2015年4月アーカイブ

April 30, 2015

「甘美なる作戦」(イアン・マキューアン著/新潮社)

「甘美なる作戦」(イアン・マキューアン著/新潮社)●やっと読んだ、イアン・マキューアンの近刊「甘美なる作戦」(新潮社)。マキューアンには「現代イギリスを代表する保守系作曲家」を主人公とした「アムステルダム」を読んで以来、すっかり魅了されているのだが、今回の「甘美なる作戦」も傑作。舌を巻くほどの巧妙さ。主人公はなんと、英国機密諜報部MI5の下っ端女スパイ。この女性と、若い小説家とのロマンスを軸とした恋愛小説の形式になっている。といっても、額面通りの古典的小説に収まらないのがマキューアン。主人公のロマンスの相手が小説家であるという時点である程度予測がつくように、やはり自己言及的なポストモダンの小説になっている。完成度はきわめて高い。
●外観が恋愛小説という点では名作「贖罪」と同じ。実のところ、「贖罪」ですべてが書き尽された感はあった。「甘美なる作戦」は同種のテーマをもっと肩の力を抜いて、なおかつ細部に意匠を凝らして書いた一作とも思える。「贖罪」でマキューアンは小説を書く女性登場人物に「現代の小説家がキャラクターやプロットを書けないのは、現代の作曲家がモーツァルトの交響曲を書けないのと同じことだ」と語らせた。ワタシたちは今だって本当は起伏に富んで生き生きとしたおもしろい物語を読みたい。でも、21世紀にもなって、小説家がキャラクターやプロットに依存した物語を書くわけにはいかない。調性と機能和声の世界に留まって美しい音楽を書くことができないのと同じように。かといって、前衛的な手法も色褪せたモダニズムの再生産に終わってしまう。そこで、小説家は「なにをどう書くか」について書く、という自己言及的な手法をとらざるをえない。その上で、表層に完璧なエンタテインメントを築けるところがマキューアンの尋常ではないところ。ところどころにマキューアンのなんともいえない「イジワルさ」が滲み出ていて、それがまた実にいい。恋愛小説には底意地の悪さがないと。

April 28, 2015

通販戦争

お買い物●本やCD、PCなどを通販で買っているうちはまだ平和だったのかもしれない。すでになんでもかんでも通販で買ってしまう呪いにかけられている。自転車、革靴、スニーカー、セーター、ブルゾン、米、肉、野菜、果物、コーヒー、スパゲッティ、コーンフレーク、コンタクトレンズ、ヘアブラシ、フライパン、鍋、掃除機、シェーバー、カバン、バンドエイド……。自転車(いわゆるママチャリ)がちゃんと配達されたときは少し感動した。ぜんぜん知らない土地の警察署の防犯登録証がついている。
●蛍光灯のナツメ球が切れたので、取り換えることにした。ヨドバシカメラでナツメ球2.5W形¥88。これが今まで通販で購入した商品の最安記録かもしれない。宅配便で送料無料。なんでよ? 近所の店が果てしなく遠い。

April 27, 2015

ブルックナー強化期間

●ここ半年くらい意識的にブルックナーを聴いていて、先週はミヒャエル・ザンデルリング指揮N響とインキネン指揮日フィルへ。自分内テーマとしては、深くて重厚なサウンドが生み出す宗教的恍惚感、っていうのとは無縁の「楽しいブルックナー」を探す、みたいなシリーズ。途中で参照点として本家本元みたいなティーレマン指揮ドレスデン国立歌劇場管弦楽団をはさみながら、いろんなオケのブルックナーに足を運んでいる。決して休憩時の「ブルックナー行列」の長さを観察するためではなくて。
●で、22日、ミヒャエル・ザンデルリング指揮N響(サントリーホール)で、ブルックナーの交響曲第4番「ロマンティック」。ミヒャエルを聴くのは初めて。長身。漠然とその姓から想像していたよりも、明るくて伸びやか、パワフルだけど重くはないブルックナー。細部にデザインを施してコントラストを作りながらも、全体の自然な流れが失われていないのは吉。とはいえ、初めての客演であり、まだこの先があるはずという感も。前半はLFJで以前ルネ・マルタンが押していたベルトラン・シャマユが、N響定期に帰ってきて、シューマンのピアノ協奏曲。好感。
●24日はインキネン指揮日フィル(サントリーホール)。ラザレフ退任後の首席指揮者にインキネンが就任することになって、にわかに注目度が高まる。将軍からイケメンに。ヒューイットの独奏によるブラームスのピアノ協奏曲第1番で始まって、後半にブルックナーの交響曲第7番。インキネンへの印象はこれまでに何度か聴いたものと変わらない。先日の首席指揮者就任記者会見でもこの日のプレトークでも、インキネンは「これまでシベリウスなどで日フィルの透明感のある美しい音色に感銘を受けてきたが、これからはワーグナー、ブルックナー、ブラームスなどドイツ音楽での重厚で深みのある音を追求したい」的なことを語っていた。インキネンの棒の振り方も(以前ワーグナーだったかでも感じたけど)しばしばティーレマンが憑依したかのよう。一方で、透明感のあるサウンドというのは当のインキネンが引き出してきたものという気もする。ラザレフや山田和樹が指揮するときと比べると、明らかにサウンドは違うわけだし。この日のブラームスもブルックナーも、重厚というよりは清爽。熱気は伝わってきたが、賛否は分かれそう。弦の対向配置も。

April 24, 2015

〆切安心理論

●たとえば、月末あたりに毎日一つずつ仕事の〆切が並んでいるとする。27日〆切、28日〆切、29日〆切と続くとしよう。これをもし一日ずつ、〆切から遅れて提出すると、

A. 27日〆(28日提出)、28日〆(29日提出)、29日〆(30日提出)

このようになって、「〆切から遅れてしまい、まことに申しわけございません」と毎日謝ることになる。
●ところが、それぞれの仕事を〆切より一日ずつ早めて仕上げた場合はどうなるだろう。

B. 27日〆(26日提出)、28日〆(27日提出)、29日〆(28日提出)

この場合、先方の担当者から「〆切より早く仕上げていただいてありがとうございますっ!」と毎日感謝されることになる。たぶん、すごく感激してもらえる。
●で、肝心なのは、パターンAもパターンBも仕事の分量や密度は変わらないということだ。別にAがBより楽なわけではない。なのに、Aだと毎日謝罪してばかりで、Bだと毎日感謝されるんである。もう断然、Bのほうが日々を健やかに安心して暮らせそう。
●スゴい発見だ、これは。〆切安心理論と名付けたい。

