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August 6, 2026

メルヴィル「白鯨」 その2 鯨を食べる者

鯨のステーキ
●(承前メルヴィルの「白鯨」という小説の骨格を一言でいえば、「片脚を奪われた捕鯨船長エイハブが、白い鯨モービィ・ディックへの復讐に取り憑かれ、船と乗組員を巻き込んで破滅へ向かう物語」ということになる。が、小説全体のなかで、このストーリーが進行している部分はとても少ない。よく言われるように百科全書的で、鯨の分類についての記述がえんえんと続いたり、捕鯨技術論があったり、船員たちのサブストーリーがあったり、鯨油産業の話があったり、本筋とは直接結びつかないような演劇的なシーンが入ったりと、まるでマーラーの交響曲みたいなごった煮状態になっている。神話的でもあり宗教的でもある。ほぼ捕鯨船上でしか話が進まないのに、世界全体を描こうとしているかのように思える。
●なので、大小さまざまなエピソードが出てくるのだが、ひとつ印象的だったのは、船員のひとりが鯨を食べるシーン。本来、彼らは食べるために捕鯨を行っているわけではない。一回の航海が3年くらいかかる長旅なのだ。鯨を捕ったところで、生肉は持ち帰れない。が、船員なら鯨肉を食べることができる。ふつうは食べないけど、二等航海士のスタッブは鯨が大好物なのだ。(以下、八木敏雄訳/岩波文庫の中巻 第64章 スタッブの夜食 より)

スタッブはなかなかの美食家だったのである。スタッブは自分の舌をたのしませてくれるものとして、鯨の肉をいささか度をこして好んでいた。
「ステーキだ、ステーだ、寝るまえにひと口やるぞ! おい、ダグー、船べりをまたいでいって、尾の身のところを一切れカットしてきてくれ!」

彼は真夜中にマッコウ鯨のステーキをコックに焼かせて、夜食を楽しむ。この場面が印象的なのは、人間が鯨のステーキを食べているかたわら、捕鯨船に係留したマッコウ鯨の死体をめがけてサメたちが群がり、サメもまた鯨を食べているから。人間とサメの饗宴が同時進行しているのだ。ユーモラスで、微妙に毒気のあるシーン。
●続く第65章は「美食としての鯨肉」。鯨肉は「高尚な食品」であるが、脂身が多すぎるのが問題であるとか、鯨脳はまろやかでクリーミーだが濃厚すぎるとか、鯨の食べ方について、あるいは陸の人間たちがなぜ鯨食を嫌悪するのかについての考察など、ここでも百科全書的な記述が続く。メルヴィルは文筆家になる前に実際に捕鯨船の乗組員を務めているので、このあたりは実体験に基づく話なのだろう。
●かつて日本では学校給食で鯨肉が定番メニューだったわけだが、商業捕鯨の停止により姿を消した。鯨食文化があった日本人としては、欧米の読者とは違った角度からの関心を持って読める章だ。

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