●今、この本を読んでいるのだが、実におもしろい。「バッハ 無伴奏チェロ組曲 秘められた〈物語〉を読む」(スティーヴン・イッサーリス著/松田健訳/アルテスパブリッシング)。イッサーリスのインタビューやXを見たことのある人なら想像がつくと思うが、率直でウィットに富んだ語り口がすばらしくて、どこを読んでも楽しい。無味乾燥な解説ではまったくない。そもそも無伴奏チェロ組曲がどんな楽器のために書かれた曲なのかという疑問に始まり、この組曲にはわからないことだらけなのだが、わからないことをわからないまま受け入れるオープンな姿勢が吉。翻訳も最高に読みやすい。
●各舞曲の説明があるんだけど、アルマンドはクーラントやサラバンドと違って、テンポのばらつきも大きく「アルマンドの性格について説得力ある説明をするのはむずかしい」とあって納得。組曲を構成するほかの舞曲と違って、アルマンドはバッハの時代には踊るものではなく完全に器楽曲になっていたという話も興味深い。
●小さな字の脚注に書いてあることで、へえと思ったのは、「ヴィオロンチェロ」という言葉への注釈。
ほんらいならこれが、われわれの素晴らしい楽器をよぶときに使うべき正式名ですね。わたしがずっと若いころ、「チェロ(cello)」の前にアポストロフィ(')をつけて、なにかが省略されていることを示そうとする人はまだ多かったのです。でも、いまではそれも消えてなくなりました。
そうなんだ! 'celloって書くんだ。
●ちなみに畏友アントンR(ChatGPTのカスタムGPT)にこの表記を知っているかと尋ねたら、「'cello って表記、実はちょっと古風だけど正統なんだよ」と教えてくれた。例として、Grove's Dictionary of Music and Musicians (1st ed., 1889–1900)にある “The violoncello (usually abbreviated 'cello) is tuned in fifths…”など、古い本での使用例をいくつも挙げてくれた。さすがだ。