2014年8月アーカイブ

August 29, 2014

アギーレ・ジャパン始動

●ニッポン代表のアギーレ新監督による最初のメンバーが発表された。なかなかフレッシュな顔ぶれで、なかには「え、これだれ?」という選手も。香川真司、内田篤人、山口蛍、青山敏弘が負傷の影響で選考外であることを差し引いても、かなり変化が感じられる選出だったんじゃないだろうか。
●GKは川島、西川、林彰洋。DFは水本、長友、森重、吉田、酒井宏樹、坂井達弥(初:鳥栖)、酒井高徳、松原健(初:新潟)。なんとこれまでのW酒井に加えて、坂井が加わってトリプル・サカイが実現! 思わずググる、坂井達弥と松原健。
●MFは長谷部、細貝、田中順也、森岡亮太(初:神戸)、扇原、柴崎。森岡亮太は代表でも大ブレイクの予感。初選出ではないにしても、田中順也、柴崎、扇原は新鮮。27歳の田中順也はぜんぜん若くなく、代表との縁は薄かったが、スポルティング・リスボン移籍で光が当たった感じ。
●FWは岡崎、本田、柿谷、大迫、皆川佑介(初:広島)、武藤嘉紀(初:FC東京)。ウワサの武藤が呼ばれた。皆川佑介は完全にノーマーク。大卒1年目の選手でびっくり。186cmの長身フォワード。
アギーレ/神の怒り●思った以上に代表のメンバーが入れ替わったというか、ザッケローニ色が一気に薄まったという印象。もっとも、メンバーはこれからどんどん変わっていくはず。ここで呼ばれたけど当分声がかからなくなる選手もいて不思議はないわけで、アギーレ・ジャパンのベースとなるメンバーがどうなるかはまだなんともいえない。
●ジーコ・ジャパンのときは神様が率いていたわけだけど、アギーレ・ジャパンは「神の怒り」ジャパンだっ!(←アギーレ違い)。

August 28, 2014

「スターウォーズ」組曲

●最近、オーケストラのサマーコンサートなどでジョン・ウィリアムズの「スターウォーズ」組曲が演奏される場合、中身は「メイン・タイトル」「レイア姫のテーマ」「帝国のマーチ」「ヨーダのテーマ」「王座の間とエンド・タイトル」の5曲というのが相場っぽい。スコアもこの形で出版されているようだし。
メータ&LAフィルのホルスト、ジョン・ウィリアムズ、R・シュトラウス●で、録音で「スターウォーズ」組曲といえば、ズービン・メータ指揮LAフィルの懐かしの名盤があるわけだが、この「スターウォーズ」組曲は「スターウォーズ」第1作(エピソード4)公開直後に録音されたものなので、現行版の組曲とは選曲が異なる。この時点ではまだ「帝国のマーチ」は存在していないし、ヨーダという登場人物もいないので。「メイン・タイトル」「レイア姫のテーマ」「リトル・ピープル」「酒場のバンド」「戦い」「王座の間とエンド・タイトル」という6曲で組まれていた。
●久々にメータ盤を聴くと「酒場のバンド」と「戦い」が懐かしい。「戦い」を現行組曲の「ヨーダのテーマ」と差し替えてもいいんじゃないかと思ったり。この録音はリリース当時に聴いて、ロンドン交響楽団のオリジナル・サウンドトラックと演奏が違うという点でまるでパチモンのように思っていたのだが(スマソ)、今にして思うと貴重。タメないところでタメて、タメるところでタメない的な違和感はあるものの、筆圧の強いぶつ切りマッチョなメータ節を堪能できる。
●しかし「スターウォーズ」は実演だとなかなかの難物なんすよね。ブラスセクションのしんどさもさることながら、パーカッション、特に叩きまくるティンパニをそのまま強打すると、スペースオペラというよりは「だったん人の踊り」的な土臭い何かになってしまうというか。

August 27, 2014

パーヴォ・ヤルヴィ、パリ管弦楽団との契約を更新せずと発表

●昨日、パーヴォ・ヤルヴィが2016年夏で切れるパリ管弦楽団音楽監督の契約を更新しないと、TwitterおよびFacebookページを通じてアナウンスした。Facebookページでは、2015年秋よりNHK交響楽団の首席指揮者に就任して新たな門出を迎えることも言い添えられている。
●ニュースそのもの以上に、人事がSNSアカウントを通じて広がる様子が興味深かった。少し前ならこういうニュースはオーケストラやマネージメントの公式ウェブサイトを通じて知っただろうし、もっと前なら既存メディアの記事で知ったはず。あと、これはやっぱり本人アカウント(「中の人」がいようがいまいが)だから、鮮度が保てるのだなあとも。
●ベルリン・フィルでのサイモン・ラトルの任期は2018年夏まで。ワタシたちは次期首席指揮者の名前をSNSで知ることになるのだろうか?

