Music Unlimited

News: 2014年10月アーカイブ

October 31, 2014

ドヴォルザークの交響曲第6番

●30日は下野竜也指揮N響へ(サントリーホール)。前半にヤン・リシエツキのソロでショパンのピアノ協奏曲第1番、後半にドヴォルザークの交響曲第6番。ドヴォルザークの交響曲でいちばん楽しいのはこの曲と信じているのだが、重厚で緊密、そしてよく鳴るパワフルなドヴォルザークを満喫。この曲、全般にブラームス風なんだけど、特に第1楽章の田園的な雰囲気や第4楽章の冒頭はブラームスの第2番にかなり似ている。でも第3楽章は思いっきりスラヴ舞曲していて、急にこの楽章だけ丸裸になったドヴォルザークが出てくるみたいなところが魅力。
ドヴォルザーク●ドヴォルザークの交響曲第6番は、当初は交響曲第1番として出版されたのだとか。言われてみれば、この清新さは「第1番」にふさわしいような気がする。これが本当は第1番でなかったのが惜しいくらい。で、それで思い出したんだけど、昔は「新世界より」が交響曲第5番だったはず(大昔のLPレコードに第5番「新世界より」と書いてあった記憶あり)。しかし現第6番が旧第1番で、現第9番が旧第5番だったとすると、計算が合わないような……。
●どうやらこれは現行の6番、7番に続いて第5番を掘り起こしてきて出版したということのよう。ということは、旧第1番=現6番、旧第2番=現第7番、旧第3番=現第5番、旧第4番=現第8番、旧第5番=現第9番「新世界より」という理解で合っているだろうか? いつ頃から今の番号に変わったんだろう。
●シューベルトの旧第8番=現第7番「未完成」、旧第9番=現第8番「ザ・グレート」問題もそのうちすっかり過去のものになるのか。

October 30, 2014

先週のコンサート、今週末の告知

●備忘録として遡って、24日はノリントン&N響のシューベルト・プロへ(NHKホール)。前半は「未完成」。弦楽器は8型、だったかな。NHKホールの巨大空間に、室内楽の延長のような小さな編成のシューベルト。この日もノリントン指揮の公演ではおなじみの特設反響板が設置されていた。弦楽器は下手から第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンと対向配置で並び、コントラバスは最後列に横一列。ティンパニが上手端に置かれて、存在感を放っていた。第2楽章冒頭のリズムが特徴的。後半は「ザ・グレート」で、こちらは倍管仕様で弦楽器も大編成。最後列のコントラバス8台の真ん中に割って入る形でトロンボーンを置いた。聴覚以上に視覚的にトロンボーンに焦点があたる。第1楽章冒頭のホルンから独特のフレージング。第2楽章が速くて、ほとんど舞曲的。終楽章はじっくりと壮大に。豊麗な一方で、どこか枯れた味わいも。
●25日はモザイク・クァルテット(トッパンホール)。プログラムがモーツァルトの弦楽四重奏曲第17番「狩」、シューベルトの弦楽四重奏曲第10番変ホ長調、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第2番ト長調。シューベルトも簡潔な作品なので、様式的に一定の枠をはみ出さない古典的なものを、ということなのかもしれないんだけど、それにしても思い切った選曲。4人の奏者がひとつになるという意味では恐るべき成熟度。アンコールにモーツァルトの弦楽四重奏曲第15番ニ短調の第3楽章。もっとモーツァルトのハイドン・セットを聴きたくなる。やはり作品の力が違うというか。
●今週土曜日、11月1日22:00からのFM PORT「クラシックホワイエ」では、大活躍中のソプラノ、安藤赴美子さんをゲストにお迎えしている。新しくリリースされたCDのことなど、楽しくお話をうかがった。新潟県内の方は電波またはラジコで、それ以外の全国の方はラジコプレミアムで聴くことができます。

October 28, 2014

古都のオーケストラ、世界へ! オーケストラ・アンサンブル金沢がひらく地方文化の未来(潮博恵/アルテスパブリッシング)