April 23, 2015

LFJ新潟とLFJ金沢、あれこれ

●今年のラ・フォル・ジュルネ新潟は、東京の翌週に開催される。昨年までは新潟のほうが一週早く開かれていたと思うのだが、今回は5月8日から10日まで。昨年に続いて、今年も足を運ぶことになった。9日と10日は新潟駅と会場を結ぶ無料シャトルバスが走ることになったそうなので、県外からの参加者にとっては心強いかも。30分毎というのが微妙だが、帰路に使う分には問題ないか。
●LFJ新潟は第1回の「ベートー弁当」以来、無理やりなダジャレでオリジナル弁当を開発してくれていて実にたのもしいのだが、今回は音楽祭のテーマが「恋するパシオン」。鯉弁当ってのも難しいかな~と思っていたら、結局「PASSIONS obento(パシオン弁当) 恋するシェフと農家たち」というタイトルで、「情熱あふれる新潟の若手イケメン農家さんが作った季節の農産物をたっぷり入れたイタリアンランチボックス」という意外な路線で押してきた。イケメン農家さん! てか、オッサンはどう反応すればいいの?
●一方、北陸新幹線でもりあがっているLFJ金沢、こちらのテーマは「パシオン・バロック~バッハ、ヘンデル、ヴィヴァルディ」なので、はっきりとバロックの音楽祭になっている。本公演は5月3日から5日で、東京とは一日違い。今回の金沢はかなり独自色があって、ベルリン・フィル首席クラリネット奏者のヴェンツェル・フックスや、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のメンバーによる室内アンサンブルのムジカ・レアーレらが参加している。地元紙・北國新聞の本日朝刊に注目公演について拙稿を寄せているので、地元の方はご覧いただけると幸い。

April 22, 2015

「最高の選手と最低の選手」問題

「サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか」(クリス・アンダーゼン、デイビッド・サリー著/辰巳出版)先日当欄でご紹介した、「サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか」(クリス・アンダーゼン、デイビッド・サリー著/辰巳出版)について、もう一点。チームを強くするためには、チーム内の最良の選手の質を上げるべきか、最低の選手の質を上げるべきか、という問題が統計的に分析されている。もしあなたが今後サッカー・チームの監督を務めることがあったら、大いに役立つかもしれない。
●著者は、プレイの質を算出する評価法であるカストロール・ランキング用いて、最良の選手と最低の選手の両方がチームの得失点差と勝点にどんな影響があるかを欧州各国のクラブについて調べた。すると、もちろん、両方とも正の相関があった。つまり、チーム最高の選手の質が高ければチームの成績は上がるし、チーム最低の選手の質が高くてもやはりチームの成績は上がる。
●しかし、最高の選手の質と、最低の選手の質と、どちらがよりチーム成績に強く影響を及ぼしているのか。これを回帰分析を用いて検討したところ、より重要なのは最低の選手の質のほうであることがわかったという。ざっくりいえば、最良の選手の質を10%向上させると、チームは一シーズンで(全38試合として)勝点5を獲得する。5ポイントもあれば、優勝するかどうか、降格するかどうか、結果が変わってくる。しかし、最低の選手の質を10%向上させた場合の影響はさらに大きく、一シーズンで勝点9も得ることができる。断然、こちらのほうがいい(しかも安上がりだ)。
●つまり、チームの強化のためには、多くの場合、主力選手を入れ替えるよりも、そのチームでいちばん弱いポジションを強化したほうがずっと効率的ということになる。最低の選手を入れ替えるために、その選手よりいくらかすぐれた選手(チーム内では並の目立たない選手かもしれないが)を獲得するという一見地味な人事がチームに躍進をもたらすわけだ。
●もっとも、最低の選手が若くて未熟なプレーヤーという場合もよくあるだろう。経験の少ない選手は試合を通して大きく成長するということが十分ありうるので、並の選手と入れ替えるくらいならガマンして使って成長を促したほうが、最終的なチームの勝点に貢献するかもしれない。

April 21, 2015

日本フィル次期首席指揮者ピエタリ・インキネン就任記者会見

日本フィル次期首席指揮者ピエタリ・インキネン
●日本フィル次期首席指揮者にピエタリ・インキネンが就任することになった。2016年9月から、任期は3年間。20日、ANAインターコンチネンタルホテル東京で記者会見が開かれた。今気づいたけど、上の写真、ポスターとご本人が同じようなポーズと衣装で「本物はだれだっ!」みたいになっている。
●すでに首席客演指揮者として何度も日フィルを指揮しているインキネンが首席指揮者になるという納得の人選、さらに現在の首席指揮者であるラザレフも同時に桂冠指揮者兼芸術顧問となり日フィルとの縁は続くということで、楽団としての一貫した継続性の感じられる人事となった。フットボール的にいえばセンターフォワードとサイドアタッカーのポジション・チェンジがあったものの、インキネン、ラザレフ、山田和樹の3トップは変わらずといったところか。首席指揮者としてインキネンは年に3回の来日。まずは就任披露演奏会として、2016年9月にサントリーホールで「ワーグナー・ガラ・コンサート」が開かれる。テノールにサイモン・オニール他。同コンビによる「ワルキューレ」第1幕演奏会形式の興奮を思い出す。
●「日本フィルの首席指揮者に就任することになり本当に光栄に思う。これまで培ってきた日本フィルとのすばらしい関係をさらに深められることを楽しみにしている。すでにシベリウスをたくさん演奏してきたが、日本フィルとの第2章ではドイツ系のレパートリー、ブラームス、ブルックナー、シュトラウス、ワーグナー、そして古典派のレパートリーをとりあげて、これまでの透明感のあるサウンドに加えて、重厚さ、深みのある響き、ヴィルトゥオジティを求めていきたい」(インキネン)。
●まだ「インキネン・アカデミー」として、才能のある若手奏者を探し出し指導するプログラムを作りたいというアイディアも披露された。ヴァイオリニスト出身のインキネンは「自分は若い頃から奏者として恵まれた環境にあったので、そのような環境を日本の若い奏者あるいは指揮者になるかもしれない人に与えたいと思っている。すばらしい指揮者は演奏家から生まれると考えている。演奏家が指揮をしたり、指揮者がいくつもの楽器を演奏することはよい経験になる」と語っていた。

