
●新宿西口のSOMPO美術館で「モダンアートの街・新宿」展(~2/15)。開館50周年企画。日本のモダンアートの歴史は新宿なくして語れないということで、中村彝(つね)、佐伯祐三、松本竣介、宮脇愛子ら新宿ゆかりの芸術家たちの作品が並ぶ。上は松本竣介「立てる像」(1942/神奈川県立近代美術館)。自画像なのだが、でかい。舞台はもちろん新宿だが、まだ高層ビルなどが建つ前の時代であり、代わって巨大化したかのような自身の姿がそびえ立つ。後方の風景との対比からするとコジラ級の巨大さであり、大きくもあるがどこか頼りなくも見える自己の投影とも解せる。

●こちらは本ブログでたびたび話題にしている、芥川(間所)紗織による「女」(1954/板橋区立美術館)。芥川也寸志の最初の奥さん。東京音楽学校を卒業して声楽家を目指していたが、声楽は也寸志の作曲の妨げになるとして画家に転向した。

●こちらは中村彝「カルピスの包み紙のある静物」(1923/茨城県近代美術館)。セザンヌっぽい雰囲気だけど、カルピスの包み紙がインパクト大。現代ではカルピスというと濃縮された原液が入ったボトルかペットボトルが思い浮かぶわけだが、この時代は「カルピスの包み紙」というものがあったわけだ。カルピスに漂うデラックス感。しかし1923年にすでにカルピスが売られているとは。すでに100年を超えている。ちなみにこのアトリエは下落合にあったのだとか。全般にこの展覧会、落合とか下落合とか中井とか、そっちのほうの新宿がよく出てくる。

●これはこの美術館で見ることで一段とおもしろみが増す作品。寺田政明「ひまわり」(1950/板橋区立美術館)。SOMPO美術館にはゴッホの「ひまわり」があり、どの企画展でも最後に常設の「ひまわり」を見ることになっている。ただ、作品保護の観点からか、立派なガラスケースの中に置かれ、照明も暗く、「ひまわり」はいつも沈んだ調子に見える。それに対して寺田政明「ひまわり」は堂々と闇落ちしたひまわりである。フォースのダークサイドにある「ひまわり」。東西ひまわり対決が実現。
●「モダンアート」といったときに70年前とか100年前を指す現象は音楽界と似た状況か。「モダン」が「コンテンポラリー」から激しく乖離して、ノスタルジーを伴う語になっている。