August 26, 2014

「R40のクラシック」(飯尾洋一著/廣済堂新書) Kindle版発売

「R40のクラシック」Kindle版●拙著「R40のクラシック」Kindle版(廣済堂新書)が発売されたので、お知らせを。書籍版の刊行の後、しばらくして電子書籍版の出版契約を結んでいたのだが、いつの間にかリリースされていた。30人の作曲家について、特に40歳前後の創作活動と作品をテーマにした入門書。肩肘張った作曲家論ではなく、作曲家についての連載コラム30回分のつもりで。
●電子書籍っていう出版のあり方に対しては、決して諸手を挙げて歓迎できる状況にはなってないなと思ってるんだけど、ともあれ一読者として便利なものであることは確か。Android端末にKindleアプリを入れて利用している。これで長編小説の世界にどっぷり浸るにはもう一つ「雰囲気に欠ける」気がするのだが、ノンフィクションや新書、実用書などを読むには問題がない。外出時に本を持ち歩かなくていいのは大きな利点。

August 25, 2014

欧州フットボール・リーグ2014/15シーズン開幕~チェルシー編

●夏もそろそろ終わり。新たなシーズンがスタートする、コンサートも、フットボールも。
あなたにもチェルシー●久々にプレミアリーグをテレビ観戦。録画しておいたバーンリーvsチェルシー。一週前の第1節の試合を今さら見たのは、選手を入れ替えたモウリーニョのチェルシーの最初の試合を見ておきたかったから。ゴールキーパーにはクルトゥワ。アトレチコ・マドリッドへの3シーズンにわたる長いローンから、ついにチェルシーに帰還してデビュー。それでもまだ22歳なのか。ということはチェフがベンチにいるわけで、かつて世界最高GKと讃えられた男がずっとベンチで過ごすことになるのかどうか。
●で、トップにはやはりアトレチコ・マドリッドから移籍してきたジエゴ・コスタ。さっそくゴールを決めた。セスク・ファブレガス、オスカル、アザール、シュールレ、マティッチの中盤構成。ベンチにはフェルナンド・トーレスとドログバが控えている豪華仕様。
●試合はバーンリーが先制するも、すぐにチェルシーが逆転して1-3で勝利。チェルシーがポゼッションで圧倒、ミスが少なくスピーディで、選手の連動性も高い。常々言われることだけど、プレミアはホントに選手の判断のスピードが速い。次のプレイ、次のプレイとどんどんゲームが展開する。結果的にインプレイの時間が長くなって、試合が引きしまる。チェルシーは選手のオフ・ザ・ボールの動きの質も高いようで、2点目のシュールレのゴールは圧巻。ゴールに絡みそうもない中盤からボールを出して、そこから思い切りよくゴール前まで走りこんできたところに、セスク・ファブレガスがしっかり見ていて柔らかいタッチでパスを出す。
●上を見たときの悔しさ感でいえば、「ワールドカップでのニッポン代表」より、「欧州有力リーグとJリーグ」のほうが断然大きい。こんな異次元みたいなレベルで日常的に試合を戦ってるサウザンプトンの吉田麻也は偉い。

August 22, 2014

「おわらない音楽 私の履歴書」(小澤征爾著/日本経済新聞出版社)

