News: 2012年10月アーカイブ

October 31, 2012

国際音楽祭「ヤング・プラハ」スペシャルガラコンサート/読響新コンサートマスター発表

●30日は渋谷区文化総合センター大和田さくらホールにて、国際音楽祭「ヤング・プラハ」スペシャルガラコンサート。「ヤング・プラハ」とは21年にわたって日本とチェコの間で若手音楽家たちの交流と育成に尽力してきた民間団体で、代表の中島良史氏は「音楽を通じた日本とチェコとの文化交流の促進」を理由に今年外務大臣表彰を受賞、加えてチェコ文化省から「チェコ藝術の友」賞を受賞した。氏が今回で退任するということで、今年は節目の公演となり、創立以来チェコに派遣されてきた日本人音楽家から23名が出演した。
●で、3時間を越えるスペシャルガラとなったわけだが、出演は鈴木大介(g)、荒川洋(fl)、安藤赴美子(S)、梯剛之、松本和将、菊池裕介(以上p)、大萩康司(g)、最上峰行(ob)、周防亮介(vn)他、錚々たる顔ぶれ。作曲家としては台信遼さんが参加、「イシス」を丸田悠太(fl)さんが独奏した。鈴木大介さんが司会までこなしていて、しかもそれが巧みすぎて驚愕。全14曲のお腹いっぱいプロ、どれも聴きごたえがありすぎて言い尽くせないが、やはり最後に安藤赴美子さんが歌ったドヴォルザークの「ルサルカ」からのアリア「月に寄せる歌」は、中島良史代表指揮(2vn,va,vc,fl,ob,cl,hpで伴奏)のサプライズもあり、当夜のクライマックスとなった。
読響新コンサートマスター発表のニュースが。なんと、新コンサートマスターとして、元ウィーン・フィル・コンサートマスターのダニエル・ゲーデと、現ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団の第1コンサートマスターの日下紗矢子が、読響コンサートマスターに就任する。日下さんは現職と兼務。両氏は今年退任した藤原浜雄および来年5月末に退任予定のデヴィッド・ノーランの後任ということで、小森谷巧を含めた3人体制になるとのこと(引き続き客員コンサートマスターに鈴木理恵子)。

October 29, 2012

尾高忠明指揮東響のウォルトン「ベルシャザールの饗宴」

●28日は尾高忠明指揮東京交響楽団へ(サントリーホール)。ローマン・トレーケル(バリトン)と東響コーラスを迎えて、武満徹「波の盆」、マーラー「リュッケルト・リーダー」、ウォルトンのオラトリオ「ベルシャザールの饗宴」という魅力的なプログラム。
●前半武満徹「波の盆」は日テレの同名テレビドラマの演奏会用編曲版ということで、全6曲が倉本総脚本のストーリーに即した音楽になっているわけなんだけど、その元となった1983年のドラマは知らない。でも、知らないからこそ雄弁な物語性を感じるというか。途中でアイヴズばりに軍楽隊が乱入してくるところなんて、実際の物語以上に意味深長に聞こえる。続くマーラーでは長身痩躯のトレーケルのまろやかボイスを堪能。マーラーのもう一つの「アダージェット」、「私はこの世に捨てられて」が美しすぎる。
ベルシャザールの饗宴●後半はウォルトンの一大スペクタクル「ベルシャザールの饗宴」。P席に陣取る180名くらいの大合唱団に、LR両サイドにバンダも配置されてデラックス感満載(合唱は暗譜)。これでもかというくらいに何度もクライマックスが築かれる壮麗な音楽なんだけど、力づくになることなく、むしろ清澄さが際立っていた。
●これ、ウォルトン29歳の作品なんすね。若い。字幕があれば最高だったけど、三浦淳史先生訳の対訳がプログラムに載っていたのは吉。
ダニエル書第5章。ベルシャザールの饗宴の最中に、突然人の手の指が現れて壁に「メネ、メネ、テケル、ウパルシン」を書く。王はバビロンの知者たちを集めて、読み解いた者を国の第三のつかさとするというんだけど、だれも読めない。しかしユダからの捕虜ダニエルが、これを読む。「神はあなたの治世を数えて、これをその終りに至らせた。あなたははかりで量られて、その量の足りないことがわかった。あなたの国は分かたれて、メデアとペルシャの人々に与えられる」。ベルシャザールはダニエルを国の第三のつかさであると命ずる。その夜のうちに王ベルシャザールは殺される……。ああ、なるほどそういう話だったのねとこれ読んでわかる。気になるダニエルの運命の行方は第6章へと続く。次回、獅子の穴が大活躍、この次もサービス、サービス。

October 26, 2012

ナクソス創業25周年記者懇談会。NMLへのメジャーレーベル参加は続く!?

