2022年7月アーカイブ

July 29, 2022

ドコモの無料のWi-Fiサービス「d Wi-Fi」

●最近はほとんど公衆Wi-Fiサービスの必要性を感じていなかったが、ドコモの無料Wi-Fiサービス「d Wi-Fi」の評判がよいのでを使ってみることにした。このサービス、ドコモ回線を使っていなくても、だれでも無料で使える上に、高速で快適という太っ腹なサービス。ワタシのケータイの回線はIIJmioなのだが(「東京・春・音楽祭」やベルリン・フィルのストリーミングをサポートしてくれている以上、IIJ以外の選択肢はない)、まったく問題なく使えている。ただし、最初の設定は「dアカウント」の発行や「dポイントクラブ」の登録など、やや手間がかかる。ドコモ回線以外のユーザーの場合、スマホに「dアカウント設定」アプリをインストールすることで、「d Wi-Fi」エリアに入ると勝手に自動接続してくれるようになる。ファミリーマートとか郵便局とか駅の近くでつながっているっぽい。あとはドトールコーヒーとかマクドナルド等々。なにか劇的に便利になるわけではないが、しばらく試してみよう。
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●久々に新型コロナウイルスの都内最新感染動向を見ておく。ついに新規陽性者数が一日4万人を超えた。モニタリング項目(1)の7日間移動平均を見ると、7月上旬から急カーブで増えている。当ブログを遡ってみたら、一日に3千人を超えたと慄いている記述が見つかったのだが、それがいまや4万人だ。数字に表れない軽症者も大勢いるはず。ワクチン接種回数は60歳未満は3回、12歳未満は2回、60歳以上は現在4回目という状況。3回目から半年近く経った今、ワクチンによる入院予防効果は依然有効にせよ、発症予防効果は期待できなさそう(参照:厚労省Q&A)。周囲を見ても身近なところに感染する人が次々と出ており、普通に社会生活を営んでいればいつだれが感染してもおかしくないという様相になってきた。灼熱のマスク姿は今年も続く。

July 28, 2022

ニッポンvs韓国代表 EAFF E-1サッカー選手権

ニッポン!●EAFF E-1サッカー選手権の第3戦はニッポンvs韓国代表。ここまで2連勝の韓国は勝つか引き分けで優勝が決まるという状況。一方、中国戦で引き分けた日本は勝てば優勝。森保監督は予想通りのターンオーバーで、第1戦香港戦でのマリノス色の強いチームをベースにした布陣。ただしキーパーは谷晃生。3人呼んだキーパーを一試合ずつ経験させるといういつもの律義さ。
●3試合目にしてやっと強い相手と戦うことができたわけだが、相手の韓国側にしてもニッポンと似たような状況でこの大会に臨んでいることがよくわかる。欧州で活躍する選手抜きで組まれたチームは、お互いにひとつひとつのプレイの精度を欠き、迫力不足。互角の勝負が続いてはいたが、後半4分、藤田譲瑠チマが右からファーサイドに浮き球であげたボールに相馬勇紀が頭で合わせて、ニッポンが先制。香港戦でも感じたが、国内組のなかでも相馬は一段上のステージでプレイしている。後半19分、今度は相馬のコーナーキックに佐々木翔が頭で合わせて追加点。圧巻は後半27分で、藤田から西村、小池と華麗なパス回しで相手を崩して町野が決めて3点目。ゴールこそ町野だったが、マリノス勢のコンビネーションがそのまま代表で再現されたスペクタクル。終わってみれば3対0の快勝。この結果は立派。ニッポンが優勝を決めた。
●もっともマリノス勢もチームメイト同士でコンビが合わなかったりする場面もあって、そんなに胸を張れたものでもないかも。みんな持ち味は出ているんだけど、プレイの質に微妙なムラがあって海外組の選手たちを押しのけてワールドカップメンバーに残れるかというと、そこは厳しそう。怪我人などが出たときのバックアッパー的な選択になるのでは。選手選考のためのテストはこれでおしまい。大会を通じて大きなサプライズはなかったと思う。
●GK:谷晃生-DF:小池龍太、畠中槙之輔、谷口彰悟、佐々木翔-MF:岩田智輝、藤田譲瑠チマ(→橋本拳人)-水沼宏太(→宮市亮→森島司)、相馬勇紀(→満田誠)-FW:西村拓真(→脇坂泰斗)、町野修斗。

July 27, 2022

アラン・ギルバート指揮東京都交響楽団のモーツァルト

●25日はサントリーホールでアラン・ギルバート指揮東京都交響楽団。モーツァルトの交響曲第39番、第40番、第41番「ジュピター」の三大交響曲という直球プログラム。場内に入ってステージ上の椅子の少なさに軽く驚く。弦は12型。そういえば一頃は小編成の曲ばかりを聴いていたっけ……。指揮台を置かず指揮棒なしの親密でシャープなアンサンブル。特に第39番はもともと編成が小ぶりなので、大きめの室内楽を体験しているかのよう。HIPな要素は感じられず、モダンかつ軽快なモーツァルト。ところどころで強弱の変化を強調したり、抒情的な部分ですっとテンポを落としたりはするが、けれんみはない。これまでに聴いた同コンビの演奏には華やかで輝かしいサウンドという印象を持っていたが、小編成モーツァルトでもそれは変わらない。
●前半が2曲、後半が1曲。まあ、そうするしかないか……。全部つなげると長すぎるし、小休憩を2回入れるわけにもいかない。「ジュピター」は前2曲に比べると大交響曲だと改めて実感。この曲のいちばん聴きたい部分は最後に訪れる壮麗なフーガだが、にもかかわらず終楽章も後半に入るともうすぐ曲が終わってしまう寂しさを感じずにはいられないという矛盾。楽員退出後も鳴り止まない拍手にこたえて、指揮者が矢部達哉、四方恭子の両コンサートマスターを伴って三人一緒にカーテンコール。
●演奏会の一曲目が交響曲第39番だと、オーボエがいないのでクラリネットのチューニングで始まる。オーボエ以外の管楽器でチューニングが行われる再頻出パターンがこの曲か。

