2022年8月アーカイブ

August 31, 2022

画像生成AI、Stable Diffusion で描いた音楽家たち

AI画像 ベートーヴェン
●今ネット上で話題沸騰中の画像生成AI。どんな画像を描いてほしいのかを英文テキストでリクエストするだけで、AIが画像を自動生成してくれる。そうやって描かれたステキ画像がSNS等に掲出されているのを見たことがある人も多いのでは。特に評判なのがMidJourney、そしてStable Diffusionの2種(参照:Stable Diffusionの紹介記事)。さっそくStable Diffusionにベートーヴェンのキリッとした肖像をリクエストしたら、上のような画を描いてくれた。どうっすか。すごくない? これってネット上から収集した画像を深層学習して描いてるんすよね。
●で、次はピアニストを描いてもらおうと思った。どんな作風で描いてもらうかも自由に指定できる。AIはきっとアニメ調が得意なんじゃないかと思い、japanese anime styleでリクエストしたら、こんなのができた。
AI画像 ピアニスト1
●おっ、いいね! ちゃんとアニメ調になってる!ただ、少し惜しいミスがある。なんというか、使っちゃいけない絵になってる。もう一枚、今度は「イラストレーション風に」という漠然とした指定でお願いしてみた。
AI画像 ピアニスト2
●はい、できた! このタッチ、だれかの画風に似ている。ただなー、AIには少し言いにくいんだけど、さっきと同じ惜しいミスがあるんだな。どうしてそこをまちがえてしまうのか、AIさん。そこで画風をぐっとクラシックな感じでお願いしようと思い、次は「デューラーとレンブラント調で」と具体的に画家名を入れてリクエストした。
AI画像 ピアニスト3
●うむ、重厚な味わいが出た。AIさん、しっかりワタシの求めるテイストを理解してくれている。ただ、ホント、惜しいんだけど、前の2枚と同タイプのミスがある。どうしてなのかなー。pianistって語をどう学習すると、こうなるのか、謎。ともあれ、ピアニストはそんなに得意分野じゃないみたいなので、ヴァイオリニストをお願いすることにした。「30代の長髪のイケメン男性ヴァイオリニスト」をリクエストする。
AI画像 ヴァイオリニスト男性
●あ、こういうタイプのヴァイオリニスト、知ってる気がする! 少し目がイッちゃってる系なのが気になるけど、雰囲気があって人気出そう。ただ、楽器が……そのヴァイオリン、どこがどうなってるのか、よく構造がわからないのですが、AIさん。分解・再構築されたヴァイオリンというか。続いて、女性ヴァイオリニストも描いてもらう。20代のキレイ系でお願いします!
AI画像 ヴァイオリニスト女性
●うっ……この画風もどこかで見たことがある気がするのだが。で、このお姉さん、ヴァイオリンの弾き方がヘンな気がする。というか、楽器も謎な形状になっていて、壊れているっぽい。よく見ると後ろにもう一台、ヴァイオリンが控えているのだが、それは壊れた用のスペアなのですか、AIさん。そこで気がついたのだが、イラスト調ではなく、写真風に描いてもらうともう少しリアリズムを重視してもらえるのではないか。男性ヴァイオリニストのポートレートをお願いした。
AI画像 ヴァイオリニスト写真
●わっ、いそう、こういう天才ヴァイオリニスト。でも楽器とか弓とかが複雑な形状で交錯していて、だれも知らなかった未知の奏法を編み出してそう!どんな音が出ているのか、まったく想像がつかないが、これまでのあらゆる特殊奏法が色褪せて見えてくる。
●AIは単体の楽器が苦手なのかもしれない。趣向を変えてオーケストラを描いてもらうことにした。空想的な絵という意味で、北斎調でお願いすることに。
AI画像 オーケストラ北斎
●あ、これはいいんじゃないの? 絵として。例によって楽器の構造に注目するといろいろアレなのだが、絵柄的にはいい。「北斎調のオーケストラ」というリクエストで、こんな絵を描いてくるAIって、やっぱりスゴい! 調子に乗って、弦楽四重奏もお願いしてみる。「晴れた日のビーチにいる弦楽四重奏」でどうだろう。おしゃれなジャケ写っぽい絵を期待。
AI画像 弦楽四重奏
●違う……。ていうか、これ、String Quartetの意味が通じてないっぽい。なんらかのStringを持った4人組みたいな感じだ。たぶん、ワタシの指定が悪かったんだと思う。スマン、AI。もう少しAIの得意分野に寄せてみるべきではないか。そう反省して、次は「ピアノを弾くロボット」をリクエストしてみた。ロボ、得意でしょ?
AI画像 ピアノを弾くロボット
●ロボ、そっちじゃない! そっちからは弾けないんだ、ピアノは。惜しいよ、AI。だいたい合ってるけど、わりと根本的なところでミスってる。
●と、こんな感じで試行錯誤しているのだが、デモサイトで軽く作っただけでもこれだけできるのにはひたすら感心。奇妙な画像が目立つが、きっと学習するデータを厚くすれば精度が高まるのでは。あまりおかしな画像ばかりだとStable Diffusionの実力が伝わらないので、最後に一枚、「ドラマティックな光に照らされたソーラーパンク風の未来の図書館」の絵を。AIさんはこういうのは得意。
AI画像 雰囲気のある図書館

August 30, 2022

「魔法」(クリストファー・プリースト著/早川書房)

