●話題を呼んだミステリー小説、夕木春央著「方舟」(講談社文庫)を遅ればせながら読む。えっ、これってこんな話だったんだ、と読後に茫然。形式的にはまったく古典的なミステリーになっている。外部との連絡がつかない空間に総勢11人が閉じ込められる。そこに殺人事件が起きる。この中にだれか必ず犯人がいるはず……という状況。さらに閉ざされた空間から脱出するためには、だれかひとりが犠牲にならなければならないという条件が加わる。登場人物のひとりが探偵役となって、犯人探しが進む……。
●という、あらすじを知って、最初はなんだかイヤな話だなと思って、スルーしてしまったのだ。が、あまりに評判が良いので読んでみたら、抜群におもしろい。イヤな話なんだけどイヤじゃないともいえるし、イヤじゃないけどイヤな話とも言える(どっちなんだ)。
●これって、オペラにも通じるんだけど、様式化されていれば悲惨な話も読める、ってことだと思うんすよね。つまり、オペラって、ひどい事件ばかり起きるじゃないすか。もしオペラの描写がすごくリアルだったら、ワーグナーとかヴェルディみたいに次々と人が命を落とす作品なんて、後味が悪すぎて絶対に観てられない。でもオペラっていう形に様式化されているから、陰惨な話でも受け入れられる。それと同じで、ミステリーっていうジャンル小説内に描写が留まっていれば、殺人事件も読書の楽しみのなかに収まる。なので、古典的な様式というものはちゃんと目的があって使われるのだな、というのが最大の感想。
June 13, 2025