ドミノ・ピザ
January 14, 2010

ゾンビと私 その15 「最後のクラス写真」(ダン・シモンズ著)

「夜更けのエントロピー」●「まだゾンビ・ネタ書くんですか?」と呆れないでほしい2010年。むしろこれからがゾンビ、本格的に。他者との共生能力を失いつつある私たちの社会は今まさにゾンビ化が進行中なのであって、そこで「いかに生き残るか」という問いを突きつけられているところなのだから。で。
●先日、Twitter上で春巻さんから教えていただきました、ダン・シモンズの短篇「最後のクラス写真」(「夜更けのエントロピー」所収。奇想コレクション/河出書房新社)。なんと、泣けるゾンビ小説なんである。主人公はベテランの女性教師。舞台は「世界がゾンビ化してしまったその後」だ。そう、これまでのゾンビ・エントリーでも繰り返し述べてきたことだが、世界のほとんどがゾンビ化してもごく少数の人類は生き残る。ダン・シモンズはその生き残った孤独な人物の日常に焦点を当てた。
●人が生き残った。すると「いかに生き残るか」という問いは自動的に「いかに生きるか」という問いに変換される。活動範囲内に生存する人間は自分ひとり。職場であり居住地である学校にはゾンビとなった子供たちがいる。そこで元教育者として、なにをよりどころにして生きるか。その回答はひらたくいえば「仕事」であり「愛」なわけであるが、そのいずれも自分以外の誰か対象を必要とする行為だ。人がいなければ、ゾンビを相手にするしかない。先生はゾンビ化した子供を前に教壇に立つ。どうやって?
●ラストシーンは感動的だ。人は一人では生きていけない。じゃあゾンビと生きていけるのか。絶対いやだ、そんなの。でもゾンビ禍という災厄がなぜ訪れたかといえば共生能力の衰退のためだったわけで、アフター・ゾンビ時代においても「オレだけが生きていればいい」という排除の論理で要塞みたいな場所に引きこもっていてはそれは何も学んでいないのと同じなんじゃないか。だから必要なのは「愛」。そう美しく解することができる。と同時に、人に必要なのは「幻想」であり「物語」であって、これはビフォア・ゾンビ時代となにも変わっていないよ、とも読める。ゾンビ小説の傑作。

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不定期連載「ゾンビと私」

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