February 4, 2009

プッチーニ「つばめ」@METライブビューイング

●新宿ピカデリーでMETライブビューイングのプッチーニ「つばめ」。午前10時からの上映だったんだけど、にぎわってた。新宿ピカデリーそのものが「えっ」と思うほどたくさんお客さんが入っていたし、「つばめ」も予想外に盛況。あまり上演されないオペラなのに。いや、あまり上演されないオペラだから入るのか。わからん。しかし平日午前10時のお客さんって、どういう方々なんだろう。一人一人尋ねてみたい。
プッチーニ●で、プッチーニ「つばめ」。ワタシは初めて観たんだけど、このオペラは傑作!ワタシの知るどのプッチーニ作品よりも脚本が優れている。舞台はパリで主人公マグダ(ゲオルギュー)は金持ちに囲われている愛人。そこに田舎から初心で純朴な若者ルッジェーロ(アラーニャ)があらわれる。マグダとルッジェーロは恋に落ちる。マグダは本物の恋と人生を取り戻したくなり、金持ちのもとを去る。マグダとルッジェーロは愛に生きようとするが、しかしルッジェーロには財力がなく、マグダには愛妾として生きた過去がある……。あれれっ!? この話、どこかで聞いたことないかあ? という「椿姫」と「マノン・レスコー」と「ボエーム」がごっちゃになったような新味のなさが、上演機会の少ない理由のひとつかもしれん、が。
●オペラって大体は物語的に食い足りないじゃないっすか。主役は音楽だから。だいたい善人はいつも善人だし、正義は正義で、悪は悪、かわいそうな人はかわいそうな人で、きれいな人はきれいな人。でも善が善ゆえに悪だったり、きれいな人が醜かったり、逆説に満ちているのがリアル人生。「つばめ」はそういう点で人物描写が鋭い。
●主人公マグダとルッジェーロの二人をヒロインとヒーローとして描きながらも、一方で二人とも身勝手で周りの見えない人物でもあるってところがいい。マグダが他のオペラ愛人たちと違うのは「愛を求めた弱い女」じゃなくて、この人、すごく電波入ってるっていうか、とことんヤな女なんすよ、ヒロインなのに。愛人になる前に、お針子をやってて(やれやれ、こいつもお針子か!)、そのときの美しい恋の思い出をなぞろうとして、「お店のテーブルにお互いに名前を書きあう」とか「ウェイターに気前のよいチップを渡す」といった、過去の自分ベストシーンをルッジェーロ相手に再現させちゃう。失礼千万。「真実の愛を」とか本気で言っているのが、自己愛の強さと表裏一体になっていて、こういうのって真実を突いている。
●で、これにまんまと付き合っちゃうルッジェーロのナイーブさ(バカさ)かげんがまたよく描けている。アラーニャは、もう顔も体型も丸々としていてヒーローにはキツいと思ってたけど、こういうナイーブな男の役は完璧で、終幕で嬉々としてマグダに「母親から手紙で結婚の許しを得た」と歌うあたりの抜け作ぶりが見事。ああ、プッチーニって、意地悪。いや、脚本はプッチーニじゃないか。
●で、このオペラには主人公であるマグダとルッジェーロのほかに、もう一組、プルニエとリゼットというカップルがいる。こちらはコミカルな役柄なんだけど、気の利いた設定になっている。プルニエのほうは金持ちのサロンの常連になるような成功した詩人で、言うこともそれらしく気取っている。愛の詩をうたってみせて、でも自分自身の恋人には僕にふさわしい女性が必要なんだなー、ベアトリーチェとかサロメとか……、でもそんな女性は見つからないよ!とか戯言を言う。でも実はプルニエはマグダの小間使いリゼットとこっそり付き合ってる。爆笑。鋭すぎる。偉そうなことを言ってる有名詩人が小間使いを恋人にしているなんて他人には言えない、そのくせ夜の街に繰り出すときにはリゼットにマグダの衣装を拝借させて出かけちゃう。すごく世間体を気にしているわけで、フツー、こんな二人はろくなことにならんだろうと思うわけだ。実際、プルニエはリゼットをオペラ歌手としてデビューさせてやるんだけどこれが大失敗、リゼットは身の程を知る。でも、プルニエはリゼットのことを本当は好きで好きでしょうがなくて、二人はケンカをしても別れそうにない。「愛に生きる!」とか言ってるマグダとルッジェーロはあっけなく破綻する一方で、コミカルなプルニエとリゼットのほうにこそもしかすると本物の愛があるというのが味わい深い。
●↑上のプルニエが「サロメとか」って台詞で口にしたときに、オーケストラがR・シュトラウスの「サロメ」の動機を一瞬鳴らすんすよ(笑)。おもしろい。時代関係はどうなってるんだっけ。今調べたら「サロメ」は1905年、「つばめ」は1917年初演か。これって初演時にはどれくらいのお客さんに伝わるような仕掛けだったのかなあ。
●イタリア・オペラでは、死屍累々ってくらい大勢の登場人物が死ぬけど、この「つばめ」では悲劇的結末にもかかわらず誰も死なない。そこも不人気の原因なのか。でも平和上等。まあ終幕は少し筋が弱いかもしれない。誰もが口ずさみたくなるようなアリアもないだろう。でも音楽的にはとても聴きごたえがあって、スコアは充実している。音楽だけでも楽しめる。
●METライブビューイング、東京だと東劇、新宿ピカデリーで上映中、ほかにも各地で上映してるみたい。公式サイトにキャストもあらすじも上映日も載っていないのが謎だけど、劇場一覧があるのでそこからリンクをたどって各劇場のスケジュールを調べるといいかも。あ、ゲオルギューは風邪ひいてます。指揮はマルコ・アルミリアート。舞台裏レポーターはルネ・フレミング。あとリゼット役の歌手の名前がリゼット・オロペーサという人で、役名と本名が同じなのがスゴいと思った。別にスゴかないか。

トラックバック(1)

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.classicajapan.com/mtmt/m--toraba.cgi/1095

 メトのプレミエを映画館で上映する「METライブビューイング」を初めて見てみた。 続きを読む

このブログ記事について

ひとつ前の記事は「お年玉年賀ハガキ」です。

次の記事は「ニッポン代表vsフィンランド代表」です。

最新のコンテンツはインデックスページへ。過去に書かれた記事はアーカイブのページへ。

ショップ

国内盤は日本語で、輸入盤は欧文で検索。