ナクソス創業25周年記者懇談会
●25日はナクソス創業25周年記者懇談会&パーティーへ(渋谷・セルリアンタワー東急ホテル)。25周年を機にナクソスのビジネス戦略について、クラウス・ハイマン経営最高責任者が欧州、米国各地に続いて東京でも会見を行なうというツアーの一環として、記者懇談会が開かれた。
●まずハイマン氏からは現状のナクソスのビジネスの全貌について、一通りの案内があった。ナクソスは相変わらず多数のタイトルのレコーディングを行なう活発なレコード会社ではあるけど、それ以上にNMLをはじめとする音楽配信のプラットフォームを担うIT企業でもあり、また他のレーベル(時にはメジャーを含む)の商品のロジスティックスやディストリビューションを担う流通企業でもありと、ユニークで多角的な企業に成長しているということが改めて感じられた。ウェブサービスのメンテナンスやメタデータの作成をする部門は以前は香港にあったけど現在はマニラに置いてるとか(メタデータの作成に音楽学者も雇ってるんだとか)、米ナッシュヴィルに12名のIT部隊を置いて開発をやってるとか、音楽CDのリリースは香港とロンドンで14名でやってるとか。ナクソスの企業カルチャー同様、会見の雰囲気も「レコード会社」というのとはぜんぜん違うイメージ。
●会見後の質問で、NML(ナクソス・ミュージック・ライブラリー)について「先般ワーナーミュージックが参加したが、他のメジャー、ユニバーサルやソニーも参加する可能性はあるのか。またEMIはすでに海外版NMLでは参加しているのに、日本国内のNMLからは聴けない。この状況は今後解決されるのか」と尋ねたところ、ハイマン氏は「ユニバーサルとソニーは今後6ヶ月以内に参加するだろうと展望している。EMIは日本市場に限って条件面で合意できていないが、しかしインターナショナルな販売からはEMIは満足していると伝えられているので、今後状況は改善されていくのではないか」という返答だった。前者は具体的な展望、後者は目標といったところか。
●他に印象に残ったのは音質面かな。配信の音質向上については「WAVファイルはすでにあるので、配信しようと思えば可能。回線コストが折り合えば。ダウンロード販売のClassicsOnlineではすでにFLAC配信も始めている」と。基本的に、需要があってなおかつコストが折り合えばやるし、そうじゃなきゃやらないと明快なんすよね、ハイマン氏は。ちなみに、NMLを利用する米国の教育機関は64kbpsで契約するところが大半で、128kbpsを選ぶのは非常に少数なんだとか。
●もともとNMLは教育機関、図書館、音楽団体、音楽家向けにデザインされているサービスなんだけど、日本では例外的に大勢の個人ユーザーが利用しているわけで(と以前の取材でうかがった)、四大メジャー全部が聴けるようになったらますますその傾向は強まるかも。
●最後にもう一つメモ。NAXOSレーベルの米国でのフィジカル(CDなどパッケージ商品)対デジタルの販売比率は昨年が50対50。今年は40対60でデジタルが優勢。ハイマン氏の予想では5年後には25対75くらいになるんじゃないか、と。

October 24, 2012

「ポリーニ・パースペクティブ2012」開幕

ポリーニ・パースペクティブ2012●全6公演からなる「ポリーニ・パースペクティブ2012」が開幕。今回のポリーニ祭りはサントリーホール(大)の4公演が「現代音楽+ベートーヴェンのピアノ・ソナタ」、ブルーローズ(小ホール)での2公演が現代音楽のみ(こちらはポリーニは出演せず)という構成になっている。ベートーヴェン以外にとり上げられる作曲家はマンゾーニ、シュトックハウゼン、ラッヘンマン、シャリーノ。
●昨夜23日はマンゾーニのIl Rumore del tempo(ヴィオラ、クラリネット、打楽器、ソプラノ、ピアノのための)と、ベートーヴェンのソナタ第21番「ワルトシュタイン」、第22番、第23番「熱情」。休憩中にマンゾーニにサインを求めるお客さん多数。ポリーニの出番は後半から。さすがにポリーニも老いて無瑕とは到底いかないんだけど、その向こう側に息づく音楽を聴きに来た人が集ったというべきか、最後はほとんど客席総立ちに近い大喝采が送られた。テンポは終始速め、なおかつ慣習的にテンポを落として歌いがちなフレーズをむしろ加速するように足早に通り過ぎて、一息の推進力で前へ前へと進む。でもそんななかで白眉はニュアンスに富んだ「熱情」第2楽章か。NHKの収録あり。

October 23, 2012

「オーケストラは未来をつくる~マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦」(潮博恵著/アルテスパブリッシング)