July 26, 2022

ニッポンvs中国代表 EAFF E-1サッカー選手権

ニッポン!●24日夜、豊田スタジアムで開催されたニッポンvs中国代表戦を振り返る。香港戦に続く、EAFF E-1サッカー選手権の第2戦。森保監督は今大会も律義なターンオーバー制を敷いて、先発メンバー全員を入れ替えた。「全員にチャンスを与える」と「序列をはっきりさせる」というのが森保イズム。1試合目はマリノス組が多かったが、2試合目は広島組が多いので、単純にこちらを控え組とは呼べないとは思うが、もともと実質B代表だけに知らない選手が多くなる。
●メンバーはGK:大迫敬介-DF:小池龍太、中谷進之介、荒木隼人、佐々木翔(→杉岡大暉)-MF:橋本拳人、野津田岳人-宮市亮(→満田誠)、脇坂泰斗(→西村拓真)、森島司(→相馬勇紀)-FW:細谷真大(→町野修斗)。相手の中国代表がどういうメンバーなのか、よくわからないのだが、ほとんどの時間でニッポンがボールを保持し、中国がブロックを敷いて守るという展開。ただ、本来のニッポン代表と比べると、一回性の寄せ集めチームゆえに個々の選手の連動性が低く、精神的な支柱となる選手もいなかったためか、質の高いチャンスをなかなか作れないまま時間が過ぎて、0対0で終わってしまった。これだけゴール前に選手を固めて守る相手であれば、たとえベストメンバーの代表であってもそう簡単には点を取れないとは思う。が、こういった膠着した試合では後半70分くらいから、序盤のタイトさが失われ、選手間の距離が開き、決定機が増えるもの。そこでゴールを奪って勝利するというのがいつもの代表だと思うが、今回は攻めきれず。正直なところ、ひとつはひとつひとつのプレイに少しずつクォリティの不足があって、それが積み重なってゴールが遠くなってしまったという印象。だれもアピールに成功しなかった。
●この試合、入場者数はわずか10526人。豊田スタジアムでこの人数とは。前夜に行われたJ2の新潟vs岡山戦が12722人、仙台vs長崎戦が11338人で、J2のほうが代表より入場者数が多かったという話題を目にした。まあ、J2は土曜夜、代表戦は日曜夜だったので単純に比較はできないが、たしかに一昔前なら予想もできなかった事態ではある。でも、この数字を見て感じるのは、代表人気の凋落よりも、むしろ日本のフットボール文化の成熟。実質B代表で意義のわからない試合よりも、2部リーグであろうがクラブの最重要試合(=リーグ戦)のほうが客を集めるというのはまったく正しい。

July 25, 2022

ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団 フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2022

フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2022
●今年もフェスタサマーミューザKAWASAKIが開幕。新型コロナウイルスの第7波でかつてない感染者数が記録されるなか、23日、無事に開幕公演が行われた。ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団によるプログラムは、このコンビならではの凝ったもの。冒頭に三澤慶「音楽のまちのファンファーレ~フェスタ サマーミューザ KAWASAKIに寄せて」が演奏された後、クルタークの「シュテファンの墓」(鈴木大介のギター)、シェーンフィールド「4つのパラブル」(中野翔太のピアノ)、休憩をはさんでドビュッシーの第1狂詩曲 (吉野亜希菜のクラリネット)、ストラヴィンスキーのタンゴ、エボニー協奏曲 (谷口英治のクラリネット)、ストラヴィンスキー「花火」、ラヴェルの「ラ・ヴァルス」。「おいしいものを少しずつ」みたいなプログラムで、高級お菓子の詰め合わせのよう。やたらとリソースを要求するプログラムでもあって、ソリストが大勢いて、しかも大編成の曲が多い。クラリネットのソリストが2名もクレジットされるとは(ひとりは楽団員、ひとりはジャズクラリネット奏者)。ギタリストはクルタークの後もオーケストラのなかに留まり、シェーンフィールドではベースも。これだけいろんな編成の曲が続くと、舞台転換にかなり時間をとられるので終演時間は遅くなるだろう……と予測していたのだが、パズルを解くかのような鮮やかな手際できっちり2時間で終わった。
●「音楽のまちのファンファーレ」、こういったファンファーレでもノットが振ると勢いとキレのある音楽になる。いちばん長い曲という意味では、前半のシェーンフィールド「4つのパラブル」が核。主にジャズテイスト、しかしながらジャンルレスな大編成のピアノ協奏曲。ピアノは八面六臂の活躍で、大音量のオーケストラと格闘をくりひろげながらもゴージャス。ある種の過剰さが痛快な音楽。ストラヴィンスキーの「タンゴ」と「エボニー協奏曲」はライブで聴く機会は貴重。イメージよりも厚みのあるサウンド。続けて若き日の「花火」を聴くと、その才気ときらめきにクラっとする。最後の「ラ・ヴァルス」は、もっとデフォルメ感のある演奏を予想していたが、むしろスマートで爽快。拍手が続いて、ノットのソロ・カーテンコールあり。音楽祭の開幕にふさわしい華やかさ。

