
●エドガー・ヴァレーズの作品でいちばんよく演奏されているのは、無伴奏フルートのために書かれた「密度21.5」だろう(「比重21.5」とも訳される)。初演は1936年。この曲のタイトルがプラチナの密度を指していることはよく知られていると思う。プラチナの密度は21.45 g/cm³。3桁に丸めて21.5となっている。鉄の密度が7.87 g/cm³だから、大変な重さだ。初演者はフランス出身でアメリカで活動したジョルジュ・バレール。バレールはプラチナのフルートを用いていた。当初、ヴァレーズは題を付けていなかったが、楽譜を手渡した際にバレールから曲名を求められて、プラチナのフルートのお披露目として書かれたことから、プラチナの密度を曲名にすることを思いついたというエピソードが残っている(沼野雄司さんの「エドガー・ヴァレーズ 孤独な射手の肖像」を読むと、実際のところはもっと前から密度を曲名にするアイディアがあった可能性が高そうだが)。
●で、どうしてプラチナに焦点が当たっているかというと、バレールがとんでもない高額の楽器を購入して、その価格が話題の的になっていたから。金額は1936年時点での3000ドル(こういう比較は難しいけど、現代価値に換算すると1千万円以上か)、しかもバレールはその10年前にも1000ドルの金のフルートを使って話題を呼んだそうなので、「あのバレールがこんどはプラチナかよ!」という驚きがあったわけだ。1935年12月22日のTIMEの記事がネット上に載っていて(すごいね)、この記事によると「アメリカの3万人のプロのフルート奏者のうち、5人を除いて全員が銀かもっと安い金額の楽器を使っている。だが、バレールは10年前に1000ドルの金のフルートを演奏しはじめて、こんどは3000ドルのプラチナのフルートを披露した」。この記事は金属の密度について、銀が10.5、十四金が13.2、純金が19.3、純プラチナが21.5であることも紹介している。さらに、バレールの新しいフルートが、正確にはプラチナ90%、イリジウム10%でできており、密度は21.6になると記している(イリジウムはプラチナよりさらに重い)。ちなみにこの記事はヴァレーズが曲を書く前のもの。ヴァレーズはこの記事を読んだのかもしれない(記事同様に3桁に丸めているし、草稿段階でDensity 21.6という鉛筆書きを残しているそうなので。自分で計算して21.6の数字は出さないだろう)。
●バレールのコメントも紹介されている。「この楽器を使うのは、預金残高を誇示したいわけでも、大恐慌が終わったと言いたいためでもないんだ」。楽器の値段ばかりが話題になって不本意だと言いたげな口ぶりである。加えて、超高額な楽器が取りざたされる背景には、これが大恐慌の後だったという文脈があることがうかがえる。
●ただ、前述の沼野本で知ったけど、1936年の初演時の「密度21.5」は2分ほどの作品で、出版も録音もされず残っていないそうで、われわれは倍ほどの長さになった1946年の改訂稿しか知らないことになる。バレールはひんぱんにこの曲を演奏していたというから、どこかに初稿の放送録音が残っていないのだろうか。
September 11, 2026