●夏は名作を読む季節だからという理由で、先日、クリストファー・プリーストの「夢幻諸島から」を読んで空想の旅気分を味わったのだが、もう少しプリーストを読んでみたくなって手にしたのが「魔法」。予備知識なしで読んだほうがいいと思って、なにも知らないまま読みはじめたら、途中からまったく想像外の話になって唖然としてしまった。物語はまず、爆弾テロに巻き込まれて短期的な記憶を喪失した報道カメラマンの視点で描かれる。入院中のカメラマンのもとに、記憶喪失期間中の恋人だったという女性があらわれる。南仏とイギリスを舞台にふたりのラブストーリーがはじまるのだが、この女性には別れようとしても別れられない男がいることがわかってくる。どうやらこの三角関係は一筋縄ではいかないようだ……。
●って、待て待て。これはハヤカワ文庫FT(=ファンタジー)の一冊。リアリズムだけで話が進むわけがない。もう刊行から十分に年月が経っているのであまりネタバレを気にせずに書くけど、途中からある種の魔法のようなSF的な設定が出てきて、その後、巧緻なメタフィクションの仕掛けが施されていることに気づく。終盤、三人称で物語が描写されている途中で、突然一人称の「わたし」が出てくる場面がすごい。一瞬、これは登場人物のひとりが「読者」であるという話なのかと思ったけど、少し読むと「作者」なのだとわかる。ただ、すべてがきれいにまとまって着地するタイプの物語ではなく、最後は煙に巻かれたような感触も残るのだが……。読み終えてから、あちこち読み返して、自分がなにを読んだのか、確かめてしまった。
●昔、日本人作家のミステリで三人称でずっと話が進んでいたのに、ある瞬間にその光景を隠れて覗いていた「わたし」が出てくる話を読んだ記憶があるのだが、あれはだれのなんという本だったか。

August 29, 2022

クセナキス100% ~ サントリーホール サマーフェスティバル 2022

●26日はサントリーホールのサマーフェスティバルへ。クセナキス生誕100周年プログラム「クセナキス100%」。ザ・プロデューサー・シリーズ「クラングフォルム・ウィーンがひらく」の一公演。前半が6人の打楽器奏者のための「ペルセファッサ」、後半がオーケストラとテープのためのバレエ音楽「クラーネルグ」。
●きっと峻烈で強靭なサウンドが連続するはず、特に後半は75分ほどの長丁場であるからと滝に打たれる覚悟で臨んだが、むしろかなり楽しく、イベント性に富んだ一夜。「ペルセファッサ」はイサオ・ナカムラ、ルーカス・シスケ、ビョルン・ヴィルカー、神田佳子、前川典子、畑中明香の6人の奏者が客席を囲む形で陣取り、空間配置が全面的に生かされる。烈々とした太鼓の打音が醸し出す荘重さ、きらめく金属音の祝祭性、ホイッスルがもたらす笑い、熱風のようなフィナーレ。スリリングではあるけれど、背後に一貫したリリシズムみたいなものも感じる。
●後半、「クラーネルグ」はエミリオ・ポマリコ指揮クラングフォルム・ウィーンの演奏。舞台下手に弦楽器群、上手に管楽器群が配置され、これにアンサンブルの録音をもとにした電子音響が加わる。スピーカーが客席を囲むように配置。舞台上の生演奏と電子音響が組み合わされる。生演奏に対して電子音響は遠くで反響するようなバランスなので、舞台上の演奏に対するエコーのようでもあり、こちらの世界とあちらの世界の交話のようでもあり。序盤は生演奏が中心だが、途中から両者の絡み合いが増える。指揮台にはデジタル表示のストップウォッチが置かれ、生演奏部分では停止し、電子音響が入ると動く。タイムで同期が保たれている模様。不思議な陶酔感がある。終盤の20分くらいになると、ほとんどの時間が電子音響になって、舞台上の奏者はやることがない。で、時差ボケなのか眠そうにあくびを連発している奏者すらいるくらいなのだが、それでも完全にお休みではなく、突然演奏しなきゃいけない部分があったりして油断できない。休みのようでいて休みでない、奏者がいなくていいようで帰れない。まるでハイドン「告別」の裏返しバージョンのような。
●なぜ「テープ」という言葉が録音を含意するのか、そろそろ説明が必要な時代が来つつあるかもしれないと、ふと思う。

August 26, 2022

あずさもチケットレス

諏訪湖
●先日、松本を訪れた際、帰り道にまた諏訪湖に寄ってしまった。せっかく通り道だし、上諏訪駅から歩いてすぐなので。前回訪れたときに比べると涼しくなっていたので、しばらく湖を眺めてぼんやりする。人も少ない(これが大事)。ベンチに座って持参している本でも読もうかなと思いつつ、気がつくとなぜかスマホでポケモンGOに興じているのであった。わざわざここまで来たんだし、長野県産のポケモンをゲットしてお土産にしたいという謎心理。
●いつの間にか、特急あずさも新幹線と同様に「えきねっとチケットレスサービス」で切符を購入できるようになっていた。スマホ版アプリはよくできていて、ささっと購入できる。購入後の予約変更も簡単。ただ、「えきねっと」で買ったときに、新幹線なら必須の「Suicaとの紐づけ」がなかったんすよ。新幹線だと自分のSuicaを登録して、それで「ピッ!」って入場するんだけど、なんであずさだとそれがないんだろう。これじゃあSuicaで入場しても、ワタシが特急券を購入済みであることをJRは知りようがないのでは……と、困惑したのだが、よく考えてみれば新幹線と違って改札が分かれていないのだから、紐づけしなくても改札は通れるに決まっているのか。といって、スマホ画面の切符をだれかに見せることもなく、普通にSuicaで乗ってSuicaで降りるだけ。なんだか微妙に落ち着かないけど、簡単なのは大歓迎。