April 20, 2015

フェドセーエフ指揮N響のロシア・プロ、メッツマッハー指揮新日フィルのヴァレーズ&シュトラウス

●17日はNHKホールでウラディーミル・フェドセーエフ指揮N響へ。ラフマニノフのヴォカリーズとピアノ協奏曲第2番(アンナ・ヴィニツカヤ)、リムスキー・コルサコフの交響組曲「シェエラザード」というロシア・プロ。体調不良が伝えられていたフェドセーエフだが、そんな様子はまったく見せず。深く濃密なサウンド、融通無碍の節回しを堪能。ヴィニツカヤは初めて生で聴くことができた。オーケストラの大音量に埋もれた面もあったとは思うが、この環境でなければ相当に雄弁なソロだったはず。アンコールにプロコフィエフのピアノ・ソナタ第2番の第2楽章という意外な選曲。長さが短いので向いているといえば向いているけど、アンコールにスケルツォ楽章とは。後半の「シェエラザード」は管楽器陣のソロの巧みさが印象的だった。極彩色というよりは、渋いセピアトーンで描かれた絵巻物。
●18日はすみだトリフォニーホールでインゴ・メッツマッハー指揮新日フィル。ヴァレーズ&R・シュトラウスという垂涎プロ。前半にR・シュトラウスの交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」&ヴァレーズの「アメリカ」、後半にヴァレーズの「アルカナ」(日本初演)&R・シュトラウスの交響詩「死と変容」という配置もおもしろい。曲の性格的にはたすき掛けで「ティル」と「アルカナ」、「アメリカ」と「死と変容」がセットになっているのかなと感じる。「アルカナ」(1927)が日本初演というのは驚き。
●ヴァレーズの2作、並べて聴いてみると「アルカナ」のほうがずっと楽しい。ずっと昔、CDでヴァレーズを聴いていたときに胸を打たれたのは、たぶん嵐のような音圧のなかになにかを超克しようとする強靭な精神とか峻厳さとかを読みとっていたからだと思うんだけど、今そういう要素に魅了されることはほぼなくなってしまったので(加齢による精神の衰えにちがいない)、「アメリカ」は少ししんどい。でもサイレンはいい。最後にサイレンの余韻が残るなんて。カッコよくて、レトロな未来。そしてどちらの作品もストラヴィンスキーの、とりわけ「春の祭典」が与えた影響力の甚大さを痛々しいほどに感じさせる。キッチュさを洗練として自分内で容易に消化できるのが「アルカナ」のほう。その意味でも「アルカナ」と「ティル」がセットで、「アメリカ」と「死と変容」がセット。ヴァレーズに比べると、シュトラウスのほうはかなり控えめというか、絢爛とまではいかなかったが……。
●新日フィルのコンダクター・イン・レジデンスを務めていたメッツマッハーだが、これで2年契約を終え、任期満了。毎回瞠目すべきプログラムで自分の視野に入る範囲では話題沸騰だったにもかかわらず、この日は空席がとても多かった。SNSなどで伝わってくる好評ぶりと現実の人気に大きな乖離があるというケースはままあると承知してはいるんだけど、それにしても。

April 17, 2015

「ピアノ音楽の巨匠たち」(ハロルド・C・ショーンバーグ著、後藤泰子訳/シンコーミュージック)

「ピアノ音楽の巨匠たち」(ハロルド・C・ショーンバーグ)●この本は時間をかけて読み進めたいので、読みはじめたところで先に紹介。「ピアノ音楽の巨匠たち」(ハロルド・C・ショーンバーグ著、後藤泰子訳/シンコーミュージック)。ニューヨークタイムズの音楽評論家として活躍したショーンバーグの名著が、新しい翻訳でよみがえった。というか、正確には増補改訂版がようやく翻訳されたというべきか。原著は1963年で、かつて芸術現代社から邦訳が出ていたが、本書は87年原著刊行の増補改訂版を新たに翻訳したもの。訳はこなれていて、とても読みやすいのでご安心を。全544ページ、ずしりと重い。
●この本の狙いはまさしく書名通り、ピアノ演奏の歴史を一望しようというもので、ほぼ有史以来のピアノ演奏、つまりモーツァルトとクレメンティからスタートして現代の巨匠たち(ポリーニとかブレンデルとか、アシュケナージやペライアまで)をつなぎ目なくひとつの歴史の流れとしてとらえようとしているのが特徴。そう、実際に歴史はそんなふうにつながっているはずなんだし。なぜかワタシらはモーツァルトらのピアニスト兼大作曲家の時代と、現代の名手たちとの時代が、地続きであることを忘れがちだ。
●となれば、読む前に興味がわくのは(大いに職業的関心もあって)、「どうやって書くのか」という点。このアイディアで書くなら、3種類のピアニストをあつかうことになる。(1)ひとつはモーツァルトやベートーヴェンのような、だれも実際にはその演奏を聴いたことがないピアニスト。(2)もうひとつは初期の録音で聴ける往年の大ピアニスト。そして、(3)実際に著者が生で聴いたことのある現在の(といってもショーンバーグの同時代のという意味だけど)ピアニスト。まず読みはじめるにあたって、本の最初から(1)の部分を読み進めながら、(2)の部分と(3)の部分も拾い読みしている。分量としては(1)が圧倒的に多い。
●まだ全体のほんのほんのごく一部を目にしただけだが、(1)の部分はまちがいなくおもしろい。つまり、読み物としてのおもしろさ、読書の楽しみが保証されているなと感じる。なるほど、ショーンバーグって漠然と高名な評論家の先生みたいなイメージだったけど、長年新聞で書いていただけあって一般の読者に向けての書き方を心得ていて、さすがに巧い。アカデミックな香りを決して漂わせず、平たく書きながらも見識を感じさせる。一方、(3)の部分に入ると扱うピアニストによってかなり濃淡があるかもしれない。生演奏ではなくレコーディングのほうに重きを置いた記述が目立つのがやや意外か。(1)(2)との整合性を優先したためなのかどうなのかはわからないが……。現代のピアニストに対しては、よく演奏会評やレコード評で用いられるような形容句を積み重ねて演奏スタイルを詳述するというよりは、客観性を心がけつつ歴史的文脈のなかでの位置づけを明らかにしようとする記述が目立つだろうか。著者の基本的な姿勢として、19世紀風のロマン主義的なスタイルの演奏に対する共感がある、と思う。あ、いやいや、まだ読んでない、今から読もうとする本にそんなに決めつけてしまってはいけないのだった。ともあれ、これは「内容」という点でも「どう書くか」という点でも、大いに読みがいのある一冊になりそう。
●索引は力作。これはすばらしい。こういう本は索引の役割が超重要。できることなら電子版もあって検索できたら最高だけど。ひとつよくわからないのは訳者略歴が載っていないこと。名著の新訳という性格を考えれば、刊行の経緯なども記した訳者あとがきもぜひ欲しかった。

