ドミノ・ピザ
November 14, 2011

プロコフィエフとラヴェル

プロコフィエフ自伝/随想集●「プロコフィエフ自伝/随想集」にラヴェルのエピソードが紹介されている。プロコフィエフはラヴェルのことを高く買っていた。ラヴェルの訃報を聞いて、ラヴェルの音楽は「現実からかけ離れすぎているというまちがった思考のせいで」ソヴィエトではあまり演奏されないが、同時代でもっともすぐれた作曲家であったと讃えている。ラヴェルとは1920年に初めて会ったそうだ。ボレロや弦楽四重奏、パヴァーヌを例に挙げ、彼の死を悼んでいる。
●プロコフィエフはパリ・オペラ座でラヴェル自身が指揮したバレエ「ボレロ」初演に立ち会ったという。ラヴェルは決して指揮を得意としていないが、曲の最後まで見事にオーケストラをコントロールした。で、最後の和音が鳴って、ダンサーたちがピタッと固まった姿勢をとった後、なぜか幕が下りてこない。ラヴェルは平静を保とうとしたが、いらついていた。ダンサーたちはじっと同じ姿勢をとり続けている。突然、ラヴェルは譜面台の上にあったボタンを押した。すると幕が下りた。ラヴェルがボタンを押し忘れていただけだった……。

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※追記:「ボレロ」の初演は1928年11月22日にパリ・オペラ座にて、ワルター・ストララムの指揮で行われたとあちこちに書いてある。プロコフィエフの書いていることは辻褄が合わない。指揮者をまちがえて記憶していたか、本当は初演ではない日の公演の出来事だったのか……。しかしプロコフィエフが記憶違いをしたと決め付ける気にもなれない。

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