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2020年10月アーカイブ

October 30, 2020

ロームシアター京都 京都市交響楽団×石橋義正 パフォーマティブコンサート「火の鳥」記者会見


●29日はロームシアター京都の開館5周年記念事業、京都市交響楽団×石橋義正 パフォーマティブコンサート「火の鳥」のリモート記者会見に参加。2021年1月17日、ロームシアター京都メインホールにて開催。写真は演出の石橋義正さん(左)と指揮の園田隆一郎さん。このパフォーマティブコンサートとは、オーケストラの演奏に加えて、ダンスや美術、映像などの演出が加わるというもの。2021年はストラヴィンスキー没後50年ということで、「バレエ・リュス」の精神にインスパイアされた音楽・舞踊・美術が融合したコンサート。振付は藤井泉、出演は森谷真理、アオイヤマダ、茉莉花(コントーション)、池ヶ谷奏、薄田真美子、斉藤綾子、高瀬瑶子、中津文花、松岡希美(以上ダンス)、花園大学男子新体操部(!)。曲はストラヴィンスキー「花火」、ドビュッシー「牧神の午後への前奏曲」、ラヴェル「ボレロ」&歌曲集「シェエラザード」、ストラヴィンスキー「火の鳥」組曲(1919年版)。非常に幅広い分野の才能が集結する。男子新体操部はストラヴィンスキーの「花火」に出演するそうなんだけど、どんなパフォーマンスなのか、想像がつくようなつかないような……。
●演出の石橋さん「奇想天外でおもしろいことをしたい。クラシックを聴かない人にも聴く人にも驚きと感動を与えたい」。指揮の園田さん「今の京響は日本屈指の深いサウンドを持ったオーケストラ。重厚で色彩感豊かな曲が得意。より華やかで官能的なサウンドをどうやってオーケストラから引き出すかがチャレンジになる。演出が入ることでオーケストラの音が大きく変わるのではないか。それが楽しみ」。ラヴェルを歌うソプラノの森谷さんはリモートで登壇。「『シェエラザード』はずっと歌いたいと思っていた曲。ワクワクする気持ちでいっぱい」。音楽だけでも十分に聴きごたえのあるプログラムだと思うが、ダンスや映像、歌も加わって、21世紀の拡張版バレエといったイメージ。
●リモート記者会見だと、こんなふうに遠隔地の会見にも参加できてしまうのだった。会場にはリアルのプレスもいて、同時にリモートでも参加できるというハイブリッドスタイル。使用ツールはZOOM、リモート組は映像&音声ともにオフで、質疑応答はチャットで質問を投げて主催者に拾ってもらう方式。進行の手際よさが印象的。

October 29, 2020

映画「TENET テネット」の弾痕問題

●少し前にクリストファー・ノーラン監督の映画「TENET テネット」を紹介したが、あの映画では「時間の逆行」がストーリーの柱になっていた。人間がある特定の場所を通ることによって、時間を逆行する。これはタイムトラベルのように一瞬で過去にジャンプするのとは違う。通常の時間の流れと同じ速度で逆行するんである。1時間過去に遡るには、1時間必要という設定。
●で、映画中になんども出てくるのが逆行弾。時間を逆行する人物が銃を撃つ場面を、順行している人間が見ると壁にめり込んでいた弾が銃口に収まるように見える。これはわかる。映像の逆回しと同じだ。冒頭のオペラハウスの場面で、めり込んでいた弾丸が元の銃に戻る場面がある。これは逆行する人物が撃った弾が、順行する人間にはそう見えたわけだ。オスロ空港に侵入した主人公はガラスに弾痕があるのを見かける。これも後で逆行する人物が銃を撃って、弾痕が付いたのだとわかる。しかし、そうすると大きな疑問がわく。だったら、オペラハウスは建築されたその時点で、最初から弾がめり込んでいなくてはおかしいんじゃないか。ガラスも新品で納品された時点から弾痕が付いていなくてはおかしいんじゃないか。そうでなければ、いつ弾痕が付いたのかという疑問が残る。逆行する人物が銃を撃ったということは、その先に銃弾がめり込んでいたから撃てる(無から弾は生まれない)。でも、新品のガラスに弾痕が付いているなんて、そんな前提はおかしい。
●と思っていたら、YouTubeでこの弾痕問題を量子力学の観測問題に結び付けて考察している方がいて(「銃弾の跡はいつからあったのか?」問題の考察)、なるほど、それはおもしろいなと思った。つまり傷のないガラスと弾痕のあるガラスは重ね合わせの状態にあって、主人公がそれを観測することで弾痕のあるガラスに収縮しているという見方。この動画では量子力学入門のお約束、二重スリット実験や「シュレディンガーの猫」についても程よく簡略化して解説されている。
●ニールがなんどか口にする台詞、「起きたことは仕方がない」What’s happened, happened というのは、文字通り「起こったことはもう起こった」、つまり時間を逆行してもすでに起きたことは変えられないと言っている。ニールがたどり着く運命を思うと、なかなか味わい深い。

October 28, 2020

パヴァロッティのスパゲッティとマコーミックのガーリックパウダー

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●先日当欄でご紹介した「パヴァロッティとぼく」(エドウィン・ティノコ著/アルテスパブリッシング)だが、本筋とは別の部分ですごーく気になったのが、パヴァロッティが欠かさずホテルのキッチンに常備するように求めた「マコーミックのガーリックパウダーとオニオンパウダー」。パヴァロッティは世界のどこに行ってもホテルのスイートでパスタを調理して、仲間たちに食事をふるまう「最高の料理人」なのだという。生まれ育ったイタリアの味が大好き。いかにもイタリア人だ。湯水のようにお金を使うパヴァロッティのこと、食材にも最高級のものを使うのだろうと思いきや、マコーミックのガーリックパウダーとオニオンパウダーなのだ。そこで産地にこだわったプレミアムなニンニクや玉ねぎが出てくるのかと思いきや、生ですらなく、パウダーなんである。えっ、それってどういうこと? 思わず本の中に出てくるパヴァロッティの調理場面を探さずにはいられなかった。
●目を見張ったのは、基本中の基本、スパゲッティ・アル・ポモドーロを作る場面だ。パヴァロッティは「すぐできて最高においしいレシピを教える」と言って、「トマトソースとバジルとガーリックソルト、オニオンパウダーと唐辛子を少しと砂糖ひとつまみ」を要求し、フライパンを火にかけ、「オリーブオイルをひとまわしして少し熱してからトマトソースを入れて煮はじめた」。出た。ニンニクも玉ねぎも使わずに、ガーリックソルトとオニオンパウダーで済ませている。しかもトマト缶を煮るのかと思いきや、どうやら出来合いのトマトソースを使っているのではないか(それもマコーミックなのか?)。
●ワタシがトマトソースのスパゲッティを作るときは、まずオリーブオイルにニンニクのみじん切りを入れて弱火で炒め、つづいて玉ねぎのみじん切りをよく炒め、そこにトマト缶を投じて煮詰める。砂糖は使わない。ただ、ニンニクを欠かさず常備しておくのが面倒になって、最近はマコーミックの「みじん切りガーリック」なる製品で代用することが多い。これは楽。でもパヴァロッティはもっと簡略化している。マコーミックのガーリックパウダーとオニオンパウダーがあれば、ニンニクも玉ねぎも省略できるのか! そんなインスタントみたいな感じでいいのか? いや大金持ちのイタリア人が最高においしいって言ってるわけだから、いいに決まっている。
●マコーミックのガーリックパウダーとオニオンパウダーは日本でも販売されているようだ。うーん、どうなんだろ。毎日パスタを食べるわけじゃないから、これを常備するかというと躊躇するところではあるが、でもパヴァロッティのマストアイテムだし……。

