
●15日はサントリーホールでユライ・ヴァルチュハ指揮読響。プログラムはシベリウスのヴァイオリン協奏曲(セルゲイ・ハチャトゥリアン)とショスタコーヴィチの交響曲第10番。前半はセルゲイ・ハチャトゥリアンが粘度の高い濃厚なソロ。久しぶりに聴いたけど、技巧は鮮やか、表現はクセ強めで、好みの分かれるタイプか。オーケストラは彫琢されており、雄弁。ソリスト・アンコールとして、曲の簡単な紹介の後、ナレカツィのアルメニア聖歌「鳥よ、鳥よ」。10世紀の曲と言われ、そんなに古いのと驚く。あとから調べたらナレカツィ(951~1003)はアルメニアの修道士・詩人なのだとか。清澄。
●後半、ショスタコーヴィチの交響曲第10番は引きしまった快演。弦楽器の芯のある深い響きがすばらしい。木管のソロも見事。ことさらに咆哮することなく、作品に込められたさまざまな要素、エゴ、恐怖、ロマンス、内省などを過不足なく伝える。第10番、いろんな点で第5番✕2だなと感じるんだけど、終着点が歓喜ではなく、DSCH音型で示される「自分」っていうところに戦慄する。自己回復の交響曲というか、自分のイニシャルを連呼するオレオレ交響曲というか。第5番の「カルメン」引用とリーリャとの関係、第10番の自己署名とホルンのエルミラ音型、第15番の人生の回想といったように、5の倍数の曲に私的な記号が埋め込まれる傾向を感じる。
September 16, 2026