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Books: 2021年5月アーカイブ

May 27, 2021

「悪口学校」(シェリダン/岩波文庫)

●もしバーバーが序曲「悪口学校」を作曲していなかったら、自分はこの本を読むことがなかったかもしれない。が、シェリダンの風習喜劇「悪口学校」(菅泰男訳/岩波文庫)は、少なくともかつてこの訳書が刊行された時点ではシェイクスピアと双璧を成す人気作で、ロンドンでの上演回数は「ロミオとジュリエット」「お気に召すまま」に続く第3位だったという。劇の初演は1777年(ちなみにバーバーの作曲は1931年)。人気作だけあって、なるほど、これはおもしろい。「悪口学校」が定訳になっているが、今だったらThe School for Scandalをそうは訳さないと思う。たとえば「スキャンダル学園」とか? 他人のウワサ話を無上の喜びとする身分の高いご婦人たちの集いを指している。
●「悪口学校」のストーリーの中心となるのは偽善家の兄と、放蕩者だが根は誠実な弟。この兄が本当にどうしようもなくて、口先だけの道徳家なんである。訳者解説によると、当時は道徳家が尊重されており、盛んに格言めいたことを言う風潮があった。浅はかな説教を垂れる人間がいて、それをありがたく拝聴する人間がいる。それをおちょくっている。もちろん、形だけの道徳を見破る人間もいる。まったく古びることのないテーマで、若き日のバーバーが感化されるのも納得。バーバーの序曲はこの喜劇の雰囲気をすごくよく伝えている。読んでみると、これはオペラ向きの題材なんじゃないかなとも感じる。ヴェルディの「ファルスタッフ」に近いテイストを想像する。

May 20, 2021

「欧州 旅するフットボール」(豊福晋著/双葉社)

●サッカーには「観る楽しみ」「蹴る楽しみ」に加えて「読む楽しみ」がある。日本語で読めるサッカー本だけでも相当な厚みと質の高さがあって、これほど「書く文化」が発達している競技がほかにあるだろうかと思う。2014年にはサッカーに関する書籍を対象とした「サッカー本大賞」まで創設されている。
●で、「サッカー本大賞」2020年度受賞作の「欧州 旅するフットボール」(豊福晋著/双葉社)を読んだ。バルセロナ在住のサッカー・ジャーナリストの著者がヨーロッパ各地を旅したサッカー紀行。フットボールが根付いた街の情景が美しく切り取られていて、旅の気分を味わえる。クラブや選手の話題のみならず、その街に暮らす人々や食文化、風景が浮かび上がってくる。文体が端整で、読み心地がいい。
●やはり日本人選手を獲得したクラブが取材対象となることが多いのだが、その街がどんなところかは、勝敗中心のスポーツ報道だけではわからないもの。たとえば、岡崎慎司が奇跡のプレミアリーグ優勝を果たしたレスター。レスターは英国一の移民の街で、人口30万人の半数が英国にルーツを持たないという。インド料理屋がひしめく。インド系、東南アジア、東アジア、いろんなルーツの人がいて、レスターのオーナーはタイの富豪。そんな街でヴァーディやカンテやマフレズや岡崎がおとぎ話の主人公となったわけだ。プレミアリーグはどのチームも多国籍多民族集団だけど、レスターには特別な背景があったのだなと知る。あと、中村俊輔が最初に欧州に渡った街、イタリアのレッジーナ。ここはマフィアの街で、みかじめ料を払っていない店が爆破されたりするような事件が日常茶飯事だったとか。当時、まだ逞しさを身につけておらず、内気な青年に見えた俊輔がここでどんな奮闘をしていたのか、思いを馳せる。

May 18, 2021

「現代音楽史 闘争しつづける芸術のゆくえ」 (沼野雄司著/中公新書)