→つづく

October 27, 2020

まさかの移籍、マリノスのGK朴一圭が鳥栖へ

●最初、目を疑ったのだがマリノスのゴールキーパー、朴一圭(パク・イルギュ)がサガン鳥栖にローン移籍することになった。昨シーズン王者の正GKがシーズン途中にいなくなるという謎の事態。そしてマリノスは鳥栖から主力GK高丘陽平を完全移籍でゲット。まるで交換トレードのような形になった。えっ、なんで? たしかにマリノスでは徳島から移ってきた梶川も台頭しているけど、朴とどちらが正GKかは微妙な状態。優勝チームの正GKをシーズン中に手放す理由はない。
●……と思ったら、どうやら理由はACL(アジアチャンピオンズリーグ)対策らしい。今、Jリーグの外国人選手枠は同時出場5名(ただしタイやベトナム、マレーシアなどのJリーグ提携国は外国人選手とは扱わない)。マリノスでいえばタイ国籍のティーラトンは日本人選手と同じ扱い。朴一圭は埼玉県出身だが、国籍は韓国ということなので外国人選手扱い。で、これがACLになると外国人枠は3名+アジア枠1名。外国人枠はブラジル人で埋まる(ブラジル人が5人もいる)。ティーラトンをアジア枠に使うと、朴は外れることになる。これが普通のシーズンだったら、ACLのキーパーは梶川、Jリーグは朴という使い分けも可能だが、今季はウイルス禍のため、ACLはカタールに参加チームを集めて準決勝まで集中開催するセントラル方式になってしまった。こうなると、ACLから外れた朴は約一か月も試合機会がなくなってしまう。だったら、ローン移籍をしよう、ということらしい。
●合理的かもしれないが、なんだか釈然としない気持ちも残る。ACLはアジア人を外国人にカウントしないってわけにはいかないんだろうか。そして、朴はローンが終わったら戻ってくるのだろうか。
●上の映像は週末にマリノスがFC東京に快勝した試合のハイライト。苦手の相手に珍しく完勝。フフ。

October 26, 2020

演奏会と新型コロナウイルス接触確認アプリCOCOA

cocoa_poster.gif●従来、演奏会では「スマホの電源を切る」のがマナーだった。実際には切らずに済ませていた人も少なくないかもしれないが(機器に関心がない人にとって、電源の切り方は決して明白ではない)、どこの会場でも電源を切るようにアナウンスされていたと思う。今後、このマナーは変わるかもしれない。
●というのも、先日、新国立劇場でもNHK交響楽団でも開演前に、新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)をインストールしている方はサイレントモードにしてほしいといった趣旨のアナウンスが流れた。新国立劇場のサイト上でもCOCOAのインストールを呼び掛けた上で、「ご観劇中は、スマートフォンの電源は切らずに、音、振動が出ないように設定をお願いいたします」と明記されている。
●スマホの電源を切ってしまうと、COCOAは動作しない。COCOAはBluetooth(近接通信機能)を用いて、1メートル以内で15分以上接触した相手を検知して、後日だれか接触者が陽性になったときに通知が来るという仕組み。陽性者と接触した可能性を早期に知ることで、検査の受診などのサポートを受けることができ、感染拡大の防止につながるとされる。西浦博教授が「厚労省はCOCOAを死ぬ気で普及させるべき」とまで語ったアプリだが、期待されたほどは普及していないかも?
●ワタシはこれをすぐにインストールしたのだが、演奏会に行ってスマホの電源を切るたびに「これだと意味ないよなあ……」とモヤモヤした気分になっていた。しかし新国立劇場やNHK交響楽団はCOCOAの使用を明確に推奨してくれた。ここできちんとサイレントモードに設定すれば音は鳴らないはずだが、うっかりマナーモードで済ませようとしてアラームが鳴ってしまうみたいなアクシデントも今後起きるかもしれない。その場合、クラスター対策とどちらの優先度が高いのかという話になるのだろうか。

October 23, 2020

鈴木雅明指揮NHK交響楽団の武満、ラーション、ベルワルド

●22日は東京芸術劇場で鈴木雅明指揮N響。本来ならブロムシュテットが指揮台に立つ予定だったが、鈴木雅明とN響の初共演が実現。思い切り凝ったプログラムで、武満徹の「デイ・シグナル」「ガーデン・レイン」「ナイト・シグナル」、ラーションのサクソフォン協奏曲(須川展也)、ベルワルドの交響曲第4番「ナイーヴ」。このなかでもともとブロムシュテットのプログラムに入っていたのはラーションの協奏曲だけ。ここにニールセンとシベリウスが加わる北欧音楽プログラムだったのが、ラーションと同じくスウェーデンの作曲家であるベルワルドをメインプログラムにして、さらに武満を結びつけたプログラムに。こういうプログラムだとがぜん興味がわく。休憩なしで1時間強。
●最初の武満の3曲はいずれも金管楽器のみの曲。本来「デイ・シグナル」と「ナイト・シグナル」がセットで「シグナルズ・フロム・ヘヴン」となるところを、間に「ガーデン・レイン」が入って、昼、雨、夜という繋がりが生まれる。ぜんぜん違うけどハイドンの「朝」「昼」「晩」を思い出す。荘重な儀式のような趣も。続くラーションのサクソフォン協奏曲は逆に弦楽器のみの編成にソリストが加わる。須川展也のソロは圧巻。強烈なカッコよさ。1934年作曲としてはかなり穏健なのだが、これが実に魅力的。あるところは後期ロマン派風、あるところは古典派風味、あるところは同時代的といったような万華鏡的な作風が、かえって今風というか、時を超える射程の長さを持っていると思う。伝統的な3楽章構成の協奏曲で、陶然とした第2楽章アダージョが心に残る。ベルワルドの交響曲第4番「ナイーヴ」は1845年の曲ということで、連想するのはシューマン、シューベルトの世界。「ナイーヴ」(天真爛漫の意、なんだそう)と名付けられているだけあって、シューマンよりはずっと素朴で、ヘルシーか。ホントにナイーブ。少し素朴すぎるかなとも思うが、熱のある演奏で力強いフィナーレ。
●客席はかなり寂しかったが、本来の定期公演を休止したうえでの公演開催であり、さまざまな条件が重なってのことなんだと思う。客層もだいぶ違う印象。