「オーケストラは未来をつくる~マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦」●一昔前(いや二昔前くらいか)まではアメリカのオーケストラの勢力地図というと、「ビッグ5」だか「ビッグ6」みたいに西海岸は無視みたいな構図ができあがってたけど、その後のLAフィル(ロス・フィル)とサンフランシスコ交響楽団の躍進ですっかり事情が変わったじゃないすか、いやー、ホントに時代は変わるよねえ……っていう話になると、「そうだねそうだね」と来る人と「え?」ってなる人がいる。かつてのメジャー・レーベル中心のレコード・ジャーナリズムを引きずってると「ビッグ5」の残像が残るんだけど、その後、もうアメリカのどこの楽団もメジャーとの継続的なレコーディング活動はなくなって、みんな自主レーベルの時代に入ってしまった。で、米国オケでその自主レーベルによるレコーディング活動の先鞭をつけたのが、サンフランシスコ交響楽団。ティルソン・トーマスとのマーラーは日本でもCDリスナー層には評判になったと思うんだけど、ようやく11月にこのコンビで来日してくれることになって、その充実ぶりが広く伝わることになるはず(ああ、でもユジャ・ワンの曲目変更が痛恨すぎる、ショスタコ聴きたかった……)。
●で、ここまでが前置きだ(長いよ)。じゃあ、サンフランシスコ響がいったいどうやってこんなに最強に強まったのよ?ってのを明らかにするのが「オーケストラは未来をつくる~マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦」(潮博恵著/アルテスパブリッシング)。これを読むとオーケストラはいい指揮者がいていいプレーヤーがいさえすればそれでこと足りる、なんてことはぜんぜんないのだということがよく伝わってくる。そのオケにはどんなタイプの音楽監督が必要なのか、その土地にはどんなプログラム戦略が適しているのか、教育活動はどうする、資金集め事情はどうなっているのか。客席から眺める「コンサート」の外側にも広大な世界があって、音楽家も事務局も理事会もオケにかかわる人々が本物の熱意を持って知恵を絞っている。本書後半のインタビュー集を読むと、彼らが心底まぶしく見える。一般のファンが読んでももちろんおもしろいし、オケ関係者、音楽マネージメント関係者には相当刺激になるのでは。
●印象に残ったところはいくつもあるんだけど、一つ挙げると、プレジデント(理事会の議長)のジョン・D・ゴールドマンのインタビュー。理事会のメンバーは無給のボランティアなんだけど、彼は仕事の時間の8~9割をサンフランシスコ響の活動に費やしている。元保険会社経営者。で、オケ創立100周年の資金調達キャンペーンで1億2500万ドル集めたって言うんすよ。えっ、1億2500万円じゃなくて1億2500万ドル!!! 「多くの人が、できっこない、寄付者に多くの額を頼みすぎていると思っていました。でも蓋を開けてみれば、私たちが予想したよりもかなり多くのお金を集めることができたのです」。これはもう絶句。あと、エグゼクティブ・ディレクターの「キーピング・スコア」の企画に関する話で、当初テレビの音楽ショーをやりたいと地元財団に話をもちかけたら、「もっと大きく考えませんか? 私たちはサンフランシスコ交響楽団にもっとインパクトのあることをやってほしいのです」と返答されたというのも強烈だ。今ワタシらが普段目にするのって、話が進むにつれて最初に広げた風呂敷より「もっと小さく」ってなる話が大半だから、財団から「もっと大きくしよう」って言われるなんて、スゴくない?
●「そんなの今の日本じゃありえない」と思われるかもしれないんだけど、それはもっともなことで、たぶんアメリカ国内でだってベイエリアならこれでよかったけど、じゃあフィラデルフィアやクリーヴランドでも同じ方法論が通用するかといえばそんなものじゃないはず。強気の資金調達や先進的なプログラミングよりも、その正反対の戦略が成功する土地もあるかもしれない。むしろ、オケのあり方はその土地柄次第ということこそが本書の主題。もっとローカルに。都市圏にあって、いかに地域との結びつきを深めるか、という点だけをとっても、限りなく示唆に富む。

October 22, 2012

ラザレフ指揮日フィルのプロコフィエフ

●20日はサントリーホールでラザレフ指揮日フィルで、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲(川久保賜紀)、プロコフィエフの交響曲第6番。本来なら2011年6月に終わる予定だった「プロコフィエフ交響曲全曲演奏プロジェクト」の最終回。前半の流麗なチャイコフスキーもよかったんだけど、めったに聴けないプロコフィエフの6番を聴けたのがなによりうれしい。ラザレフと日フィルは準備万端、磨きをかけた演奏に熱風を吹き込み、晦渋さを感じさせない雄弁なプロコフィエフを聴かせてくれた。
プロコフィエフ●この曲って、意外と好きな人が多いみたいなんすね。第2楽章は圧倒される。でも終楽章の唐突さ、投げやりな軽快さはかなり謎。カッコ悪さを装うのはマーラー第7番「夜の歌」終楽章と同様のノリなのか。
●ラザレフって「ドヤ顔」を見せてくれるじゃないですか。曲が終わると同時にクルッと客席を向くおなじみの「ドヤフィニッシュ」のみならず、演奏中も完全に客席に体を向けて指揮しながら「どうですか~お客さん、この音楽、最高でしょう~」みたいな表情を見せて、盛り上げてくれる。以前リハを見学させていただいたときに、やっぱり曲の途中で客席側(関係者しかいない)に向かってグワッて体を向けてこちらを見るので何事かと驚いたんだけど、あれはまさにリハーサルだったのだと本番で気づいた。
●最近知った言葉。ドヤリング。ラザレフとはなんの関係もない。ノマドな人を指すっぽい。