July 22, 2022

東京国立博物館のミュージシャンたち その2

画像石 舞人と楽人
●(承前)ここまで紹介した東京国立博物館のミュージシャンたちは、琴やタンブーラなどソロの演奏ばかりだったが、唯一、アンサンブルと呼べるかもしれない演奏風景が描かれていたのがこちら。「画像石 舞人と楽人」。中国山東省魚台県出土で、後漢時代、1~2世紀のものというから、圧倒的に古い。この画像石だけを眺めていてもだれがなにをしているのか、わかりづらいだろうが、下のような解説図が添えられている。
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●このように、この画像石には太鼓(1)、琴(4)、簫(しょう=パンパイプ)と鼗(とう=でんでん太鼓)の両方を使う3人の奏者(6)、歌手(5)、ダンサー(3)、ジャグラー(2)が描かれているのだ。つまり、弦楽器、管楽器、打楽器が一通りそろっているわけで、小規模ながらこれはほとんどオーケストラと言ってもいいのでは。18世紀オーケストラどころではなく、1世紀オーケストラ。もっともこういうアンサンブルが実在したのか、単に図像として描かれただけなのかは知らない。

July 21, 2022

東京国立博物館のミュージシャンたち その1

東京国立博物館が創立150年を記念して、7月20日(水)から24日(日)まで、総合文化展(常設展に相当するもの)を無料で公開している。とにかくこの博物館は大きい。東京・春・音楽祭で足を運ぶ機会もあると思うが、本館、平成館、東洋館、法隆寺宝物館、黒田記念館等々、展示がいくつもの館にわたっている。後方に広がる庭園もすばらしい(今の季節は熱中症注意)。一回ですべてを見ようと思っても無理なので、自分なりにテーマを設けて訪れるのが吉。
●というわけで、東京国立博物館に展示されているミュージシャンたちを追いかけてみた。まずは日本代表として選んでみたのがこの人。
埴輪 琴をひく男子
●「埴輪 琴をひく男子」(古墳時代・6世紀)。最古の楽器は打楽器に譲るだろうが、琴、リュート、ウード、キタラ、ハープ等々の撥弦楽器も相当に古いんじゃないだろうか。6世紀に作られた埴輪に登場するのだから、日本の琴もかなりの古さ。膝の上に乗せて弾いていたのだろうか。
扇面画 源氏物語
●これは16世紀日本、室町時代の扇面画。「源氏物語」の第27帖「篝火」が題材となっている。源氏が玉鬘のもとを訪れ、篝火の下で若い公達たちに楽器を演奏させる。この写真じゃよくわからないが、中央左に琴を弾く姿が描かれている。
タンブーラを弾く女
●続いてはインドの細密画。「タンブーラを弾く女」。18世紀の作品。やはりここでも撥弦楽器が登場する。タンブーラは南インド古典音楽に用いられるドローン用の楽器。このお姉さんは木に腰かけて弾いているのだろうか。
迦陵頻伽(かりょうびんが)像
●こちらは迦陵頻伽(かりょうびんが)像。韓国慶州出土、8世紀の作。迦陵頻伽とは極楽浄土に住む鳥で、上半身が人、下半身が鳥の姿をしている。とても美しい音で歌うとされているのだが、この像を見ると両手に小型のシンバル状楽器を持っている。ということは、シャンシャンとシンバルを打ち鳴らしながら、美声で歌っていたのであろうか。(つづく

July 20, 2022

ニッポンvs香港代表 EAFF E-1サッカー選手権

香港●日本、香港、中国、韓国の各代表が参加する東アジアの大会、EAFF E-1サッカー選手権が開幕。ニッポンの初戦は対香港代表戦。ニッポンは国内組のみの代表で一般的な知名度のある選手がほとんどいないわけで、ワールドカップ本大会に向けた強化としてはかなり微妙な大会ではあるのだが、かつてこの大会をきっかけにブレイクした伊東純也のような選手もいるにはいる。会場はカシマ。
●で、香港代表だが帰化選手を大勢そろえており、一時よりは強化が進んだらしいが、正直なところアジアの強豪と比べるとだいぶ水準は落ちる。Jリーグならキーパーが止めるだろうというようなシュートが入ってしまう。前半2分に相馬がフリーキックを決めると、20分に町野、22分に西村がゴールしてあっという間に3対0。早々に決着がついてしまい、大味なゲームになってしまった。その後も西村、相馬、町野と決めて、3人が2点ずつゴール。ニッポン 6-0 香港
●ニッポンのメンバーは久々にマリノス勢がたくさん。GK:鈴木彩艶-DF:山根視来(→大南拓磨)、谷口彰悟(→中谷進之介)、畠中槙之輔、杉岡大暉-MF:岩田智輝、藤田譲瑠チマ、水沼宏太(→脇坂泰斗)、相馬勇紀(→宮市亮)、西村拓真(→岩崎悠人)-FW:町野修斗。ついに代表に選ばれて気を吐いた水沼宏太や、決定力の高さをアピールした西村、怪我を乗り越えて10年ぶりに代表に帰ってきた宮市など、物語には事欠かないのだが、なにしろ相手のプレッシャーが緩かったので、少々の活躍ではインパクトが残らない。Jリーグでできていること以上のことができて当然といった様相。やはり試金石となるのは韓国戦か。
●香港代表では市川聡悟が途中出場。なんとまだ17歳。大阪生まれだが、生後すぐに香港に渡り、香港でサッカー選手としてのキャリアを積んでいる。この若さで代表はすごい。伸びしろも大きそう。もっとも、こうして香港代表として公式戦に出場している以上、今後の国籍選択にかかわらずニッポン代表の資格はないはず。

