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September 21, 2015

「どんがらがん」(アヴラム・デイヴィッドスン著、殊能将之編、河出文庫)

どんがらがん (河出文庫)●先日「殊能将之 読書日記 2000-2009 The Reading Diary of Mercy Snow」を読んだ勢いで、殊能将之編によるアヴラム・デイヴィッドスンの短編集「どんがらがん」を読んだ。いつのまにか文庫化されていたんすね。文庫版には編者のサイトに掲載されていたセルフインタビューも特別収録されていてうれしい。
●帯の惹句が「夭折の天才作家殊能将之が心から愛した唯一無二の奇想作家アヴラム・デイヴィッドスン傑作選!」。宣伝文としてはこれくらいの言い方はぜんぜんオッケーだろう。日本で人気があるとは到底いえないアヴラム・デイヴィッドスンの短篇を原文で100篇以上も読んで、そこから厳選して一冊の短編集を編んだのだから、並大抵の情熱ではない。「そんな作家の名前、聞いたことないなあ」という人に向けては、「世界幻想文学大賞」と「ヒューゴー賞」と「MWA賞」(アメリカ探偵作家クラブ賞)を全部ひとりで受賞している人というのが最大の売り文句になる。ファンタジー、SF、ミステリー、すべてで受賞した三冠王。
●で、今さらながら読んだわけだが、正直アヴラム・デイヴィッドスンがそんなにおもしろいかと問われると、そこまででもない(ゴメン!)。いや、おもしろいし、読む価値はあるんだけど。今回の一冊のなかでは、表題作は以前に「追憶売ります」に収録されていたのを読んでいるはずだし(読んだのは四半世紀くらい前だから中身はすっかり忘れてた)、ほかに2作品くらいは記憶の片隅にひっかかっていた。「殊能将之 読書日記」の巻末に各短篇の考課表が付いていたじゃないっすか。あの殊能評と自分の感想を比較できるのが楽しみで読んだ(笑)。こういう機会はなかなかあるもんじゃない。
●まず、自分にとってのベスト作品を挙げてみよう。表題作「どんがらがん」は、トリをつとめるだけあって、力が入っているし、よく書けている。どうしてこんな話を思いつくんだろう。続きも読みたくなる(実際にある)。でもベストというよりは、2番手、3番手か。むしろ小ぢんまりした話のほうが好きかな。その点では「グーバーども」がベストか。「ゴーレム」は完成度は高いが、どことなく古びた感も。「物は証言できない」は好きなタイプの人情話だが、やや話が小さくまとまりすぎている。「眺めのいい静かな部屋」は文句なしの傑作。毒気もあり、これがベストでもおかしくない。「ラホール駐屯地での出来事」もかなりいい。あ、こうして挙げてみると、けっこう傑作率は高いのか。
●で、殊能考課表を見てみる。A評価は「ゴーレム」「ナイルの源流」「さもなくば海は牡蠣でいっぱいに」「どんがらがん」「すべての根っこに宿る力」「そして赤い薔薇一輪を忘れずに」「ナポリ」といったところ。ワタシのお気に入りの「グーバーども」「眺めのいい静かな部屋」はB+かあ……。「ナポリ」はぜんぜんピンと来ない(しかしこれが世界幻想文学大賞受賞作だ)。うーむ、やっぱり趣味が違うなあとも言えるし、その割には似たような評価になるとも言える。って、どっちなんだ。
●ひとつメモ。「ナイルの水源」のなかの一節。

その年の短編小説のマーケットは、王宮の白い壁にメネ、メネ、という文字が現れたように崩壊を予言され、雑誌がバタバタと潰れていたから(以下略)

これはウォルトンの「ベルシャザールの饗宴」にも出てくる、饗宴の最中に突然人の手の指が現れて壁に「メネ、メネ、テケル、ウパルシン」と書いて、王はバビロン中の知者たちを集めるがだれも読めず、しかしユダの捕虜ダニエルが「あんたの国は終わりだよ」(←超大意)といって、破滅が訪れるというあれだ。なかなかこれだけじゃ大抵の日本人はわからないと思うけど、今の世の中はググればすぐ調べがつくわけで、あえて訳注などは添えられていない。