October 20, 2012

カンブルラン&読響のラヴェル、マゼール&N響のワーグナー

ラヴェル●18日はカンブルラン&読響へ(サントリーホール)。ラヴェルのバレエ「マ・メール・ロワ」と「ダフニスとクロエ」全曲というプログラム。輪郭のくっきりした明晰なラヴェルを満喫、すばらしかった。強奏時の響きの美しさと白熱する高揚感との間で、絶妙なバランスを取りながら細い尾根道を歩んでいたという印象。同じオーケストラから先月のスクロヴァチェフスキとはまったく違った響きが引き出されていた。合唱に新国立劇場合唱団を得たのも吉。「ダフクロ」は全曲版が断然楽しい。本日20日に東京芸術劇場で同一プロもう一公演あり。
●19日はマゼール&N響定期Cプロ、ワーグナー「言葉のない指環」(NHKホール)。マゼール自身がかつて編曲して(といってもマゼールの創作成分はゼロ)ベルリン・フィルと録音した、「ニーベルングの指環」オケのみハイライト集。これ一曲で休憩なし。スクロヴァチェフスキ&読響のデ・フリーヘル編「トリスタンとイゾルデ」のときも書いたけど、「ワーグナーのオペラをどうやったらオペラ抜きで聴けるか」という矛盾した欲求を持ってる人は少なくないはずで、この編曲もこれを満たす回答のひとつ。これって「言葉のない指環」なんて題名になってるけど、「声楽のない指環」なんすよね。わざわざ四管編成の大オーケストラを狭苦しいピットに押し込んで、なおかつ歌手の声をマスクしないように鳴らす、などというしち面倒くさいことなんかしないで、ドバーンと全員ステージに乗って鳴らしまくればいいじゃないの、というノリでもあるわけで、マゼールは壮麗な一大スペクタクルを聴かせてくれた。前半はやや淡々と進んだ感もあったんだけど、進むにつれてぐいぐいと引き込まれた。心持ちテンポを落とした「ジークフリートのラインの旅」は圧巻、鳥肌モノ。やはり怪人。こちらも本日20日に同一プロもう一公演あり。

October 16, 2012

バッハ・コレギウム・ジャパン「パウルス」

●14日、東京オペラシティでバッハ・コレギウム・ジャパンのメンデルスゾーン「パウルス」。合唱と管弦楽をあわせて約70人という編成はBCJ史上最大なんだとか(鈴木雅明さん談)。普段ならオペラシティの舞台に70人が並んだところで大編成でもなんでもないところだが、BCJの公演でこの編成は壮観。ホルン4本、トロンボーン3本にオフィクレイドやコントラファゴットも。さらにオルガンに鈴木優人さん。コンサートマスターは寺神戸亮さん。ゴージャス。しかしメンデルスゾーン本人はこの曲に数百人規模の合唱を用いたというのだからスゴい。なぜそんなに人数が必要になるのだろう? 「一万人の第九」みたいな企画は現代的というより、もしかしたら19世紀的なノリなのかも(笑)。
●冒頭第一曲からすばらしく柔らかな響きで始まり、力強く壮麗な高揚感にあふれた演奏が繰り広げられた。「サウロの回心」や「目から鱗が落ちる」場面など、物語的なクライマックスは第1部にあるけど、第2部も音楽的には起伏に富んでいて、陰影も豊か。
●しかしこれくらい音楽として感動的でありながら、物語的に疎外感を感じる作品もない。熱心なユダヤ教徒であるサウロはイエスからの呼びかけで失明するが、イエスの弟子により目から鱗が落ちて、ふたたび目が見えるようになる。サウロは回心し、キリスト教徒としてパウルス(パウロ)を名乗る。パウルスは異邦人の宣教へ向かい、多神教を戒め、一なる神への帰依を説く。パウルスは迫害にもひるむことなく、最後には死を覚悟の上、エルサレムへと旅立つ……。非キリスト者の私たち異教徒にとって、パウルスはなんと独善的で乱暴な男に映るのか。パウルスには言いたい。八百万の神、いいよー。万物に神様、宿ってね? 君の言ってる神への帰依は、個人と神との対話ではなく、集団的な利益を求めるためのイデオロギーでは。ノーモア石打ち、ビバ寛容。そして命を粗末にしてほしくない。
●パウルスが足の不自由な男を治す場面があって、異教徒たちは驚いてパウルスを拝みだすんだけど、そんな現世利益に目がくらむ異教徒もどうかと思う。ていうか「病気を治して信者獲得」は不滅なのか!?