July 19, 2022

バッハ・コレギウム・ジャパン ハイドン「天地創造」

●16日は東京オペラシティでバッハ・コレギウム・ジャパン第150回定期演奏会。ハイドンのオラトリオ「天地創造」を鈴木優人指揮、ジョアン・ランのソプラノ、櫻田亮のテノール、クリスティアン・イムラーのバスで。「天地創造」を生で聴くのは久々。神様もそうひんぱんに天地を創造していられないとは思うのだが、あらためてその音楽の壮麗さと力強さに圧倒される。このオラトリオは歌詞と音楽の結びつきが強く、その描写性に時折ユーモアも感じる。鈴木優人指揮のオーケストラは推進力が豊かで、生気がみなぎっている。ホルンに福川伸陽、トロンボーンに清水真弓、ティンパニに菅原淳、フォルテピアノに大塚直哉ら実力者ぞろいの管弦楽。コンサートマスターの若松夏美が都合により出演できず、山口幸恵に変更するなど、何人か出演者の変更があった。ジョアン・ランはじめ、声楽陣も充実。
●で、「天地創造」って3部構成なんすよ。第1部は第1日から第4日まで。冒頭で、混沌の描写から天と地が生まれる様子が描かれる。第2部は第5日から第6日までで、生命が誕生し、やがて人間が作られる。第3部は楽園でアダムとイヴがハッピーに暮らしている。つまり、全体の構成はこういう感じ。

「天地創造」第1部 ハードウェア製作編
「天地創造」第2部 ソフトウェア開発編
「天地創造」第3部 ユーザーエクスペリエンス編

神様が天地を創造しているのは第2部までなんすよね。第3部はもう作っていない。というか、本質的には第1部の冒頭で天と地はもう作ってしまっていて、その後はディテールの製作。常々思っているんだけど、モノ作りのスタイルにはロケットスタート型とラストスパート型があると思うんすよね(原稿書きでもそうだけど)。ロケットスタート型は工期の序盤で粗くてもいいから8割方作ってしまって、残り期間で完成度を上げていくイメージ。ラストスパート型は前半はなかなか手が進まないんだけど、終盤の集中力でガッと完成まで持っていく。どうやら西洋の神様はロケットスタート型。仕事ができる人って感じがする。
●旧約聖書で神様は6日目で人間を作っている。ひるがえって現実の神様はどうかというと、天地創造をビッグバンとみなせば推定138億年前。現生人類の誕生は20万年前とすると、宇宙の歴史に比べればゼロみたいなものなので、結局人間を作るまで138億年かかったとも言える。だから現実の神様はラストスパート型……と言いたいところだが、よく考えてみたら人類の前にもあまたの文明を広大な宇宙のあちこちに創造しているだろうから、そう決めつけるわけにもいかないか。

July 15, 2022

国立新美術館 ~ ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション

国立新美術館 ~ ルートヴィヒ美術館展 ポスター
先月「ワニがまわる」を見にいって、心理的な距離が少し縮まった国立新美術館。もう一歩縮めてみようという気持ちになったので、「ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション」(~9月26日)に行ってみた。ルートヴィヒ美術館はケルン市が運営する20世紀から現代までに特化した美術館。市民からの寄贈をもとにコレクションを形成してきたというのがすごい。アンディ・ウォーホル、カンディンスキー、クレー、ピカソ、ジャクソン・ポロック、ジャスパー・ジョーンズ、ロイ・リキテンスタイン、ロバート・ラウシェンバーグ等々、20世紀のスーパースターたちがずらり。音楽関連ネタとしてはマン・レイの「アルノルト・シェーンベルク」も。
国立新美術館 ~ ルートヴィヒ美術館展
●フォト・スポットとして用意されていたのが、こちら。写真はアウグスト・ザンダーの「菓子職人」。なぜこれを?と思わなくもないが、この職人が作る菓子はうまそうである。あと、「ワニがまわる」も引き続き開催中なので、今なら両方見ることができる。
カーチャ・ノヴィツコヴァ「近似(ハシビロコウ)」
●写真撮影不可だが、唯一、例外としてカーチャ・ノヴィツコヴァの「近似(ハシビロコウ)」は撮影OK。薄っぺらいボードにハシビロコウの写真がプリントされているというだけの作品で、これだけ見てもさっぱりピンと来ないのだが、どうやらもともとネットで拾った写真を作品に仕立てて、それを来場者が撮影してネットで拡散するという循環が意図されているらしい。人力デジタル循環。

July 14, 2022

ニッポン代表にマリノスから7名

●EAFF E-1サッカー選手権に向けて発表された代表メンバーにマリノスから7名が選出された。この大会、わかりづらい名称はどうにかならなかったのかとも思うが、東アジアサッカー連盟主催の国際大会で2年ごとに開かれる。今年は日本で開催され、中国、韓国、香港と対戦。時期的に欧州組の選手たちを呼ぶことができないので、ニッポン代表は国内組中心の編成で、実質的にB代表みたいな感じ。初代表の選手はGKの鈴木彩艶(浦和)、DFの小池龍太(マリノス)、大南拓磨(柏)、MF/FWの水沼宏太(マリノス)、 野津田岳人(広島)、西村拓真(マリノス)、満田誠(広島)、町野修斗(湘南)、細谷真大(柏)、藤田譲瑠チマ(マリノス)。Jリーグを熱心に観ている人以外には「だれ?」って感じのメンバーかも。
●で、近年は代表選手が本当に少なかったマリノスだが、今回7名も選ばれたんすよ! どうしたのか、森保監督。まあ、今は首位に立っているし、かつての川崎勢の多くが海外に行ってしまったので、そういう巡り合わせなのか。以下、マリノス勢について一言ずつ。守備の柱、畠中槙之輔が久々に代表復帰。小池龍太は万能サイドバック。右も左もボランチもできる。この選手、なんとJFLからキャリアを出発させて、J1までステップアップし、さらにベルギーを経由してマリノスにやってきた。水沼宏太は右サイドからの正確なクロスボールが武器。お父さんは日産自動車~マリノスを長く支えた大スター、水沼貴史。息子はマリノスからキャリアをスタートさせたが、すぐには才能を開花させられず、栃木、鳥栖、東京、セレッソ大阪と渡り歩いて大きく成長。10年ぶりにマリノスに帰還し、32歳のベテランになった今、ついに代表に選ばれた。泣ける。
●宮市亮は10年ぶりのサプライズ招集。若くして将来を嘱望されながら、長く怪我との戦いを強いられてきた苦労人。マリノスでの先発試合数はそう多くはないと思うが、プレイスタイルは円熟味を増している。フォワードの西村拓真は現在のイチオシ。トップもトップ下もできるが、トップが適していると思う。CSKAモスクワ、ポルティモネンセでもまれて帰国。ボールを持ったらまずは自分でシュートに持ち込むことを第一選択肢として考えるタイプのストライカー。岩田智輝はボランチ、センターバック、右サイドバック、どこでもできる守備のオールラウンダー。ボランチの藤田譲瑠チマは技術の高さと視野の広さが魅力で、まだ20歳とは思えない落ち着きがある。5月に当欄で「遠からず代表に呼ばれるのでは」と書いたが、こんなに早く呼ばれるとは。

