May 13, 2009

映画「つぐない」(ジョー・ライト監督)

映画「つぐない」●WOWOWの録画で映画「つぐない」を見た(ジョー・ライト監督)。文句なしの傑作。これは以前にもご紹介したイアン・マキューアンの小説「贖罪」が映画化されたもの。マキューアンの「贖罪」はタイム誌のオールタイムベスト100にも選ばれるくらいの名作なんだけど、これを映画化すると聞いたときは「果たしてうまくいくのかな」と疑問に思った。というのは、「贖罪」はマキューアンとも思えないくらい美しくて痛々しいノスタルジックな恋愛小説なのだが、現代においてそんなテーマをそのまま小説にするのは難しい。そこで、マキューアンは主人公を小説家志望の女の子と設定することで、物語にメタフィクション的な構造を持たせた。女の子は物語の中で「いかに小説を書くか」を考える。すなわち、小説それ自体がいかに小説を書くかという問いでもあり回答でもあるわけだ。
●それを映画にするとどうなるか。小説家志望の女の子を映画監督志望の女の子に変更すればいいのだろうか。だがそれではオースティンの「高慢と偏見」風の背景など、物語の根幹が成立しなくなる。ジョー・ライト監督はあえて原作にきわめて忠実な脚本を採用して、それでいてマキューアンのテーマを映画の中でなんとか再現させてみせた。もちろん、映画だから、物語の外側よりも圧倒的に内側に焦点が当てられることになるので、素直に「贖罪」、人の過ちと贖い、時の不可逆性、自己肯定と自己欺瞞の境界について考えさせられることになる。
●うまいなと思ったのは、少女時代の主人公をやたらと利発そうで早熟な感じの女の子が演じているのに対し、18歳に成長して登場するときは実に凡庸で冴えない感じの女のコが演じているところ(でも一目で同一人物だとわかる)。こういうのは映画ならではっすよね。こんな調子で、全般にひたすら美しくてイジワル。すばらしい。

トラックバック(0)

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.classicajapan.com/mtmt/m--toraba.cgi/1167

このブログ記事について

ひとつ前の記事は「フリーハグを超えて」です。

次の記事は「美しい5月」です。

最新のコンテンツはインデックスページへ。過去に書かれた記事はアーカイブのページへ。

ショップ

国内盤は日本語で、輸入盤は欧文で検索。