんぜん「リベラ・メ」で済まなくて、「ディエス・イレ」が帰ってくる。戦死した兵士が、己を殺した敵兵と地獄で出会う。静かに美しく終わるが、後味は苦い。