October 22, 2020

味スタで東京ヴェルディvsジュビロ磐田 J2リーグ

●21日は味の素スタジアムへ。ウイルス禍以来、久しくスタジアムから遠ざかっていたが、ようやく本物のサッカー観戦が実現。寒くなったらもう行かないので(寒さに震えながらの観戦はもうしないと決めている)、今しかないと思って平日夜に味スタまで遠征(ぜんぜん遠くないけど心理的には遠征)。すごいんすよ、飛田給駅。駅に降りたら、「サッカー」より「通勤」の雰囲気が勝っている! 一瞬、本当に試合があるのか心配になるが、よく見ると仕事帰りのビジネスマンたちに交じって、緑をまとった人たちもちらほら。
●そもそも調布エリアは全面的にFC東京の青と赤に染まっていて、ヴェルディ(緑)感ははなはだ薄い。これはクラブのたどってきた歴史を考えれば当然のことで、ホームなのにアウェイ感すらある。そしてこの日の対戦カードは東京ヴェルディvsジュビロ磐田。つまり、かつて日本最強として黄金時代を築いたクラブ同士の対決がJ2で実現。ヴェルディには大久保嘉人、ジュビロ磐田には遠藤保仁や今野泰幸(←ただようガンバ大阪感)といった元日本代表の勇者もスタメンに名を連ねた。
●で、感染対策だが、今やサッカー観戦の観客様式はクラシックの演奏会にほとんど近い。入場時には体温チェック、手指消毒、マスクチェック、座席は市松模様で一席空け、声を出さずに静かに観戦、応援は拍手で。演奏会と違うのは入場時に荷物チェックがある点だが、それも限りなく簡易。開始前にはアウェイサポへの拍手や感謝のメッセージあり。わざわざ遠くから来てくれてサンキュー&おつかれ。これが今のJ2の基本カルチャーだと思う。本日のマッチスポンサーである株式会社エムールの社長挨拶に対しても、ゴール裏は拍手で応援モード。ファンならわかる、スポンサーあってのJリーグ。しかもこのご時世。観客数は3160人。5万人収容のスタジアムには少ないが、ウイルス禍以前からもっと閑古鳥が鳴いている試合を何度か観ているので、違和感はまったくない。
●で、試合内容だがとてもJ2とは思えないようなポゼッション志向のゲームに。お互いにボールを持って攻撃を組み立てることを信条としたチーム同士なので、びっくりするほどパスがよくつながる。スタッツでは両チームともパス成功率80%超、500本以上のパスを通していたという、J1でもなかなか見られないパスゲーム。ほぼ互角ながら、試合全体としてはヴェルディが攻勢か。両チームともにキーパーのビッグセーブが出たこともあって、攻めあった割には試合は0対0のドロー。ヴェルディのベテラン・キーパー柴崎貴広が活躍。中盤に元マリノスの佐藤優平がいて、すっかり中心選手になっていたのに驚く。ときには前線に、ときにはバックラインまで下がって、自在のポジショニングでチーム全体の舵を取る。しかもコーナーキックまで任されている! 大卒でマリノスに帰ってきて(ユース出身)、一時チャンスをつかみかけたもののブレイクせず、その後新潟、山形を渡ってヴェルディへ。マリノス時代は運動量や献身性に持ち味があるのかと思っていたが、テクニシャンぞろいのヴェルディでプレイメイカーとして活躍することになるとは、わからないもの。ヴェルディといえば線の細い天才肌の選手が多いイメージだが、そのなかで異彩を放っていた。
●ヴェルディの監督はかつてのスター、永井秀樹(この人も一時期マリノスに在籍)。少しおもしろかったのはゴールキックのとき、キーパーの両脇に選手をひとりずつ置いて、そこからボールをつなげてビルドアップするところ。キーパー+2名いれば、相手の前線がプレスをかけて来てもつなげる、ということなんだろうけど、同時に相手のハイプレスを誘発してスペースを作り出そうという意図もあるのだろうか。足元に自信のあるチームの発想だなと思う。もっとも、きれいに崩そうという意識が強くて、少々エレガントすぎるというか、低カロリーな試合になった感も否めないのだが。

October 21, 2020

トッパンホールで荒井里桜ランチタイムコンサート

●20日はトッパンホールへ。ウイルス禍以来、ここに足を運ぶのは初めて。久しぶりすぎてなんだか懐かしい気分に。今回は荒井里桜のヴァイオリン、日下知奈のピアノによるランチタイムコンサート。12時15分開演でプログラムはプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ第2番とパガニーニのロッシーニ「タンクレディ」の「こんなに胸騒ぎが」による変奏曲。マスク、サーモグラフィ、手指消毒等の標準的な感染対策で、座席は一席空けとまではいかないが席数を絞っての開催。
●荒井里桜は現在東京芸大4年に在学中で、第15回東京音楽コンクール弦楽部門第1位を獲得した新鋭。すでにプロ・オーケストラの共演歴も豊富のようで、しかも華があり舞台映えがするとあって、次代のスターの予感。大きな可能性を秘めている。プロコフィエフとパガニーニという極端に世界の異なる2作品が並べられたプログラムだが、この組合せだとがぜんプロコフィエフが楽しい。意外なほど芯のある太い音が客席に飛んでくる。第1楽章は抑制的にも思えたが、次第に熱を帯びてフィナーレは鮮やか。アンコールはドヴォルザークの4つのロマンティックな小品Op.75より第1曲。お昼のひとときにふさわしい伸びやかな佳品。