私の履歴書 小澤征爾●日経新聞に掲載された小澤征爾の「私の履歴書」が加筆・修正の上、「おわらない音楽 私の履歴書」として書籍化された。さすがに本人が語る言葉だけあって、おもしろい。新聞連載ならではのツルンとした読みやすさもあって、一気に読んだ。小澤征爾本としては以前に「ボクの音楽武者修行」という名著もあって、昔のエピソードなどはこの本などで読んだものと重なるところも少なくないけど、もうそこから時間も経ってるわけで、現時点でのバージョンアップとして、また近年の話題も含めたものとして、貴重な一冊。
●やっぱり若い頃の話のほうがおもしろいのは、「私の履歴書」ならだれであれそうなるのかも。時代の大らかさ、周囲の人々の懐の深さを感じる。特に「N響のボイコット」や「日フィル分裂」の章のインパクトが強い。それにしても「僕には全然経験が足りなかった。ブラームスもチャイコフスキーも交響曲を指揮するのははじめて」という若い指揮者が、N響のツアーや定期演奏会の指揮台に立ってたわけだから、今にして思うと考えられないような時代(60年代前半)である。同時に小澤征爾はその時点でカラヤンの弟子でもありバーンスタインの副指揮者でもあったわけで、なんというか、違う遠近法で描かれた絵を見ているような気分になる。
●ブザンソン国際指揮者コンクールに優勝した直後の話も印象深い。「コンクールに優勝すれば仕事が次々来ると思っていたのに、ほとんどゼロ。人生で一番、不安な時期だった」。でもそこからタングルウッドに渡り、さらにヨーロッパでカラヤンの弟子になるまで約一年。どれだけ濃密な時間が流れていたのかと思う。

August 21, 2014

19歳

●本日8月21日は当サイトの開設記念日。1995年にスタートしたので19周年を迎えた。19年前も世の中にインターネットってあったんすよ!(笑)。GoogleもAmazonもYahoo! Japanもなければ、企業サイトもほとんどなくて、大学の研究室と一部の個人だけでウェブの大半が構成されていた牧歌的な時代が。
●長くサイトを運営しているといろいろなことがあるが、ずっと前から今に至るまで、途切れることなくぽつぽつ届いているのが、見知らぬ外国人ミュージシャンからの売りこみメール。近年はメールに巨大なmp3ファイルを添付して送りつけてくるような人もいて、それは少し困る。クラシックならまだしも、ワタシにヒップホップとかメタルって言われても……。たぶん、なにかのリストが出回っていて、一律に送信しているんだと思う。なんとしても売りこみたいという熱意には感心するしか。

August 20, 2014

来日公演の記録/記憶

●KAJIMOTOサイトにフランス・ブリュッヘンと18世紀オーケストラの日本公演記録が掲載されている。こういう記録はありがたい。コンサート情報は「これからのこと」は調べやすいんだけど、過去のこと、特にインターネットが普及する以前の記録はなかなか見つからない。世紀の変わり目付近に鋭く深い断層があるというか。
記憶のなかのメモ●でも、この公演記録を遡って見ていると、自分の記憶がいかに不確かなものかがよくわかる。たしかにあの曲を聴いたと思うのだがプログラムにはそんな曲は載っていない、あるいはどう考えてもこの公演を聴いているはずなのにその記憶がまるでない、等々。ホントに聴いたんだろうか。十年、二十年経つと、どんどん記憶は捏造されていく。でも捏造された記憶を正しい記録で上書き訂正すべきかというと、それもなんだか違うような気がする。しかるべき理由があって記憶は捏造されているはずで、そこで形成される物語のほうに意味があるというか。

August 19, 2014

横目でJリーグ~J1、J2、J3

J●今季からJ3が創設されて、3部制となったJリーグ(JFLも健在だが)。代表監督にだれがなるかというてっぺんの人事より、国内リーグという裾野の広がりのほうが日本のレベルを決めるのだよなあ、ということを先のワールドカップで痛感したわけだが、ぜんぜんスタジアムにも足を運べていない痛恨の夏、せめて今のJリーグを横目で眺めてみる。
J1の注目はサガン鳥栖。まさかの快進撃で首位を走っていたと思ったら、ユン・ジョンファン監督が突然辞任しまうという謎展開で、しかも監督が去ったらたちまち2連敗。状況は少し違うが、昨季の大宮を思い出す。大宮もベルデニック監督で首位をひた走っていたのが、調子を落として監督を交代したところ、さらに順位を下げて結局14位で終わった。鳥栖の場合は首位を快走している状態からいきなり監督と契約を解除したのだから、なにが起きたのかさっぱりわからない。この後、泥沼にはまるのか、優勝争いに留まるのか。マリノス者としては、水沼宏太の活躍がうれしい。そして、マリノスは昨年の優勝争いがウソのように(たぶん夢かなにか)、下位に低迷している。ああ……。
J2は湘南がぶっちぎりで首位独走中。いくらなんでもここから落ちることはないだろうから、ほとんど昇格は決まったようなものか。2位が松本山雅FC。一昨年、松本まで遠征して試合を観戦したかいがあった? アルウィンはすばらしいスタジアムなので、また訪れたい。3位がジュビロ磐田。祈健闘。
●そして下を見ると、20位に東京ヴェルディがいる。ついレギュレーションを確かめたくなるが、J3に降格する可能性があるのは21位と22位。下とは勝点差があるので、まだ危険な水準とまではいわないが、今後「初めてJ3に降格する元J1クラブはどこか」に注目することになるかもしれない。
J3は1位に町田。2位にツエーゲン金沢がつけている。金沢には元横河武蔵野FCの太田康介が在籍中。自分史上、横河武蔵野最強の選手なので、ぜひ上のリーグで活躍する姿を見たい。
●J3に変則的に参加している「Jリーグ・アンダー22選抜」は8位と苦戦中。全試合アウェイであること、毎試合参加選手が不定であることなど条件的には不利なことは不利なのだが、将来を嘱望される若いエリートvs3部リーグの無名選手集団の戦いというのは、一種の実験のようで興味深い。個人能力がいくら高くても、3部のチームに勝てないというところに、やっぱりサッカーはチームスポーツなんだなと感じる。