August 25, 2022

国立西洋美術館のミュージシャンたち

●「東京国立博物館のミュージシャンたち その1」「その2」に続く美術館で見かけた音楽家たちシリーズ(なのか?)、続いては国立西洋美術館の常設展から。まずは、デンマークのヴィルヘルム・ハンマースホイによる「ピアノを弾く妻イーダのいる室内」(1910)から。
nmwa_hammershoi.jpg
●ピアノに注目すると、譜面台と壁が近く奥行きはない。とすると、これはスクエア・ピアノなのだろう。ピアノが中心的な題材になっているはずだが、扉の向こうで壁面を向いて弾いているため、ずいぶんと遠い印象を受ける。写真ではわかりづらいが、奥のピアノよりも手前のテーブルに乗っている灰皿(?)のほうにくっきりと焦点が当たっている。楽器テーマなのに感じるのは静けさ。ピアノが鳴っている感じがまったくしない。
nmwa_lorrain.jpg
●こちらはクロード・ロランの「踊るサテュロスとニンフのいる風景」(1646)。中央に半人半獣のサテュロスがいて、両手ともニンフと手をつないで楽しそうに踊っている。で、左下の暗いところに音楽を奏でる人々がいる。拡大してみると、以下のような感じ。
nmwa_lorrain_up.jpg
●男は縦笛を、女は横笛を吹いている。この横笛、管の先のほうが広がっているのだが、そういう楽器があったのだろうか。その横の男は縦笛を2本同時に吹いているようだ。
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●ルイ・ガレの「芸術と自由」(1865)。初展示作品。モデルがやたらとカッコいい。パッと目を引く。反射的に頭に浮かんだのは「アー写」。19世紀のアーティスト写真。ヴァイオリンの腕前はわからないが、宣材として強力。だが、題は「芸術と自由」とずいぶん構えていて、絵柄とそぐわない感じ。後方の白い紙に「芸術と自由」と記されている。
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●ジョヴァンニ・セガンティーニの「風笛を吹くブリアンツァの男たち」(1883-85頃)。えっ、風笛って?と思うが、英題を見ればなんのことはない、バグパイプのことだった。たしかに左にバグパイプを吹いている男はいるのだが、赤ん坊と農婦たちのほうが目立っている。赤ん坊は歩行器に入っている。19世紀末にはもうあったのか、歩行器。
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●バグパイプを吹く男のところを拡大したのがこちら。右の男はバグパイプだが、左の男が吹く管の先端が広がった縦笛はなんと呼べばいいのか。
nmwa_accordion.jpg
●ル・コルビュジエの「アコーディオンに合わせて踊る女性」(1949)。こちらは常設展ではなく、ル・コルビュジエの小企画展から。自分にはアコーディオンを抱えている姿に見える。アコーディオンの鍵盤の要素は左下に、蛇腹の要素は右下に分解されている。が、これは踊る女性。すると、アコーディオンを弾きながら踊っているのか。あるいは踊る姿にアコーディオンを重ねているという表現なのか。

August 24, 2022

クロノス・クァルテット JAPAN 2022 記者会見

クロノス・クァルテット JAPAN 2022 記者会見 デイヴィッド・ハリントン
●9月24日から10月2日にかけて、クロノス・クァルテットが19年ぶり(!)の来日公演を開催する。9/24ロームシアター京都、9/28東京オペラシティ、9/30彩の国さいたま芸術劇場、10/1神奈川県立音楽堂、10/2盛岡市民文化ホールを巡るツアー(公演一覧)。ロームシアター京都ではジョージ・クラムの「ブラック・エンジェルズ」とライヒ「ディファレント・トレインズ」を中心としたプログラム、東京オペラシティはライヒ「ディファレント・トレインズ」「トリプル・クァルテット」、彩の国さいたま芸術劇場ではクラム「ブラック・エンジェルズ」やジミ・ヘンドリックス「紫のけむり」、神奈川県立音楽堂ではテリー・ライリーの「サン・リングズ」日本初演といったように、プログラムは5会場ですべて違っている。クロノス・クァルテットの代名詞的な作品が多く並んでいる。
●6月下旬にオンラインで記者会見が開かれ、クロノス・クァルテットのヴァイオリニストで芸術監督のデイヴィッド・ハリントン(写真)、エグゼクティヴ・ディレクターのジャネット・クーパートウエイトの両氏が参加。ハリントン「久しぶりに日本を訪れるのを楽しみにしている。日本の聴衆の質は特別。ホールもすばらしい。少しずつ人々の生活が戻りつつあるなかでの来日は意義深いもの」。さらにプログラムについて「クラムの『ブラック・エンジェルズ』は私たちの活動のきっかけとなった大切な作品。ライリーの『サン・リングス』はNASAからの委嘱作品で、本当にすばらしい作品。ライリーは現在日本に住んでいるので、聴きに来てくれるかもしれない。ライヒの作品は私たちの核となるレパートリー。私たちの音楽の巨大な支柱のひとつといえる」。
●また、現在クロノス・クァルテットが力を注ぐプロジェクトとして、「フィフティ・フォー・ザ・フューチャー」が紹介された。これは50人の作曲家に1作品ずつを委嘱し、これを録音し、さらに世界中の若いプレーヤーたちのためにインターネットでスコアを無料でダウンロードできるようにするというもの。日本人作曲家では望月京の作品も含まれている。クーパートウエイト「プロジェクトの正式タイトルは『フィフティー・フォー・ザ・フューチャー クロノス・ラーニング・レパートリー』。より多くの若い音楽家たちにクロノス・クァルテットの考え方、音楽の豊かさを知ってほしいと思い始めた。すでにウェブサイトで2万5千回以上のダウンロードがあった。今回の日本ツアーでも10作品を披露する」。
●ということなので、さっそく 50 for the future のサイトを見てみたら、50作品がそろっており、それぞれスコアもパート譜も自由にダウンロードできるようになっていた。音源や作曲家インタビュー等も載っている。