October 20, 2020

Gramophone Classical Music Awards 2020

●そういえば話題にするのを忘れていたが、英グラモフォン誌のGramophone Classical Music Awards 2020が発表されたのだった。この賞の発表は二段構えになっていて、まず部門賞を発表し、後日セレモニーでレコーディング・オブ・ザ・イヤーやアーティスト・オブ・ザ・イヤー等を発表するというスタイル。
●今年のレコーディング・オブ・ザ・イヤーは、ミルガ・グラジニーテ=ティーラ指揮バーミンガム市交響楽団によるヴァインベルクの交響曲第2番&第21番「カディッシュ」(ドイツグラモフォン)。上記映像で受賞コメントを述べる指揮者の映像があるが、ジャケ写とはまた違った雰囲気が伝わってくる(プレゼンターはダニエル・ドゥ・ニース)。これが合わせてオーケストラ部門を受賞。ほかの部門賞を眺めると、合唱部門を鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンのバッハ「マタイ受難曲」(BIS)が受賞しているのが目を引く。協奏曲部門はベンジャミン・グローヴナーのショパン(DECCA)、器楽曲部門はイゴール・レヴィットによるベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集(SONY)など。
●特別賞ではアーティスト・オブ・ザ・イヤーにイゴール・レヴィットが選ばれた。ロックダウン中にサティの「ヴェクサシオン」を15時間かけて弾き切った甲斐があったというもの。ヤング・アーティスト・オブ・ザ・イヤーにはソプラノのナタリア・ロマニウが選ばれた。オーケストラ・オブ・ザ・イヤーにはN響もノミネートされていたが、受賞はフィラデルフィア管弦楽団。いつも感心するのだが、これら多くの特別賞には賞ごとにスポンサーが付いている。録音を対象とした賞である以上、レコード会社はスポンサーになり得ないわけで、なかなか大変だと思うのだが(ましてやこのご時世)、この営業力はすごい。

October 19, 2020

「パヴァロッティとぼく」(エドウィン・ティノコ著/アルテスパブリッシング)

●味わい深い一冊だった。「パヴァロッティとぼく アシスタント『ティノ』が語るマエストロ最後の日々」(アルテスパブリッシング刊)。著者はパーソナル・アシスタントとして、晩年のパヴァロッティの身近にいて、信頼されていた人物。もともとは、ペルーのリマにある5つ星ホテルのボーイだったのだが、宿泊したパヴァロッティが気に入って「自分のために働かないか」と声をかけた。これがきっかけで、オペラも聴いたこともなくリマから外に出たこともなかった若者が、パヴァロッティ・チームの一員として日々世界中を駆け回ることになる。パヴァロッティともなると、いつどこに行くにも大勢の人を引き連れてチームで行動する。当初は雑用係にすぎなかった著者は、パヴァロッティの絶大な信頼を得て、最後にはほとんど看護師のような役割まで担っている。著者には遺産50万ドルが遺された。これはパヴァロッティ本ではあるのだが、ホテルのボーイのシンデレラストーリーでもある。
●パヴァロッティはある頃からオペラ歌手の枠を超えて、スーパースターとしてショービジネスの頂点に君臨することになってしまった。だから、その振る舞いは完全に「王様」。たとえば、ホテルに宿泊するときは単に豪華なスイートを用意すればいいというものではない。パヴァロッティの巨体に合わせてキッチンを改造しなければならない。冷蔵庫も大型のものに交換しなければならない。ここに食材をいっぱいにつめて、みんなをパスタでもてなすのがパヴァロッティの流儀。オリーブオイルはモニーニ、ガーリックパウダーはマコーミック、炭酸水はペリエ、水は4度以下に冷やしたエヴィアンなど、細かな条件が決まっていて、チームは常にパヴァロッティが思い通りに過ごせるように気を配らなければならない。トランプを用いたカードゲームが大好きなので、これに付き合うのもスタッフの仕事(原則として、パヴァロッティが勝つことになる)。ベッドルームやバスルーム、プールサイドなどにも、なにを置いておかなければいけないか、ぜんぶ決まっていて、パヴァロッティは全世界どこに行っても同じように過ごせるようになっている。何十個ものスーツケースで移動し、空港ではいつも特別待遇。つまり、パヴァロッティは王様。この本に書いてあるのは、固い絆で結ばれた主君と従者のストーリーなんである。したがって、パヴァロッティは称賛されるのみ。かつて、マネージャーだったハーバート・ブレスリンが「王様と私」という暴露本(と言われるが、実はとてもためになる本)を書いているが、あちらがスーパースターの光と闇を描いているとすれば、こちらはもっぱら光のほうに目を向けている(ブレスリン本に対する批難も出てくる)。
●で、この本でなによりも印象的だったのは、パヴァロッティがいかに愛されているかを記した本でありながら、逆説的に彼の孤独が浮き彫りになっているところ。常にチームのメンバーや仕事仲間たちに囲まれているパヴァロッティなんだけど、裏を返すとほぼ全員がビジネスで結びついている。本人は家族を大事にしたいと思っていたはず。でも映画「パヴァロッティ 太陽のテノール」(ロン・ハワード監督)などでも描かれていたように、現実はそうなっていない。最初の奥さんとの間に3人の娘をもうけ、愛人を作り、その後、68歳になって本書にも出てくる20代のアシスタントと再婚する。最初の奥さんとの間に生まれた娘たちが父親に対して手厳しい見方をするのも無理からぬところ。もしパヴァロッティが歌うことを止めたら、いったいだれが彼のもとに残るのか。王様が王様でいるためには巨額のマネーを稼ぎ続かなければならない。カードゲームに夢中になって興じていたが、相手が手加減をしていることは本人だってわかっていただろう。王様は寂しい。

October 16, 2020

河村尚子ピアノ・リサイタルを動画配信で

●13日は紀尾井ホールで河村尚子ピアノ・リサイタル。今回はライブ・ストリーミング配信で聴いてみた。「ぴあライブストリーム」や「ジャパン・アーツ ライブ・ビューイング」で、リビングルーム席として配信用のチケットが販売されている(今も買える、オンデマンドで聴けるので)。PCでアクセスし、ヘッドフォンで聴く。画質も音質も十分。コンサートホールではたっぷりと間接音を含んだ「ホールの音」を聴くが、こうして配信で聴くときは近接した音像を耳にすることになる。つまり、間近で聴いている感じ。十全に鳴り切ったスタインウェイの音色に魅了される。
●プログラムは前半がモーツァルトのピアノ・ソナタ第11番「トルコ行進曲付き」、シューベルトのピアノ・ソナタ第13番イ長調、後半が藤倉大の「春と修羅」栄伝亜夜バージョン(!)、ショパンの夜想曲第17番op62-1、スケルツォ第4番、幻想ポロネーズ。アンコールにショパンの夜想曲第8番op27-2、幻想即興曲、シューベルトのピアノ・ソナタ第13番から第2楽章をもう一度。藤倉大の「春と修羅」は映画「蜜蜂と遠雷」中のコンクール課題曲という設定で書かれた曲で、物語中の登場人物によってバージョンがいくつかある。河村さんが弾いたのは映画と同様、主人公・栄伝亜夜のバージョン。映画で使われていた曲が、こうして実際のリサイタルでも演奏されていることに不思議な感動を覚える。実は当日、都合により頭から生で聴くことができず、後半から聴いて、後でオンデマンドを利用して前半を聴いた。そのせいもあってか、もっとも心に残ったのは前半最後のシューベルト。聴いた翌日になってもずっと頭の中まで追いかけてくるかのような中毒性がある。なんという孤独な音楽なのか。
●無観客公演が続いていた頃にいろんなライブ配信が試みられたが、こうして観客入り公演が再開されても有料配信が続いているのはありがたい。もともと平時であっても家庭の事情など、いろんな理由で聴きたくても会場に足を運べない人は多いはず。また、今後の感染状況によって需要が高まる可能性も十分あると思う。