August 18, 2014

「アルゲリッチ 私こそ、音楽」


●試写でドキュメンタリー映画「アルゲリッチ 私こそ、音楽」を見た。監督はアルゲリッチの三女、ステファニー・アルゲリッチ。家族でなければ絶対に撮れない映像のオンパレードで、圧倒されっぱなしの96分だった。あまりの濃密さ、あけすけさにたじろぐほど。なにしろ、この映画のために撮影した映像だけではなく、古いプライベートなホームビデオの映像までたくさん用いられている。「ある時期はミシェル・ベロフが私の父親代わりとなった」みたいなナレーションに合わせて、アルゲリッチとベロフが仲睦まじくする映像がポーンと入る。音楽家アルゲリッチの顔ももちろん興味深いものなんだけど、それ以上に母アルゲリッチの素顔が強烈なインパクトを残す。
●アルゲリッチにはそれぞれ父親の異なる3人の娘がいる。3人全員がこの映画に登場する。長女はヴィオラ奏者のリダ・チェン。父はロバート・チェン。唯一音楽家になった娘だが、母と暮らしたことはない。次女はアニー・デュトワ。シャルル・デュトワとの娘。三女が監督のステファニー・アルゲリッチで、父はスティーヴン・コヴァセヴィッチ。ステファニーは父と暮らしたことはない。ずっと母親のもとで育ち、いつもツアーに付いて世界中を連れられ、学校にはときどきしか行けなかった。家族そろっての夕食や公園での遊びといった平凡な思い出が片手の指で数えられるほどしかなかったという。とても複雑な家庭環境なんだけど、本人たちにとってはそれが生来の環境であり、見ているとだんだんありうる家族の形として、むしろ共感がわいてくる。アルゲリッチがステファニーに向ける表情は母親そのもの。大らかで慈しみに満ちている。一方でいまだに本番直前の舞台袖ではナーバスになって「今日は弾きたくない」とかぶつぶつつぶやいている。
●父スティーヴン・コヴァセヴィッチも登場するんだけど、いい人オーラ全開で、アルゲリッチのパートナーであった姿が想像できない。娘に戸籍上の認知の手続きを求められて、書類と電話と格闘しておろおろする父としての姿が味わい深い。しかし若い頃の演奏姿は激しくカッコいい。
●母親と娘3人がそろって戸外でリラックスしている映像があって、みんな顔立ちが違うのに、髪型は母親とほとんどいっしょだなとに気づく。ステファニーが母の母国アルゼンチンを訪ねるシーンもいい。これは血筋の物語なので。9月27日公開(全国の上映予定)。

August 14, 2014

フランス・ブリュッヘン(1934-2014)