April 16, 2015

ワールドカップ2018ロシア大会 アジア2次予選組み合わせ

ヤタガラス●さて、ワールドカップのアジア2次予選組み合わせだが、ニッポン代表はグループEのシリア、アフガニスタン、シンガポール、カンボジアと同じグループに入った。近年、ニッポン代表は最終予選からが本当の戦いで、2次予選までは余裕を持って通過しているようなイメージがあるが、それにしてもこの組み分けはずいぶん楽なんじゃないだろうか。計40チームを5チームづつの8組に分けて、各組の1位は文句なしに最終予選に進出、さらに各組2位のうち成績上位4チームも最終予選に進める。アウェイのシリアとアフガニスタン戦は中立地で開催されるのかな。いずれにしても、難敵は見当たらない。
●むしろこうなると、厳しい相手と公式戦を戦えないのがハリルホジッチ監督の頭を悩ますことになるかもしれない。ニッポンを始め強豪国はポット1にシードされているのでこの段階で対戦することはないわけだが、ポット2にもサウジアラビア、カタール、ヨルダン、クウェート、バーレーンといった厄介な中東勢がいたわけだし、ポット4には(実力に対してFIFAランキングが低すぎると目される)北朝鮮がいた。このあたりの難敵と同じグループに入っていれば、まったく違った光景が広がることになっていたはず。アウェイの北朝鮮戦なんて、ザッケローニ時代に負けているわけだし(そのときニッポンは非公式世界チャンピオンの座を失ったのであった……)。
●グループHがいちばん厳しい。シード国相当のウズベキスタンは、バーレーン、北朝鮮らと争う。ウズベキスタン優位はたしかだとしても、この三か国のどこが1位になってもおかしくない。
●ところで計12チームが最終予選に進んで、これがまた2グループに分けられるわけだが、前回と前々回の最終予選は10チームを2グループに分けていた。その前は8チームを2グループに分けていた。最終予選の門戸が広がって、それにともない試合数が増えるのは、いいことなのかどうなのか。

April 15, 2015

反田恭平デビューコンベンション

反田恭平デビューコンベンション
●14日は日本コロムビアの主催で、反田恭平デビューコンベンションへ(サントリーホール ブルーローズ)。わ、こんなに大勢の業界関係者が集まっているとは、と驚くほどの盛況ぶり。ピアニストの反田恭平さんは1994年生まれ、まだ20歳。2012年、高校在学中に日本音楽コンクールで第1位(高校生での優勝は11年ぶりだったとか)、桐朋学園に入学、現在はモスクワ音楽院に留学中。今回、日本コロムビアからリスト・アルバムでデビューすることに。日本コロムビアはマネジメントにも携わる。9月には東京フィルのオペラシティ定期に登場する。トークの合間にモシュコフスキーとリストの作品を弾いてくれた。
●ピアノは録音にも使用された1912年製のニューヨーク・スタインウェイCD75ということで、音色の幅がきわめて広く、特に高音域の圧倒的なきらびやかさに、ピアノという楽器の歴史的変遷に思いを馳せずにはいられない。楽器のキャラクターがあまりに強烈だったが、演奏も大胆かつ輝かしく、訴えかける力の強いものだった。
●反田さんのピアノは昨年、調布音楽祭でも聴いている。そのときの印象からすると、すいぶんこの日のトークは澄ましていたというか、美容院行ってきました!的なジャケ写モードのスマートさが前面に出ていたけど、もっと率直な感じでキャラクターが伝えられてもよかったかも。「レコーディングを終えてふらふらになって帰ったら、熱が40度あった」みたいな話題がほほえましい。すでにファンクラブまで出来ているそうで、これからどんどん人気が高くなるにちがいない。自分の道を突き進んでほしいと願うばかり。

April 14, 2015

チェルシーについてのあれこれ

●イングランドのプレミアリーグ、今シーズンはチェルシーに少し注目している。開幕前に優勝を狙える戦力がそろったと語っていたモウリーニョが、本当にチームを優勝させられるのかどうか。着実に勝ち点を積み重ね、現時点ではもう優勝はほぼ決まったようなものみたいな雰囲気になっている。
●先週末のQPR対チェルシーでは、終了間際のセスク・ファブレガスのゴールでチェルシーが勝利。しかし枠内シュートはこの一本のみ。ざっと録画を眺めたところ、たしかにチェルシーがずっとゲームを支配してはいるんだけど、スペクタクルに乏しく、ひたすら相手にチャンスを与えないサッカー。終盤に相手ゴールキーパーのパントキックがミスになったところから猛然と襲いかかり、セスク・ファブレガスが仕留めた。こんなふうに相手のミスを待ってるみたいな感じの戦いぶりといい、モウリーニョの傲慢さといい、オーナーである石油王アブラモヴィッチ(←本名です、念のため)の資金力といい、チェルシーには嫌われる要素がすべてそろっている。だから、惹かれるともいえる。
●もっともチェルシーのほうも首位とはいっても楽ではなく、ポイントゲッターのジエゴ・コスタが戦列を離れている。前節のストーク・シティ戦で、ケガから復帰して後半から出場したが、わずか10分ほどプレイしただけで負傷退場するというアクシデントにみまわれた。本来、代役となるのはレミだが、レミも負傷中ということで、QPR戦では37歳のドログバが先発してフル出場。今季、チェルシーはプレミアリーグでもっとも出場選手数の少ないチームなんだとか。つまり、メンバーをほぼ固定して戦い、控え選手でも使われる選手は限られている。ローテーションを使わずにずっと戦ってきた結果、リーグ終盤になって選手のコンディションに問題が出てくるのではないかという指摘があるのだが、はたしてこの後、失速するのだろうか。
●で、FC東京の武藤にチェルシーから移籍のオファーがあったとか。チェルシーは横浜ゴムと大型スポンサー契約を結んだところなので(5年で約74億円)、日本人選手を獲得してもおかしくはない。若くて伸びる選手ということで、武藤なんだろう。
●チェルシー(だけではないが)は大量の有望選手を保有して、他のクラブにローンに出している。26選手だっけ? レンタル選手だけでもう一チーム作れてしまう。その多くは一度もチェルシーのユニフォームを着て公式戦に出ていない選手だけど、クルトワのようにローン先で飛躍してチェルシーの正GKとして帰ってくる選手もなかにはいる。普通に考えれば、武藤はまずどこか中規模のクラブにローンに出されることになりそう(就労ビザの問題があるので、たぶん英国外)。ローン先で大きく成長して、チェルシーに凱旋する姿を見てみたい。