August 23, 2022

松本駅からバスで美ヶ原高原へ

美ヶ原高原
●セイジ・オザワ松本フェスティバルでせっかく松本まで来たので、翌朝、美ヶ原高原に行ってみた。標高約2000メートル。霧が濃く、展望はほどほどだったが、それでも絶景。ふだん、山のない世界で暮らしているので、カジュアルに山歩きができる環境は羨望の的。松本駅から直行バスに乗って美ヶ原自然保護センターへ。ハイキングマップを参照し、ここからまず最高地点の王ヶ頭まで行ってみることにする。登り30分の距離。
美ヶ原高原
●遠くのほうに電波塔がいくつも建っているのが見える。えっ、あそこまで行くの? 一頃、街がゾンビで埋め尽くされたときの逃げ場を探そうと熱心にハイキングに出かけていたが、あれはもう10年も前の話(参照記事:ゾンビと私)。もう登るのはきついので勘弁してほしいのだが。ワタシはのんびり散策したいだけ。でも30分だけならいいかと思って登ってみると。
美ヶ原高原 山頂
●あ、あっさり着いた。ぜんぜんきつくない。30分なら平気だとわかった。ていうか、30分もかからない。でも、もう登るのはいいっす。
美ヶ原高原 牧場
●この後、ゆるやかな下りを進むと美ヶ原牧場がある。視界がすぱっと開けて、そこにあるのは牧場。空が近い。
美ヶ原高原 牧場と牛
●牛がたくさんいる。美しい光景だ。牛は安らかに草を食み……あ、それは羊か。で、軽く休憩をとりつつも、この後、来た道をそのまま帰って、美ヶ原自然保護センターに戻った。ずいぶん短時間の慌ただしい滞在だったが、そこには切実な理由があって、ここに来るためのバスが一日に2便しかないのだ(美ヶ原高原直行バス案内)。バスの都合上、滞在時間は1時間45分か7時間の二択になる。1時間45分はあまりに短いが、7時間は長すぎる。その中間がほしいところだが、やむなく前者を選んだ。
●実はハイキングコースを進んだ先に美ヶ原高原美術館があるので、美術館行きのバスがあれば、そちらを帰りに使う(あるいは逆に行きを美術館、帰りを自然保護センターにする)手があったのだが、この時期はもうシーズンオフらしく美術館行きのバスがない。だいたいセイジ・オザワ松本フェスティバルの時期って、微妙にいろんな季節バスが終わってるんすよね……。まあ、普通ならクルマで行く場所なんだろうけど、運転しない族としては公共交通機関が頼みの綱。

August 22, 2022

セイジ・オザワ 松本フェスティバル 「フィガロの結婚」 ロラン・ペリー演出 沖澤のどか指揮

●21日は3年ぶりに松本へ。先日の諏訪に続いて、またしてもあずさに乗る。あずさを降りて、まつもと市民芸術館へ。もしかしたら東京より暑い。セイジ・オザワ松本フェスティバルでモーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」。演出はロラン・ペリーでサンタフェ・オペラで初演されたプロダクション、ピットには沖澤のどか指揮サイトウ・キネン・オーケストラ。歌手陣はフィガロにフィリップ・スライ、スザンナにイン・ファン、伯爵にサミュエル・デール・ジョンソン、伯爵夫人にアイリン・ペレーズ、ケルビーノにアンジェラ・ブラウワー、マルチェリーナにスザンヌ・メンツァー他、きわめて充実したキャスト。普段はまず経験できない、音楽祭ならではのデラックス仕様のオペラを味わう。
●歌手陣で特に印象に残ったのはスザンナ役のイン・ファン。歌に関しては理想的。フィガロと伯爵は歌も演技も達者で、どちらも長身痩躯。そんな意図はないかもしれないけど両役柄の隠れた共通性みたいなものも感じる。一言でいえば「男はみんなこうしたもの」的な。あとはやっぱりオーケストラのクオリティの高さ。しなやかで柔軟。いくぶん慎ましやかに始まって、次第に白熱。舞台とピットがうまく噛み合って、劇場ならではの楽しさがあったと思う。
●演出上のモチーフは「歯車」。回り舞台があって、これをくるくる回しながら場面を転換する。これに噛み合うように外側に歯車があって、一応実際に回っている。だれもがみな社会の歯車にすぎないってこと? 終幕になると歯車はもう壊れて回っていない。このオペラ、自分は終幕の騙し合いがストーリー的に壊れ気味のような気がして、もう話はどうでもよくなって音楽が自走すると感じてしまうんだけど、ひょっとしてそういう表現?(なわけない)。ただ、この目立つ歯車以外は正攻法で、喜劇にふさわしく笑いの要素もしっかりある。というか、実際に客席が随所で笑っていた。フィガロの両親が判明する場面とかで、本当にちゃんと笑いが起きる。こうでなくては。第1幕だったかな、おしまいの後奏が全部終わる前に拍手がわき起こったりだとか、客席の感度の高さが抜群にすばらしいと思った。

August 19, 2022

エミリア・ホーヴィング指揮読響のラウタヴァーラ、シベリウス他

●18日はサントリーホールでエミリア・ホーヴィング指揮読響。エミリア・ホーヴィングは94年フィンランド生まれの新星で今回が日本デビュー。ということはまだ28歳。フィンランドからまた新たな才能が登場。ぱっと見ても名前が覚えられないが、心の中で名前を何度も唱えて記憶に刻んでおかねば……。現在、フランス放送フィルのアシスタント・コンダクター。もう女性指揮者であることに特別な目新しさは感じない。
●プログラムはラウタヴァーラの「至福の島」(日本初演)、プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番(三浦文彰)、シベリウスの交響曲第5番。ラウタヴァーラ作品は海を連想させる波打つような曲想が印象的。管弦楽の波、そして「至福の島」という曲名は、ラフマニノフの「死の島」のライトサイド・バージョンを思わせる。1995年作曲。シベリウスの後継者といった作風。プロコフィエフでは三浦文彰が鮮やかなソロを披露。尖鋭な作品を悠々と弾く。アンコールはチェロ首席といっしょにシベリウスの「水滴」。ふたりでピッツィカートで弾く少年期の小品。
●やはり聴きものは後半、シベリウスの交響曲第5番。ホーヴィングは明快でダイナミックな指揮ぶりで、幻想性、抒情性、パッションなどさまざまな要素が絡みあった作品の魅力をストレートに伝えてくれた。ポジティブなエネルギーにあふれているのが吉。オーケストラは透明度の高い澄明なサウンド。終演後、拍手が止まず、指揮者のソロカーテンコールに。客席全体に初登場の若い指揮者をもり立てようとする温かい雰囲気があったと感じる。