●昨日、フランス・ブリュッヘンがアムステルダムの自宅で世を去った。享年79。
フランス・ブリュッヘンと18世紀オーケストラ●リコーダー奏者としてのブリュッヘン。18世紀オーケストラを立ちあげて指揮者になったブリュッヘン。新日本フィルを指揮して数々の印象深い演奏を披露してくれたブリュッヘン。いくつものブリュッヘンの顔が思い出される。
●自分にとっていちばん思い出深いのは18世紀オーケストラとの初来日の頃と、このコンビの録音がフィリップスから続々とリリースされていた時期。なにしろ今と違って、ピリオド楽器のオーケストラによるベートーヴェンやモーツァルトの演奏なんて、まだみんなほとんど聴いたことがなかったわけだから。実演のみならず録音であってもその一枚一枚が新鮮で、リリースが待ち遠しかった。ちょうどメジャーレーベルから次々と大量の新録音がリリースされていた頃で、しかも日本のバブル経済とも重なった。彼らの出現がもう10年遅かったら、その後の展開はぜんぜん違ったものになっていたはずで、今にして思うと「ここしかない」というタイミングだったと思う。
●すみだトリフォニーホールでの新日本フィルとのハイドン、ベートーヴェン他もすばらしかった。ハイドンの「軍隊」とか、笑った。真摯さに加えて、ある種、肩の力の抜けたユーモアも加わって、老匠としてのブリュッヘンを目にすることができた。インパクトの強さでは彼らが初共演した時のラモーとモーツァルト。心底驚いた。
●安らかに。

August 12, 2014

「失われた足跡」(カルペンティエル著/岩波文庫)

失われた足跡●夏休みは名作を読もうシリーズ(別に休んでないけど)。今年、岩波文庫から復活したアレホ・カルペンティエルの「失われた足跡」(牛島信明訳)。音楽家を主人公にした小説の西の横綱がカズオ・イシグロの「充たされざる者」だとすれば、東の横綱は本書にちがいない。
●主人公は大都会で生計を立てるために不本意ながら商業音楽を書く作曲家で(名前はどこにも出てこない)、すっかり日常に倦んでいる。ところがふとしたきっかけから、未開部族の原始楽器の探索を依頼されて、南米のジャングルの奥地へと旅立つことになる。当初は探索とは見せかけで、日常から解放されて優雅な休日を過ごそうと企んでいたのだが、主人公は同行していた愛人を捨てて、事の成行きから本当に未開の土地へと旅をする。あたかも時間を遡るかのような原始への旅は主人公の意識に様々な影響を及ぼし、目的の楽器を見つけても終わることなく続く。やがて、主人公は奥地の知られざる小集落にたどりつき、文明社会から隔絶された楽園が人間の本来的な力を目覚めさせる……。
●カルペンティエルといえば魔術的リアリズムだが、同じラテン・アメリカ文学でもガルシア・マルケスのように現実と魔術の境目がなくなるというような描き方ではなく、同じ時間軸に現代社会と過去の時間を生きる未開地の人々が併存していることから生まれる眩惑が物語のキモ。そして、カルペンティエルは音楽的な教養に恵まれた人だけに、容赦なくポンポンと専門用語が飛び出す。

 わたしはブラヴーラ、コロラトゥラ、そしてフィオリトゥラなどのぎょうぎょうしい伝統を誇示しながら展開されるはずの、その夜のオペラの奇矯さを楽しむつもりでいた。しかし、すでにランメルモール城の庭の上に幕は開いていたのに、そのおかしな遠近法による古くさい背景、人々の駄弁、トリック装置などが、わたしの風刺心をかきたてることはなかった。

なんて描写をするっと書くんすよね、ドニゼッティのオペラを見ている場面として。訳書では細かく訳注が入るので、一応の説明はあるにせよ。
●主人公は当初、都会から連れ立ってきた若くて美しい愛人ムーシュと行動をともにするが、やがて現地民の女ロサリオをパートナーとする。この二人の描き方が実に味わい深いんだけど、特に占星術師のムーシュに対する辛辣さは痛快。気のきいたことをいうインテリを気取ってはいるんだけど、それはごく狭い世界でしか通用しない借り物の気取りであって、奥地への旅で圧倒的な情景を目の前にしても、まだ都会のサークルの人間関係を引きずったものの言い方しかできない。目の前にある対象物と自分との関係に向き合うのではなく、いつも自分と周囲の人々との関係性だけを眺めている若い女。ついに主人公はムーシュの鈍さ、薄っぺらさに辟易する。