古都のオーケストラ、世界へ!●「古都のオーケストラ、世界へ!  オーケストラ・アンサンブル金沢がひらく地方文化の未来」(潮博恵著/アルテスパブリッシング)を読む。同じ著者の「オーケストラは未来をつくる マイケル・ティルソン・トーマスとサンフランシスコ交響楽団の挑戦」と同様の視点、そして綿密な取材によってオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)のたどってきた道のりと現在地を記したノンフィクション。ほとんど下地のなかった土地でどうしてOEKが誕生し、地域との結びつきを深めながらも、国内外で膨大な数のツアーを敢行し、成功を収めることができたのか。よく知られていることも、今まで知らなかったことも、この一冊にしっかりとまとまっている。やはり草創期のエピソードがおもしろい。
●読んで改めて思うのは生みの親である岩城宏之さんの先見の明と実行力。こんなに一人の指揮者のヴィジョンがそのまま形になったオーケストラ(しかも自治体のオーケストラ)なんてないんじゃないかな。なんといっても最初の第一歩として「はじめるからには日本一になれるように」と室内オーケストラというサイズで始まったのが大きい。数多くのツアーもこのサイズゆえの機動力あってこそ。発足にあたって、地元の市民オーケストラを母体にしない、国籍不問で優秀な奏者を集める等、いろんな方針が打ち立てられているけど、特にスゴいと思うのは名称を「オーケストラ・アンサンブル金沢」に定めたことだと思う。自治体の補助は石川県が60%で、金沢市が40%という割合なのに、岩城さんが当時の中西知事に対して「申し訳ないけど石川なんて誰も知りません。買いかぶりかもしれないけど、金沢っていうと日本中の人が文化のイメージを抱いている。石川ではだめです」って主張したっていうんすよね。逆にいえばそれを受け入れた県も懐が深いというか。岩城さんのアイディアを実現するために、現場でずいぶん多くの人が奔走したにちがいない。
●あと、このオーケストラは本拠地として県立音楽堂っていう立派なコンサートホールがあるんだけど、ホールがあってオーケストラができたわけではなくて、オーケストラが先にあってその後でホールができたというのも、なかなかないことだろう。
●この一冊は芸術的な成果だけではなく、財務面にも目を向けているのが特徴。第6章の「オーケストラの持続可能性(サステナビリティ)とは」で明らかにされているように、自治体の補助があっても中規模の地方都市でオーケストラを維持していくことはなかなか大変。2010年度から3期続けて赤字を計上したけれど、2013年は辻井伸行&アシュケナージの全国ツアーが全公演完売になったおかげでリーマンショック以降の最高益を記録したなんて書いてあるのを読むと、まさしく興行以外のなにものでもないわけだ。そこでサステナビリティの観点からなにが必要かという点に対して用意される著者の提言は着実な正攻法というべきものだが、特にブランディングとマーケティングの重要性に言及されているのが興味深かった。

October 24, 2014

錦織健プロデュース・オペラ Vol.6 モーツァルト「後宮からの逃走」記者懇親会

錦織健プロデュース・オペラ 「後宮からの逃走」記者懇親会
●23日は銀座で錦織健プロデュース・オペラ Vol.6 モーツァルト「後宮からの逃走」の記者懇親会。テノールの錦織健さんがプロデュースするオペラ・シリーズ、今回は「後宮からの逃走」が2月22日から3月24日にかけて、全国各地で8公演にわたって上演される。会見には池田直樹(太守役)、市原愛(ブロンデ役)、佐藤美枝子(コンスタンツェ役)、プロデューサーでもある錦織健(ベルモンテ役)の各氏が出席(写真左より)。
●少しでも多くの人にオペラに親しんでもらおうというのがこのシリーズの趣旨。錦織さんによれば「コンセプトは旅のオペラ一座。オペラのマーケットは小さい。でも無理やりにでもオペラを見てくれる人の数を増やしたい」。演目は毎回喜劇。スポンサーの協力を得ながら首都圏だけではなく各地での公演を実現している。
●錦織さん自らが「ハーレムから助け出せ!」という副題を付けていて、これには納得。今どき「後宮からの逃走」じゃ、オペラ・ファン以外にはなんの話だか意味不明だもの。
●このシリーズ、これまでは原語による上演だったが、今回歌唱は原語、台詞のみ日本語が用いられる。「今の日本では、台詞のみ日本語というのがトレンディ。かつてはイタリア・オペラを日本語で歌っていた時代もある。今から見れば滑稽に思えるだろうが、訳詞だったからお客さんからのダイレクトな反応が返ってきた。またそういう時代が来ないともかぎらない。もし劇団四季が英語で歌っていたら、あれだけのロングランはできないでしょう? レチタティーヴォ・セッコを日本語で歌うとなれば軋轢も生じるだろうが、台詞だけを日本語でということなら受け入れられやすい」(錦織さん)。「字幕だと舞台より先に客席から笑いが起きてしまうことも。日本語でお客さんにリアルタイムでお芝居を楽しんでほしい」(池田さん)。
●そういえば、大昔に自分が初めて生で観たオペラは日本語歌唱だった。でもその頃は字幕装置なんてものがなかったんすよね。特に高額な外来オペラを見に行くときは、当然原語上演だから、あらかじめ対訳を見ながらレコードで予習して、「どこでなにが起きているかを直前に記憶しておく」ということをしてから生の舞台に臨んでいたと思う。試験前の一夜漬けみたいな感じで、なんだかおかしいんじゃないかと思いつつもしょうがなく。字幕もないのにイタリア語のギャグでちゃんと客席から笑いが起きるのを目にして驚愕した記憶が。それに比べれば今は天国。どこでも字幕はあるから、予習ゼロで行ってもストーリーがちゃんとわかる。ましてや台詞が日本語だったら、なおさら。