July 13, 2022

出口大地指揮東京フィルのオール・ハチャトゥリアン・プログラム

●12日はサントリーホールで出口大地指揮東京フィル。2021年ハチャトゥリアン国際コンクールで第1位を獲得した出口大地が定期演奏会に抜擢され、オール・ハチャトゥリアン・プログラムで登場。これは快挙。バレエ音楽「ガイーヌ」より、ヴァイオリン協奏曲(木嶋真優)、交響曲第2番「鐘」という特盛プログラム。東フィルの定期は同一プログラムを東京オペラシティ、オーチャードホール、サントリーホールで3公演開催するという方式なのだが、3公演目のサントリーホールでも客入りはまずまず。客席にもオーケストラ側にも若い指揮者を盛り立てようというムードを感じる。今年は日本とアルメニアの外交関係樹立30周年なのだそうで、オール・ハチャトゥリアンをやるなら今しかないというタイミングでもある。
●「ガイーヌ」からは5曲。鮮烈でエネルギッシュ、土の香りはほどほどで正攻法のスペクタクル。「ガイーヌのアダージョ」を聴くと条件反射的に映画「2001年宇宙の旅」を思い出してしまう。この曲に宇宙空間の孤独を読みとったキューブリック恐るべし。「レズギンカ」は過去の爆演の印象が強いが、本来これがノーマルか。ヴァイオリン協奏曲は圧巻。木嶋真優の独奏が切れ味鋭く、強烈。ソリストの力で作品がさらなる高みへと達した感すらある。ソリスト・アンコールはまったく知らない曲だったが、コミタス(木嶋真優編)の「クランク 〜イグデスマン・ファンタジー」という曲なのだとか。これも鮮やかな技巧。
●前半が終わった時点でかなりの充足度だったが、後半はさらなる大曲で、交響曲第2番「鐘」。前半の民族色の強い作品とは一味違ってシリアスで、ショスタコーヴィチ寄りの作風というか、第二次世界大戦を反映したソ連発の戦争交響曲としての性格を持つ。現在の状況を思うと、その受け止め方は複雑ではあるが……。第3楽章冒頭、ピアノとハープが刻む序奏が印象的。葬送行進曲、あるいは哀歌。終楽章は少し前に公開されたハチャトゥリアンを描いた映画「剣の舞 我が心の旋律」のエンディングテーマとして高らかに鳴らされていた曲だけど、こうして生演奏で聴く機会がやってくるとは。ブラスセクションの音色が輝かしい。壮大な幕切れに客席は拍手喝采。曲が終わった時点で午後9時40分だったので、すぐに大勢のお客さんが席を立ったのはしかたがない。
●出口大地は左手に指揮棒を持っていた。左手に指揮棒を持つ著名なマエストロといえば、パーヴォ・ベルグルンド、ドナルド・ラニクルズあたりか。世の中に左利きの人はそう珍しくないが、左手に指揮棒を持つ指揮者はかなり珍しいので、実際には左利きであっても右手に指揮棒を持つ人が多いのだろうということに思い当たる。

July 12, 2022

映画「怪盗クイーンはサーカスがお好き」(はやみねかおる原作/傳沙織監督)

●映画館で「怪盗クイーンはサーカスがお好き」(はやみねかおる原作/傳沙織監督)を観る。これは快挙。「怪盗クイーン」シリーズといえば児童文学の大人気シリーズ。2002年の第1作から2021年の近作まで15巻にわたるシリーズが講談社「青い鳥文庫」から刊行されており、累計発行部数は120万部を突破したのだとか。この数字は驚異的。というのもこういった児童文学では多くの場合、子供たちは図書館を通じて本を読んでいるわけで、実際の読者数は発行部数より桁違いに多いはず。そのシリーズの第1巻である「怪盗クイーンはサーカスがお好き」がアニメ化されたんである。人気コミックの映画化ではなく、小説の映画化というところがミソで、相当高いハードルを飛び越えている感がある。夜の時間帯の客層は若い女性が多かった。20年にわたるシリーズなので、ファン層は現在の30代初めから小学生まで広がっていると思われる。
●主人公のクイーンはあらかじめ犯行予告をした上で警備を出し抜いて華麗に獲物を盗み出すという古典的な美学を実践する怪盗。風貌やふるまいは美しく洗練されているが、趣味はネコの蚤取りだったりとキャラのギャップがおかしい。職務上のパートナーである黒髪碧眼のジョーカー、そして世界最高の人工知能のRDとともに、巨大飛行船トルバドゥール号に乗って世界中を巡る。ギャグ満載で、ストーリーは痛快。軽快さが身上だと思うので、映画化にあたって話を膨らませるのではなく、1時間の短尺に収めているのも吉。秀逸。
●で、いちばんいいなと思ったのは、怪盗クイーンの性別が不詳だという点。設定としてそうなっている。中性的な役柄で、映画での声優は元宝塚の大和悠河。オペラで言えばズボン役みたいなイメージだ。怪盗一味の中心人物が性別不詳で、その助手は男性と人工知能。これこそ今の時代の怪盗だなって気がする。