October 15, 2012

マゼール&N響定期Aプロ

●時の流れが止まっているかのように老いを感じさせない人がまれにいるけど、この人もその一人かも。13日夜、マゼール&N響へ(NHKホール)。定期公演Aプロ。とても82歳とは思えない。といっても、さすがにフィジカルには老いている。今回歩く姿に初めてそれを感じたけど、それでも姿勢をまっすぐに保って毅然としてオーラを発しながら、精神の溌剌さを棒に託しているのがスゴい。下向きに握った指揮棒を細かく振る姿は健在で、N響からまぎれもないマゼール・サウンドを引き出していた。キリッとアンシャープ・マスクをかけてさらに彩度30%増にしたみたいな鮮やかな響き。
●チャイコフスキーの組曲第3番って40分くらいあるんすよね。交響曲並みの長さなのに、中身は組曲。これが退屈せずに聴けるという喜び。休憩後にライナー・キュッヒルがソロをつとめたグラズノフのヴァイオリン協奏曲、そしてスクリャービンの「法悦の詩」。妖しさ全開。多くのマゼール・ファンが期待する意表をついたヘンタイ・ルバートはなかったかもしれないんだけど、曲がもともと怪異なので無問題。終演後は盛大なブラボー。一曲目のチャイコフスキーの組曲からブラボーが出てたくらいで、どれだけ期待された客演だったがよくわかる。老巨匠から拝聴するありがた~い音楽っていうんじゃなくて、サービス満点のエンタテインメント性がすばらしい。ぜんぜん枯れてないし。N響初登場だったとは。この後のCプロ、Bプロも盛り上がりそう。

October 11, 2012

東京交響楽団次期音楽監督発表記者会見。ジョナサン・ノットが次期音楽監督に!

ジョナサン・ノット
●東京交響楽団の音楽監督ユベール・スダーンの任期が2014年8月に終了するにあたり、次期音楽監督が発表されるということで、10日、ミューザ川崎の市民交流室へ。記者会見では次期音楽監督本人が登場すると案内されていたが、だれに決まるかは事前に聞いておらず、ネット上でもいろんな憶測が流れていた。で、会見場に入ると、普通はまず当日配布資料が手渡されるものなんだけど、この日は「資料は発表の後で」という周到さ(資料でわかっちゃうとだれかがツイートしちゃうからねえ)。会見の模様はUSTREAMでもライブ配信され、記者も一般聴衆もまったく同じタイミングで、新音楽監督の名前を聞いたわけだ。ジョナサン・ノットである、と! 発表と同時に本人が入室して、少し会見場がざわめいた。
●すばらしいすよね、今の時代の会見のあり方として。ノットと契約できたということといい、広報の鮮やかな手並みといい、仕事できる感が満載。
●で、ジョナサン・ノット。イギリス人ではあるけどバンベルク交響楽団とのコンビが知られていると思う。昨年に東響と一度共演した際に楽団員から熱烈な支持を受けて、今回の契約に至ったという。東響の大野楽団長は「2、3年前にスダーンからどんなに関係がうまく行っていても10年以上音楽監督を務めるつもりはないと言われ、以来、次期監督を探すため、いろいろな指揮者と共演してきた。スダーンはオーケストラを基礎から鍛えてくれた。次の音楽監督はまた同じように基礎からというのではなく、スダーンが培ったものの上に、自由に花開かせてほしい思い、『もうこの人しかいない』ということになった」と話してくれた。
●ノットは「はじめて東響を指揮した際には、このオーケストラが音楽監督を探しているとはまったく知らなかった。交渉には半年以上の時間がかかったが、今、自分にとって新しい旅を始めるにあたってぴったりのタイミングだと考えるに至った。よい旅とは必ず冒険である。どこにたどり着くか、わからないもの。指揮者に必要な条件はいくつもあるが、もっとも重要なのは指揮者がいなければ決してとれないリスクをとること。このどこに続くかわからない旅でもリスクをとって、みなさんと楽しい時を過ごせれば思う」と抱負を述べてくれた。
●「リスクをとる」というのはノットがたびたび口にしたフレーズ。指揮者としてのフィロソフィは「本番でリハーサルを繰り返さないこと」。「リハーサルは枠組みでしかない。本番ではそのときの雰囲気などさまざまな要因で演奏は変わる。本番はなにが起きるかわからない。リスクをとらなければならない」といったように。
●東響のノット次期音楽監督特設ページはこちら。契約は2014年9月から3年間で、1シーズンに4回来日し、計8週間、東響を指揮する。また、就任前に来年10月、R. シュトラウスの「4つの最後の歌」と「アルプス交響曲」を披露してくれる(新潟定期でも同プロあり)。
●これで東京のオーケストラの指揮者陣の名前がますます魅力的なものになった。パーヴォ・ヤルヴィ(N響)、シルヴァン・カンブルラン(読響)、インゴ・メッツマッハー&ダニエル・ハーディング(新日本フィル)、エリアフ・インバル(都響)、アレクサンドル・ラザレフ(日フィル)、ダン・エッティンガー(東フィル)……さらにジョナサン・ノット(東響)。なんという音楽都市。

