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May 20, 2025

「ヴィクトリア朝時代のインターネット」(トム・スタンデージ)

●これはとてもおもしろかった。トム・スタンデージ著の「ヴィクトリア朝時代のインターネット」(服部桂訳/ハヤカワ文庫NF)。長らく入手困難だったネット業界のカルト的名著が文庫化されて復活。書名を見て「?」となるが、もちろんヴィクトリア朝時代にインターネットはない。が、ある意味でその前身とでも言えるテクノロジー、すなわち電信(テレグラフ)が発明された。モールス信号のトンとツーの2ビットで情報を伝えるという技術は、デジタル通信そのもの。その電信の発明史を記したのが本書。19世紀に即時的に情報を伝える高速ネットワークが発達したという歴史が自分にはまったく見えていなかったので、ワクワクしながら読んだ。そしてこの高速ネットワークに対して、インターネットが世に現れたときとそっくりの反応が起きているのがおもしろい。新しいテクノロジーの途方もない可能性に気づいた先駆者たちが熱狂する一方、世間の理解はなかなか追いつかない。だが、電信がもたらす圧倒的な情報伝達の速度が、戦争やビジネスにおいて決定的な優位を生むことが次第に明らかになってゆく。情報という観点からすると、世界は急速に狭くなったわけだが、これに抵抗を示したのが外交官だったという話も印象的だった。

 外交官は伝統的に事にあたっては、ゆっくりと慎重な対応をすることを好んでいたが、電信は即時に反応することを促すので、「これがわれわれの仕事に非常に望ましいことなのかどうかわからない」とクリミア戦争時の英国の外交官エドモンド・ハモンドは警告を発している。彼は外交官が結局は「本当はもっといい考えがあるのに、用意もないままに対応してしまう」ことを恐れていた。

●メールとかメッセージアプリに「即レス」を求められる現代のビジネスマンの姿が重なって見える。
●新しい技術を利用した詐欺が考案されたり、電信のオペレーターが通信を通じて交際して結ばれる「ネット婚」があったり、暗号の開発がありハッカーによる解読があるといった展開は、インターネット時代とまさしく瓜二つ。ワタシたちのインターネットって「2周目」だったんだ、とすら感じる。