News: 2011年12月アーカイブ

December 31, 2011

GOODBYE2011, HELLO 2012

●先日、たまたまAERAを手に取ったら、中田ヒデが旅を続けていた。今回は埼玉で習字の旅。なんだか近場だ。人生とは旅であり旅とは人生なのだなあ……あなたの街にもヒデがやってくるかも!
●2011年もついに大晦日。今年は震災をはじめ、あまりにも多くのことがありすぎたので、一年がいつにも増して長かった。今年もお世話になりました。2012年がよい一年になりますように。
●asahi.comの大学入試センター試験コーナーのコラム「ほっと一息」に受験生向け名曲ガイド(?)を寄稿。「このブログのノリでいい」ということだったので、そのつもりで書いた。まるでウチのサイトの企画みたいに見える。朝日なのにスマソ。
●本日23:00~25:00、FM PORT年越し特番「GOODBYE2011 HELLO 2012〜クラシックの世界へようこそ」に収録で出演する。新潟県内の方はFM放送で、auのLISMO WAVE利用の方は全国で聴取可能。この特番は遠藤麻理さんがナビゲートでワタシがゲスト。ナビゲートが巧みなので、リラックスした雰囲気になっているはず。クラシック音楽界の一年を振り返る趣旨の番組なのだが、かなり話が横道に逸れてしまった気がする。神編集期待。
●もう一つ放送の話題。USEN音楽放送「B-68 ライヴ・スペシャル ~CLASSIC~」チャンネルで元日より「ラ・フォル・ジュルネ フランス・ナント特集」がスタート。こちらのナビゲーターを務めている。これはナントでのLFJの音源をご紹介するという番組で、USENなので毎日1時間番組をリピート放送する形態になっている。1月は前半に1プログラム、後半に1プログラム。2月以降も何ヶ月か続くので、USENと契約されている方はお付き合いいただければ幸い。収録でおもしろかったのは、番組の最後の一言。「さようなら」とか「また来週」って言わないんすよね、リピート放送だから終わったらすぐまた始まるので。だから「引き続きお楽しみください」で番組を締めた。終わるのに終わらないというのがなんだか不思議。

December 29, 2011

2012 音楽家の記念年

●恒例。2012年に記念年を迎える主要な作曲家・音楽家等をピックアップしてみた。生没年は原則として「新編音楽中辞典」(音楽之友社)に準拠。近年の傾向としてはっきりとしてるんだけど、生誕100年に指揮者や演奏家が目立って増えてきた。作曲家の時代から巨匠指揮者(演奏家)の時代へと移り変わってきているのだなあ、人々の関心の向かう先が。
●で、2012年は誰でも知ってるような人気作曲家のアニバーサリーがない。ジョン・ケージ生誕100周年が最大の話題か。続いてマスネ没後100年あたり? 2013年になるとワーグナーとヴェルディという巨大イベントが控えているのだが……。
●その代わり、指揮者の生誕100周年はたくさんある。ショルティ、チェリビダッケ、ヴァントあたりの録音でブルックナー攻めとか。レコード会社はなにかやるの? もっとも作曲家の場合と違って、やるといっても死んだ指揮者についてできることは限られてる。
●シカネーダー没後200周年。シカネーダー一座がやってた「魔笛」以外の作品を上演します!……なんていうんじゃ、客は来ないか。
●なお、いつものように100年単位でしか見ていない。150年とか50年とかは機能しないので。ただし2012年は「他にネタがない」という理由でドビュッシー生誕150周年が注目される可能性あり。

[生誕100周年]
ジョン・ケージ(作曲家) 1912-1992
コンロン・ナンカロウ(作曲家) 1912-1997
シャビエ・モンサルバーチェ(作曲家)1912-2002
ジャン・フランセ(作曲家)1912-1997
ゲオルグ・ショルティ(指揮者) 1912-1997
セルジュ・チェリビダッケ(指揮者) 1912-1996
ギュンター・ヴァント(指揮者) 1912-2002
クルト・ザンデルリング(指揮者) 1912-2011
エーリヒ・ラインスドルフ(指揮者)1912-1993
イーゴリ・マルケヴィチ (指揮者)1912-1983
山田一雄(指揮者)1912-1991
井上頼豊(チェロ) 1912-1996
キャスリーン・フェリアー(歌手)1912-1953
ヨーゼフ・グラインドル(歌手) 1912-1993
アルフレッド・デラー(歌手) 1912-1979
ニキタ・マガロフ(ピアニスト)1912-1992
ルドルフ・フィルクスニー(ピアニスト)1912-1994