October 22, 2014

トリフォノフのベートーヴェン&リスト

●21日は東京オペラシティでダニール・トリフォノフのピアノ・リサイタルへ。今まで録音で少し聴いただけだったんだけど、こんなに強烈なキャラクターの持ち主だったとは。怪物的。前半にバッハ~リストの幻想曲とフーガ ト短調BWV542、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第32番、後半にリストの超絶技巧練習曲集から10曲を独自の順序で。とくにベートーヴェンの奔放さに絶句。ステージの袖からピアノめがけて一直線にすたすたと歩き、座るやいなや憑かれたかのように没入して鍵盤と格闘する。猛烈に速いテンポや極端なピアニシモを採用した陶酔的なベートーヴェン。あまりにエキセントリックでほとんど戯画的なくらいで、並の演奏なら逃げ出したくなるところなんだけど、ここまで突きつめればもうすべて受け入れられるというか、規範の外側からしか伝えられない領域があると納得できるというか。なにしろ弾ける。アンコールで自作2曲に続いて、自ら編曲した「こうもり」序曲を弾いてくれて、ヴィルトゥオジティ大爆発。客席から思わずあがる女子ブラボー。センセーショナルだった。
●大芸術家の世界とプロレス的大技の世界って背中合わせだと思うんすよね。琴線に触れるのはそのあたりかな、と。

October 21, 2014

ブラビンズ&都響のイギリス音楽プロ

●20日はマーティン・ブラビンズ指揮東京都交響楽団へ(サントリーホール)。ブラビンズは一昨年の名古屋取材で名フィルのバックス、ウォルトン、ラフマニノフというプログラムを聴いて以来だが、都響でオール・イギリス音楽プロを聴けようとは。ヴォーン・ウィリアムズのノーフォーク狂詩曲第1番、ブリテンのピアノ協奏曲(スティーヴン・オズボーン)、ウォルトンの交響曲第2番。めったに生で聴けない曲ばかり、月曜ということもあってかさすがに空席も目についたが、客席の反応は上々。すっきり明快で、響きのバランスがていねいに制御された演奏を聴けた感。ブリテンではスティーヴン・オズボーンが気迫のソロを披露。ときにはオケの大音量に立ち向かう無理ゲーに果敢に挑みつつ。
●ブリテンのピアノ協奏曲は「未ブリテン」的なところが魅力だったりそうでなかったりする作品という気がする。第1楽章や第4楽章にはプロコフィエフ流の乾いたリリシズムとユーモア、あるいはラヴェル風の機知があって、第2楽章の歪んだワルツはラヴェルの「ラ・ヴァルス」風(ウィンナワルツのパロディのパロディ?)。第3楽章のパッサカリアがいちばんブリテンらしい楽章か。ブリテンの音楽の剥き出しの苛烈さが苦手な向きには聴きやすい一方で、まだこの先の向こう側に沃野が広がっているという手探り感も残しているというか。
●もっと何度でも聴きたいと思わされたのはウォルトンの交響曲第2番。第1番の熱いヒロイズムとは違った手ざわりで、ぐっと洗練されている。でも第3楽章の「怪獣が出てきそう感」とか、むちゃくちゃ楽しい。ブラビンズが第1番を振ったらどうなるか、それは続く11月4日の公演でわかるわけなんだけど、こちらはあいにく都合がつかず。盛りあがること必至。次の公演まで日が空いているが、この間にブラビンズは常任指揮者を務める名フィルを振る。