●遅まきながら読了、「現代音楽史 闘争しつづける芸術のゆくえ」 (沼野雄司著/中公新書)。20世紀から21世紀初頭にかけての音楽の歴史を新書一冊のコンパクトサイズで概説する。これは必携の一冊。なにしろ類書がない。20世紀音楽史についての本はいくつもあるが、2021年を迎えた現在、それらは現代の音楽についての本とは言いがたい。新しくて、コンパクトな現代音楽史がずっと待たれていた。この「現代音楽史」のすばらしいところは、なんといっても新書一冊分にまとまっているところ。過去の歴史についての記述を簡潔にまとめることはできても、最近の動向を限られた文字数で記すのは至難の業。それを実現している。
●前半、20世紀中盤くらいまでは、著者ならではの明快な視点で大きな歴史の流れが記され、後半で時代が新しくなると、ストーリー性よりも具体的な作曲家名や作品名をたくさん盛り込むことが優先され、リスナー向けガイドの性格を帯びてくる。聴いたことがない曲、知らない曲を聴きたくなる。ここに挙がっている曲をぜんぶ聴けるSpotifyのプレイリストがあったらいいのに!
●この本の前書きにも書かれているけど、今は録音でよければ、SpotifyとかYouTubeでいろんな曲が聴ける時代。以前だったら、未知の作曲家や作品のCDを前にして、ショップで延々と買うか買わないか迷わなければいけなかったのが、今は即座に聴ける。現代音楽を聴くためのハードルは格段に下がった。聴きはじめて、趣味に合わないなと思ったら途中で止めて、それっきりにもできる。そこで感じるのは、こういったわがままな聴き方が一般的になったことで、より多くの人が知られざる作品に触れるチャンスを得たと考えるべきなのか、あるいは実はその逆で、膨大な音源のなかでより埋もれやすくなっていくのか、どちらなのかなということ。これは現代音楽だけじゃなくて、クラシック全般についてもいえることなんだけど。

May 12, 2021

「RESPECT 監督の仕事と視点」(反町康治著/信濃毎日新聞社)

●「RESPECT 監督の仕事と視点」(反町康治著/信濃毎日新聞社)を読んだ。反町康治元松本山雅FC監督が監督就任中に地元新聞に寄稿していた連載をまとめた一冊。実はこの続編である「RESPECT2 監督の挑戦と覚悟」が最近刊行されたところなのだが、どうせ読むなら前編からと思って読んでみた。2012年、松本山雅の監督就任時から2016年開幕時まで、月イチペースで監督のサッカー論、指導者論などが綴られている。当初はプロとは呼べないような集団だったチームが次第に成長し、自らを律する真のプロ集団に変貌するまでの記録であり、この間、松本山雅はJ2からJ1に昇格し、そして一年でJ2に降格している。J1の壁に跳ね返されたとはいえ、地域の新興クラブによるまれに見る快進撃が成し遂げられた。
●読んでいてなんども感じたのは、反町監督の真摯さ、厳しさ、そしてフェアプレイへのこだわり。フェアプレイが好成績に結び付くと信念をもって語れる監督はなかなかいない。そして、現にこの人ほどJリーグで結果を残してきた日本人監督はまれ。新潟であれだけ成功して、さらに松本でもやはり同じようにチームのレベルを引き上げたのだから、並外れている。オシムから強い影響を受けているのもおもしろい。あと、印象的だったのは、選手の給料を知らないという話。クラブが作る選手資料からわざわざ給料の欄を消してもらっているという。選手全員をフラットな目で見る姿勢が徹底している。
●この本でも回想されているけど、選手時代の反町康治といえば会社員Jリーガーとして話題を呼んだのを思い出す。日本に念願のプロリーグが誕生して、みんながこぞってプロ契約をするなかで、反町は実業団時代と同じく全日空の社員の身分のままフリューゲルスでプレイした。傍目には、バブリーで先行きの不透明なプロリーグに身を投じるよりも、定年まで身分が約束される会社員のほうがいいという判断のように見えたけど、結局、退社してベルマーレでプロ選手としてキャリア最後の数年を過ごした。そんな異色の選手が、時を経て日本を代表する名監督になったのだから、わからないもの。
●続編も読むしか。また遠からずアルウィンで山雅の試合を観戦したい。あの専用スタジアムはうらやましい。

May 7, 2021

「恋するアダム」(イアン・マキューアン著/村松潔訳/新潮社)