[没後100周年]
サミュエル・コールリッジ=テイラー 1875-1912
ジュール・マスネ 1842-1912

[生誕200周年]
ジーギスモント・タールベルク(ピアニスト、作曲家)1812-1871
フリードリヒ・フロート (作曲家)1812-1883
メトロノーム 1812年オランダ人ヴィンケルが発明

[没後200周年]
エマーヌエル・シカネーダー(台本作家・興行主)1751-1812
ヤン・ラディスラフ・ドゥセク (ピアニスト、作曲家)1760-1812
フランツ・アントン・ホフマイスター(作曲家,楽譜出版業者)1754-1812

[生誕300周年]
フリードリヒ2世(フルート奏者、作曲家)1712-1786
ジャン=ジャック・ルソー (思想家、作曲家)1712-1778

[没後400周年]
ジョヴァンニ・ガブリエーリ(作曲家,オルガニスト)1554~57頃-1612
ハンス・レーオ・ハスラー(作曲家)1564-1612

December 27, 2011

「メサイア」で聴き納め

●今年の演奏会聴き納めは23日のバッハ・コレギウム・ジャパンのヘンデル「メサイア」。与野本町にある彩の国さいたま芸術劇場音楽ホールへ。席数600ほどで聴くぜいたく。ホールは最強にすばらしいし、「メサイア」は高揚感にあふれていて、一年の締めくくりにはぴったり。ミリアム・アラン(S)、クリント・ファン・デア・リンデ(A)、中嶋克彦(T、ジェイムズ・テイラーの代役)、ステファン・マクラウド(Bs)。ミリアム・アランに癒される。
●第3部のバス(とトランペット)のアリア、客席のほとんどはバスの歌唱ではなくトランペットに注意が向いていたと思う、手に汗を握りながら。
●この一年ほどコンサートに足を運んだ年はなかった。いちばん楽しんだのは所沢ミューズでのピョートル・アンデルシェフスキのバッハ。大ホールなのでガラガラだったけど、お客さんの空気も含めていい演奏会だった。
●右欄のfacebookでもご紹介した、イングリッシュ・ナショナル・オペラのゲーム Catch Tosca at ENO。カーソルキーを動かしてサンタンジェロ城から身を投げるトスカを救おう。まちがえてスカルピアを拾わないように! お正月にみんなで楽しむが吉。今のところワタシの最高点はHARDモードで45ポイント。

December 23, 2011

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2012サイトがオープン!

lfj2012LFJ2012サイトがオープン。来年も本公演は5月3日から5日にわたって開催される。今のところテーマが「サクル・リュス」(ロシアの祭典)であるということくらいしかわからないのだが、また今回も微妙にバタ臭いイメージビジュアルが発表されていて楽しい。厳寒のロシアの大地を歩く6人の男たち。一昔前ならセンターポジションはチャイコフスキーで決まりだったかもしれないが、今は違うのだ、総選挙1位の(何の?)ラフマニノフさまがセンターをゲット。センター左はチャイコフスキー、右はストラヴィンスキーが来て、プロコフィエフが続く。左端のリムスキー=コルサコフ、右端のショスタコーヴィチともに端は不本意に思っているかもしれないが、これは(彼らから見て)左翼にショスタコ、右翼にリムスキー=コルサコフとも読める。
●「サクル・リュス」(ロシアの祭典)はストラヴィンスキーの「春の祭典」にちなんでます。
●LFJのビジュアルで今までいちばんいいと思ったのはショパンとジョルジュ・サンドのとき。あの「キモカッコよさ」はなにかの先頭を走ってたはずだが、意外とワタシの周囲では「キモい」とだけ言われていた。今回のはどうだろう。左右を髭チームと丸眼鏡チームで分けたともいえる。ヒゲに萌えるか、丸眼鏡に萌えるか。
●ナントのLFJは1月末から2月頭。真冬だ。一方、日本は春。うららかな春に真冬のポスターってステキじゃないすか。たとえるなら、真冬にコタツでアイスクリーム食べる快楽みたいな(違うか?)。