October 15, 2020

マイナンバーカードの電子証明書を更新する

マイナンバーカード2020●しょうがないので、役所の窓口でマイナンバーカードの電子証明書を更新してきた……といっても、なんのことかピンと来ない方が大半では。マイナンバーカードには有効期限が2種類あって、個人番号カードそのものとしての有効期限と、電子証明書としての有効期限がある。前者は10年だが、後者は5年。電子証明書の有効期限が切れるので更新の手続きが必要になった。確定申告をe-Taxで行うために、更新手続きは必須。
●更新手続きには役所の窓口に出向かなければならない。「本人確認のための証明書」を更新するための手続き、いわばメタ本人確認なのだから、究極の本人確認として本人が出向くのは、まあしょうがないのだろう。タッチパネルの画面を差し出されてそこにパスワードを入力するのだが、アルファベットがabc順に並ぶパネルで、これが入力しづらい。慎重にタッチしたつもりなのに、一度まちがえてしまい焦る。窓口で運転免許証を差し出して、コピーを取られたりして、急に昭和モードになる。
●それでも手続きはスムーズに進んだので、時間は大してかからなかった。一方、同じ手続きをしている隣の窓口では、話がぜんぜんかみ合わずに延々と説明が続いていたのが、まあ、それもわかる。そもそもこの手続きの目的もわかりづらいし、有効期限が2種類あること、(前にも書いたけど)パスワードが4種類あることなど、混乱は必至。「お得なマイナポイント」の件にしてもそうだけど、マイナンバーカードをめぐるすべての制度設計が、「事務手続きを得意とする人」向けになっている。
●あと、マイナンバーカードってマイナンバーが目で見えるように印字してあるじゃないすか。あれが物騒で、とても持ち歩く気になれない。持ち歩くカードは紛失する前提の設計になっていてほしい。

October 14, 2020

ニッポンvsコートジボワール代表、ユトレヒトでの親善試合第2戦

ニッポン!●先日のカメルーン戦に続いて、ユトレヒトでの親善試合第2弾はコートジボワール戦。今回も相手はほぼ欧州組(一部クウェートなどの選手も)で、中立地での無観客試合。ウイルス禍で当面ニッポンでのホームゲームは難しそうだが、こうして万全のコンディションの強豪相手に戦えるのは収穫。多少ばらつきはあるとはいえ、コートジボワールは個の力で上回るタレント軍団。その相手に中立地で戦って五分五分の試合展開になることにニッポン代表の成長を感じずにはいられない。
●ニッポンのメンバーはカメルーン戦から7人を入れ替え。Bチームみたいな感じだが、試合のクォリティは高かったと思う。GK:シュミット・ダニエル-DF:中山雄太、冨安、吉田、室屋(→植田)-MF:遠藤航、柴崎-伊東(→堂安)、鎌田、久保建英(→南野)-FW:鈴木武蔵(→原口)。布陣は4バックでスタート。オランダ・ズウォレの中山雄太は本来ボランチやセンターバックの選手だが、左サイドバックで起用。長友がいないと左サイドバックの手薄感を感じずにはいられないが(ニッポン代表はずっとそう)、一方でこういうユーティリティタイプは4バックと3バックを併用するチームには貴重。中盤は伊東が右サイド固定なので、久保が左サイドで先発。久保の技術は驚異的だが、見せ場はもうひとつ作れず。むしろ伊東のサイドからの攻撃が目立った。伊東はずっと精度が課題だと思っていたが、欧州に渡ってから守備が鍛えられている。原口もそうだったけど、ここのポジションはうまい選手がたくさんいる分、守りで戦えるようになると出番が増える。トップ下の鎌田、トップの鈴木武蔵、ともにこのレベルの相手でも持ち味が出ていて頼もしい。トップは大迫だとポストプレイが前提だが、鈴木武蔵の場合は前を向いて屈強なディフェンスと競り合える。
●コートジボワールのプレスが厳しい。相手を背負った状態でボールをしっかり足元に収めていると思っても、ガツガツと足を出してくる。後半開始からコートジボワールの攻勢が続いて厳しい展開になったが、ここを耐えると、終盤はニッポンの好機が増えた。アディショナルタイムに入って、右サイドからのフリーキックで、柴崎のクロスに対して、入ったばかりの植田がファーで頭で合わせてゴール。柴崎が蹴る瞬間に、植田は相手ディフェンスの背後に消えてフリーになるというきれいな形。1対0で勝利は上出来。森保監督は律義に選手みんなにチャンスを配分する印象だが、三好康児には出番が訪れず。
●次の代表戦は11月にオーストリアでメキシコ戦なのだとか。欧州でしか代表戦を組めないという制限がある一方、かえって強力な相手との試合が実現している気がする。

October 13, 2020

飯守泰次郎指揮日本フィル&福間洸太朗

●9日はサントリーホールで飯守泰次郎指揮日本フィル。本来ならラザレフが指揮してリムスキー=コルサコフ&ショスタコーヴィチのプログラムを披露する予定だったが、来日できないので代役に飯守泰次郎。曲目も変更になり、シューベルトの「未完成」交響曲とブラームスのピアノ協奏曲第1番(福間洸太朗)。少し短いプログラムだが、休憩あり。客席は一席空けが解除されて、通常通りに販売。もちろん、マスクは必須、入場時のサーモグラフィや手指消毒あり、チケットの半券は自分でもぎる。オーケストラ入場時の拍手も定着か。
●シューベルトは重厚な響きによるスケールの大きな演奏。抒情性よりも悲劇性が勝った骨太のシューベルト。普段の日フィルとは一味違った重量感。後半は福間洸太朗が主役。これまでになんども聴いてきたピアニストだけど、考えてみたら協奏曲は初めてかも。曲が曲だけにオーケストラと格闘必至と思いきや、第1楽章はむしろ落ち着いたトーンで始まり、進みにつれて熱を帯びて、第3楽章で鮮やかなクライマックスを築いた。時間もまだ早めだったので、これはアンコールにブラームスの小品があるかな?と思ったのだが、アンコールはなし。しかし、偉大な協奏曲の余韻を噛みしめながら帰路につくのも吉。