July 11, 2022

「アリバイ・アイク ラードナー傑作選」(リング・ラードナー著/新潮文庫)

●先日話題にした「本当の翻訳の話をしよう 増補版」(村上春樹、柴田元幸著/新潮文庫)の影響で読んだ本が、ひとつはジョン・チーヴァー「巨大なラジオ / 泳ぐ人」、もうひとつが「アリバイ・アイク ラードナー傑作選」(リング・ラードナー著/加島祥造訳/新潮文庫)。これは品切のうえに電子書籍もなく、入手困難なので図書館から借りた。文学作品というような堅苦しいものではなく、気の利いた小噺みたいな短篇が並んでいて、大半は可笑しく、一部は暗いトーンを持ち、心をざわつかせる。野球を題材とした話が多めで、古き良き時代のアメリカ野球みたいなムードを醸し出している。語り口のおもしろさが抜群で、一篇を選ぶなら表題作の「アリバイ・アイク」かな。なにを話すにも言いわけを添えないと気が済まない野球選手の話。やはり野球物で「相部屋の男」もパンチが効いてるんだけど、少しダークサイドに傾きすぎているか。
●で、あとがきに村上春樹と柴田元幸の対談が載っていて(同じものが「本当の翻訳の話をしよう 増補版」にも収録されていたと思う)、特におもしろいなと思ったのが以下のくだり。ラードナーとカーヴァーのタイトルのつけ方が似ているという話から、カーヴァーは少年時代に読んだスポーツ雑誌からある種の文体みたいなものを身に付けたのではないかと村上春樹が推測する。

村上 スポーツに限らず、アメリカの雑誌にはそれぞれに独特の書き方、個性がありますよね。文体が機能している。日本の雑誌や新聞って、はっきりいって個性的な文体がない。文体がなければ文章はこしらえられないはずなんだけれども、でも、ないんですよ。存在しない。
柴田 日本では、括弧つきではありますけれども「客観的」「中立的」な文体が新聞の文章ということになるんでしょうね。だからなのか、新聞で文章の芸を磨いて、そこから作家になるという人が少ない。

●アメリカの雑誌を読まないので(読めない)、それら独特の文体については知りようもないが、日本に各紙共通の新聞文体があることはよくわかる。雑誌でも編集サイドが個性的な文体を持つことはまれで、むしろ無色透明感が求められている感じ。

July 8, 2022

スクリアビンの『エクスタシーの詩』に題す

神原泰 「スクリアビンの『エクスタシーの詩』に題す」●そういえば、先日東京国立近代美術館でゲルハルト・リヒター展を観にいった際、常設展に神原泰の「スクリアビンの『エクスタシーの詩』に題す」(1922)を見つけた。スクリャービンの交響曲第4番「法悦の詩」をレコードで聴いたときの印象がもとになって描かれているという。なるほど、この絵柄は「法悦の詩」っぽいといえばそれっぽい。で、制作年に「1922年」とあるのを見てギクッ。えっ、1922年にもう「法悦の詩」の録音を聴けたのか! SPの電気録音は1925年以降だから、アコースティック録音による「法悦の詩」があったわけだ。
●で、演奏者はだれだったんだろうと思ってささっと検索してみた限りでは、少なくとも1920年にアルバート・コーツ指揮の録音があったようだ(参照)。大編成、しかも切れ目のない単一楽章のこの曲をあえて選ぶとは、なんという野心的なレコーディング。それにしても今から100年前にすでに録音で「法悦の詩」を聴いている人たちがいたというのは直感的にはなかなか気づかないところ。そして1920年の録音再生技術で伝わる音の色彩感は現代の録音に比べて格段に乏しいはずなのに、この絵を見るとそんな感じがぜんぜんしない。

July 7, 2022

新国立劇場 ドビュッシー「ペレアスとメリザンド」(新制作)