October 10, 2012

フランクフルト国際空港税関連続ヴァイオリン差し押さえ事件メモ

●フランクフルト国際空港での税関当局による連続ヴァイオリン差し押さえ事件の件。この話題はTwitterとかfacebookで一巡りした感もあるんだけど、後日用にメモしておこう。堀米ゆず子さんがガルネリの輸入申告を怠ったとして楽器を差し押さえられたという報道が8月22日。税関当局はヴァイオリンの評価額を100万ユーロ(1億円)と判断し、19%にあたる19万ユーロ(1900万円)の関税支払いを要求した。
●その後、9月25日になって堀米さんによる手記が所属事務所のサイトで公開された。楽器は無事堀米さんのもとに戻ったものの、そこに至るまでの経緯と気持ちの推移が生々しく書かれている。1900万円に加え罰金1900万円、計3800万円が必要とされ、「一時はもう楽器はあきらめてドイツ側に渡そうとも思いました」とも書かれ、その後楽器を取り戻そうと「銀行保証に踏み切る覚悟を決め、資産状況も報告することにした」と記されている。結果的に無償で返還されることになり安堵したが、事件は続く。
●9月28日、今度は同空港で有希・マヌエラ・ヤンケさんがストラディヴァリウスを差し押さえられた。ヤンケさんの場合はドイツ在住で国籍もドイツのようなのだが、ヴァイオリンの保険対象額6億3000万円につき関税約1億2千万円(!)を請求される。で、ここからがなにがなんだかという話だが、ドイツの財務省が税関当局に楽器を返還するよう指示したところ、税関側が反発して、財務相が脱税行為を手助けしているとして職員が検察当局に告発したという。このバトルがどうなるんだかわからないが、ともあれ楽器の行方については決着が付いたようで、ストラディヴァリウスは無事本人の手許に返還されることとなった。
●で、じゃあ税関のルールを厳密に守ったら、ヴァイオリンどころかパソコンやスマホを持ってても申告が必要になるんじゃないの?といった話がやり取りされているのが今。
●なんかこの手の話って、人のエネルギーを吸い取るような話でイヤっすよね。わけがわからないっていう以上に、追いかける元気が出ない。そこで、最後に元気が出る映像へのリンクを張っておく。ワタシの好みは12番箱ネタ。5番の頭からアップも秀逸。

Bruckner 7 Becken - Keller's Knigge

October 9, 2012

ブリテン「ピーター・グライムズ」@新国立劇場

●今季の新国立劇場はブリテン「ピーター・グライムズ」で開幕。これを観にいかなかったらなにを観るの?」というくらいの演目。初日から評判は上々で、期待通りのすばらしさだった。打ちのめされるオペラ、ナンバーワンかも。台本と音楽の両方で圧倒される。
ブリテン●「ピーター・グライムズ」は「ヴォツェック」などと同じく、社会から疎外され、不寛容に押しつぶされる男の物語だ。だから、まず条件反射的に自分をピーター・グライムズの場所に置いて聴こうとする。が、幕が開けてしばらくすると、そんな抑圧された人物を都合よく気取ったような視点では見ていられなくなる。ピーター・グライムズはなぜ村人に疎外されているのか。少年に対して乱暴にふるまうから? 家ともいえない掘っ立て小屋みたいなところに住んでいる貧しい男だから? いや、一昔前の寒村における徒弟の扱いはピーターに限らず酷いものだっただろう。子供なんてぶたれて当たり前だったにちがいない。貧しい者だっていくらでもいただろう。
●で、やはりセクシャリティの問題に思いを巡らせないわけにはいかない。アレックス・ロスが「20世紀を語る音楽」のなかでブリテンと「ピーター・グライムズ」当初脚本におけるホモセクシャリティや少年愛の問題について論じていたと思うが、今回のウィリー・デッカー演出ではこれらの要素は触れられていない。それで問題なく作品は成立するんだけど、ワタシはやはりピーター・グライムズはセクシャリティゆえに疎外されているという設定でしか観ることしかできなかった。ピーターがエレンに抱く夢は、常に自分が社会の構成員として一人前に認められるための方策としてしか語られることがない。彼はエレンという個人に微塵の興味も抱いていないのだ。一方、村人たちはどうか。たとえば「人はみな自分らしく生きる権利があると思うんだ。僕は他人が僕と違う生き方を選んできたとしても、決して差別しないし、彼のことを尊重するよ」なんてことを涼しい顔で言う人がいたら、そんな人間の言うことを1ミリでも信用できるだろうか。だれだって言うだけならそう言える。この村人たちですら胸を張ってそう言うだろう。しかし「ピーターのこと、差別なんかしないよ」って言っていても、ピーターが少年と関係を持てば途端に平気な顔をしてはいられなくなる。「自分で判断のできない少年が相手なのだから罪だ。これは決して差別ではない」と主張するかもしれない。しかしピーターにはピーターの倫理があってはいけないのか? 彼の倫理ではごく当然の愛情表現だったかもしれない。絶望的な軋轢と相克を前にしてもなお「僕はあなたのことを尊重する」と言えないものが村人になる。つまり、自分も村人になる。セクシャリティではなく、ナショナリティやエスニシティの話だったとしても同じことはいくらでもあるわけで、その度にお前はいちいち村人の側に付こうとするのだと客席に向かって冷然と宣言するのが、この「ピーター・グライムズ」という作品。このオペラは観客に「心地よい除け者の孤独」という安楽な仮想ポジションを決して与えてくれない。
●あのブリテンの海の音楽。風が凪ぎ波が陽光にきらめく穏やかな海に救いのない悲劇を託する。突き刺すような告発の合唱。憎悪の増幅装置となって襲いかかる痛烈な管弦楽。これを31歳で書いただなんて。
●スチュアート・スケルトン(ピーター・グライムズ)、スーザン・グリットン(エレン)、リチャード・アームストロング指揮東フィル、新国立劇場合唱団。合唱は驚異的な完成度。