 しかしわたしの彼女に対する嫌悪感は、ある女にうんざりした男が、その女の賢明な発言に対してさえいらいらするといった、いわば、飽和点にまで達していたのである。

もっとも、作者はムーシュに対してだけではなく、主人公に対してさらに手厳しいのだが。
●「失われた足跡」の主人公が音楽家であるのには必然性があって、未開の地にたどりついた主人公は、死者を前にした祈祷師の声から、始原的な「音楽の誕生」とでもいうべき場面に遭遇する。この圧巻の場面をカルペンティエルは書きたくて、物語を逆算して組み立てたのではないだろうか。そして物質文明から遠く離れて、別の時間軸で生きるようになった主人公が、その結果として創作力を回復して真摯な作品「悲嘆の歌」を作曲するが、作品は生み出すことができるもののそこには紙がない。この示唆的かつアイロニカルな展開も巧み。広げられた風呂敷はあるべき形で閉じられ、川を遡り時間を遡った音楽家の旅は、苦く、奥行きのある余韻を残す。

August 11, 2014

ボンバー柿谷

●スイスのバーゼルFCに移籍した柿谷曜一朗が、ホームのチューリヒ戦に後半途中から出場して移籍後初ゴール。祝。1ゴール、1アシスト。早くレギュラーポジションをゲットしてほしいものである。
にぎり●で、スイス全国紙が柿谷を「すしボンバー」と形容して称賛してくれたということなのだが、なんでまた「すしボンバー」なのか。それって高原直泰がハンブルガーSVでプレイしてたときと同じニックネームじゃないの。寿司とストライカーにどういう関連性があるのか、彼らに問いただしたい。「チーズフォンデュ・ボンバー」とか呼ばれてうれしいのか、君たちは。
●しかし、こうしてゴールゲッターが「ボンバー」って呼ばれるのは、かつてのドイツ代表のゲルト・ミュラーが Der Bomber(爆撃機)だったからなんすよね? バーゼルもドイツ語圏だから、この愛称が出てくるのだろうか。ボンバーって呼ばれるのは悪くない。寿司はともかく。

August 8, 2014

LFJ2015のテーマはPASSIONS(パッション)(仮題)

●一昨日、東京国際フォーラムから、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭2015の開催決定のお知らせが届いた。詳細は今秋に発表予定ということなんだけど、もうあちこちでニュースになっているからここでも書いておくと、開催期間は5月2日から4日まで、テーマは「PASSIONS(パッション)」(仮題)となっている。「普遍的なキーワードをテーマに、クラシック音楽という基本は変えず、時代やジャンルにとらわれない、今までよりもさらに拡がりのあるプログラムを構成します」とのこと。
●テーマの設定をこれまでの時代や地域、作曲家で区切るやり方を改めて、普遍的なキーワードにしたいという話は、今年の音楽祭最終日の会見でも明言されていた。その第1弾が「パッション」(仮題)。うんと制約がなくなって、どんなふうにでもできるともいえるし、だからこそ難しいともいえる。
●無根拠な予想。ベートーヴェンの「熱情」を、エル=バシャとかケフェレックとかベレゾフスキーとか若手フランス人奏者とかいろんなピアニストが競演する。民族舞曲系のアンサンブルがいくつか呼ばれて、キオスクで盛りあがる。バッハの「マタイ受難曲」や「ヨハネ受難曲」が演奏される。もしかしたらもっとたくさんの受難曲(Passion)が演奏される。アレッサンドロ・スカルラッティやテレマンかもしれないし、ひょっとしたらペンデレツキやグバイドゥーリナかもしれない。パッション屋良がLFJアンバサダーに任命されて、記者会見でショートコントを披露する。

August 7, 2014

アシモフのタイプライター話

タイプライターのキーは重い●昨日のルロイ・アンダーソン「タイプライター」の話に続けるけど、昔ながらの機械式タイプライターは、PCのキーボードと比べると、かなり強く打鍵しないと正しくキーを打てない。キーを押しこむことでアームがてこの原理で動いて、インクリボンの上から紙に活字を叩きつける。コンサートホールで「パチパチパチパチ」を聞いている分には軽快だが、目の前で打たれるとかなり騒々しい。その後、電動タイプライターのようなキーが軽くて静かな機種もあらわれたが、比較的すぐにワープロ、PCの時代が来てしまったように思う。
●で、思い出すのは大昔に読んだアイザック・アシモフのエッセイだ。いつも旅に出るときにタイプライターを持参していたが(というのも今にして思うとスゴいが)、あるときなんらかの理由でタイプライターを持たずに船旅に出て、しょうがなく手書きで原稿を書いたところ静かなのに驚いた、みたいな話があったと思う(うろ覚え。どこにあったんだっけ?)。タイプライター時代には、書くという仕事は同時にうるさい仕事でもあったわけだ。このあたりの事情は日本語文化にはないので、「手書きで書くことは特別なこと」という環境は想像を超えていると思ったもの。そう考えると、1キロ前後、あるいはそれより軽量な電子デバイスをカバンに入れて持ち歩けば、どこでも(そしてどんな言語でも)原稿が書ける時代が到来したというのは、実にありがたいことである。
●先日、カフェでPCを開こうとしたところ、座席に「キータッチ音などが周りのお客様のご迷惑にならないようご注意ください」と書かれているのが目に入った。想像上のワタシは、持参した機械式タイプライターをテーブルに置いて、力強い打鍵でキーを打ちはじめた。

