amazon

Books: 2022年2月アーカイブ

February 24, 2022

プーシキンの「モーツァルトとサリエリ」

●先日、ムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」の原作を読もうと思い「プーシキン全集〈3〉民話詩・劇詩」(北垣信行 栗原成郎 訳/河出書房新社)を手にしたと書いたが(プーシキンの原作とムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」)、この本には悪名高いモーツァルト毒殺説に加担した戯曲「モーツァルトとサリエリ」も含まれている。一場面のみの短い作品なのでさらっと読める。サリエリ視点で書かれており、楽天的なモーツァルトと親しく会話をした末に、モーツァルトの杯に毒を盛る。才能について思いを巡らすサリエリ。これを読むと、なるほど、映画にもなったピーター・シェーファーの戯曲「アマデウス」は、プーシキンが着想元なのだと腑に落ちる。ミロス・フォアマン監督の映画「アマデウス」で描かれるサリエリとモーツァルトの巧みな人物造形は、そのままプーシキンの戯曲にまで遡れる。
●それにしてもプーシキンが「モーツァルトとサリエリ」を書いたのは1830年なのだから、サリエリが世を去ってからわずか5年しか経っていない。当時、噂になっていた毒殺説というホットな話題に飛びついたといったところだろうか。プーシキンは「ボリス・ゴドゥノフ」でも、ボリスが幼い皇位継承者ドミトリーを暗殺したという説に立脚しているので、陰謀説成分多め。
●このプーシキンの戯曲を後にオペラ化したのがリムスキー=コルサコフ。1898年初演。原作が短いのでオペラも一幕もので、ワタシは一度も観たことがない。短いのでダブルビルでなにかと組み合わせて上演することも可能だし、実際に上演されてもいるのだろうが、なにしろサリエリとモーツァルトの男ふたりで会話しているばかりなので、曲として楽しめるかというと微妙な気がする。モーツァルトが自作のレクイエムをピアノで弾く場面があって目立つのだが(原作でもある)、そこが聴きどころというのもおかしな話だし。録音では容易に聴ける(ChandosのCD。ジャケがなんとも)。


February 4, 2022

新装版「クラシックBOOK この一冊で読んで聴いて10倍楽しめる!」発売

●拙著「クラシックBOOK この一冊で読んで聴いて10倍楽しめる!」(三笠書房)が新装版で発売されたのでお知らせを。2007年に文庫で発売されたワタシの書籍第一作が、新たに単行本として生まれ変わった。この入門書はとてもよく売れたのだが、さすがに時が経ち、何年か前から品切状態になっていた。復刊にあたっては、一部内容の古くなった章を削り、代わりに二作目の「クラシックの王様 ベスト100曲」から一部を加え、あとは冬季五輪を見すえてフィギュアスケート関連の名曲についてほんの少しだけ新規に原稿を書き足した。また、文庫版では付録としてシングルCDがついていたが、これが通常サイズのCDになり、収録時間も増えた。最初に文庫本で出て、その後単行本で出し直すというのは普通の本と順序が逆で珍しいパターン。デビュー作がもう一度日の目を見ることになってありがたい。
●で、出し直すにあたって、改めて校正するチャンスがあったのだが、これにはびっくり。すっかり内容を忘れていたのと、文体が今と違いすぎて、とても自分が書いた原稿だとは思えない。なにせ15年経ってる。文体というか、書き手の「キャラ設定」が違っていて、やや恥ずかしい。でも下手に直そうとするとつぎはぎだらけのおかしなことになってしまうので、最小限の改稿に留めた。一度世に出たものだし、数年前まではまだ流通していたわけだから、取り繕わないほうがいいかな、と。売れますように。

February 1, 2022

プーシキンの原作とムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」

●先日、METライブビューイングでムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」初稿を観て以来、これってプーシキンの原作はどうなっているのかな、というのが気になっていた。現在入手容易な日本語訳が見当たらなかったので、図書館頼みで「プーシキン全集〈3〉民話詩・劇詩」(北垣信行 栗原成郎 訳/河出書房新社)収載の「ボリス・ゴドゥノフ」を読んでみた。ムソルグスキーはこれをもとに自らオペラの台本を書いたわけだが、なるほど、おもしろい。ただし、背景となるロシアの歴史に自分は疎いため、先にプーシキンを読んでもまったく楽しめなかったと思う。すでにムソルグスキーのオペラを観ているから、楽しめる。文中にボリスが登場するたびに、頭の中にはルネ・パーペの顔が浮かぶし、シュイスキーが出てくればマクシム・パステルが浮かぶ。なんというか、大河ドラマを観た後で原作を読んでるような感じ?
●ムソルグスキーのオペラはプーシキンの原作に対してかなり忠実で、この原作がオペラの理解を助ける部分も大いにある。プーシキンはボリスが幼い皇位継承者ドミトリーを暗殺したという立場に立っているが、史実としては謎のまま。ボリスが狡猾な権力者であったのと同時に、ドミトリーを僭称した破戒僧も恐ろしく知恵が回る人物だったとも感じる。読んでいてなるほどと思ったのは、「ユーリイの日」についての注釈と解説。この時代のロシアでは年に一度、「ユーリイの日」の前後一週間は農民が別の地主のもとに移動する権利を持っていた。ところがこれをボリスは廃止してしまう。ボリスとしては中小の地主たちの便宜を図ったんである。つまり、移動の自由があると裕福な地主に農奴を奪われてしまうから、それを止めさせようとしたわけだ。大企業の好き放題にさせず、中小企業を守る。今風にいえばそんな感じかもしれないが、農民たちはたまったものではない。どんなブラック地主からも逃げられなくなったわけで、これは完全に奴隷状態に置かれることを意味する。
●偽ドミトリーが皇帝になれたのには、たまたまそのタイミングでボリスが急死したからでもあるだろうが、それも反ボリス勢力を巧みに取り込んでこそ。ポーランドで偽ドミトリーは全ロシアをローマ・カトリックの支配下に置くことを約束して、国王や貴族、イエズス会司祭の後押しを得たという。偽ドミトリーは戴冠後、「ユーリイの日」を復活させるが、ロシア正教会からの反発もあって、あっという間に反対勢力に殺害されている。

このアーカイブについて

このページには、2022年2月以降に書かれたブログ記事のうちBooksカテゴリに属しているものが含まれています。

前のアーカイブはBooks: 2022年1月です。

次のアーカイブはBooks: 2022年4月です。

最新のコンテンツはインデックスページへ。過去に書かれた記事はアーカイブのページへ。