April 13, 2015

カンブルラン&読響のブルックナー、ヴァイグレ&N響とヨン・グァンチョルのワーグナー

●毎週金土日はコンサートが集中しがちだが、それにしてもこの週末はすさまじかった模様。特にオケ。
●10日はカンブルラン指揮読響へ(サントリーホール)。リームの「厳粛な歌」歌曲付き(バリトン:小森輝彦) 、ブルックナーの交響曲第7番。リームは高音楽器のないオーケストラが生み出す渋くくすんだ響きが特徴的。ヴァイオリン抜きのオーケストラだと、首席ヴィオラ奏者がチューニングの合図を出すことを知る。ブルックナーは予想以上に斬新で、宗教的恍惚感とは無縁の美しさを作品から引き出してくれた。白眉は第2楽章。ほとんどメンデルスゾーンを思わせるような清冽さがすばらしい。ブルックナーの交響曲から儀式性を剥ぎとるという試みは数多くなされている一方で、結果として新しさよりも欠落感が残ることもままあるわけで、その点では大成功だったのでは。後半進むにつれて焦点がずれて、最後は予定されたデザインからはみ出したところに着地したような印象も受けたけど、それでもここ数年に聴いたなかではもっとも刺激的なブルックナーだった。
●11日はセバスティアン・ヴァイグレ指揮N響へ(NHKホール)。前半はベートーヴェンの「田園」だが、後半は得意のワーグナーで、「トリスタンとイゾルデ」と「ニュルンベルクのマイスタージンガー」からの抜粋ということで、なんだか「東京・春・音楽祭」のワーグナー・シリーズ外伝みたいな感じ。歌手はバスのヨン・グァンチョルひとりなんだけど、舞台に出てきて最初の一声を発声した瞬間に客席全体の雰囲気がサッと一変した。「トリスタンとイゾルデ」は、前奏曲と「愛の死」の間にマルケ王の「それはほんとうか」がはさまれたんだけど、前半「田園」の長閑な空気から急に熱っぽいオペラ劇場モードに。唐突にはじまったはずのマルケ王の苦悩と悲哀に、みんなが食い入るようについてくる。盛大なブラボー。「マイスタージンガー」は、「親方たちの入場」、ポーグナーの「あすは聖ヨハネ祭」、第1幕への前奏曲という順番。こちらもヨン・グァンチョルの歌唱はすばらしかったが、拍手と退場をはさんで第1幕への前奏曲が演奏されたので、客席のテンションはいったん途切れることに。ヴァイグレはティーレマンを連想させる、かなり。

April 10, 2015

ソイレント

ソイレント●最近、気になったニュースといえば、「ソイレントが大人気、生産を50倍に」。ソイレントというのは「生きるのに必要な栄養がすべて含まれている」という代替食品で、粉末を水に溶かして飲むと、それで十分な栄養とカロリーが摂取できる未来の食品だ。いや、未来じゃないか、もう販売しているんだし。食品と言えるかどうかもわからないけど。開発・販売元は2,000万ドルを調達して、生産を拡大したという。
●発想としてはよくわかる。世の中には「あの食品は危ない」みたいに市販の食品や農産物に強い不信感を抱いている人や、「(体質的にあるいは主義として)食べられないものが多い」という人も少なくない。だったら完璧に健康的な代替食品を作って、それ以外は一切口にしないという考え方もあるかもしれない。食べること自体が不健康という先鋭な考え方がありうる。あるいは、単に忙しいから(またはメンドくさいから)、生活から食事を省略したいという需要もあるはず。脱・食事。人生から食事を追放しよう!みたいな。1食3ドルのコストが量産化によってさらに下がれば、増え続ける人口が引き起こす食糧問題への解決策になる可能性だってある。
●でもまあ、フツーの人はそんなものはご免だろう。食べる楽しみをなくしてしまうなんて。人生が文字通り味気ないものになりそうだ。でも待てよ。夕食は楽しく食事したいとしても、仕事の合間のランチタイムに特にうまくもないものを短時間でかっこむくらいだったら、ソイレントでさくっと済ませて、その分の空いた時間を自分のために使うという考え方だってあるんじゃないだろか……いやあ、でもそれはなあ。
●ソイレントという名前がいい。人口爆発による悪夢的未来を描いた映画「ソイレント・グリーン」のソイレントに由来するっぽい(厳密にはハーラン・エリスンの原作小説「人間がいっぱい」のほうだろうか)。いかにもイヤ~な感じの食品にイヤ~な感じの名前を付けるというセンス。嫌いじゃない。

April 9, 2015

「サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか」(クリス・アンダーゼン、デイビッド・サリー著/辰巳出版)