August 17, 2022

黒リュック時代の到来

●ハッと気が付いたら、世の中の黒リュック率がすごい。電車の中などで観察してみると、そもそも片手にビジネスバッグを持っている人が減っており、圧倒的にリュック率が高い。そしてその大半は黒。年配の男性だろうが若い女性だろうが黒が多い。
●かつてはリュック率が下がったと感じた時期もあったのだが、ある頃からぐんぐんまた増えたような実感がある。ビジネス用のリュックの選択肢が増え、そうすると必然的に色は黒になるのだが、それに連動するようにカジュアルなデイパックも黒が増えたんじゃないだろうか。なにしろ黒は万能で、どんな場にもどんな服にも合う。ビジネスでも遊びでも使える。年齢も性別も気にしなくていい。そしてカッコいい。はっきり言って、黒以外を選ぶ理由がない。
●なぜそこが気になったかといえば、新たにリュックを買おうと思ったから。これまで使っていたのはハイキング向きの目立つ黄緑色。これはこれで気に入っているが、モバイルPCを入れて背負うと重い。で、気が付いたのだ。リュックが重い。計ってみたら800グラム以上ある。これはビジネスバッグにも言えることなのだが、モバイルPCを100グラムあるいは200グラム軽くしようと思ったら至難の業だが、バッグを同じだけ軽くするのはなんでもない。それどころか、もっと軽くできる。極限まで軽いリュック、なんならナイロンの袋に取っ手が付いたみたいなものはないかと思って最軽量リュックを探してみると、200グラム前後まで狙えることがわかった(参照記事)。これは大きい。800グラムに比べると一気に600グラムも軽くなるではないか。モバイルPCの重さが900グラム弱なので、その2/3の重量をリュックの軽量化でキャンセルできることになる。大変な発見だ。これはもう「PC無重力化理論」と名付けてもいいのではないか。そんな意味不明のことを思いつく。
●問題は強度だが、そこは試してみるしかない。軽量リュックを発注してみた。黒は選ばなかった。暑そうだし。

August 15, 2022

映画「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」(フレデリック・ワイズマン監督)

●Amazonプライムビデオでフレデリック・ワイズマン監督のドキュメンタリー映画「ナショナル・ギャラリー 英国の至宝」を観る。ワイズマン・スタイルのドキュメンタリーで、ナレーションもなければテロップもない。関係者のインタビューもない。効果音もないし、BGMも一切ない。音楽が鳴るのはその場で本当に音楽が奏でられているときだけだし、だれかが話している場面は本当にその場でだれかが話しているときだけ。ワイズマンのドキュメンタリーを観ていると、普通のドキュメンタリーの饒舌さに耐えられなくなりそうだ。3時間にわたって、ロンドンの美術館、ナショナル・ギャラリーの姿をさまざまな角度から映し出す。
●ワイズマンはナショナル・ギャラリー全館に3ヵ月間潜入して撮影したという。ただし、他の作品、たとえば「パリ・オペラ座のすべて」に比べれば知られざる舞台裏を覗いたという感覚は薄い。あるいは「ボクシング・ジム」ほど、予想外の視点を提供するものでもないと思う。それでもこの作品はとても刺激的だ。カメラがもっとも多くとらえているのは、学芸員たちによる展示作品の解説。これがさすがナショナル・ギャラリーで、どれもこれもわかりやすくておもしろい。本当の入門者に向けた本質的な解説というか。たとえば人々が文字を読み書きできなかった時代は絵画が物語を伝えていたのだとか、絵画の鑑賞が現代における映画のような娯楽だったとか、絵画には映画や本と違って時がない、だから時が流れない中でストーリーを語っているのだということとか(余談だけど音楽は時間の芸術だから対照的で、時が流れるのは強みにも弱みにもなると思う)。でも、それってナショナル・ギャラリーの質が高いのであって、ワイズマン関係なくない?っていう疑問も成立するかもしれない。しかし、ワイズマン以外の人が撮ったら、たぶんこうはならない、無遠慮なナレーションとテロップが侵入するから。
●あと中心的な題材となっているのは、絵画の修復作業。専門知識と職人技が要求される世界。修復はワニスの上からするから、何か月もかけた修復作業であっても、15分もあれば元に戻せるのだという。元に戻せるのが絵画修復の基本で、なにかあったら次世代がやり直せるようにする。
●途中、美術館のなかでピアノが演奏される場面が挿入されている。曲はベートーヴェンのピアノ・ソナタ第18番の第2楽章だ。意気揚々としたスケルツォに合わせて、次々と絵画が映し出される。知らないピアニストだったが、調べてみたらKausikan Rajeshkumarという人。美術館でピアノを聴くという企画が実際に行われていたようだ。
ヴァトー「愛の音階」
●もうひとつ音楽ネタとしてはヴァトーの絵画「愛の音階」を前にして、専門家たちが会話をしている場面があって、ここで女が手にしている楽譜はなんなのか、という話題があがっていた。譜面は読めるほどクリアに描かれてはいない。ひとりが、音楽学者に尋ねたところこれはギター用の楽譜でも歌の楽譜でもなく、実際の曲ではないだろうという見解を得たと語る。別の人物は今ウィリアム・クリスティ(!)に問い合わせているところだから、その答えを待ちたいと語る。楽譜の部分について、黒の絵具は溶けやすいこと、過去に修整されている可能性も考慮しないといけないという指摘があって、なるほどそういうものかと思った。
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●今週は夏休み週。当ブログも不定期更新で。