October 8, 2012

サントリーホール ブルーローズにて「音楽のある展覧会~ウィーンに残る、日本とヨーロッパの450年の足跡」

音楽のある展覧会
●10月6日(土)より10月12日(金)まで、サントリーホールのブルーローズ(小ホール)で「音楽のある展覧会~ウィーンに残る、日本とヨーロッパの450年の足跡」が開催中。5日に開かれた内覧会に足を運んだ。なんと、あの小ホールが展覧会場になってるんすよ。最初の一歩を踏み入れて「あれ!? ここはどこ?」。
●今回展示されているのはウィーン楽友協会所蔵のコレクションで、16世紀から現在に至るまでの日本との縁のある音楽関係の資料。ブラームスが所有していた「日本民謡」とかディットリヒが編纂した「日本民謡集」や、西洋楽器を演奏する様子が描かれた浮世絵、ヨーロッパで刊行された日本文化関連書物(たとえば1851年のプフィツマイアー著「日本語辞典」など)等々。ミニ・コンサートやギャラリー・トークも開催される。この日は武村八重子さんのピアノでヘルベルト・ブラウン「東郷元帥マーチ」なる曲などが演奏された。
●写真はウィーン楽友協会アルヒーフ室長オットー・ビーバ氏の挨拶。「日本音楽がどうやって西洋に伝えられてきたかを伝えたい。これは多くの方がご存じないこと。すべての資料は楽友協会資料室のもので日本初公開となる」。展覧会の詳細はサントリー公式サイトへ。

October 6, 2012

大井浩明POC#11「ラッヘンマン+ホリガー全ピアノ作品」、すみだトリフォニーホール「オール・アバウト・ハインツ・ホリガー」第1日

●4日は代々木上原のけやきホールで大井浩明さんのピアノによるPOC(Portraits of Composers)#11「ラッヘンマン+ホリガー全ピアノ作品」。このけやきホールって古賀政男音楽博物館の中にあるんすよね。お隣がJASRAC本部ビルという「総本山」感。で、公演は平日ながら18時開演で、この日も特盛り3時間コース。ありがたいこと。
●全体は3部に別れ、第1部にラッヘンマンとホリガーの初期作品中心、第2部にラッヘンマンの「こどものあそび」「セリナーデ」(←誤植にあらず。セレナーデを初演者の名にちなんでもじったもの)、第3部にホリガー「こどものひかり」抜粋(日本初演)、「パルティータ」「7月14日の小玉花火」(日本初演)。内部奏法、特殊奏法頻出。第2部のラッヘンマンがおもしろかった。「こどものあそび」のネジの外れた無邪気さが怖い。「セリナーデ」は鍵盤の強打の合間に生まれる残響やハーモニクスの間歇的な連なりが文脈を生成し、水面に映る「逆さ富士」あるいは影絵を連想させる。
●第3部の前にデイパックを背負ったラフな格好の白人男性が客席の端に座った。あ、ホリガーだ。週末にすみだトリフォニーで行なわれる「オール・アバウト・ハインツ・ホリガー」のために来日中だったので、「もしかして来るのかなあ?」とは思っていたが、やはりご本人臨席はインパクトあり。古賀政男音楽博物館にハインツ・ホリガー。演奏が終わって大井氏に促されてホリガーが立ち上がったときの、客席の「え、ホリガー来てるの!? なんでなんで?」感がハンパなかった。 フツーにそこにいるし、ホリガー。なお、POCシリーズの次回#12は11月15日にジョン・ケージ、#13は12月12日にファーニホウ+シャリーノが予定されている。詳細はこちら
●で、6日はすみだトリフォニーホール「オール・アバウト・ハインツ・ホリガー」第1日へ。この日のホリガーは指揮者、オーボエ奏者、作曲家の一人三役。オケは西江コンマス率いる新日本フィル。前半にホリガー吹き振りのモーツァルトのオーボエ協奏曲、さらにシューマンの交響曲第2番、後半にホリガー自作「音のかけら」、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。時間配分としては前半のほうがはるかに長いんだけど、より楽しかったのは後半。「音のかけら」は巨大編成を用いながらもウェーベルンを連想させるミニチュア楽章9つから構成され、特殊奏法も満載。大仰ではない明快で歯切れのよい「ラ・ヴァルス」は痛快だった。
●「オール・アバウト・ハインツ・ホリガー」第2日は8日、室内楽でプログラムが組まれている。この日はワタシは行けないんだけど、シューマン、サン=サーンス、ベートーヴェン、自作でホリガーのオーボエを聴くことができる。