●直感的にあるいは経験則に照らし合わせて一見正しそうに思えることであっても、統計的な裏付けがない限りは鵜呑みにできないというあなたやワタシ。であれば、サッカー界の「常識」に対しても強い猜疑心を抱いているはずである。Jリーグ初期の頃、テレビのサッカー中継で元日本代表クラスの解説者がコーナーキックの場面で言った。「チャンスですね。コーナーキックはだいたい5回に1回くらいはゴールになりますから」。以前、当ブログでも書いたように、コーナーキックは40回に1回しかゴールにならない。いったい「5回に1回」という数字はどこからでてきたのか。
「サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか」(クリス・アンダーゼン、デイビッド・サリー著/辰巳出版)●「サッカー データ革命 ロングボールは時代遅れか」(クリス・アンダーゼン、デイビッド・サリー著/辰巳出版)は、サッカーにまつわるいろんな疑問に対して、統計によって答えを教えてくれる。コーナーキックについていえば、プレミアリーグの01/02~10/11シーズンの統計によれば、コーナーからゴールが生まれる確率は2.2%。チャンスでもなんでもない。「そんなバカな。コーナーから得点が生まれるシーンを今までに何度も見ている!」と感覚的には反論したくなるかもしれないが、それは2.2%のゴールシーンが強く印象に残ったというだけの話であって、なにごとも起きなかった97.8%のシーンは即座に忘れ去られている。
●いくつか覚えておきたいことをメモしておこう。まず、膨大な過去データに基づくと、プレミアリーグでは、48%がホームの勝利、26%がドロー、26%がアウェイの勝利になる。もう少し大ざっぱに、半分がホームの勝利、1/4がドロー、1/4がアウェイの勝利とでも記憶しておけばいいだろうか。ちなみに、以前、ワタシがJリーグの数シーズンについて計算したときも、J1では1/4がドローだった(J2では少し高めになった)。
●平均してシュート8本につき1ゴールが生まれる。
●サッカーにおける、実力と運の要素をどう評価するかについて。一般に考えられているよりも、運が結果を大きく左右する。天体物理学者ジェラルド・スキナーらの研究によれば、ワールドカップの試合の約半数が、実力ではなく、運によって決定している。別の研究でケンブリッジ大学のデイビッド・シュピーゲルハルターによれば、プレミアリーグのシーズンの勝点の約半分は運によってもたらされている。
●欧州4大リーグ(イングランド、スペイン、イタリア、ドイツ)のトップリーグでは、どこのリーグであっても同じ程度の数のゴールが生まれている。10年間にわたって、1試合あたりのゴール数はどのリーグでも2.5~3点。それどころか1試合あたりのパスの成功回数もロングボールの本数もPKの数もシュートの数も、ほぼ同じ。「スペインは攻撃的で華麗にショートパスを回し、イタリアは守備的、イングランドはロングボールが多い」といったイメージが根強いが、数字で見ればこれがただの先入観であることがわかる。
●このあたりはまだほんの序の口。もう少し刺激的なテーマを挙げると、1点目のゴール、2点目のゴール、3点目のゴール……のそれぞれの価値を勝点に換算したら何点になるかという発想がある。つまり、ゴールの価値はどれも同じではない。結論だけをいえば2点目のゴールの価値がもっとも高い(1点目が0.8、2点目が1.0、3点目が0.5、以下ゴールの価値は急速に下がってゆく)。一方で、逆に「無失点であること」を勝点に換算すると、平均して勝点2.5の価値がある。すなわち、1点を奪うよりも、1点を与えないことのほうにはるかに大きな価値があるのがサッカーの本質。メディアに対しては「攻撃的なサッカーを志す」と公言しながらも、実際には守備組織の強化に力を入れる監督が多いのには合理的な理由があったわけだ。
●読む前は、野球について書かれた「マネー・ボール」のサッカー版みたいな本かと思ったが、読んでみると「マネー・ボール」にある読み物としてのおもしろさは希薄で、その代りに統計的に興味深いデータが期待以上に数多く紹介されていた。なかには疑問を感じるものもなくはないのだが、ポゼッションについての考え方や監督の影響力など、大いに示唆的。

April 8, 2015

東京・春・音楽祭、ワーグナー「ワルキューレ」演奏会形式

●7日は東京・春・音楽祭のワーグナー・シリーズvol.6「ワルキューレ」演奏会形式(東京文化会館)。例年は平日1公演の後に週末1公演だったと思うけど、今年は先に4日に週末公演があった後での平日公演。火曜日の15時開演だがお客さんはよく入っている。4日は満席で評判も上々だった。
東京・春・音楽祭2015●オケはヤノフスキ指揮N響、コンサートマスターにライナー・キュッヒル。第1幕冒頭からひきしまった強靭なサウンド。外形上の熱いドラマや情感の豊かさを排して、音楽の純度や強度を高めた結果、むしろ雄弁なワーグナーになったというか。ひりひりとした緊迫感に貫かれた筋肉質の「ワルキューレ」。すばらしい。速めのテンポも吉。歌手陣で盛大な喝采を受けたのはフリッカ役のエリーザベト・クールマン。キャサリン・フォスター(ブリュンヒルデ)、エギルス・シリンス(ヴォ―タン)、ワルトラウト・マイヤー(ジークリンデ)、ロバート・ディーン・スミス(ジークムント)、シム・インスン(フンディング)の陣容。
●よくコンサートで取りだして演奏されるのは第1幕。でも第1幕は音楽はともかく、物語的には動きが少ない。がぜん話がおもしろくなるのは第2幕から。第2幕以降は「夫婦ゲンカ」「親子ゲンカ」「娘を嫁に出す父親」の三段コンボという、神話世界をまとったファミリー・ドラマ。だから、ワーグナーでいちばん泣ける。それにしてもヴォータンとフリッカの夫婦ゲンカを描くワーグナーの筆は冴えまくっている(そしてクールマンの鬼嫁歌唱も)。ヴォータンのその場を言いつくろっているだけのダメ亭主っぷりに対して、このフリッカの容赦ない舌鋒の鋭さと来たら。言うことがいちいちもっとも。亭主よりも奥さんに世界運営を任せたほうが絶対にうまくいくと思うもの。
●ジークリンデがお腹に宿した子はやがて勇者になる……ってみんな言ってるけど、女の子が生まれる可能性は考慮されていないのであろうか。「ほうら、元気な赤ちゃんが生まれましたよー、女の子です~。完」とか。
●このシリーズ、回を重ねるにしたがっていろんなところが練れてきて、演奏会形式の上演として成熟度が深まっている。ただ、どういう背景映像がいいのかは悩みどころか。今回は最小限の静止画をベースに、時折視点の移動や雨や嵐、山を覆う炎などの演出が添えられていた。オーソドックスで、観る人の想像力を妨げない節度があって映像演出としては納得がいくけど、CG画像が二昔前のゲームソフトみたいな解像度で、どうしてもセガサターンで遊んだ「ミスト」とか懐ゲーを想起してしまうのは避けられない。なにもないよりは絶対になにかあったほうがいいという確信もあるので、なにか完全な静止画像でもいいから、目にした瞬間に「わっ、きれい」と思える画があったらいいのかも。