新国立劇場「ペレアスとメリザンド」
●6日は新国立劇場でドビュッシー「ペレアスとメリザンド」(新制作)。ケイティ・ミッチェル演出で2016年エクサンプロヴァンス音楽祭で初演されたプロダクション。このオペラ、演奏会形式とかセミステージ形式ではなんどか接する機会があったが、こうして完全な形で劇場で上演されるのを観たのはたぶん初めて。そしてそれがいきなり大胆な演出だったわけだが、これが驚きのおもしろさ、手際のよさ。大野和士指揮東京フィル、カレン・ヴルシュのメリザンド、ベルナール・リヒターのペレアス、ロラン・ナウリのゴロー、妻屋秀和のアルケル、浜田理恵のジュヌヴィエーヴ他。休憩30分をはさんで二部構成。
●冒頭の場面、本来であれば森のなかで道に迷ったゴローが、ひとり泣いているメリザンドを見つけるところから始まるわけだが、この演出ではホテルの一室が舞台。花嫁衣裳らしきものを着たメリザンドが登場して、ベッドに入る。どこかから逃げてきたのだろうか。森もなければ泉もない。そこにゴローがあらわれて物語が始まる。そこからはメリザンドの夢の世界なのだ。メリザンドは多くの場面でふたりいる(歌手と役者)。あたかも幽体離脱したがごとく、メリザンドは自分自身の姿を眺めている。ときにはどちらが実体なのかもわからなくなる。そして、しばしば夢がそうであるように、その場面にいるはずのない人物がいたり、時系列が混乱していたりする。そこにあるのは城ではなくゴローら一家が住む邸宅であり、ペレアスとメリザンドが逢引をする泉はプールだ。
●で、「夢だった」演出というと嫌な予感がする人が多そうだけど、これは決して安易な設定ではないと思う。なぜ夢にしているかといえば、それは演出家がこのオペラをメリザンドの物語として再構築しているから。謎めいた美女が男を破滅に導くというストーリーは古くから「水の精」ものとして定型があると思うが(人魚姫も「ルサルカ」も)、そこで女性の視点が描かれることは稀。しかし女の視点を描こうにも、男から見た謎めいた美女でしかない者にどうやって実体を与えるか。その解決策が夢。「この物語を夢見る私」という形にすることで、「メリザンドの一人称視点」が強制的に生成される。これは秀逸。そしてリアリズムの制約から逃れることで、一段とモダンかつ幻想的な語り口が出現する。いないはずの人がいたり、時系列の混乱などは、ラテンアメリカ文学的なマジックリアリズムのようでもあるし、現代的なファンタジーの作法とも受け取れる。
●では、そうやって獲得したメリザンド視点から何が浮き彫りになっているかといえば、ずばり、「メリザンドの嫁入り」。この話って、嫁いだ先の一家が描かれているんすよ! 他人の家庭に嫁いでみればそこは空も見えない鬱蒼とした息苦しい場所で、一家の男たちはみなヤバい奴らばかりでキモさ大爆発。あらゆる人間関係が不穏。しかもまちがった相手を結婚相手に選んでしまったことに早々と気づく。この一家は目の前で起きていることもろくに見ようとせず、現実認識の違いに絶望するばかりのメリザンド。でもこれって、大なり小なりどこの家でもそんなものだよなー、現代でも。はなはだ尖鋭で刺激的なホームドラマとしての「ペレアスとメリザンド」。
●歌手陣は非常に高水準で、特にゴロー役ロラン・ナウリが印象的。苦悩をにじませた深い声がすばらしい。イニョルド役に変更があり、急遽カバーの前川依子が代役を務めたが、なんの不足も感じさせない見事な歌唱。オーケストラは明快で透明感のあるサウンド。それにしても、これだけ演出とドラマが雄弁であっても、ドビュッシーの音楽は決して後景に退くことはないわけで、やっぱりドビュッシーって天才だなと思った。えっ、そりゃそうだって?

July 6, 2022

東京国立近代美術館 ゲルハルト・リヒター展

ゲルハルト・リヒター展 ストリップ
●東京国立近代美術館で開催中のゲルハルト・リヒター展へ(~10.2)。日本では16年ぶり、東京では初となる美術館での個展。平日午前の早い時間に寄ったが、若い世代を中心に館内は盛況。同美術館の前回の企画展、鏑木清方展も同様の時間帯に行ったがそのときはほとんどが年配者。モダンな作品だと客層が若くなるのは演奏会と同じか。
ゲルハルト・リヒター展 ビルケナウ
●4点の絵画からなる「ビルケナウ」の一部。アウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所で隠し撮りされた写真を描き写したイメージの上層に、この灰黒色と赤色の抽象画が描かれている。といっても、もとのイメージはまったく見えない。この一角は工夫された展示がされていて、少し異様な空気が立ち込めていた。
ゲルハルト・リヒター展 カラーチャート
●すぐ近くには対照的に明るくポップな一角が。作品と一緒に自分を撮る/撮ってもらう人たちも。「ばえる」のか。
ゲルハルト・リヒター展 エラ
●数少ない肖像画、「エラ」。モデルは娘。うつむいた顔から表情は読めない。どことなく超然とした印象を受ける。
ゲルハルト・リヒター展 アブストラクト・ペインティング
●アブストラクト・ペインティング。数としてはこのタイプの作品が多い。たまたまそばにいた小さなお子さんを連れたお母さんが、子供に話しかけていた。「お家に飾るならどれがいいかしらねえ」。奇遇だ。ワタシもまったく同じことを考えながら絵を見ている。
●常設展にも同美術館所蔵のリヒター作品が何点か展示されている。コロナ禍以来、ここの常設展にはなんども足を運んでいるわけだが、一度に企画展と常設展をぜんぶ見るのは無理。リヒター作品プラス何か所かピンポイントで楽しむに留める。

July 5, 2022

清水エスパルス対マリノス戦で、6人目の交代が実現

●サッカーの交代枠は3人まで、というのが従来のルール。しかしウイルス禍はこのルールを変えてしまった。パンデミックの影響による過密日程から選手を保護するため、2020年から一時的な措置として交代枠が5人に拡大され、Jリーグでも5人の交代枠が定着している(ただし交代の回数はハーフタイムを除いて3回まで)。そして先日、国際サッカー評議会が交代枠5人を恒久化すると発表したんである。イングランドのプレミアリーグはいったん交代枠を3人に戻していたようだが、こちらも今後は5人になる。
●この交代枠の拡大は大正解だと思う。正直言って、5人交代の刺激に慣れてしまったら、もう3人交代なんて退屈で戻れない。5人の交代枠があるとハーフタイムの交代や、2枚替え、3枚替えがごく普通に実現するので、戦術的な可能性が大きく広がる。試合の終盤になっても猛然と走れる選手がたくさん残っているので、最後までエキサイティング。ベンチの選手たちも出場機会が増える。観客にも選手にも監督にもいいことづくめ。
●ところが、2日の国立競技場で開催された清水エスパルス対マリノス戦(国立だけど清水のホームゲームだった)では、マリノスが6人目の選手交代をした。この試合、DAZNで観戦していたのだが、マリノスは58分に渡辺皓太→山根、67分に一気に3枚替えでエウベル→宮市、水沼→仲川、レオ・セアラ→マルコス・ジュニオール、さらに71分に座り込んで動けなくなった角田→エドゥアルドと5人を交代。これで交代枠がなくなったと思って観ていたら、なんと、86分に西村が小池裕太と交代。なぜかというと、角田の交代は脳震盪の疑いがあるということで、通常の交代枠にはカウントされなかったから。Jリーグのルールでは各チーム1名の「脳振盪による交代」が許されている。頭を強く打っても交代枠がないと選手がピッチに残ろうとするので、これも納得のゆく話。
●で、思ったのだが、この調子でいくと遠からず交代枠は撤廃されるんじゃないだろうか。ベンチ入りメンバーの人数と、交代回数さえ制限しておけば、人数はもう好きにしていい気がする。実際、この日のマリノスはベンチ入り7人の内、キーパーを除く6人が全員交代出場したわけだし。