October 4, 2012

スーパー・コーラス・トーキョー特別公演、インバル&都響のマーラー「嘆きの歌」

●別途進行中のマーラー・ツィクルスの番外編とでもいうべきか、3日、東京文化会館でインバル&都響のマーラー「嘆きの歌」。合唱がスーパー・コーラス・トーキョー(ロベルト・ガッビアーニ合唱指揮)で、東京都の東京文化発信プロジェクトの一環(プログラムに都知事の挨拶あり)。
マーラー●マーラーのカンタータ「嘆きの歌」は全3部のバージョン。ただし初稿なのは第1部のみで、第2部と第3部は改訂稿。この初期作品、初稿の完成が1880年秋というから、マーラー20歳の作品であるわけだ。なるほど、これはもう完全にマーラー。後の交響曲につながる素材があちこちから聞こえてきて、マーラーは20歳からすでにマーラーだったのだと得心する。1881年にベートーヴェン賞に応募するもブラームスら審査委員に理解されなかったというのもしょうがない。一つには作品が時代を先取りしすぎていたということもあるだろうけど、一方で粗削りなのも事実なんでは。
●これ、物語が「歌う骨」モノなんすよね、グリム童話とかにある。赤い花を見つけた者が王女と結婚できる。兄弟で花を探すと弟が見つける。弟が赤い花を帽子に挿して一眠りすると、その間に兄は弟を殺す。弟は女王と結婚して王になる。しかし楽師が弟の骨を拾って、これを笛にして吹くと、笛は自分は兄に殺されたのだと真相を歌う……。
●この物語上の起承転結と音楽の起伏がもう一歩かみ合っていたら、この作品は交響曲第0番的な存在としてもっと広く演奏されていたのかもしれない。もし自分が作曲当時の聴衆だったら、こう考えたんじゃないか。物語はいいけど、通して演奏するとわかりにくい。この独唱者4名にそのつどセリフを当てるのではなく、それぞれに役を固定しては? たとえばテノールが弟、バリトンが兄、ソプラノが王女で、メゾが楽師、群集と語り部は合唱が引き受ける、といった具合に。それと、華やかな結婚式と真実の暴露がどちらも第3部にあって対照的な性格のクライマックスが集中してしまっているから、たとえば第2部に祝祭的な結婚式を置いて、第3部を緊迫した悲劇の場面というように各部の性格をはっきりと分けたらどうか……。
●と、やはり作品を理解できず、後の大作曲家マーラーなど想像もできなかったと思う。たぶん、なんか型破りのパワーをもてあましているヘンな、そしてメンドくさそうな若者が出てきたな~、みたいな感じで。ていうか、破格の才能を秘めた若者なんて、ぜんぶその程度にしか認識できないかも。

October 3, 2012

「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」(山田治生著/アルファベータ)

「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」●山田治生さんによる新刊「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」を拝読。手にとってみると意外と厚みがあるんだけど、実はこの本にはA面とB面がある(いや両A面なのか?)。「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」と題された縦組のほうを開くと、クラシック音楽の入門書になっている。音楽とどう付き合うか、コンサートの楽しみ方、オペラの魅力など、話題は多岐に渡り、入門書の体裁をとったエッセイ集のようなスタイル。大上段に構えるのではなく、普通の人が音楽を聴くときに知りたいこと、気になることが並ぶ。たとえば、著者自身の利用体験に基づく「コンサートの託児室」についての項なんかがそうなんだけど、このあたりが「いまどき」。それとインターネットメディアを通した音楽へのアクセスについてもまとまったページが割かれている。ネット関連についてはワタシが事情に詳しいだろうということで、この部分のみ、刊行前のゲラをチェックするという形でお手伝いをさせていただいた。
●で、この本の最大の特徴は反対側から開くと横組で「ツイッター演奏会日記」になっているところ。著者が日々つぶやいてきた演奏会についてのツイートが時系列で収録されていて、なんと、こちらのほうが分量が多い。ツイートなんだから山田氏をフォローしていればだれでも読める。そういう誰でも自由に無料で読めるものを、本として商品化するということこそ、実は「いまどき」という気がする。以前から氏をフォローしていて「毎晩、コンサートの感想をこまめにツイートしてて、山田さんは本当に律儀だなあ」と感心していたら、こうして本にするためだったとは!

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