April 7, 2015

東京・春・音楽祭、メルニコフの「24の前奏曲」シリーズ

東京・春・音楽祭2015●絶賛開催中の東京・春・音楽祭。「24の前奏曲」シリーズは、アレクサンドル・メルニコフの2公演に足を運んだ。3/29にショスタコーヴィチ(東京文化会館小ホール)、3/31にドビュッシー(上野学園石橋メモリアルホール)。
●この「24の前奏曲」シリーズ、ほかにショパンとスクリャービンがあるんだけど、ショスタコーヴィチのほうは「24の前奏曲」ではなくて、「24の前奏曲とフーガ」なんすよね。両方あるからうっかりするとまちがえやすい。「24の前奏曲」のほうはショパン、「24の前奏曲とフーガ」のほうはバッハの系列に連なるということか。メルニコフは「24の前奏曲とフーガ」全曲を一回の公演で弾いてくれた。途中に2回の休憩をはさんで3時間以上の長丁場。番号順。バッハの「平均律クラヴィーア曲集」とは違い、ハ長調、イ短調、ト長調、ホ短調、ニ長調、ロ短調……といったように平行調とセットにしながら5度ずつ上がっていくという曲順なので、順番も強く意識されている曲集、なんだろうか。でも、一回で弾くにはかなり長い。ショスタコーヴィチ本人の録音ではいろんな順番で抜粋しているっぽいが……。メルニコフは第12曲嬰ト短調までの長めのひとまとまりを一気に弾いて、最初の休憩に入り、次は第13曲嬰ヘ長調から第16曲変ロ短調までの4曲セットのみで2回目の休憩へ、その後残りの8曲を弾くという形。第1幕が長い3幕物のオペラを聴く覚悟で臨んだ。譜めくりあり。
●ドビュッシーは前奏曲集第1巻12曲+第2巻12曲で計24の前奏曲。ほぼ作曲当時の楽器である1910年製のプレイエルを使用。ニュアンス豊かで、演奏としてはこちらのほうが楽しめた。ドビュッシーまで下っても、これだけモダンピアノとは別の楽器であるとは。逆説的にモダンピアノの(少なくともマーケットにおける)汎用性の高さに驚嘆せざるをえない。メルニコフはときどき譜面台に目をやっているのだが、自分の席からだと譜面台になにか乗っているようには見えない。ページもめくっていない。休憩中に下手側から見てみると、譜面台には電源の入ったままのタブレットPCが置かれていた。足元にはフットスイッチと思しきものが。1910年製鍵盤楽器と2010年代製デジタル・デバイスがひとつの絵に収まっている様子はなんだかエレガントだ。

April 6, 2015

横河武蔵野FC対ヴァンラーレ八戸@JFL

横河武蔵野FC
●この季節になると、武蔵野陸上競技場は一瞬だけ「花見もできるサッカー・スタジアム」になる。というか、サッカー観戦者より花見客のほうが多いかもしれないのだが。公式入場者数800人台と聞いて「健闘してるじゃないか」と思ってしまう、JFL(日本フットボールリーグ)の横河武蔵野FC対ヴァンラーレ八戸を観戦。
●JFLってなに?って話は耳タコかもしれないが、それでも説明すると、日本のサッカーにはトップリーグのJ1があって、その下にJ2がある。で、少し前までその下にJFLがあったわけだが、最近J3というリーグができたので、実質的にJFLは4部リーグということになった。かつてはJFLのなかにも上を目指すプロ志向のクラブと、J2昇格を目指さないアマチュア志向のクラブが混在していて、その同床異夢が多くの困難を生み出すと同時におもしろさの源でもあったのだが、それが現在では前者はJ3へ、後者はJFLへと袂を分かつ形になった。
●で、プロ志向のクラブが抜けたんだから、JFLではさぞ横河武蔵野FCは強いんじゃないかと思うじゃないすか。アマチュアチームながら、一頃はプロ予備軍をしのぐ順位で「門番」として立ちはだかっていたんだから。しかし、この日の試合を見ると、とてもそんな状況ではないことを思い知らされる。ヴァンラーレ八戸? どこそれ、八戸って青森の? そうかずいぶん遠くのチームなんだなあ……とか思っていたら、八戸のほうがぜんぜん強いじゃないの。順位も上だし、フィジカルでも個人技でも戦術的な練度でもすべて差を感じたゲーム。0対2。もともと組織的な守備力に強みがあったチームのはずなんだけど、それも過去の話。選手はどんどん入れ替わる一方、何年も残っている選手もいる。多くは大卒選手で、平均年齢25歳。JFLではもともと30代の選手というのはあまり見かけず、大学を出て数年という選手が多いイメージ。アマチュアなので、ほかに仕事が必要だから……。ここから上位リーグにあがっていく選手はきわめて少なく、下位リーグに移っていく選手は珍しくない。ピラミッド構造ならどんな世界でもそうなるわけだけど。
●J3の誕生がJFLにどことなく冷めた空気をもたらしたのでなければいいのだが、と久々の観戦に思う。

April 3, 2015

ネーメ・ヤルヴィ指揮エストニア国立交響楽団の HIROSHIMA は幻に?

