
●ワールドカップが終わったので、本欄は従来通りの原則平日更新ペースで。今回のワールドカップについては、また改めて振り返るとして、21日はサントリーホールでセバスティアン・ヴァイグレ指揮読響。プログラムはヘンツェの「夢見るセバスティアン」(日本初演)、マティアス・ヘフスの独奏でオスカー・ベーメのトランペット協奏曲ヘ短調作品18(マティアス・ヘフス編)、リヒャルト・シュトラウスの「アルプス交響曲」。ヘンツェ作品は日本初演ということで貴重な機会。「夢見るセバスティアン」の題はザルツブルク生まれの詩人ゲオクル・トラークルの詩に由来し、ザルツブルクの夜の風景や少年期の空想などを題材としているのだが、トラークルになじみがないこともあって、受け止め方が難しい曲。シンプルに聴けば、かなり後期ロマン派風の色彩感の音楽ではある。ヴァイグレの名前もまたセバスティアンであることはたまたまなのだろうか。
●一方でベーメのトランペット協奏曲はロマン派スタイルの華やかなコンチェルト。トランペットの発色の強い音色によるロマン派協奏曲という楽曲自体の新鮮さがある。技巧的、オペラ風味。アンコールは珍しくもオーケストラも伴う曲で、オスカル・リンドベルイ(ヘフス編)の「ダーラナの夏の牧舎の古い賛美歌」。後半の「アルプス交響曲」は壮大。序盤は重心軽めで、やや抑制的だなと感じたが、徐々に熱を帯びてパワフルな頂上へ。精緻な音響構築物というよりは血の通った人間ドラマとしての登山。熱く、スリリング。オーボエのソロが印象に残る。わりと快速登山。終わった後の静寂がかなり長くてブルックナー級。バンダは2階席L側の扉を開けて。
●トランペット協奏曲の作曲家オスカー・ベーメは悲運の音楽家。ドイツに生まれ、サンクトペテルブルクに活動の場を移し、ロシア国籍も取得してそのまま定住したが、スターリンの大粛清が始まると、ドイツ系だったためにオレンブルクに流刑になった。これは反革命組織への参加という濡れ衣を着せられたためらしい。で、以前、ベーメの別の曲の解説を書く機会があって調べたことがあるのだが、その後の行方がはっきりしていなかった。1938年に追放先で処刑されたという話と、1941年にトルクメン運河建設現場で強制労働に就いているところを目撃されたという証言があって、どちらが正しいのか、よくわからなかったのだ。が、処刑されたというはっきりした資料が近年に見つかったようだ。ベーメはオレンブルクへ3年間の追放処分になっていたが、その期限が終わる直前にまたスパイ容疑で逮捕されてしまう。そしてオレンブルクのNKVDトロイカによって死刑を宣告され、即日銃殺された。この事実は遺族にも伏せられていたが、1989年になってから事件記録が再検証され、ベーメの容疑はNKVDによる捏造であり、有罪答弁は拷問によって引き出されたものだと結論付けられ、ベーメは名誉を回復した(参照:New research on Oskar Böhme)。
●あまりにひどい話で気が滅入るが、そこでやや引っかかるのは、1938年に銃殺されたのなら、1941年にトルクメン運河建設現場でベーメを見かけたという証言はなんだったのか、ということ。単に人違いだった、他人の空似だった、ということかもしれない。だが、もしもこれがガセでないなら? たとえば、こう考えたらどうだろう。1938年の処刑者リストにベーメはたしかに載っている。だが、なんらかの理由で処刑は実行されず(あるいは別人が銃殺され)、ベーメは生き延びた。公的には銃殺されたことになっているので、ベーメは別人として生き、その姿をトルクメン運河で知人に見られた……。そういう設定で、映画か小説にならないだろうか。
July 23, 2026