October 20, 2014

ウルバンスキ&東響の東欧プロ、ノリントン&N響のベートーヴェン

●18日はウルバンスキ&東響へ(サントリーホール)。キラルの交響詩「クシェサニ」、ドヴォルザークのヴァイオリン協奏曲(庄司紗矢香)、ルトスワフスキの「管弦楽のための協奏曲」というプログラム。「クシェサニ」が痛快。民謡風メロディの反復に混沌とした響きが重畳されるクライマックスが楽しすぎる。カオスなんだけど、秩序だった響きの美しさが感じられたのが吉。ルトスワフスキの「管弦楽のための協奏曲」も快演。この曲がこれだけ整然として響くとは。バロック的な装いを明確に打ち出した作品にふさわしい愉悦。
●ウルバンスキの力みのない指揮ぶり、指揮台でムーンウォークしてるみたいなスムース平行移動など、あらゆる所作が独特すぎてカッコいい。いや、イケメンだからなにをやってもカッコいいのかも。ぜんぜんカッコよくないオッサンが同じ動作をしているケースを想像してみて、カッコいいとキモいは紙一重で隣り合っているということを思い出す。
●19日はノリントン&N響へ(NHKホール)。今回も特設の反響板を舞台後列に並べ、ヴァイオリンは対向配置、コントラバス最後列、ホルンとトランペットを左右両翼に置く独特の配置。ノン・ヴィブラートのピュアトーン仕様によるオール・ベートーヴェン・プロ。一曲目の「レオノーレ」序曲第1番の最後の一音とともに回転して客席に向かってドヤ顔を決めるノリントン翁。おかしすぎる。ピアノ協奏曲第1番の独奏はピエモンテージ。これまで協奏曲ではオケのなかに立って指揮したりかなり特異な配置があったけど、今回は指揮者もソリストも通常のポジション。ピエモンテージの鋭利でメリハリの効いたソロがすばらしい。アンコールでドビュッシー「花火」。後半、ベートーヴェンの交響曲第7番は倍管で。これまでシリーズで聴いてきたほかの交響曲と同様、意表をついたダイナミクスやフレージングがあちこちにあって、即興性やユーモアにあふれている。第2楽章が快速アレグレット。この曲に緩徐楽章はない。ブラボーは盛大。やはり真摯な音楽には笑いがないと。
●カーテンコールが終わると、ノリントンは舞台の端に立って、ベンチで選手たちを迎えるサッカーの監督みたいに楽員たちをひとりひとり迎える。拍手がいったんほぼ止んでお客さんが帰りはじめても、まだノリントンが舞台上に見えているから、また最後に自然と拍手がわきおこってマエストロを讃える。こういうソロカーテンコール?もありうるのか。

October 16, 2014

TDKオーケストラコンサート2014~ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団の学生向け公開リハーサル

●15日夕方はサントリーホールでゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団の公開リハーサルへ。これは協賛のTDK株式会社が社会貢献活動の一環として、音楽を学ぶ学生さん200名を招待するという企画。同日は午前中に都内の中学校を訪問するアウトリーチ活動も行われたのだが、そちらは都合がつかなかったので、公開リハーサルのみを取材。
朝岡聡さんによるプレレクチャー
●17時からのリハーサルに先立って、16時15分からまずフリーアナウンサーの朝岡聡さんによるプレレクチャー。ゲネプロとはどういうものなのかということから、ゲルギエフとオーケストラの来歴、作品の基本的な紹介まで30分ほどかけて、堅苦しいレクチャーではなくざっくばらんとしたスタイルで。巧みな話術はさすが。
ゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団の公開リハーサル
●で、ゲネプロがはじまったわけだが、この日は19時から本番でストラヴィンスキーの三大バレエ。すでに来日ツアーのなかで同じプログラムの本番も行なわれているので、要所要所の確認をしてささっと終わるのかなと思いきや、「火の鳥」の冒頭から入念なリハーサルが始まった。ゲルギエフから次々とリクエストが発せられ、細かく止めて何度でもやり直しながら進めていく。朝岡さんのプレレクチャーで「1時間の予定ですが、ゲネプロだからあっさり早く終わることもありえます」みたいな話があったが、あっさりどころか予定の18時になっても終わる気配なし。見学者は予定通りに18時で全員退出。
●ところでワタシはストラヴィンスキーの「三大バレエ」だと聞いていたから、てっきり「火の鳥」は組曲版(1919年版)を演奏するのだろうと思いこんでいた。ところがリハーサルが始まったら全曲版で「えええ??」。うーん、いったいこれはどういうことなんだろう、まさか「火の鳥」全曲版を含めて「三大バレエ」全曲やるのかなあ、いやいやそんな長いプログラムなわけないか……と思って前日の公演プログラムを開いて確かめてみたら、その「まさか」だった(笑)。恐るべし。
●この日、本番は聴けず。すぐに紀尾井ホールに移動して、レ・ヴァン・フランセの公演へ。こちらはソニー音楽財団主催の「10代のためのプレミアム・コンサート」のシリーズ第4回。偶然、若者向け企画を続けて取材することになったわけだが、「若者ばかりのサントリーホールと紀尾井ホール」を一日で目にするという貴重な体験ができた。わわ、若者ってこんなにたくさんいたんだ……みたいな。そりゃいますとも。