October 12, 2020

ニッポンvsカメルーン代表、ユトレヒトでの親善試合

ニッポン!●ウイルス禍によりニッポン代表の活動も長らく停止していたが、ついに昨年12月以来となる試合が開催された。この状況で国際試合を開催できたのは離れ業というほかない。日本での開催は14日間の隔離期間を求められることから事実上不可能。そこで、開催地をオランダのユトレヒトにして、選手は全員欧州組のみで戦うという妙案により代表戦が実現。ニッポン対カメルーンとはいっても、選手たちの生活の場でいえば欧州対欧州。オランダには入国しやすい状況にあるということなのだろう。ただし選手の所在地によって帰国時の隔離状況はまちまち。隔離期間の問題でロシアの橋本拳人やセルビアの浅野拓磨は招集見送り、ドイツのブレーメン所属の大迫は帰国後5日間の自宅隔離が必要になることから、初戦のカメルーン戦のみ参加して帰独するという変則参加。それでもほぼベストメンバーがそろったのだから、ニッポンの欧州組もずいぶん層が厚くなったと感じる。試合は無観客だが、地上波の生中継により放映権料が入るのは救い。
●で、試合開始時の布陣は4バック。GK:権田、DF:酒井宏樹、冨安、吉田、安西幸輝(→伊東)-MF:中山雄太、柴崎-原口(→菅原由勢)、南野(→鎌田大地)、堂安(→久保建英)-FW:大迫。ゴールキーパーにはシュミット・ダニエルと川島も招集されているが、森安監督の第一選択肢は権田なのか。ポルティモネンセに所属。欧州組で日本人キーパーが3人そろうことに隔世の感。左サイドバックは長友がコンディション不良で安西。中山雄太はオランダのズヴォレ所属。柴崎はスペイン2部での苦闘が続くが、森安監督の信頼は厚い模様。オランダAZの菅原由勢はデビュー。久しぶりの代表チームということもあって、試合内容はもう一歩。特に前半はカメルーンにゲームを支配されている時間帯が長く、好機の少ない展開に。ボールを奪っても前線に収めどころがない。ニッポンの左サイドの裏のスペースをかなり使われた感があるが、一方でカメルーンも決定力を欠く。0対0は妥当な結果か。ニッポンは後半から安西を下げて攻撃的な伊東を投入。どういう布陣にするのか思ったら、酒井をセンターバックに置いての3バック。意外ではあったが、交代選手の活躍もあって後半は主導権をある程度は握れた。久保は終了直前に惜しいフリーキック。相手キーパーのナイスセーブに阻まれた。
●ともあれ今は国際試合の実施自体が困難な時期なので、こうして互角の相手と試合をできただけでも収穫大というほかない。連携に課題があるのは、今世界中のあらゆる代表チームがそうだろう。そもそもこの後の予定がまったく見えない。ワールドカップ予選は2次予選の途中で止まったまま宙に浮いている。とても最終予選まで本来の形でできるとは思えない状況。昔のように最終予選は中立地にチームを集めて集中開催することになるのだろうか。と、2022カタール大会に思いを馳せるが、そういえば来年、オリンピックってやるの!? ワールドカップ予選どころではない超大規模大会がここ東京で開かれるなんてことがあるのだろうか……。

October 9, 2020

秋もマスク必携

●さて、このあたりでウイルス禍の現状を改めて確認しておこう。今、道行く人の大半はマスクを着用しているし、特にお店などに入るときはマスク必須。とはいえ、マスクを除けばずいぶん平時に近くなっている。演奏会や映画館の「一席空け」も解除されはじめ、飲食店も賑わっているように見える。電車に乗ると会話を楽しんでいる集団の姿も。なんだか「新しい日常」疲れみたいな気配も漂っているような……。自分自身の仕事でいえば、長くすべてがリモートワークだったが、ここに来て対面での打合せや取材予定が少しずつ入りつつあって、ドキドキする。まだリモートのほうが多数派ではあるが。




●都内の新規陽性者数はこの通り(出典は東京都の対策サイト)。7日移動平均を見ると、9月上旬までは少しずつ下がっていたが、その後、上がったり下がったりしている。下げ止まりといった様子で、この一か月間は横ばいか微増といったところ。都内で一日150~200人の水準が続いている現状をどう考えるか。感染者数そのものは累積的に増えていくわけだから、だんだん身近な例を耳にする機会も出てきた。
各国の人口あたり新規感染者数の7日移動平均
●続いて各国の人口あたり新規感染者数の7日移動平均に目を向ける(出典はourworldindata.org)。欧米各国では感染者はふたたび増加に転じており、特にフランスやイギリスで急激に増えている。8月上旬くらいに地域間の差がほとんどなくなってきて、「一部の例外を除いて、欧州もアジアも結局は似たような水準に落ち着くのかな」みたいなことを書いたけど、ぜんぜんそれはまちがっていたようで、その後の2か月間でふたたび地域間で極端な差が生じている。よく見れば日本だって直近は増加傾向にあるわけで、全体としては感染拡大の局面にある。まだなにも解決していないし、終わってもいないのだが、外出時などは「慣れ」によって気持ちが緩んでいるのも否めず。

October 8, 2020

「その裁きは死」(アンソニー・ホロヴィッツ著/創元推理文庫)

●どれを読んでも練りに練った秀作ぞろいのアンソニー・ホロヴィッツ。最新刊「その裁きは死」(創元推理文庫)を読んだところ、これも大変よくできたミステリー。「メインテーマは殺人」に続いて、元刑事の探偵ホーソーンと著者自身が、ホームズ役とワトソン役になってコンビを組む。なにしろ著者はコナン・ドイル財団公認のもと、シャーロック・ホームズ・シリーズの新作を書いているくらいなのだから、ホームズへのリスペクトも相当なもの。しかしこの現代において、ホームズのような古典的ミステリをそのまま書くわけにはいかない。そこで、ワトソン役に自分自身を抜擢して(?)、実在の人物や現実世界の出来事を小説内に登場させるというメタフィクション風の手法がとられている。
●凝ったミステリのトリックに依存せず、小説としておもしろい。ホームズ役のホーソーンに粗野で図々しい人物像を設定しているのがいい。嫌なヤツが何人も出てくるけど、みんなそれぞれに魅力を放っている。著者はテレビの仕事もたくさんしていて、NHKでも放送された「刑事フォイル」の脚本家でもあって、その撮影シーンも出てくる。ジュブナイルのシリーズで大当たりをとって、テレビの仕事もバリバリとこなす「商業的な作家」である著者が、高尚な作品を書く日本生まれの女性作家に小説内で邪険に扱われる。このあたり、いかにもありそうで、本当に可笑しい。でもテレビで鍛えられている人だからこそ、入り組んだ話でもすっきり見通しよく書けるんだと思う。技術の高さ。