August 6, 2014

ルロイ・アンダーソンの「タイプライター」

タイプライター●そういえば一昨日の川瀬&神奈川フィルでルロイ・アンダーソンの「タイプライター」を聴いたが、今やタイプライターはこの曲の演奏でしか見かけることのない過去の道具となってしまった。実用に供されず、音楽の演奏にしか用いられないのだから、タイプライターは「楽器」と再定義すべきかもしれない。ガーシュウィンの「パリのアメリカ人」のクラクションと同様に。
●アンダーソンの「タイプライター」では、「パチパチパチパチ」というリズミカルなタイプ音に加えて、明るい「チン!」のベル音と、「シュッ!」のキャリッジリターン音が登場する。一昨日は「チン!」はトライアングルで、「シュッ!」はギロで代用されていたが、どちらも本来は機械式タイプライターが発する音だ。実物のタイプライターを使ったことのある人はすでにかなりの少数派になってしまったと思うが、タイプライターではキーを一文字打つごとに、キャリッジ(シリンダー)が左へ移動する。そして、行末が近づくとそれを知らせるために「チン!」のベル音が鳴る。この音が聞こえたら、シリンダーの左のレバーを持って一番右まで「シュッ!」と動かして、手動で「改行」する。だから「チン!」の後には必ず「シュッ!」が入る。ブラインドでキーを打っていても「チン!」が鳴ってくれるおかげで、視線を動かさずに改行できるわけだ。オフィスで聞こえる「パチパチパチパチ」と「チン!」と「シュッ!」がリズミカルでどことなくコミカルだから、アンダーソンは曲に仕立てようと思ったのだろう。
●ワタシは子供の頃に家に機械式のタイプライターがあったので、その機械としての動作のおもしろさに惹かれて、意味もなく練習してブラインドタッチを覚えた。その後、パソコンやワープロが世に出るようになって、ブラインドタッチは大いに役立ったが、大人になってからタイプライターを使う機会は訪れていない。ちなみに、パソコンの改行コードにCR(キャリッジリターン)とあるのは、このタイプライターの動作が由来だ。

August 5, 2014

フェスタサマーミューザ2014~川瀬賢太郎&神奈川フィル

フェスタサマーミューザ 2014●4日はミューザ川崎でフェスタサマーミューザ2014、川瀬賢太郎指揮神奈川フィルへ。平日の15時開演、プログラムはルロイ・アンダーソンと「スターウォーズ」組曲が中心ということで、会場には子供たちの姿も大勢。先日のインバル&都響のブルックナーとはうってかわって、ファミリーコンサートの雰囲気になった。この多様性がサマーミューザ。
●神奈川フィルの鮮やかな演奏も期待以上の楽しさだったんだけど、川瀬賢太郎さんのトークがうまくて舌を巻く。言葉が聞き取りやすいし、言い淀まない。微妙に乾いた笑いを呼び起こすネタもあって勇気凛々。吉。あと細くてカッコいい。本物の若者しかできないキレのある動きが音楽の躍動感につながっていたと信じる。前にも書いたけど、「オヤジもっさり理論」によれば30代半ばあたりには、だれもがこのキレを失う。速度じゃなくて加速度がなくなるんすよね。
●「スターウォーズ」組曲は、メイン・タイトル、レイア姫のテーマ、帝国のマーチ、ヨーダのテーマ、王座の間とエンド・タイトルの5曲、っすよね? ワタシは「王座の間」のファンファーレを聴くと、第1作の最後でルークやハン・ソロが讃えられる晴れがましい場面が目に浮かんできて、ぐっとくる。オッサンホイホイという気もするけど、子供たちも楽しんでくれただろうか。