October 15, 2014

ゲルギエフ指揮マリインスキーのショスタコーヴィチ交響曲第8番

●ニッポン代表のブラジル戦は録画で観戦することにして、14日はサントリーホールでゲルギエフ指揮マリインスキー歌劇場管弦楽団。前半にネルソン・フレイレ独奏によるブラームスのピアノ協奏曲第2番、後半にショスタコーヴィチの交響曲第8番。今回のツアー、9日から18日まで、13日を除いて連日公演があるのだが、ショスタコの8番はこの東京公演のみ。今日は気合を入れて鬱になろう!と背筋を伸ばして臨む。
●前半はフレイレのソロが聴きもの。十分にパワフルでありながら明るく華やか。アンコールにグルック~ズガンバーティ編曲の「オルフェオとエウリディーチェ」から「精霊の踊り」。オケは後半から本調子に。ダイナミズムにあふれた雄弁な語り口に、ペシミスティックな作品世界を存分に堪能。管楽器のソロも好調。期待通りに鬱。ほのかに光がさす第5楽章にも救いは感じられない。息苦しい終末感とともに曲を終えると客席全体が沈黙。一分以上の静寂が続いたんじゃないだろうか。この沈黙もやりすぎると「いったいだれが最初に拍手するんだ問題」が発生するわけだが、この曲であれば拍手したくなくなるのもわかる。そのまま拍手せずに静かに解散……とはさすがにならなくて、アンコールにワーグナーの「ローエングリン」第1幕への前奏曲。
ショスタコーヴィチ●譜面台にアンコール用の楽譜が配られていたのでなにかを演奏するのはわかっていたが、はたしてショスタコーヴィチの8番の後になにを演奏できるのか?と思っていたら、まさかこんな選択肢があったとは。これがとても効果的でゾクッと来る。リアリズムに即して描かれた希望なき世界の果てに、白鳥の騎士のファンタジーがやって来るという展開が最強に鬱。そういえば、第1楽章の長大なイングリッシュホルンのモノローグに「トリスタンとイゾルデ」第3幕を思い出したのだった。第3楽章は「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第2幕終場の暗黒版ではないだろうか。
●終演は予想外に遅く、21時50分。ゲルギエフの指揮棒は短いけど爪楊枝よりは長くて、串くらいの感じだった。ていうか、どう見ても串。指揮串。
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●先週末はNHK Eテレ「らららクラシック」のQ&Aコーナーにふたたび出演させていただいた。剛勇。

October 10, 2014

スクロヴァチェフスキ指揮読響のブルックナー&ベートーヴェン

●9日はサントリーホールでスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ指揮読響。ブルックナーの交響曲第0番とベートーヴェンの交響曲第7番というプログラム。ブルヌルとベトシチ、と書くとなんだか粘っこくてばっちいが、前半のブルックナーからブラボーの声が多数あがるほどの盛況ぶり。後半のベートーヴェンは楽章間の間をとらずに一気呵成に驀進(少し前に聴いたデュトワもそうだったっけ)。燃焼度が高く、かつ独自性も感じられ、客席は盛大にわきあがった。さすがに91歳のスクロヴァチェフスキになんどもカーテンコールさせるのは酷ということなのか、早めに客電がついて舞台から楽員が退出したが、これだけの熱演に拍手が収まるはずもなく、当然のごとく一般参賀に。コンサートマスターは今月から就任の長原幸太さん。
●ブルヌル、やっぱり変な曲だと思う。ブルックナーは交響曲第2番以降はすべて傑作だと思ってるんだけど、0番はどうしても制作途上の作品だと感じてしまう。0という数字からくる先入観ではないと信じるが……。ちなみにゼロはドイツ語で「ヌル」なんだそうだけど、「ヌル」はデジタル系の用語として日本語に定着しつつあるから、ぜんぜん違う方角からやってきた言葉が思わぬところでばったり出会った、みたいな感あり。
●休憩時、男性側トイレにブルックナー行列ができていた。参加する。ブルックナー開始、ブルックナー休止、ブルックナー・リズムなどと並ぶ、ブルックナーの大きな特徴がこのオッサンだらけの行列である。