August 12, 2022

原田慶太楼指揮東京交響楽団 フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2022

フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2022
●11日はフェスタサマーミューザKAWASAKIで、「東京交響楽団フィナーレコンサート」。指揮は同団正指揮者の原田慶太楼、ソリストに昨年ミュンヘン国際音楽コンクールヴァイオリン部門で第1位を獲得した岡本誠司。プログラムが凝っていて、前半にコルンゴルトの組曲「から騒ぎ」抜粋とヴァイオリン協奏曲、後半に武満徹「3つの映画音楽」とプロコフィエフの「ロメオとジュリエット」抜粋。プレトークに原田慶太楼、岡本誠司、コンサートマスター水谷晃の三氏が登場して、プログラムの解題があったが、素直に受け止めれば映画音楽、シェイクスピア、亡命といったあたりが大きなキーワード。こういうときに協奏曲だけソリスト都合の無関係な曲になるパターンも少なくないわけだけど、しっかりと全体のプランに組み込まれているのは吉。
●コルンゴルトの組曲「から騒ぎ」からは序曲、花嫁の部屋の乙女、ドグベリーとヴァ―ジェス、間奏曲、仮面舞踏会(ホーンパイプ)の5曲。弦楽器8名と一管編成という編成で、ハルモニウム(リードオルガン)が加わって独特の色彩感を醸し出す。ミューザの広い舞台に小ぢんまりと劇場オーケストラが再現。喜劇の劇音楽ながら、曲想はときにリヒャルト・シュトラウス風だったりマーラー風だったりするのがおもしろい。最後の曲は擬古的。ヴァイオリン協奏曲では岡本誠司の独奏が圧巻。豊麗なロマンティシズムをたっぷりと味わう。ソリスト・アンコールにクライスラー「レチタティーヴォとスケルツォ・カプリース」。
●プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」は組曲から7曲を抜粋。強烈にメリハリのきいた演奏で、ふだんより彩度5割増しくらいの感覚のくっきりと鮮やかなサウンド。ノットの指揮とはまた違った風貌の東響に。指揮ぶりはダイナミックで鋭角的。これだけ自分の刻印をはっきりと押せる人はまれ。最後が「ジュリエットの死」で、音楽祭のフィナーレとしてはずいぶんしんみりしているなと思ったが、アンコールで同組曲から「朝の踊り」が演奏されて華やかなムードで幕。感染者数が激増するなかでの音楽祭で、見えるところと見えないところでさまざまな苦労があったと察するが、どの公演も中止にならずに完走した。偉大。

August 10, 2022

東京オペラシティアートギャラリー「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」

「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」展示風景
●東京オペラシティアートギャラリーで「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」展が開催中(~9/19)。当初、2021年に開催が予定されていたが、コロナ禍により延期になっていた。延期になった海外アーティスト系企画が遅れて続々と開催される様子は音楽界と似たようなものか。パッと見、白と黒のモノトーン基調で気取った雰囲気に思えるが、機知に富んだ作品が並んでいて、かなり愉快。各作品のそばに説明はないので、入口で配布されるパンフは必読。展覧会全体の大まかなテーマは「時間」。
ライアン・ガンダー 「脇役」
●「ふーっ」といくぶんくたびれた様子で座っている女性がいる。作品の題は「脇役(タイーサ、ペリクルーズ 第5幕第3場)」(2022)。少し離れた場所には立っている男性もいて、そちらは「脇役(パルタザール、ヴェニスの商人 第3幕第4場)」。これらはリハーサルの舞台裏で出番を待つ脇役の姿。出番よりも待っている時間のほうがずっと長いといったところだろうか。等身大のグラファイト製の彫刻。
ライアン・ガンダー 「僕は大阪に戻らないだろう」
●あっ、壁の穴から5000円札がはみ出てる! しかもこれがゴソゴソと動くのだ。題は「僕は大阪に戻らないだろう」(2017)。なぜ大阪なのか。お札は本物に見えるのだが、だれも盗る人はいないのかと心配になる。奥にネズミがいるからお札が動いている、らしい。別の場所にやはり壁穴があって、ネズミが動いている作品がある(しかもしゃべる)。機会仕掛けの作品はいくつもある。ほかにJavaScriptのコードらしきものがプレートに刻まれた作品も。
ライアン・ガンダー 「ばらばらになった自然のしるし」
●これは月。題は「ばらばらになった自然のしるし(大多数は立ちすくんで気もそぞろに月を見つめる中、少数派は怒りに駆られてしるしを描く)」(2022)。パンデミックで移動ができない中、スタジオで目にした満月が描かれている。ゴミ箱の底に絵具を押し当ててプリントしたものだとか。月は一部ばらばらになっている。
ライアン・ガンダー 「最初の殉教者(乖離する物語)」
●ふと壁の下を見たら金庫の絵がある。「最初の殉教者(乖離する物語)」(2019)。ピカソの「青の時代」のスタイルで描かれているのだとか。無一文だった頃のピカソが、買えなかった家具の絵を壁に直接描いたという逸話があり、そこには貴重品をしまうための架空の金庫が含まれていたそう。かなり可笑しい。
●時間の都合もあり一部の作品を見逃してしまったので、期間中にもう一度、足を運ぶつもり。ここはコンサートホールに足を運ぶ際に、合わせて寄ることがほとんど。東京オペラシティArts友の会に入っていれば、会員特典で無料で入れる。なんてお得なの。

August 9, 2022

尾高忠明指揮大阪フィル フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2022

ミューザ川崎
●5日夜はフェスタサマーミューザKAWASAKIで、尾高忠明指揮大阪フィル。配信ではなくリアルで。近年、同音楽祭は地方からゲストオーケストラを招いており、今年は大フィル。尾高忠明音楽監督たっての希望による参加だったとか。プログラムはラフマニノフのピアノ協奏曲第2番(イリヤ・ラシュコフスキー)とエルガーの交響曲第1番。これはもう大成功が約束されていると言ってもよい鉄板プログラム。特にエルガーはマエストロの十八番。
●イリヤ・ラシュコフスキーは数日前に小川典子との2台ピアノを配信で聴いたばかりだが、この日も鮮烈。高い技巧と強靭な打鍵を持ち、音色が常に澄んでいて爽快。濃厚なラフマニノフではなく、むしろスマートで粘らないのが吉。オーケストラも充実。 ソリスト・アンコールにスクリャービンの練習曲「悲愴」op8-12。浜松国際ピアノコンクール優勝をはじめ、とてもたくさんのコンクールの上位入賞歴を持つ人でもある。しかし彼はロシア人。今後のキャリアはどうなるのだろう。
●伝家の宝刀、エルガーの交響曲第1番は冒頭から情感豊か。全体としてはノーブルさよりも重厚さを強く感じる。大きなドラマが築かれて、これで充足できたが、アンコールにダメ押しのようにエルガー「威風堂々」第1番。一段と盛り上げてくれた。ところで、開演前のトークは聴けなかったのだが、マエストロからエルガーの交響曲とブルックナーの類似性について話があったらしい。ああ、なるほどなあと思う。そういえばこの日、休憩中の男性側トイレの行列がずいぶん長かった気がする(←そこかよっ!)。行列はともかく、たしかにブルックナーの交響曲にある神秘的な恍惚感に近い(でも少し違う)なにかがエルガーにもある。で、待てよ、最近、別の指揮者から似たような話を聞かなかったっけ……と記憶の糸をたぐって思い出した。サイモン・ラトルだ。ラトルもロンドン交響楽団のオンライン記者会見でエルガーの交響曲について話していたぞ。そう、たしかこんなふうに。「エルガーがもしウィーンに生まれていたら、きっとマーラーになっていたでしょう」。あっ! ブルックナーじゃなくてマーラーだった! すごい、エルガー! ブルックナーにもなれるしマーラーにもなれる!! スーパー・シンフォニストだっ!