August 4, 2014

ミンコフスキ&東京都交響楽団のビゼー

●たまたま都響が続いて、3日は「作曲家の肖像」シリーズでマルク・ミンコフスキ指揮のビゼー・プロへ(東京芸術劇場)。前半に交響曲「ローマ」、後半に「アルルの女」組曲第1番&第2番という珍しいプログラム。ミンコフスキが日本のオケを振るのを聴くのは、一昨年7月の金沢でのOEK公演以来。今回もミンコフスキの全身から発せられる熱波が作品に精彩に富んだ表情を与えて、表現のコントラストの強い、躍動感のあるビゼーに。
●「アルルの女」第2組曲で終わるということは最後は「ファランドール」なわけで、なんだか名曲コンサートのアンコールみたいな終わり方だな……と事前に思っていたけど、これが普段はまず聴けないような濃密で狂躁的な「ファランドール」になっていて、目鱗。手垢にまみれたと思われているような「名曲」でも、いくらでも新鮮な音楽になりうるのだと実感する。しかしこれで終わってしまうのはなんだか足りないなと思っていたら、アンコールとして「カルメン」前奏曲、さらに熱狂する客席にこたえて(これは予定外か)「ファランドール」をもう一度。アンコールの「ファランドール」では、本プロにはなかったダイナミクスを即興的に仕掛けて、別の「ファランドール」を楽しませてくれた。すごい。そしてビゼーでまさかの一般参賀あり。
●このプログラム、きっと前半の交響曲「ローマ」で作品の魅力に気づかされたという人が多いんじゃないかと思うんだけど、自分はどうかな。これだけの演奏をもってしても、やっぱりこの曲にはビゼーの迷いみたいなものを感じてしまう。10代で書いた習作の交響曲ハ長調には、あんなにインスピレーションがあふれててまるでシューベルトみたいだったのになあ……。ちなみにミンコフスキは9月にOEKで交響曲ハ長調のほうを指揮する(金沢、東京、群馬で、辻井伸行独奏のラヴェルのピアノ協奏曲他といっしょに)。

August 1, 2014

フェスタサマーミューザ2014開催中。インバル&都響へ

フェスタサマーミューザ 2014●30日はフェスタサマーミューザ KAWASAKI 2014でインバル指揮東京都交響楽団(ミューザ川崎)。プログラムはワーグナー「ジークフリート牧歌」とブルックナーの交響曲第7番。今年のサマーミューザは例年にも増してエントリー層を意識したプログラムが多いような気がするけど、都響はがっつり本格派のプログラム。そして平日夜公演にもかかわらず客席は盛況で、熱気が渦巻いていた。渦巻きホールにぐるぐる渦巻く熱気。
●サマーミューザは同じ会場で首都圏の各オーケストラを聴き比べられる(しかも安価に)っていうのがいいんだけど、もうひとつの魅力は多くのオケが当日のリハーサルを公開してくれるところ。この日は本番が19時で、公開リハーサルが15時30分から。リハーサルも見ようと思ったらほぼ午後いっぱいと夜を川崎で過ごすことになるから、相当思い切って時間をとらないといけない。でも、この日も熱心なお客さんが多数つめかけていた。ゲネプロだからさくさくっと終わってしまうこともあれば(この日はそう)、えっ、この段階でそんなことやるの?みたいなこともあったりで、それぞれ。ゲネプロと本番の違いを体感できるのも吉。ただし、ある種の「ネタバレ」は避けられないので、そのつもりで。
●独特のインバル節がところどころ炸裂する、よく鳴る雄渾なブルックナーを満喫。強奏時にも響きの澄明さが保たれているのはさすが。この曲で第1楽章と第2楽章をつなげて演奏したのを初めて聴いた(ゲネプロでも第1楽章を通してから、そのまま第2楽章の頭までをつなげて「確認」していた)。演奏が終わった後の客席のわき方はサマーミューザの雰囲気っていうよりは都響定期の雰囲気だったと思うんだけど、これはすごくよかったのでは。少なからずいたサマーミューザの(特に若い)お客さんが、都響のお客さんたちの発する盛大なブラボーや、楽員が退出した後に拍手が止まずインバルがふたたび登場するソロ・カーテンコールを目にして、「ああ、クラシックのコンサートにもこんな本物の熱狂が存在するんだ」って思ってくれただろうから。

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