●ちょうど高松宮殿下記念世界文化賞の音楽部門受賞者にヘルベルト・ブロムシュテットが選ばれたというニュースがあったが、「音楽こそわが天命 ヘルベルト・ブロムシュテット自伝」(アルテスパブリッシング)の増補新版が刊行されている。聞き手はユリア・スピノーラ。これは2018年に刊行された本に、新たに2025年春に行ったインタビューを第9章「究極の決定はほかでくだされる」として追加したもの。
●増補新版で追加された第9章は20ページほど。かつてスウェーデンではブルックナーがなかなか受け入れてもらえなかったことや(スウェーデン放送交響楽団にデビューした際、なにを提案してもいいがブルックナーだけはダメだと言われたエピソードなど)、特別な思い入れを持つベルワルドの交響曲第3番をウィーン・フィルとベルリン・フィルで指揮した際の比較がおもしろかった。
●初出時の当欄での紹介はこちら。過去の失敗なども率直に語っており、必読の一冊だと思う。
Books: 2026年9月アーカイブ
「音楽こそわが天命 ヘルベルト・ブロムシュテット自伝」[増補新版]
「ハウスメイド」(フリーダ・マクファデン)
●気軽に読めるミステリーを一冊紹介。フリーダ・マクファデン著の「ハウスメイド」(高橋知子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫)。なんと、全米200万部突破の大ベストセラー。シリーズの続刊も好調らしく、あまりに評判が良いので、まずは第1冊を読んでみた。主人公は10年も刑務所に服役した女性。仕事も住む場所もなく、車のなかで寝起きする窮状にあったが、運よく豪邸に住み込みで働くハウスメイドの仕事を手に入れる。だが、この一家はなにかおかしい。旦那は最高にハンサムで優しいのだが、雇ってくれた奥さんは要求が支離滅裂で意地が悪い。娘は生意気で、異様に扱いづらい。主人公は屋根裏部屋を与えられるが、鍵は外からしか掛けられないことに気づく。
●イヤ~な予感しかしないし、困った出来事が次々と起こるのだが、ミステリーとしての仕掛けはしっかりしていて、ある章を起点として、これまでとはまったく違った光景が見えてくる。意外性があると同時に古典的ともいうべきか。登場人物が少なく、ストーリーが明快で読みやすいのも吉。意外と後味もよい。なので十分におもしろいのだが、200万部も売れたのは、この本がミステリーであると同時にロマンス小説でもあるからだろう。自分はむしろそっちのほうが予期せぬ展開でびっくりした。えっ、そうなっちゃうの、えっ、なんでその人がそうなるわけ?みたいな。しかし、これの性別を逆にした展開は世の中に無数にあるはずで、その点で新たな気づきを得た一冊。
●そういえば、ミステリーで思い出したけど、アガサ・クリスティーが書いたミステリーじゃない小説、「春にして君を離れ」が光文社古典新訳文庫から廣野由美子訳で刊行されている。自分は旧訳でしか読んでないけど、これは打ちのめされるような傑作。クリスティーはミステリーを書かなかったとしても偉大な作家になったんじゃないだろうか。これ、ただの嫌なオバサンの話じゃなくて、ワタシやあなたについての小説だと思う。新訳で読み直してもいいかもしれない。
メルヴィル「白鯨」 その6 海のマクベス

●(承前)メルヴィルの「白鯨」は大著だが、白鯨すなわちモービィ・ディックが本当に姿を現すのは最後の3章だけだ。その1で第132章「交響楽」について書いたけど、その直後の第133章「追跡──第一日」から第135章「追跡──第三日」まで。狂乱のエイハブ船長は三日間にわたって執拗に白鯨を追う。戦いの場面は壮絶だ。エイハブは叫ぶ。
「打ち込め、打ち込め、おまえの釘をな、おお、波よ! 釘の頭が沈みこむまで打つがよい! だが波よ、いくら打っても、打ちつける蓋はないぞ。あいにく、わしは棺桶にも柩車にも縁はないのだ──この世でわしを殺せるのは麻縄だけだ! はっ! はっ!」(第135章)
●この台詞は第117章「鯨番」での拝火教徒フェダラーの予言を受けている。拝火教徒はエイハブに向かって「棺桶も柩車も、あんたとは無関係だ」「麻縄以外では死なん」と予言する。エイハブは「絞首刑でしか死なん、という意味だな──そうなりゃ、わしは陸でも海でも不死身ということになる」と解して哄笑する。これは今どきの言い方でいえば「フラグが立つ」というヤツだ。エイハブは神をも恐れぬ様子でモービィ・ディックと戦うが、最期はあっけない。
銛が投じられ、銛を打たれた鯨は急発進し、綱は摩擦で発火せんばかりの勢いで綱受けの溝を疾走し──溝をはずれた綱はもつれた。エイハブは身をかがめてもつれをなおそうとし、事実みごとにもつれはなおしたが、桶から飛ぶように繰り出す綱がその首に巻きつき、トルコの啞者の絞首刑執行人が犠牲者の首をしめるときのように声もなくボートから姿をけしたので、乗組みはだれもエイハブがいなくなったことにしばらく気づかなかった。
拝火教徒の予言通り、綱が首に巻きついて、エイハブは海に消える。しかも、だれにも気づかれずに。メルヴィルが書きたかったのはこれか、と思う。エイハブはずっとモービィ・ディックに意味と物語を与え続けていたが、相手は最後の最後まで超然とし、エイハブのことなど歯牙にもかけない。エイハブは己の妄執に殺されたともいえる。
●この拝火教徒の予言とエイハブの解釈は、シェイクスピアの「マクベス」を強く連想させる。「女から生まれた者には倒されない」「バーナムの森が動かないかぎり敗れない」という魔女の予言に己の無敵を信じるマクベスの姿は、エイハブとぴたりと重なる。