August 8, 2022

ダン・エッティンガー指揮東京フィルの「シェエラザード」他

東京オペラシティ
●5日は東京オペラシティで東京フィル「平日の午後のコンサート」。指揮はダン・エッティンガー、ソリストに服部百音。平日の午後2時開演の人気シリーズで、チケットは早々に完売。トーク入りのコンサートながら内容はがっつりで、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲、ワックスマンの「カルメン・ファンタジー」(服部百音)、リムスキー=コルサコフの交響組曲「シェエラザード」。
●「マイスタージンガー」は金管楽器がかなり強奏するたくましいワーグナー。この傾向は「シェエラザード」でも同様で、剛健で豪快なサウンド。「カルメン・ファンタジー」では服部百音がキレッキレの独奏を披露。技巧もさることながら、集中力と気迫、攻めの姿勢が魅力。アンコールにパガニーニの「無窮動」。聴いているだけでも疲れてしまいそうな細かな動きが連続する曲だが、これも鮮やか。「シェエラザード」は華麗な色彩感よりも雄大豪壮なドラマを前面に押し出した演奏で、たっぷりとしたタメを入れるエッティンガー節が炸裂。おとぎ話的な曲の性格にも合っている。もうこれでお腹いっぱいだが、アンコールでロッシーニ「ウィリアム・テル」序曲の「スイス軍の行進」。客席は定期公演とは違った雰囲気だが、お客さんが本当に喜んでいる様子が伝わってくる。
●この「午後のコンサート」の売りは、演奏の合間に差しはさまれるトーク。高名な音楽一家である服部家の家庭の日常を語る百音さんのトークはかなり可笑しい。エッティンガーは英語で話す。で、綿谷エリナさんが司会兼通訳として入っていたのだが、通訳がスマートで感心してしまった。こういうステージだと、片手に台本、片手にマイクだからメモが取れないんすよね。これってけっこうなプレッシャーだと想像するんだけど(特に舞台上だと)、そこをサラッと自然にこなしていたのがすごい。

August 5, 2022

アラン・ギルバート指揮東京都交響楽団 フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2022 [配信]

フェスタサマーミューザKAWASAKI、昨日に続いて配信でアラン・ギルバート指揮都響。2日に開催された公演。プログラムはプロコフィエフの「古典交響曲」、ビゼーの「アルルの女」抜粋、ラフマニノフの「交響的舞曲」。毎回このコンビに感じることだけど、ポジティブなエネルギーが充満していて、サウンドは澄明。「古典交響曲」はキレがあって軽快、「アルルの女」は第1組曲と第2組曲から選んだ5曲で、特に第1組曲「アダージェット」の深くロマンティックな表現が印象的。後半、ラフマニノフの「交響的舞曲」は昨日ラシュコフスキー&小川典子の2台ピアノ版を聴いたばかりだが、精緻で輝かしいサウンドに圧倒される。やはり傑作。この曲、開演前のトークでもアラン・ギルバートが話していたけど、第1楽章がNon Allegroなんすよね。これが謎。作曲者の意図はどこにあったのかわからないんだけど、だれの演奏を聴いても普通にアレグロ楽章だと感じてしまう。あと、このトークでギルバートは英語と日本語を交えながら話していて(通訳は入っていた)、かなり日本語ができるのだということを知る。3曲とも指揮棒なし。
●ビゼーの「アルルの女」とラフマニノフの「交響的舞曲」、共通項はサクソフォンが入ること。住谷美帆さんが好演。あと、フルートの首席にN響の神田寛明さん。この公演に限らず、最近、オーケストラの公演で他団からのゲストプレーヤーの姿をよく見かける。
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●お知らせを。小学館のファッション誌 Precious 9月号にふたたび寄稿。Precious ChoiceのMusicの1ページで、これから東京で上演されるオペラ3選をご紹介している。この雑誌、なにからなにまで超絶ラグジュアリーで、「へー、これステキだな」と思ったブラウスが15万4千円、パンツが24万2千円といった調子で、ワタシの知らない別世界がくりひろげられている。オールカラーで印刷も紙も超上質、厚みもあって最盛期の「レコ芸」より重いほど。なのに雑誌そのものはたったの990円! 雑誌じゃなかったら3000円はするだろうという豪華さ。

August 4, 2022

イリヤ・ラシュコフスキー&小川典子 フェスタサマーミューザ KAWASAKI 2022 [配信]

●今年もフェスタサマーミューザKAWASAKIはオンライン配信を実施中。アーカイブ配信もあるので、都合のつかなかった公演を後日聴けるのがありがたい。31日に開かれたイリヤ・ラシュコフスキーと小川典子のピアノによる「超絶技巧のロシアン・ピアニズム」を観る。プログラムはボロディン「だったん人の踊り」、ストラヴィンスキー「春の祭典」、ラフマニノフ「交響的舞曲」。すべて踊りの音楽であり、オーケストラの有名曲でもある。
●3曲ともにエキサイティングだったのだが、圧巻は「春の祭典」。当初、2台ピアノで演奏する予定だったところ、リハーサルの段階でより緊密なコミュニケーションをとれる連弾に変更されたのだとか。配信なので画も音も「近い」ということもあってか、これがすさまじい迫力。お互いの手の交差も頻繁で、猛スピードで難路を駆け抜けるレージングカーを見ているようなハラハラドキドキの連続。音楽的にも視覚的にもきわめてスリリング。マイクは譜めくりのペラリという音も逃さず、臨場感も尋常ではない。本来のオーケストラ版のダイナミックレンジや色彩感に代わって、リズムの弾力性や造形のシャープさ、小回りが利くゆえの敏捷性、そして民謡由来の歌心が前面に出てくる。
●ストラヴィンスキーに比べればラフマニノフはぐっとエンタテインメント性の高い音楽で、強靭かつゴージャスな響きを堪能。ワイヤーフレームで描画された骨格の見えるラフマニノフ。2台ピアノでも十分にカラフルな音楽であることを実感する。輝かしさ、躍動感はオーケストラ版の印象となにも変わらず。ボリューム感のある熱いプログラムだった。アンコールにラフマニノフの2台ピアノのための組曲第1番より第3楽章「涙」。
●配信ならではのオマケがあって、舞台袖のバックステージモニターが出演者の素顔をとらえているのがおもしろかった。ピアニストふたりの回だったので、お互いのやりとりがある分、生々しい感じ。舞台に出た瞬間にキュッとスイッチが切り替わる様子が伝わってくる。