October 9, 2014

ピエール=ローラン・エマールのバッハ/平均律クラヴィーア曲集第1巻

●一昨日に続いて紀尾井ホールへ。ピエール=ローラン・エマールによるバッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻全曲。強烈な印象を残す演奏会だった。予想していたより、ずっと自由で、なおかつ気迫のこもった「魂のバッハ」。もちろん、モダンピアノで弾く以上、ダイナミクス等で一定の抑制はあるわけだけど、自分の設定した枠を目いっぱい使って迫真のドラマを描き出したという感。この曲集、演奏会で前から順番に全曲を聴くための作品だとはまったく思えないし、一回の演奏会には少し長すぎるかなと危惧していたんだけど(休憩はあった)、実際に聴いてみると後半に入って残りが一曲少なくなるにしたがって「もう終わるのか」と惜しい気持ちになった。骨太かつ綿密。明晰さを保ったままであれだけ多彩で力強い情感を表出できるとは。長さも厳粛な儀式の雰囲気を作り出すという点で有効に働いていた。
●エマールは知的なピアニストという分類だけど、思えば実演で接したのはみんな「魂のバッハ」「魂のアイヴズ」「魂のラヴェル」だったような気がする。
●この日の夜は皆既月食。満月が地球の影に入る。開演前、多く人がホールの前で夜空を見上げていた。その様子を見て、へー、だれか有名人でもいるの?それともクリスマスツリーでも飾ってあるの?とか思った自分はどうかしている。

October 7, 2014

ピエール=ローラン・エマールの「カーターへのオマージュ」

●6日は紀尾井ホールでピエール=ローラン・エマールの「カーターへのオマージュ」。2012年に103歳で亡くなったアメリカの作曲家エリオット・カーターの作品のみを集めたプログラム。
●前半がチェロ・ソナタ(チェロはヴァレリー・エマール。エマールの妹さんで顔がそっくり)と、短いピアノ曲を並べて「再会」「90+」「カテネール」、後半にヴァイオリンとピアノのためのデュオ(ヴァイオリンはディエゴ・トジ)、トリオのために書かれた「12のエピグラム」(アジア初演)。このなかでは初期の作品である最初のチェロ・ソナタがもっとも明快というか親しみやすい作風。続く「再会」「90+」「カテネール」の流れが唯一エマールのソロを聴けるところで、やはりこれは聴きもの。「カテネール」ではジェットコースター的なスリルを満喫。後半のヴァイオリンとピアノのためのデュオは身振りの小さな作品で、自分にはおもしろさを受けとめられず。「12のエピグラム」はエマールのために書かれた2012年の遺作で、ミニチュア的作品の集積。こちらも静的だが、表現の振幅の大きさと一曲の短さという点では近づきやすく、多彩、しかもアンコールで再度演奏してもらえたのが吉。ウィットがあって、上品。カーターのみのプログラムとあって、さすがに客席は埋まらないが、同じプログラムが前日に青森の六ヶ所村でもあって、そっちはどれくらいのお客さんが来場したんだろうか。明日、8日は同じ紀尾井ホールでエマールのバッハ「平均律」第1巻全曲。こちらも楽しみ。
●技術も突きつめればやさしさになる。エマールから立ち昇る香気の甘さ、素材を選ばない自在さ、いかなるときも型崩れしない高機能性。心が洗われる。繊維の奥から匂いも汗もすっきり。

