
●2日は新国立劇場でロッシーニのオペラ「イタリアのトルコ人」(新制作)。ロラン・ペリーの演出で、テアトロ・レアル、リヨン歌劇場との共同制作、2023年マドリードで初演。新シーズンのオープニングを飾る一作。うっかりすると混同しがちだが、「アルジェのイタリア女」ではなく「イタリアのトルコ人」。自分にとってはなじみのない作品だったが、音楽的にも物語的にもロッシーニ版「コジ・ファン・トゥッテ」だと思った。さまざまな重唱に重きが置かれ、アンサンブルの妙で楽しませる。恋人交換こそないものの二組のカップルがあり、恋の騒動が起きて、最後は元の鞘に収まる。ほとんどオマージュといってもいいのでは。歌手陣はびっくりするほど充実していて、歌も演技も申し分なし。フィオリッラにクラウディア・ムスキオ、セリムにアレハンドロ・バリニャス・ビエイテス、ジェローニオにパオロ・ボルドーニャ、ドン・ナルチーゾにルジル・ガティン、ザイダに但馬由香、詩人プロスドーチモにブルーノ・タッディア。アレッサンドロ・ボナート指揮東京フィルは軽やか。バランスを保つ。序曲のホルンのソロを筆頭に、管楽器の聴かせどころもたっぷり。
●で、「コジ」がそうであるように、「イタリアのトルコ人」も物語はひとまずのところ、他愛がない。人妻フィオリッラは夫ジェローニオとの暮らしに倦んでいる。トルコの王子セリムに言い寄られ、フィオリッラもセリムに魅了される。セリムはジェローニオに妻を買い取ると提案して怒りを買う。さらにセリムの前に元恋人ザイダが現れる。このドタバタ劇を横目で眺めながら、喜劇の構想を練る狂言回し役が詩人(劇作家)のプロスドーチモ。目の前で起きている出来事を、プロスドーチモが喜劇として書いているというメタ構造がある。
●正直なところ台本は粗削りだと思うのだが、そこを一工夫しているのがロラン・ペリーの演出で、イタリア生まれの「フォトノベル」という趣向を取り入れている。これは40年代末頃から欧州で流行した実写マンガみたいなもので、絵の代わりに写真を使ったコマ割り+吹き出しによるメロドラマなのだとか。このカルチャーは日本にはないと思うんだけど、実写マンガ自体はコミック誌や雑誌でおなじみの表現方法ではある。舞台上にマンガの「コマ」みたいな枠が出てきて、そのなかに登場人物が収まってピタッと停止する場面があちこちで出てくる。登場人物の服装もそれくらいの時代のメロドラマ風。とても気が利いている。人物の動きも音楽に即しており、無理がなく、コミカル。
●これはプログラムノートに載っている演出家のメッセージを読まないと伝わらないかもしれないんだけど、「いま目の前で起きていることはプロスドーチモが書いている喜劇」というメタ構造から、ロラン・ペリーはさらに一歩踏み込んで、「この出来事はフォトノベルを読みすぎたフィオリッラのファンタジー」というメタ構造に置き換えている。平凡で退屈な日常に飽きた妻が、メロドラマの世界に逃避して、最後は現実に返ってくる。なるほど、この読み筋であれば、今を生きる私たちにも有効なピリッとしたラブコメになる。
●詩人プロスドーチモの姿に「タモリ倶楽部」の「空耳アワー」の進行役、安斎肇を連想したのはワタシだけではないはず。
October 5, 2026