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Books: 2017年10月アーカイブ

October 19, 2017

「爆走社長の天国と地獄 大分トリニータv.s.溝畑宏」 (木村元彦著)

●増補版となって新書化されたのを機に読んでみた、「爆走社長の天国と地獄 大分トリニータv.s.溝畑宏」 (木村元彦著/小学館新書) 。後に観光庁長官も務めることになる溝畑宏氏が大分トリニータを一から立ち上げ、J1昇格、ナビスコカップ優勝を果たし、そしてクラブを去ることになるまでを取材したノンフィクション。大分トリニータって、Jリーグのクラブのなかでもすごく例外的な存在で、自治体が作ったクラブなんすよね。というか溝畑宏という官僚が作ったクラブ。当時、自治省から大分県庁に出向していた氏が並外れた熱意と行動力、そして営業力でクラブを立ち上げた。大分出身者ですらない。前からよく言われてたんすよね、もともとはトリニータって地元のサッカー熱から生まれたクラブじゃないって。メインスポンサーも大分とは関係のない、そして他のクラブではあまり目にしないような業種の企業が付いたりする。ほとんど孤立無援みたいなところからひとりの人間の志によりクラブが誕生して、やがてJ1昇格を果たして本物のサッカー熱を生み出していくというのは奇跡を見るかのよう。
●で、すごいんすよ、溝畑氏。県庁からトリニータに出向していたのに、結局自治省を退職して、自分がトリニータの社長になってしまう。で、クラブ経営の最大の仕事はお金集め。このあたりはクラシック音楽業界と似たところもあるわけなんだけど、入場料収入だけではクラブは成立しない。スポンサーを集めなければいけない。県庁時代からの泥臭い営業スタイルぶりを読むと、サッカークラブの「経営」ってなんなのかと考えさせられる。

繁華街都町では伝説になっているが、宴席では毎回、裸で踊りまくった。「溝畑さんの得意な宴会芸として、陰毛を燃やすのがあるんですが、あのころは生えてくるひまがなかった」。キャリアのプライドはそこになかった。(中略) 明け方までトリニティ(現トリニータ)の仕事をして2時間ほど仮眠して県庁に出勤するという日が続いていた。

●そんな宴会芸、見せてもらっても嬉しくないと思うかもしれないが、現に機能したんすよ! でもこの経営手腕をもってしても苦境に立たされ、結局巨額の私財まで投じることになってしまい、さらにクラブの私物化が問題化する。おまけにクラブが弱体化するとサポーターから暴言を浴びせられ、自宅のFAXにまで「溝畑やめろ」「東京に帰れ」とかすごい量が送られてくる。サッカーって最終的に勝ち負けがあるから、どんなに経営者やスポンサーが尽くしていても、負けるとこうなるという悲しさ。
●あと、シャムスカについての話がおもしろかった。他クラブのサポから見ると、シャムスカ監督時代の大分ってマジカルな強さがあったじゃないすか。まさに名将。でも最後は負け続けて解任される。そのシャムスカが内側からどう見えていたのかというあたり。後任のポポヴィッチへの評価の高さも印象に残る。

October 17, 2017

ノーベル文学賞にカズオ・イシグロ

●今さらの話題だけど、2017年のノーベル文学賞がカズオ・イシグロに決定。これはびっくり。近年のノーベル賞というと、縁のない人ばかりだった(去年のボブ・ディランも。どんな詩を書いたのかぜんぜん知らない)。それが急にカズオ・イシグロ。2010年のバルガス=リョサ以来、久々に知ってる人気作家が受賞したという感じ。
●で、せっかくなので好きなカズオ・イシグロ作品を挙げてみる。まず1位は月並みだけど「日の名残り」。どうしても挙げざるを得ない。イギリスの名家の執事を主人公に、とても美しくてノスタルジックな物語が紡がれていって、それが心地よいんだけど、次第に一人称で語られる物語と客観的現実の間にずれがあることがわかってくる。最後まで読み終えて呆然。容赦なく苦くて、意地が悪い。完璧な小説というほかない。あと、執事の主人公がご主人様の車に乗る場面があるじゃないすか。あのはらはらさせる意地悪さも秀逸。
●2位は「充たされざる者」。これはカズオ・イシグロ作品のなかではもっとも長く、しかも読みづらい小説。ただ、世界的ピアニストが主人公ということで音楽ファンの興味をそそるかも。テーマは夢。眠っているときの夢には、絶対にありえない不条理が当たり前に起きる一方で、やたらと具体的でディテールがリアルなことがあるじゃないすか。それを小説化したらどうなるか。ほかの作品と違って粗削りで読者を選ぶが、一種の悪夢がこれほど見事に言語化されていることに驚嘆する。たとえるなら高級なJ.G.バラードとでも。
●3位は「わたしたちが孤児だったころ」。ほかの多くの作品と同様に、ここでも記憶やアイデンティティがテーマになっている。「日の名残り」と同様、とても読みやすくて美しく、そしてやはり底意地が悪い。探偵小説風の体裁も吉。
●あと、番外で短篇集だが「夜想曲集」も傑作ぞろい。副題に「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」とあるように、音楽ファンならより楽しめることは確実。このなかで特に好きなのは「チェリスト」。チェリスト志望の若者が謎の女教師に出会い個人レッスンを受ける。女はどうやら世界的な大家らしい。その批評は辛辣だが的確で、若者はレッスンにのめり込む。で、どうなったかというと……。同じ短篇集の「モールバンヒルズ」にも音楽家が出てくる。どちらも(多くの他の長編もそうだけど)、「美しく切ない物語」みたいな外枠のなかに、おかしくて苦い真実が描かれていて、読んでいて身悶えしそうになる。「痛い」ミュージシャンを描くと、一段と筆が冴えわたる。

October 16, 2017

拙著「クラシック音楽のトリセツ」中国語版が刊行

「クラシック音楽のトリセツ」中国語版●拙著「クラシック音楽のトリセツ」(SB新書)の中国語版が刊行された。日本語版は新書だが、中国語版は新書よりも大きめの判型で、凝った装幀になっている。
●しばらく前に日本の版元から中国版の翻訳権について諸条件の確認があったのだが、こういうものは実際に刊行されるかどうかは別の話だから……と気長に待っているうちに、すっかり忘れた頃に突然著者見本が送られてきた。まさか拙著が翻訳されるとはといった感じだが、自分では何もしていない。日本の版元があって、その向こうに翻訳エージェンシーがいて、中国の版元があって、訳者がいて……といった感じで、最初から最後までずっと向こう側で話が進んで、出来上がって初めてこんなになってたんだと知る。後半の名曲紹介コラムとか、ローカルなギャグもあったような気がするんだけど、いったいどうやって訳したんだろう……。ともあれ、翻訳には感謝するのみ。
●中身はまったく読めないけど、なにが書いてあるかは知っているという不思議。

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