●イアン・マキューアンの新作「恋するアダム」(新潮社)読了。先日紹介したカズオ・イシグロの「クララとお日さま」と同じく、AIが主要登場人物のひとりに設定されている。現代のイギリスを代表する作家がともにAIを巡る物語を描くという偶然。いや、偶然じゃないのかな。今、とりあげるべきテーマという意味で必然なのかも。
●「恋するアダム」の舞台は、現実と少し違った運命をたどるパラレルワールドのイギリス。フォークランド紛争でイギリスは敗れ、人工知能の父アラン・チューリングが悲劇的な死を迎えず(当人がこの小説に登場する)、テキサスで襲撃されたケネディが一命をとりとめ、再結成されたビートルズが新譜を発表している1980年代。主人公は30過ぎの冴えない独身男で、転がり込んできた遺産を使って、最先端のAIが組み込まれたアンドロイドのアダムを購入する。アダムはほとんど人間と区別がつかないほど精巧に作られており、極めて高度な学習能力を持つ。そんなアダムが主人公とガールフレンドの間に奇妙な三角関係をもたらす……。今作でもジャンル小説の枠組みを借りていて、SF仕立てでもありミステリー仕立てでもある。
●筋立ても雰囲気もぜんぜん違うが、やはりカズオ・イシグロの「クララとお日さま」と似通ったところがある。人間性とはなにかという根源的なテーマにまっすぐ向き合いながらも、「AI怖い、人間万歳」みたいな生ぬるい人間賛歌にならないところも同じ。そして、どちらもメインテーマは「愛」。ただ、「恋するアダム」はそれに「正義」が加わる。AIという新しい題材から、「愛と正義」というもっとも古典的なテーマに迫っている。意地悪さやユーモアはカズオ・イシグロとも共通する要素だが、マキューアンの場合はさらに辛辣で悪趣味。そこが魅力。そして「まちがってそうな道を自信満々で歩むダメ男」を書かせたら、この人の右に出る人を知らない。あと、マキューアンは科学やテクノロジーの世界に対しても視野の広さを持っているなと感じる。旧作で連想したのは「ソーラー」。
●饒舌さはマキューアンの持ち味のひとつだけど、それゆえに前半は少し読み進めるのに苦労した。その寄り道のおしゃべりは楽しいんだけど、似た話を以前にも聞いたことがあるような……。おまけに先に読んだ「クララとお日さま」があまりに完成度が高く、無駄のない物語だったこともあって、なおさら。しかし、中盤以降に話が進みだすと、これが想像していたよりもずっと骨太の物語であることがわかってきて、最後は疑いようのない傑作を読んだという充足感を味わえた。
●中身は文句なしだけど、唯一の難点は文字組。文字が小さく、フォントも細くて、老眼には読みづらい。この点は「クララとお日さま」の圧勝。書棚に並べたくて紙の本を買ってしまったが、Kindle版にすべきだったか。

May 4, 2021

講談社の50%ポイント還元キャンペーン

●Kindle本はときどき大胆な割引価格で販売されることがある。今、開催されているのは「講談社50%ポイント還元キャンペーン」。5000点以上のタイトルが対象という迫力のあるキャンペーンで、対象レーベルも幅広く、特に講談社学術文庫ブルーバックスは強力。明日5月5日まで。
●音楽書でいえば、講談社学術文庫には「バッハ=魂のエヴァンゲリスト」新版(礒山雅著)がある。これは紙で持っていた本を、電子化された際にKindle版で買い直した。Kindle本だと検索もできるし、自分がハイライトした場所を後から容易に参照できるという、紙にはない実用性がある。ワタシは紙の本だとハイライトする代わりにページの端を折るようにしているのだが(ためらわずに折る)、一冊に何十か所も折ってしまうとそれはもはや目印でもなんでもなくなってしまう。同シリーズにはほかに同じく礒山雅著「バロック音楽名曲鑑賞事典」なども。
●ブルーバックスというと、宇宙論とか量子力学みたいな大きなテーマの本をまず思い浮かべるが、実は「コーヒーの科学 おいしさはどこで生まれるのか」(旦部幸博著)のようなコーヒー好きにとっての名著もあって、意外と守備範囲が広い。コーヒーの味を職人の経験則ではなく、化学的アプローチで語る本は貴重。

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