ドミノ・ピザ
January 30, 2018

ゾンビとわたし その35:「新感染 ファイナル・エクスプレス」(ヨン・サンホ監督)

●昔、ゾンビは走らなかった。そのへんをノロノロと歩いていたので、人間はスピードでゾンビを振り切ることもできた。今にして思うとジョージ・A・ロメロ時代のゾンビたちは牧歌的だったとさえいえる。ところが、ダニー・ボイルの「28日後……」やザック・スナイダーの「ドーン・オブ・ザ・デッド」あたりから、ゾンビは全力疾走で追いかけてくるようになった。これは怖い。モーツァルトも裸足で逃げる「疾走する悲しみ」。走らないゾンビをクラシック・ゾンビとすれば、走るゾンビはモダン・ゾンビだ。凶暴さはいっそう増した。
●という前提を念頭に置いていえば、「新感染 ファイナル・エクスプレス」(ヨン・サンホ監督)は「モダン・ゾンビを東アジア的観点で描いた正攻法の傑作」といっていい。これまでの本格ゾンビ作品が開拓してきた黄金パターンがここにある。すなわち、こんな図式だ。

感染者発生→ガブッ!→みんな感染→ゾンビ怖い→人間もっと怖い→愛こそすべて

●結局のところ、黄金パターンを全力で描くことに勝るものはない。そう思わせるほどの説得力があるのだが、先行作品と比べいくらか違うのはやはり舞台が韓国であるということ。アメリカのスーパーマーケットやイギリスの田園地帯で起きるゾンビ禍がどこかリアリティを欠くのに対して、ソウルの高速鉄道を舞台に起きたそれはまったくもって他人事ではない。そういえば日本の「アイ・アム・ア・ヒーロー」(コミックしか読んでないけど)も、物語の始まりは走行する電車のなかで起きたんだっけ。東アジア的なウェットなテイストはどこか自分たちの姿を映すようであり、ゾンビ映画界の日韓戦が実現したかのよう。そして救いのない災厄と人間の醜さを描いているにもかかわらず、完璧な「泣ける映画」になっている。近来まれに見る泣ける映画といってもいい。
●で、これはどれを見ても毎度感じることなんだけど、モダンゾンビって怖すぎるんすよ。もうどうやっても助からない。登場人物たちはかすかな希望にかけて、ギリギリのところを生き抜いていくわけだけど、そこまでやってもそれかよ的なバッドエンドが至るところに待ち構えている。だったら、さっさと噛まれたほうがずっと楽なんじゃね? そう思わずにはいられない。人間たちは必死の形相で逃げてるけど、ゾンビたちは好きなことを好きなようにやってるわけで、日々をストレスなく過ごしている。人がいなければぼうっとしてるし、人がいたら全力疾走して噛みつく。のびのびと自分らしく生きている。いや、生きていないけど。そして人類がひとり残らずゾンビ化した暁には、もはや走る者もいなくなる。地球上の全員がその場でぼんやりとたたずむだけの穏やかで落ち着いた世界がやってくる。ヤツらが到達するのは、そんな争いのない静かな世界なのだ。

>> 不定期終末連載「ゾンビと私

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