December 20, 2011

FM PORTで年末特番

●昨日は日帰りで新潟へ。あらかじめ天気予報でわかってはいたのだが、最高気温が3度で、しかも大雪。太平洋側は大して寒くもないし天気もいいんだけど、上越新幹線で反対側に向かうと大荒れの天候になる。FM PORTで年末特番の収録を行った。番組名は「GOODBYE 2011 HELLO2012 クラシックの世界へようこそ」。大晦日の午後11時からスタートして、年を越して1月1日の午前1時まで。いつものレギュラー番組「クラシックホワイエ」とは違って、ワタシはゲスト役なので、ナビゲーターの遠藤麻理さんが振ってくれる話に答える役割であった。フリートーク中心で2011年のクラシック音楽界を振り返りつつ、2012年を展望する。
●……のはずだったんであるが、かなりどうでもいい話をしてしまった気もする。「飯尾さんはゾンビがお好きとうかがいましたが?」とかいきなり尋ねられたので、懸命に「今の都市部ではゾンビが増えてきているという切実な問題が進行しているのであり、新潟では東京のように街をゾンビがうろうろする状態ではまだないかもしれないが、やがて都市は等しくこの災厄に襲われることになるであろう」といったような不吉な予言を力説してみたのだが、意味不明である。最終的にどんな編集になっているかはわからないけど、ゾンビの話は生き残るんじゃないかなあ、ゾンビだけにしぶとそうで。
●新潟県内では電波ラジオで、それ以外ではauのLISMO WAVEというサービス(有料らしい)を利用すると番組が聴ける。

December 12, 2011

「バンドジャーナル」誌付録にホルスト第2組曲伊藤康英校訂版

バンドジャーナル●以前「バンドジャーナル」誌の付録にホルスト「吹奏楽のための第1組曲」の自筆譜による伊藤康英校訂版が付いたという話題をご紹介したが、現在発売中の1月号に今度は「第2組曲」が掲載された。今回もホルストの自筆譜をもとにした、ほとんど原典版といっていいような校訂譜になっているという。今回の1月号および3、5月号の3回に分けての掲載。また、1月号のマーチは1911年初稿復元版スコアも載るんだとか。吹奏楽の世界にも原典主義みたいな考え方があるんすね。ってことは演奏にもピリオド・アプローチとかあったりするのか?
ティーンのための吹奏楽雑誌 アインザッツ●吹奏楽のための雑誌といえばこちらも話題を呼んでいる。「ティーンのための吹奏楽雑誌 アインザッツ」が創刊。なんだか表紙がスゴい。こういうティーン向けのノリがあり得るのか。でも実のところ「バンドジャーナル」とはそう違った世界ではないのかも(想像)。読者にとってのアイドルが「バンドジャーナル」ではベルリン・フィルのパユ様だけど、「アインザッツ」ではAKBのまゆゆである、というだけで。
●↑って書いてみたけど、ホントはよく知らない、AKB48も渡辺麻友も。ウチのテレビで見かけたことはないと思う。赤羽48人衆? パユ様がBPO128のメンバーであることはたしか。

December 8, 2011

「小澤征爾さんと、音楽について話をする」(小澤征爾、村上春樹)