August 3, 2022

夏の諏訪湖

諏訪湖 湖上
●早めの夏休みをとって諏訪湖へ。標高が少し高いので、夏場はだいたい東京より気温が4度ほど低い。つまり都内が33度で到底外に出る気がしないときでも、諏訪なら29度で快適に散歩を楽しめる、と狙ったんである。が、想定以上に気温が上がって実際には都内が36度で諏訪が32度くらいの感じ。まあ、それでも都内よりはずっと過ごしやすいのだが。遊覧船に乗ったり、湖の周りを散策したり、花火を見たりと、のんびりすごす。人口5万人の街。広々としていて、どこに行っても混んでいない。
諏訪湖
●観光案内等から、この街には「モデルとなった例の場所」があると知る。どうやらアニメ映画「君の名は。」の糸守湖のモデルとなったのが諏訪湖で、湖を一望できる立石公園がその筋で聖地となっているらしい。もうひとつ、湖以外でこの街で人気っぽいのが諏訪大社の四社めぐり。パワースポットなのか。観光案内所でどういう順番で巡るのがよいかを尋ねている人を見かけた。が、ワタシはどちらにも行かず、すわっこランドに入り浸っていたのであった。基本、地元民の憩いの場だと思うが、ここのプールはすごい。室内と屋外にプールがあるんだけど、室内プールはガラス越しに諏訪湖レイクビュー、屋外50mプールは雄大なマウンテンビューで、開放感が尋常じゃない。施設内で食事もとれるし、ジムも温泉もある。ぐうたらできる。

August 2, 2022

「夢幻諸島から」(クリストファー・プリースト著/早川書房)

●夏は名作を読む季節、読書感想文の季節。とはいえ、今年はあまり重いものを読む気になれず、なにか空想的な旅の気分を味わえる本はないかなと思って手にしたのが、クリストファー・プリーストの「夢幻諸島から」(早川書房)。夢幻諸島と呼ばれるおびただしい数の島々の観光ガイドブックという体裁をとっている。これがびっくりするほどのおもしろさ。この世界には「北大陸」と「南大陸」があり、諸国は軍事的な緊張状態にあるのだが、そのはざまで夢幻諸島は条約により中立を保っている。島々にはそれぞれ固有の文化がある。小説上の仕掛けとして、「時間勾配によって生じる歪み」のため正確な地図が作成できないという設定があり、島から島への移動は可能ではあるけど容易ではない。このあたりの旅のハードルを高くする設定が絶妙で、現在のウイルス禍と微妙に重なり合っている。そして想像力を刺激されて「さて、自分はどの島なら住んでみたいと思えるだろうか」とつい考えてしまう。
●で、最初は島々のガイドブックだと思って読み進めると、独立した短篇小説みたいな章がいくつも出てきて、この世界の文化や芸術に重要な役割を果たしている何人かの人物がくりかえし登場する。実質的に連作短篇集になっているのだ。読み進めると思わぬところで章と章がつながっていて、この世界にあるいくつかの興味深いストーリーが徐々に見えてくる。これが秀逸。
●特におもしろかったのが、あるパントマイム芸人の舞台上での事故を扱った物語で、この部分はミステリー風味。あと「大オーブラックあるいはオーブラック群島」の章。無人島だと思って上陸したらそこは最凶の昆虫が棲息している土地だったという怖すぎる話。忘れがたいのは「シーヴル 死せる塔」の章。大学を出て故郷の島に帰った青年が、かつての同級生の女性と再会する。ふたりはお互いの距離を縮め、冒険をともにするが、最後は意外なところに着地する。ノーマルではないけど一種のハッピーエンドだと思った。

August 1, 2022

「響の森」Vol.50「傑出のブラームス」 ~ 秋山和慶指揮都響、成田達輝、笹沼樹

●29日は東京文化会館で「響の森」Vol.50「傑出のブラームス」。秋山和慶指揮都響とヴァイオリンの成田達輝、チェロの笹沼樹が出演。プログラムはブラームスのヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲、交響曲第1番。二重協奏曲は冒頭から純度の高いシャープなサウンド。この曲ならではの漆黒のロマンティシズムに満たされた密度の濃いブラームス。交響曲と協奏曲と室内楽が一体となったような曲だが、そのすべての要素を楽しむことができた。成田達輝と笹沼樹のソロは鮮烈でエネルギッシュ。本当に息の合ったふたりで……と思ってハタと気づいたが、両人ともタツキじゃないの。これってドッペルタツキのドッペルコンチェルトってことなのか! ソリスト・アンコールがあって、ふたりでなにを弾くのかと思ったら、ヘンデル~ハルヴォルセンの「パッサカリア」。カッコいい。後半の交響曲第1番は名匠による堂々たるブラームス。マグマのような熱さと格調高さが両立している。充実の一夜。
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●お知らせ。ONTOMOの連載「神話と音楽Who's Who」が一段落して、新たに「『心の主役』を探せ! オペラ・キャラ別共感度ランキング」という連載がスタートしている。よろしければご笑覧ください。ONTOMOではもうひとつ、イラストレーターの五月女ケイ子さんの「ゆるクラ」でもお手伝いさせていただいている。五月女さんのイラストが最高に味わい深い。こちらもぜひ。

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