
●18日は東京芸術劇場で読響サマーフェスティバル2026「三大協奏曲」。一晩で3人のソリストを聴けるお得な公演。18時30分開演で、夜が遅くならないのがありがたい。今年の出演者はヴァイオリンの佐々木つくし、チェロの水野優也、ピアノの角野未来。指揮は角田鋼亮。前半がメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲とドヴォルザークのチェロ協奏曲、後半がチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番。佐々木つくしのメンデルスゾーンは自然な音楽の流れを保ちつつ、静かに白熱。水野優也のドヴォルザークは力強く輝かしい。分厚いオーケストラの響きに埋もれることなく、雄大な音楽を築きあげる。この日の白眉。角野未来のチャイコフスキーは強靭さやスペクタクルよりも、作品に込められた抒情性と幻想味に焦点を当てる。指揮の角田鋼亮はソリストの背景に溶け込むのではなく、オーケストラから力強く推進力のある音楽を引き出して好感度大。
●メンデルスゾーンが楽章間の拍手を嫌って曲をつなげて書いたという話はよく目にするけど、ドヴォルザークのチェロ協奏曲とかチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番は第1楽章が終わったところで「はい、拍手、どうぞーー!!」っていう書かれ方をしていると思う。実際、拍手したくなる。だれもしないけど。19世紀には楽章間に拍手をするだけではなく、そもそも協奏曲や交響曲を全曲続けて演奏するとは限らず、楽章間に別の曲を挟むことすらあったわけで、たとえばショパンのピアノ協奏曲第1番の初演では、第1楽章と第2楽章の間にソリヴァという作曲家の合唱付きアリアが演奏されたし、同じくショパンのピアノ協奏曲第2番の場合は第1楽章と第2楽章の間にゲルナーの「ホルンのためのディヴェルティスマン」が演奏された。こういう場合は「楽章間に拍手をするか、しないか」という問いは成立しない。第1楽章が終わったところでいったんソリストは退出するのだから、拍手するしかない。ドヴォルザークやチャイコフスキーの時代にはさすがにそんなやり方は廃れていたかもしれないけど、でも拍手は入って当然という感覚だろう。
●それで思い出したけど、先月のデイヴィッド・ロバートソン指揮PMFオーケストラの東京公演では、吉本梨乃のソロによるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の第1楽章が終わったところで、パーッと拍手が出たのだった。熱い演奏の場合はああいうのもいいなと思う。
August 19, 2026