小澤征爾さんと、音楽について話をする●あっという間に読んだ。「小澤征爾さんと、音楽について話をする」(小澤征爾、村上春樹著/新潮社)。とんでもなくおもしろい。村上春樹による小澤征爾のロングインタビューということなんだけど、なにしろ一年の間に世界のあちこちで語り合ったというもので、密度も濃ければ量も多い。知らなかったエピソードも山ほどあっておもしろいし、小澤征爾の音楽に対する率直な考え方もうかがえる。
●すぐれた小説と同じように、すぐれたインタビューも重層的に読んで味わえるものなんだな、と感じた。つまり、まず一次的には話される内容が興味深い。村上春樹はすごくよくクラシック音楽を聴いているし、感じ方とか見方はほとんど完璧にワタシらのよく知るクラシック・ファンというか「クラヲタ」のセンスと一致しているんすよ。質問もいい。小澤征爾も相手が音楽関係者ではなく、以前より交友のあった作家であるからこそ、これだけオープンに話してくれたにはちがいない。
●でもそれ以上におもしろいのは対話の作法だと思う。インタビューといっても、これはただのQ&Aじゃなくて、対話なんすよ。で、この対話は音楽を演る人と聴く人の対話の常として、ときどき必然的にすれ違う(これはちゃんとすれ違ってくれないと対話が成功しない)。かみ合ったときもすれ違ったときも小澤さんは「そうですね」と文面上肯定するんだけど、微妙に「そうそう」と「うん、そうだねえ」の間に違いがあって、そのニュアンスが文章にあらわれている(たぶん)。これは演奏する側が真実で聴く側が幻想を抱いているっていう一方的なことじゃないんすよね。同じものを入り口から見たときと、出口から見たときの違いで、もちろん客席は出口の側だから出口に真実がないはずがない。このすれ違いが相互の敬意と共感のもとに起きると対話はおもしろくなる。聞き手は躊躇しない。

December 7, 2011

ドヴォルザーク「ルサルカ」@新国立劇場

ルサルカ●新国立劇場でオペラ「ルサルカ」。この作品、初めて観たが、大変すばらしかった。ドヴォルザークの交響曲に感じるのと同じ種類の親しみやすさがある、美しいメロディがこれでもかというくらい詰め込まれていて。チェコ語でなければもっとひんぱんに上演されてもいいような気がする。
●この「ルサルカ」っていう水の精(というか幽霊)、知ってたすか? 直接の出典はスラヴ神話ということでワタシはなじみがなくて今回気がついたんだけど、要は「水の精」ものというか、ヨーロッパのあちこちに残っている美しい女性が水からあらわれて男を虜にするタイプの伝説で、どうやら「妖精ヴィッリ」とか「ジゼル」の物語と同源のようである。ただ、この種の物語でドヴォルザークのオペラに採用されていないのは「幽霊女が若い男を踊り死にさせる」というイベント。「若くて美しい女が男を死ぬまで踊らせる」という説話構造は、男の人生についての普遍的なメタファーとして機能する。しかしこれは「水の精」を男の視点から描くから出てくるモチーフなわけだ。ドヴォルザークのオペラは物語を女の視点から描く。つまり人間に恋した水の精ルサルカの悲恋になる。毒気は抜ける。
●で、演出のポール・カランは、さらに「ルサルカ」を少女の夢として描いた。最近、オペラは夢オチが多いっすよね。舞台上でベッドを見たら夢オチと思え。だから悲恋ですらない。だれも死なないし。物語としては限りなく毒気が抜けて、薄まっている。わざわざ「夢オチ」にする意味があるのなら教えてほしい。と、このアイディアに関してはまったく共感できないんだけど、プロダクション自体の質は大変高かった。舞台も美しいし、人の動きも工夫されている。この曲って、オーケストラだけが鳴っている時間がけっこうあるんすよね。その間、歌手たちの演技にボケッとした隙間が発生しないのは吉。ただ少しセンスが古臭いとは思うかな。でも総体としてはこの劇場で見られるもっとも良質な舞台だと思う。ノルウェー・オペラからの借り物なんだっけ? レンタル上等!
●オケがとてもよかった。ヤロスラフ・キズリンク指揮東フィル。ワタシが聴いた東フィルのなかでは出色の出来。しなやかでやわらかい自然描写と活発なスラヴ風の部分の対比がうまく表現されていた。「ルサルカ」って森の描写がよく音で出てくるんすよね……これはたまたま先日METライブビューイングで「ジークフリート」を観たせいかな、「ルサルカ」の森は「ジークフリート」の森につながってる気がする。3人の森の精もラインの乙女を連想させるし。
●あー、思いつくままに書いてしまうけど、ルサルカが水の精から人間に変わると、なんか少女たちがルサルカの足をせっせと拭いたりするじゃないすか。あれは水の精には足がないからなんすよね。下半身は魚だから。なのでルサルカはクツを履くときに、履き方がわからない、みたいな演技をする。
●ルサルカでもヴィリでもウンディーネでもニンフでもマーメイドでもサッキュバスでもセイレーンでもみんな男を魅了する女の化け物なわけだ。本来キモい。でも美しい。キモ美しいってのが最強なんだな。ルサルカ役のオルガ・グリャコヴァは視覚的にもほっそりしてて美しくて、でも歌うと少し怖かったりして(?)ルサルカ役にはぴったりかも。王子はペーター・ベルガー。甘くて美声。イェジババはビルギット・レンメルト。
●休憩時間にやたら知人に会った。そういえば平日マチネにもかかわらず、客席にいつもより若い人が多かった気がする。1階の後ろと両脇は空いていたが、それ以外はほとんど埋まっていた。