October 3, 2014

休憩なし/休憩あり

●今日と明日のメッツマッハー指揮新日本フィルの公演だが、ツィンマーマンの「静寂と反転」、ベートーヴェンのミサ・ソレムニスを、指揮者の強い希望により途中休憩なしで演奏すると告知されている。「一貫してD音がキーワードになる」両作品ということだが、内容的にはともかく、休憩なしとなると気になるのが遅刻とトイレ。電車は余裕を持つのが吉。仮にツィンマーマンが10分くらい、ベートーヴェンが80分くらいとすると、トイレのほうは大丈夫か。
●一方、10/8のピエール=ロラン・エマールのバッハ/平均律クラヴィーア曲集第1巻全曲は、当初休憩なしと発表されていたのが、演奏者の強い希望により途中休憩が入ることに。これは大歓迎。全曲通すと2時間程度だろうか。長い。もともと全体を前から順番にひとつながりで聴くための曲という気がしないし、休憩があったほうが聴く側の集中力という点では救いかと。
●逆に休憩なしの利点を挙げるとすると、夜が遅くならなくて済むところか(関連記事:平日夜の19時開演)。

October 2, 2014

メッツマッハー指揮新日本フィルのツィンマーマン&ベートーヴェン

●29日はサントリーホールでインゴ・メッツマッハー指揮新日本フィルへ。前半がベルント・アロイス・ツィンマーマンの「フォトプトシス」と「ユビュ王の晩餐のための音楽」(語り:長谷川孝治)、後半がベートーヴェンの交響曲第7番という魅力的なプログラム。メッツマッハーのツィンマーマン+ベートーヴェンはシリーズ化されていて、7月のツィンマーマン「私は改めて、太陽の下に行われる虐げのすべてを見た」は大評判になっていた(が、聴けず)。「ユビュ王の晩餐のための音楽」は少し前に同じ新日フィルで大野和士がとりあげているにもかかわらず、今回また演奏されることに。ただし今回は語り入り。「上演される国の政治的、文化的状況について」を語るということで、弘前劇場の長谷川孝治が書き下ろしのテキストを読んだ。
●過去の作品の引用だらけの2曲が並んだが、特に「フォトプトシス」で描かれる精緻な響きの移ろいが見事。「ユビュ王の晩餐のための音楽」は歪んだ笑いにあふれた音楽だと思うが、テキストのほうはややテイストの異なる直接的な批評性を持ったもの。趣旨としてはこれで正しいのかもしれない。ただ、もう一段階抽象化された内容、あるいは寓話風のものを予想していた。
●後半のベートーヴェンは随所に仕掛けが施された新鮮な演奏で、弾性に富んだリズムが作品にいっそうの推進力を与えていた。完成度という点では微妙なところもあったかもしれないんだけど、聴きごたえは十分。ただし、思ったほど客席はわかず。というか、空席が目立った。前回のツィンマーマン+ベートーヴェンではそんなことはなかったそうなんだけど。

October 1, 2014

ナクソス・ミュージック・ライブラリーに旧EMIと旧Virginの音源が追加

●本日からナクソス・ミュージック・ライブラリー(以下NML)に、旧EMIと旧Virginの音源が多数追加されている。本日公開分で500タイトル以上。
●以前にもお伝えしたように、EMI傘下だったParlophoneレーベル・グループは、ワーナーに譲渡されている。Parlophoneの一員だったEMIクラシックスはいったんユニバーサルに渡った後で、すぐにワーナーに移るという仰天の展開があったわけなんだけど、ワーナーに移った時点で旧EMIおよびVirginの音源がNMLに入ることは予想されていたと思う。すでにワーナーはNMLに参加していたので。
●今回のNMLへの追加にあたっては、レーベル名が一工夫されていて、旧EMIの音源は Warner Classics - Parlophone 、旧Virgin Classicsの音源は Erato - Parlophone という名前になっていて、従来からの Warner Classics および Erato と区別がつくようになっている。これは実用的。いずれ、旧ワーナーの録音だろうが旧EMIの録音だろうがそんなことはだれも気にしなくなるのだろうが、今のところは分けてくれないと混乱する。
●いや、どうかな。音楽配信において「レーベル」なんて概念は生きているんだろうか。ジャケットのサムネイルの片隅の小さな場所に見えるか見えないかのマークでしかないわけで。
●ラトルをはじめ旧EMI音源が加わったことで、NMLにおけるメジャーレーベル音源の厚みがぐっと増してきた。今後もどんどんタイトル数が増えることを期待。NMLに入っていないメジャー、ユニバーサルやソニーの音源を聴きたいという方には、ソニーのMusic Unlimitedという選択肢もある。併用するといい感じにカバーできる。

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