July 4, 2022

フランソワ=グザヴィエ・ロト指揮ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団のブルックナー他

●3日は東京オペラシティでフランソワ=グザヴィエ・ロト指揮ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団。ウィーン・フィル以外の来日オーケストラは久々。ウイルス禍は終わっていないが(秋のマーラー・チェンバー・オーケストラ来日公演はアジアツアーごと中止になった)、今回、予定通りにオーケストラの来日公演が実現したことはありがたい。プログラムはモーツァルトのピアノ協奏曲第20番(河村尚子)、ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」(1874年第1稿)。「ロマンティック」の第1稿を聴く機会は貴重。しかも来日オケで。
●後半のブルックナーだけでも演奏会として成立する大曲だが、前半のモーツァルトが期待以上に聴きごたえあり。ロト率いるオーケストラはかなりHIPなスタイル、一方ソリストは確固たるパーソナリティを持ったモダンなスタイルなのだが、異質な組合せが功を奏してフレッシュなモーツァルトに。目指すところは作品に込められた時代を先取りするようなロマン的ドラマの表出だと思うのだが、両者が違うルートを通って同じ頂点に登山したみたいな感。第3楽章のカデンツァはどなたの作なんでしょう。アンコールにシューベルト「楽興の時」第3番。
●で、ブルックナーの「ロマンティック」第1稿だが、一般的な第2稿とはかなり違って粗削りで、これを聴くといかにブルックナーの改稿の手腕がいかにすぐれているかを感じずにはいられない。開発途上の「ロマンティック」ベータ版といったイメージ。が、これが楽しいんである。最終的に残されなかった部分にもそこにしかない魅力がたしかにあって、驚くような瞬間がたびたび訪れる。ボツ・バージョンのスケルツォは、第2稿の傑作すぎる「狩のスケルツォ」には遠く及ばないが、あの寂しげで微妙に脱力したホルンの主題をお蔵入りにするのはあまりに惜しい。終楽章のコーダの高揚感もすごい。なんというか風呂敷を広げまくったあげくに閉じ方を決めてなかったことに気づいて、強引に力技で終わらせたみたいな勢いがあって、たまらなくカッコいい。でもまあ、途中で聴いていてしんどい場所は正直ある。この演奏のクォリティがあってこその愉しみ。オーケストラのサウンドはドイツの伝統的な重厚な響きというよりは、もっと鋭敏で、かつ強靭。
●カーテンコールでロトがマイクとを持って、メモを読みながら日本語の挨拶。楽員退出後、ロトのソロカーテンコール。スタンディングオベーション。

July 1, 2022

アレクサンドル・カントロフ ピアノ・リサイタル

アレクサンドル・カントロフ ピアノ・リサイタル
●30日は東京オペラシティでアレクサンドル・カントロフのピアノ・リサイタル。偶然にも昨夜のガジェヴに続いて、若い世代を代表するピアニストのリサイタルが同じ会場で続いた。アレクサンドル・カントロフは2019年のチャイコフスキー・コンクールの第1位(第2位が藤田真央だった)。お父さんはジャン=ジャック・カントロフ。あまりに父が有名だったが、でも今や「カントロフ」といえばアレクサンドル。
●プログラムはリストを中心として、そこにシューマン、スクリャービンらが織り込まれたもの。前半にリストのJ.S.バッハのカンタータ「泣き、嘆き、悲しみ、おののき」BWV12による前奏曲、シューマンのピアノ・ソナタ第1番、後半にリストの巡礼の年第2年「イタリア」から「ペトラルカのソネット」第104番、リスト「別れ」(ロシア民謡)、「悲しみのゴンドラ II」、スクリャービンの詩曲「焔に向かって」、リストの巡礼の年第2年「イタリア」からソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」。全体がひとつの作品のような趣で、別れと悲しみ、超越性を題材にしたロマン主義の大作に触れたかのよう。重厚で濃密。前夜のガジェヴもそうだったけど、カントロフも高い技術を持ちながらも、華やかさやテクニックで魅了するのではなく、作品世界に深く没入し、楽器の存在を感じさせない。白眉は前回のリサイタルでも聴いた「ダンテを読んで」。凄まじい集中力。細身ながらも楽器を鳴らしきった強靭なフォルテが響きわたり、色彩感も豊か。
●本編だけでも満足できたと思うけど、アンコールが「第3部」になった。グルック~ズガンバーティ「精霊の踊り」、ストラヴィンスキー~アゴスティの「火の鳥」フィナーレ、ヴェチェイ~シフラ「悲しきワルツ」、ブラームスの4つのバラードから第2曲、モンポウ「歌と踊り」op.47-6、ブラームスの4つのバラードから第1曲。はりつめた雰囲気の本編とはまた違った楽しみ。休憩中にカーテンコールは写真撮影OKというアナウンスがあったので、写真も撮ることができた。あわてて撮ったのできれいに撮れていないけど、なによりのお土産。

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