●以前、当サイトfacebookページでもお伝えしたが、この5月、エストニア国立交響楽団のシーズン最後のコンサートで、首席指揮者のネーメ・ヤルヴィが佐村河内守/新垣隆作曲の交響曲第1番 HIROSHIMA を演奏することになっていた。権利関係等々、どうやってクリアするんだろう、でももう日本国内では事実上演奏できなくなった曲をあっさりエストニアでパパ・ヤルヴィが指揮してしまうというのもなんだかスゴい話だなあ……と思っていたら、いつのまにか、当該公演の曲目も指揮者も変更されてしまった。
●以下のように、ニコライ・アレクセーエフがチャイコフスキーの「モーツァルティアーナ」他を振ることに。このページだけを見ると「HIROSHIMA」の影も形もなくなっているのだが、URLにかろうじてhiroshimaの文字列が残っていて、デジタル遺跡みたいなことになっている。

http://www.erso.ee/?concert=hiroshima-final-concert-of-the-season&lang=en

●この話に続きがあるのかどうか、ワタシは知らない。

April 2, 2015

コルステン&読響、ドゥダメル&LAフィル

●もう先週の話題なのでほとんど自分用メモ。3月27日はサントリーホールでジェラール・コルステン指揮の読響定期。前半はモーツァルトの交響曲第41番「ジュピター」他。ノン・ヴィブラートを取り入れ、細部に仕掛けを施したモーツァルトだったが、アグレッシヴではなく、音楽の表情と指揮台から何度か発せられるドスンという足踏み音との間に乖離も感じる。しかし後半のシュトラウス「英雄の生涯」は一転して雄弁なスペクタクルに。緻密に描きこんだ音絵巻ではなく、ぐいぐいと前に進むシュトラウス。豪放磊落。長原幸太さんの大ソロは鮮やか。なかなかこうはいかない。
●28日は待望のドゥダメル&LAフィル。マーラーの交響曲第6番「悲劇的」のみのプログラム。LAフィルが屈指のスーパー・オーケストラであることを改めて感じる。分解能の高さ、鮮やかな色彩。以前、同コンビのマーラーの交響曲第9番をウィーンで聴いたときも感じたことだけど、壮麗さと健全さの反面、世界の苦悩を背負って立つみたいなマーラー像を期待すると肩透かしをくらう。昨年、ドゥダメルがウィーン・フィルと聴かせてくれたシベリウスは、濃厚な表情が添えられた大柄なシベリウスだった。遠慮がちに見えたスカラ座との来日公演や、DCHで観るベルリン・フィルとの共演、SBYOとのノリノリの録音等々、聴くたびにドゥダメルの印象は更新され、一定しない。もはや好きかどうかすらよくわからない(笑)。
●「悲劇的」のハンマーは珍しいタイプで、真新しい木で組み立てられた巨大な角型巣箱(つまり前面に丸穴がある)みたいなものがステージ下手奥に置かれていた。これの上面を、木槌でぶっ叩く。衝突面の高さがけっこう高いので、P席のお客さんから見ると目の前で叩かれるわけで、相当にスリリングだったと思う。叩いた瞬間に、ぱっと細かい木屑が飛んだっぽい。あれは材料をバラして持ってきて日本で組み立てたんだろうか。
●アメリカのオケはだいたいみんなそうじゃないかと思うんだけど、開演時の入場は楽員ごとにばらばらで、時間が来たらいつのまにかコンサートマスター以外、みんな着席している。この方式はすごくいいと思うんすよね。「入場の儀」がなくなって、すっと本番に入る感が。終わった後の退場も全員でパッといなくなるんじゃなくて、ドゥダメルの一般参賀になってもまだステージ上はかなりの人が残ってる。この切れ目のないずるずるした雰囲気は好き。

April 1, 2015

ニッポンvsウズベキスタン@キリンチャレンジカップ2015

ウズベキスタン●あ、今日はエイプリル・フールなのか。でも昨夜が代表戦だったので、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督の第2戦、ニッポンvsウズベキスタンについて。予告通りハリルホジッチ監督は先発選手を全員入れ替えてきた。攻撃陣に関しては、初戦よりこちらがレギュラーメンバーか。5対1という派手なゴールラッシュになったが、試合に向かうテンションは1戦目のほうが高かったようにも。なんでもそうだけど、最初の一発目のテンションは特別なんすよね。
●GK:川島-DF:内田(→太田)、昌子、森重、酒井高徳-MF:今野(→水本)、青山-香川(→柴崎)-FW:乾(→宇佐美)、本田(→大迫)、岡崎(→川又)。昌子は代表デビュー。前半6分、こぼれ球を青山がスーパーボレーでゴール右隅に決めて、代表初ゴール。これはスペクタクルだった。しかし、「縦に速い攻撃」を強く意識するあまり、ボールがつながらない場面もかなり目立った。従来だったらいったん後ろに下げて組み立て直すというケースでも、難しい縦パスをチャレンジしてボールを失い、ウズベキスタンのボールになる。ニッポンのディフェンスは、前線からのプレスは柔軟に機能していたが、中盤から後ろの部分で甘いところも多く、ウズベキスタンは案外とディフェンスを崩していたと思う。ただ、決定力がなかった。
●後半9分に左サイドバックで交代出場した太田のクロスからファーで岡崎がヘッドで合わせて追加点。後半35分の3点目はおもしろい場面に。カウンターの局面で、相手GKが大きく前に出てきたが柴崎が先に触って、ループで無人のゴールへ蹴った。山なりのボールは正確にゴールをとらえていたが、岡崎が相手ディフェンスを背後に連れて追いついた。岡崎が問題なく押しこめたはずだが、ディフェンスをブロックしながらボールを触らないようにして柴崎のゴールを「守った」。なんという謙譲の美徳。試合後に岡崎も「(所属チームの)ドイツでなら100%触っていた」という場面だが、若い柴崎に1ゴールを与える意味の大きさを優先したチームプレー。このシーンにはハリルホジッチ監督も感銘を受けていたようで、試合後に絶賛していた。なかなか欧州では目にできないシーンだろう。ウズベキスタンは集中力を保てず、後半38分に宇佐美の個人技による美しい代表初ゴール、後半45分にはゴール前の混戦から川又が頭でやはり代表初ゴール。お祭りになった。
●川又は新戦力ながら2戦とも出場。当面、代表に定着するかも。豊田の居場所を奪いつつある感。驚いたのは途中出場の水本を中盤の底、アンカーで起用したこと。屈強なセンターバックだと思っていたが、ひとつ前で使うとは。アギーレ前監督はここに森重を重用して、局面に応じてバックラインに入って3バック調になったり、中盤の底からボールを配給させたりさせていたわけだが、ハリルホジッチにその気はない模様。ハリルホジッチによれば、水本を投入して守備ブロックを下げて、あえて相手に攻めさせて攻撃のためのスペースを作ったということだが、結果的に戦術がぴたりとはまったことになる。なかなかそうはいかない。
●大勢のメンバーを呼んでほぼ全員に出場機会を与えたハリルホジッチ。だれが合格したのかは、次戦以降にわかる。

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