December 6, 2011

リア王爆発しろ!

●先週足を運んだ演奏会について、忘れないようにメモ。
●30日(水)はカンブルラン指揮読響へ(サントリーホール)。ベルリオーズの序曲「リア王」、チャイコフスキーの幻想序曲「ロミオとジュリエット」、交響曲第6番「悲愴」。期待通りの颯爽とした「悲愴」を満喫。特に第2楽章、第4楽章が快速テンポでキビキビ進んで気持ちいい。第3楽章のいつも恥ずかしくて悶えたくなるマーチの後、ほとんど間をおかずに第4楽章に入る。でもとてもエモーショナルで、事実、曲が終わった後の客席に完璧な深い深い沈黙が訪れた。「リア王」はヘンな曲だ。「恋人から別の男に心変わりした手紙を受け取ってショックで海辺や林をさまよい歩きながら作曲したベルリオーズの序曲『リア王』爆発しろ!」と自信を持ってTwitterでつぶやいてみたが、ちっともウケなかった。今こうして書いてみたら、やっぱりおもしろくない気もする。
●3日(土)はデュトワ指揮N響でマーラー「千人の交響曲」(NHKホール)。いつもはNHKホールのステージが広すぎると感じるのに、合唱含めて約500名ほどが乗るとなるとさすがにびっしり埋まる。限りなく巨大。普段、録音で聴いていると混沌とした曲と感じるのに、この日はほとんど透明感すら感じさせる「千人」。指揮がはっきり明快。信号なしの五叉路六叉路をスムーズにクルマが流れていくイメージ。このホールが音響的に飽和したのを第1部ではじめて体験した。そして曲が終わるのが早く感じた。巨大であるというイベント性に圧倒されて、中二病がぶり返しそう。
●翌日4日(日)にバッハ・コレギウム・ジャパンのバッハ「クリスマス・オラトリオ」(オペラシティ)。前日の「千人」の巨大世界から、総勢40人くらいの大作へ。安心して身をゆだねる。全曲ではなく、前半に第1部と第2部、後半に第3部と第6部。1回の演奏会ならこれで十分。トランペット(マドゥフら3人が腰に片手をあてて吹く)とティンパニ(元読響の菅原淳さん。夏のOEK欧州ツアーにも参加されていた)が加わったときの晴れやかな祝祭感に気分が浮き立つ。