October 7, 2020

鈴木優人指揮読響のメシアン「峡谷から星たちへ……」 サントリー音楽賞受賞記念コンサート

●6日はサントリーホールで鈴木優人指揮読響のメシアン「峡谷から星たちへ……」。ピアノは児玉桃。第49回サントリー音楽賞受賞記念コンサートとして開催された公演で、本来であればシルヴァン・カンブルランが指揮する予定だったが、来日できないので読響指揮者&クリエイティヴ・パートナーである鈴木優人さんが出演。優人さんは以前に東響で「トゥーランガリラ交響曲」、N響で「忘れられたささげもの」を指揮したのを聴いているので、これは納得。「峡谷から星たちへ……」は約100分の大曲。全3部、第2部の後に休憩あり。ピアノに加えて、シロリンバ、グロッケンシュピール、ホルンなどが活躍して彩度の高い響きを作り出す作品だが、編成そのものは小さいので、ステージ上は散開配置が可能。メシアンの濃密さと執拗さ、恍惚感をたっぷりと味わう。キレがあって、強奏時の響きの美しさも十分。ホルン・ソロ(日橋辰朗)は圧巻。
●作品の題材となっているのはアメリカの大自然。ユタ州ブライスキャニオンの雄大な景観に、メシアンは創造主の神秘を見て取ったことだろう。巨大な渓谷は別の惑星を連想させ、第6曲でホルン独奏の「恒星の呼び声」を聞き、第8曲では「アルデバランの星の歌」を耳にする。峡谷の赤橙色の岩から出発して、思いは橙色巨星へと巡っている。神秘に代えて、自然の摂理に対する畏怖の念をもって共感可能な作品。そして、やはりたくさんの鳥が登場する。第2曲「ムクドリモドキ」、第4曲「マミジロツグミヒタキ」、第9曲「マネシツグミ」、第10曲「モリツグミ」、第11曲「ハワイツグミ、ソウシチョウ、ハワイヒタキ、シキチョウ」、さらにこれら以外の曲でも鳥はさえずっていると思う。もっともなじみのある鳥はいないのだが。ソウシチョウは「日本の侵略的外来種ワースト100」に選ばれているくらいなので、きっと身近にもいるのだろうが……。
●「鳥のカタログ」でもそうだけど、ピアノでさえずる鳥という発想がすごい。ベートーヴェンの「田園」みたいに木管楽器がさえずったり、ヴィヴァルディの「春」みたいにヴァイオリンがさえずったりという発想は自然だと思うが、ピアノで鳥。実際の鳥は和音で鳴かないし、強靭な打鍵に相当する鳴き声もなさそうなもの(断末魔の叫びでもないかぎり)。そもそも曲から各々の鳥を感知できるのかという疑問だって、なかったらウソだろう。たとえば上の映像はマネシツグミのさえずり。一方、「峡谷から星たちへ……」の第9曲「マネシツグミ」はこんな曲だ。いわれてみれば、マネシツグミ、なのか。近年では鳥類は恐竜の子孫であることがすっかり定説化しているそうなのだが、むしろ恐竜感があるかも?




October 6, 2020

MUZAランチタイムコンサート 東京交響楽団 麗しのトリオ・ダンシュ

●5日昼はミューザ川崎で、東京交響楽団の首席奏者たちによるトリオ・ダンシュのランチタイムコンサート。メンバーは荒木奏美のオーボエ、吉野亜希菜のクラリネット、福士マリ子のファゴット。ダンシュ=葦、つまり葦でできたリードによって発音する木管楽器が集まったトリオというネーミング。12時10分開演で約40分間ということで、完全にランチタイム対応のコンサート。その気になれば昼休みに仕事を抜け出て聴けなくもない(昼飯はどうするのかはさておき)。一席空けで400席限定ということだったが、ぱっと見、お客さんはよく入っている。ビジネスマンが集まったというよりは、自由のきくお客さんが集まった印象。テレワークの人も多いのかも。
●曲はモーツァルト(ウーブラドゥ編)のディヴェルティメント第1番K.439b、イベールのトリオのための5つの小品、オーリックの三重奏曲。軽快で小気味よいアンサンブルを堪能。大ホールで木管三重奏を聴くというまれな体験だったが、3人の音色がまろやかに溶け合って豊麗なサウンドを作り出す。2階席前方で聴いてもぜんぜん舞台を遠く感じないのがこのホールの強み。トーク入り。アンコールに同じモーツァルトのディヴェルティメント集の第4番から第4楽章。
●モーツァルトのK.439bは「5つのディヴェルティメント」という曲集で、成立史が複雑なのだが、最初に出版されたときはクラリネット2本とファゴットという編成で、その後、本来はバセットホルン3本のための曲だったという見方が定説化している模様。その第1番はアレグロ、メヌエット、アダージョ、メヌエット、ロンド・アレグロというシンメトリックな5楽章構成。成熟したモーツァルトの筆致で書かれていて、特に真ん中のアダージョはまさしく「モーツァルトのアダージョ」という陰影に富んだ名曲。一般的な編成ならもっと聴く機会があったはず。イベールは軽妙洒脱、オーリックはイベールほどシャレていないが、よりヤンチャで笑いの成分が多め。

