●17日は松本へ。セイジ・オザワ松本フェスティバルでブリテンのオペラ「夏の夜の夢」(まつもと市民芸術館)。演出・装置・衣裳はロラン・ペリー。フランスのリール歌劇場のプロダクションを使用。沖澤のどか指揮サイトウ・キネン・オーケストラ。歌手陣は後述。演出、音楽ともに最高水準で、これだけすべてがそろったオペラに接する機会はめったにないこと。なによりブリテンの独創性と来たら。1幕と2幕を続けて、25分の休憩1回をはさんで3幕を上演する形式。
●第1幕、幕が開いたときは舞台中央にベッドが置かれ、装置らしい装置が見当たらず、この瞬間は「えっ、それってぜんぶは登場人物の夢だったっていうパターン?……」と一瞬だけ心配になったものの(そもそも「夏の夜の夢」なんだから夢にちがいないのだが)、それは杞憂で、舞台上のすべてが美しく、これ以上はないという完璧な演出。鏡と光の使い方が効果的で、「夏の夜の夢」の世界を描くのに一切の不足を感じさせない。上からするすると降りてくるパックが本物のパックだった。この役は歌手ではないのでいろんな演出が可能だと思うけど、フェイス・プレンダーガストという人が演じていて、ダンサーと呼んだらいいのか軽業師というべきなのか、年齢も性別もわからない妖しい人外といった様子で、パックそのもの。このオペラには3層にわたって登場人物たちがいて、オベロンら妖精たちの世界と、ハーミアら恋する人間の若者たちの世界と、コメディを演じる職人たちの世界がある。パックを筆頭に人外の登場人物たちは垂直方向の移動が多く、人間は水平方向に移動する。歌手の演技が練られていて、所作が音楽に合致しているのに感心。まずブリテンの音楽ありきで、その音楽が身体表現に落とし込まれている。オペラの様式的オートマティズムで隙間を埋めない。職人たちの演技がおかしすぎる。歌手としても役者としても第一級。
●ブリテンの音楽が神がかっている。オーケストレーションがふつうではない。管楽器の編成はかなり小さくて、フルート2、オーボエ1、クラリネット2、ファゴット1、ホルン2、トランペット1、トロンボーン1。一方で打楽器は多種多様で、チェンバロ/チェレスタ、ハープ2も加わる。撥弦楽器類が多く、きらきらとした音色でファンタジーの世界へ誘う一方、弦楽器の柔らかい「フニャ〜ン」の妖精感もすごい。昨年のブラームスの重厚な世界とはまるっきり違った、室内楽の延長みたいな小アンサンブルなんだけど、こういう音楽でもやっぱりサイトウ・キネン・オーケストラは並外れている。このオペラ、これで3つめのプロダクションに接することができたけど、音楽がいっそうフレッシュに感じる。
●鏡の使い方が巧みで、終盤に客席に照明を当てて、舞台上の鏡に客席を映す仕掛けがあった。これも秀逸なアイディア。この手法自体は前にもなにかで見た記憶があるような気がするんだけど、なんだったか思い出せない。ともあれ、「夏の夜の夢」にはふさわしい趣向。
●歌手陣も充実。オーベロンにニルス・ヴァンダラー、タイターニアにシドニー・マンカソーラ、シーシアスにディングル・ヤンデル、ヒポリタにクレア・プレスランド、ライサンダーにデイヴィッド・ポルティーヨ、ディミートリアスにサミュエル・デール・ジョンソン、ハーミアにニーナ・ヴァン・エッセン、ヘレナにルイーズ・クメニー、ボトムにデイヴィッド・アイルランド、クインスにバーナビー・レア、フルートにグレン・カニンガム、スナッグにパトリック・グェッティ、スナウトにアレスデア・エリオット、スターヴリングにアレックス・オッターバーン。このオペラ、オーケストラは小編成で済むけど、歌手はたくさん必要。OMF児童合唱団は最高だった。影の主役。
August 19, 2025