December 2, 2011

METライブビューイング「ジークフリート」

おもちゃの剣。攻撃力+1●METライブビューイングで「ジークフリート」。昨シーズンの「ワルキューレ」の続きをようやく見れる(ら抜き)。実演に比べれば休憩もカーテンコールも短いわけだが、それでも上映時間5時間超。ほとんど丸一日費やす覚悟が必要だがその価値はあった。
●指揮はレヴァインじゃなくてルイージに。「ワルキューレ」のレヴァインは鬼気迫るものがあって、オケがギリギリまで煽られていたように感じたが、今回はクールで端正。
●で、ジークフリート役がびっくり。本来ギャリー・レイマンが歌う予定だったのが病気降板して、代役にカバーのジェイ・ハンター・モリスという人。テキサス生まれのアメリカ人、METデビュー。デビューどころかほんの数年前までセントラルパークでローラーブレードを売っていたとか、そんな人がよりによってジークフリート。でもキャラがナイスガイで演技中だけでなく地のキャラも若々しくて(実は40代半ばなのに)、全身からエネルギーを発散している。たくましくて見栄えもよく猛烈にジークフリートらしい。しかもリリカルな声の持ち主。実際に劇場で聴いたらどれだけ声が飛んできているかはわからないが、映画館で見るには文句なし。いや、それは言いすぎだな……でも、この役でこれだけできるのは貴重。ニューヨーク・タイムズに記事あり。
●そして「ジークフリート」って作品は本当に味わい深い傑作だと思う。見るたびに同じことを感じてる気もするけど、一幕のミーメとさすらい人のクイズ合戦の可笑しさ! ミーメほど不幸せな男はオペラ界のどこにもいない。男手一つでジークフリートを育てたのに、あんなひどいことを言われ、しまいには……。これは己を知恵者と錯誤した愚か者への罰なのだ。さすらい人が「お前の知りたいこと3つに答えてやる」と言っているのに、ミーメは自分の知っていることを尋ねて相手を試す。他者を信じず、心を開くことができないことの哀れさ。さっさとノートゥングの鍛え方を尋ねればよかったのに、そんなことは思いもつかない。
●第2幕のファフナーの血を舐めたところからの展開もいいよなあ。ジークフリートは動物の言葉を解するようになる。ミーメの心も読めるようになった。ミーメは自分の企みを口に出して歌ってしまう。これはジークフリートにはそう聞こえているという表現だけど、「語るに落ちる」って感じがもういかにも。ミーメ役のゲルハルド・ジーゲルがすばらしい。コミカルな仕草がまったくの自然体に見える。
●第3幕、さすらい人の槍を打ち砕いたジークフリートが炎の岩山へと向かう場面の音楽は、この世のものとも思えないほど美しい。ジークフリートはブリュンヒルデとの出会いを果たす。これは人類史上もっとも崇高な神話的ボーイ・ミーツ・ガールだ。ブリュンヒルデはデボラ・ヴォイト。ブリュンヒルデはあまりに長く岩山で眠っている間にオバチャンになってしまったんである。でもジークフリートは生まれて初めて女性というものに会ったので無問題だ。ジークフリートのキスで目覚めて、「はっ、ここは炎の岩山、わたしは今目覚めて、恐れを知らない男と出会ったのね!」と言わんとするかのようにパッと顔を輝かせるデボラ・ヴォイトの演技に思わず声を出して笑ってしまった、ゴメン。
●演出はロベール・ルパージュ。あのハイテク舞台装置、画面で見ても、幕間の説明を聞いても、なんというかテクノロジーの使い方がホントにオッサン臭い(笑)。オペラの世界って昔からテクノロジーは苦手だ。いまどきあの3D映像は……。でもいいんすよ、たぶん、これで。ギークカルチャーとMETってもっとも縁遠いから、少し古臭くないと大口寄付者にも共感してもらえないんでは。もしかしたら、最初は猛烈にクールなデザインの3D小鳥が制作されたんだけど、ピーター・ゲルブがそんなカッコいいんじゃダメだって言ったのかもしんない。ちなみに大蛇ファフナーはそのまんまの張りぼてっぽい巨大ヘビが出てきて、狙ってるのか外してるのか困惑するようなかわいさ。さすがMET。
●こんなに楽しいものはない。オススメ。と言ったところでもう金曜日で東京の上映は終わってしまった。が、1月に横浜、2月に神戸と広島で上映されるので、近くの方はそちらを狙う手もあり。

このアーカイブについて

このページには、2011年12月以降に書かれたブログ記事のうちNewsカテゴリに属しているものが含まれています。

前のアーカイブはNews: 2011年11月です。

次のアーカイブはNews: 2012年1月です。

最新のコンテンツはインデックスページへ。過去に書かれた記事はアーカイブのページへ。

ショップ

国内盤は日本語で、輸入盤は欧文で検索。