October 5, 2020

新国立劇場のブリテン「夏の夜の夢」ゲネプロ

新国立劇場 ブリテン「夏の夜の夢」
●2日、新国立劇場でブリテン「夏の夜の夢」ゲネプロを見学。ようやく劇場が再開するという喜びをかみしめる。指揮は飯森範親(当初予定はマーティン・ブラビンス)、演出・ムーヴメントはレア・ハウスマン(デイヴィッド・マクヴィカーの演出に基づく)。キャストはすべて国内組に変更、演出も「ニューノーマル時代の新演出版」に変更されてはいたが、それがなんら不都合を感じさせない完成度の高い舞台に仕上がっていた。対人距離に関してはたまたま作品が「夏の夜の夢」だったのも幸いしていたと思う。巨大な屋根裏部屋がモチーフとなった舞台でくりひろげられるフェアリーテイル。男女二人が熱く抱擁するようなイタリア・オペラだったらこうはいかない。音楽面でもとてもよく準備されているという印象。オーケストラは東京フィル。整然として明快なサウンド。歌手陣も藤木大地(オーベロン)をはじめ高水準で、平井香織(タイターニア)、河野鉄平(パック)、大塚博章(シーシアス)、小林由佳(ヒポリタ)、村上公太(ライサンダー)、近藤圭(ディミートリアス)、但馬由香(ハーミア)、大隅智佳子(ヘレナ)、高橋正尚(ボトム)、妻屋秀和(クインス)、岸浪愛学(フルート)、志村文彦(スナッグ)、青地英幸(スナウト)、吉川健一(スターヴリング)。パック役はてっきり役者が演じているのかと思ったら、なんと河野鉄平さんという歌手で、とても歌手とは思えない動きのキレとスピード、セリフの雄弁さ。最後の幕切れの口上が最高に決まっていた。
●で、「夏の夜の夢」だ。ワタシは2016年に兵庫県立芸術文化センターで佐渡裕指揮、アントニー・マクドナルド演出を見ている。そのときはこれを逃したらもうチャンスはないかもと思って兵庫まで行ったのだが、こんなにすぐに2回目のチャンスがあろうとは。ブリテンの音楽は「ピーター・グライムズ」や「ビリー・バッド」のような鬱オペラとは違って、チャーミング。でもそうはいってもときどき闇落ちしているんじゃないかって気はする。問題はストーリーで、これはよくわからないのが普通だと思う。前史部分が省略されているとか、登場人物が多すぎるとかいったことだけではなく、妖精たちの物語(オーベロンとティターニアの小姓を巡るけんか)、人間たちの物語(恋人との駆け落ち)、職人たちのコメディのそれぞれが併行していて、互いの関係性やテイストの違いにとまどう。たとえるなら、ドリフのコントやモンティパイソンのコメディが数百年後に台本から再現されているようなもので、本来のコンテクストが失われて、現代日本のわれわれにはぜんぜん意図が通じていないんじゃないかという疑いがぬぐえない。ただ、それでもあえていえば、これは「結婚式オペラ」を装いながらも、本質は「結婚式の二次会」なんだと思う。恋人たちの交換であり、ガール(ボーイ)ハントであり、媚薬によるドラッグパーティであり、きわどい話をふんだんに含んでいるんだけど、そんな放埓さを3組のカップルのお行儀のよいハッピーエンドに収斂させている。そう思うと、ブリテンがオペラに選んだ「ピーター・グライムズ」や「ビリーバッド」や「ねじの回転」といった題材と共通する要素がここにもある。

October 2, 2020

映画「TENET テネット」(クリストファー・ノーラン監督)

●映画館でクリストファー・ノーラン監督の「TENET テネット」を見る。なるほど、前評判通り、これは一回見ただけではわからない。いや、別にわからないところも含めて十分に楽しめるんだけど、もう一回見たくなる。たとえるなら、よくできたミステリーで最後にトリックが明かされた後、もう一回最初に返って伏線を確かめたくなるような感じ。これだけ観客の頭に「?」を抱かせながらも、ちゃんとスリリングなエンタテインメントとして成立しているのがすごい。見た後にだれかと語りたくなる映画。
●映画の本筋は「007」ばりのスパイアクション。冒頭、ウクライナのオペラハウスでテロが起きる場面から、ガツンとパワフルなアクションシーンで始まる。ただし、「007」と違うのは、これが「時間SF」であること。登場人物たちは時間を逆行できる。といっても、タイムスリップできるわけではない。特定の場所を通ると、順行と同じ速度で逆行できるというだけ。だから3日前に戻るためには主観時間で3日間が必要になる。そして、逆行したら、また特定の場所を通過して、順行に戻る(戻らないと……どうなるんだろ?)。逆行中の描写が見物で、予告編にあるカーチェイス・シーンで逆行する車の様子が映っている。作中に出てくる物理学的な解説を理解する必要はないと思う。
●なお、主人公には名前がない(作品中で一度も名前を名乗らないし、呼ばれない)。そして、クリストファー・ノーランの最初期の作品「メメント」を想起した。ストーリーはぜんぜん違うけど、あの時点で種がまかれていたのかな、と。

October 1, 2020

鈴木優人プロデュース BCJオペラシリーズ Vol.2 ヘンデル「リナルド」リモート記者会見

BCJ リナルド記者会見
●29日昼、鈴木優人プロデュース BCJオペラシリーズ Vol.2 ヘンデル「リナルド」リモート記者会見に出席。どこにも出かけずにZOOMで記者会見に参加できるというありがたさ。登壇者は公演プロデューサーであり指揮とチェンバロを務める鈴木優人、リナルド役の藤木大地、アルミレーナ役の森麻季、演出の砂川真緒、アルガンテ役の大西宇宙(リモート参加)の各氏。今回の公演は10月31日(土)の神奈川県立音楽堂と11月3日(火・祝)の東京オペラシティの2公演。セミステージ方式。当初は座席の間隔を空けてチケットを発売していたが、イベント人数規制の緩和を受けて、座席が追加販売されている。海外組のキャストが入国できないため、すべて国内組に変更。カウンターテナーの藤木大地さんは当初発表から役を変えて主役に起用されることになった。優人さんは以前、藤木さんと「死ぬまでにヘンデルのオペラを全部やろうね」と話し合った間柄なのだとか。
●演出の砂川さんによれば「日本人キャストに変更されたことを受けて、当初とは違った発想で演出している。リナルドは現代に生きる少年という設定」なのだとか。リナルドの衣装デザインが公開されていたが、赤い「R」が胸にプリントされた白Tシャツを着るメガネ男子という設定(ポケモンのロケット団みたいだと思った!)。今回は感染症対策のため安全を最重視した演出になるので、さまざまな制約はあるが、それでも小道具、照明、衣装などで工夫を凝らすという。
●藤木大地さんは優人さんと20年来のつきあいで、10年前にカウンターテナーになるときに、優人さんに相談したそう。「代役でリナルドを歌えるからラッキーなどとは言ってられなくて、逆の立場にある人たち、つまり今回来日できなかった人たちの気持ちを背負いながら、責任を果たさなければいけない」とおっしゃっていたのが印象的。森麻季さんはすでにエディンバラ音楽祭でBCJと「リナルド」を共演しており、また、自分にとってもとても大切な作品と語っていた。
●優人さん「オペラは歌舞伎と同じように、芸術であり伝統芸能でもあるがエンタテインメントである。バロック・オペラというと博物館に展示されているもののように思われがちだが、やはりオペラであって、芸術とエンタテインメントの融合である。モーツァルトはオペラだけど、ヘンデルはバロック・オペラだ、といったようなレッテル貼りはやめませんか。どちらもオペラ、両者の距離はそんなに遠くない。お客さんが予習なしでも楽しめる舞台になる」
●ZOOM記者会見、会議とはまた違った慣れが必要かなと思った。プレス側はデフォルトでカメラとマイクがオフ設定。質疑応答の作法が意外と難しいかも。

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