2019年8月アーカイブ

August 19, 2019

映画「天気の子」(新海誠監督)


●映画館で「天気の子」(新海誠監督)を見た。夏休み中ということもあってか、館内は子供たち、特に小学生が多くて驚く。えっ、この映画って、そういう扱いなの? 16歳の主人公によるボーイミーツガールであり、成長の物語。前作「君の名は。」のようなSF仕立ての入り組んだプロットはないので、小学生でもわかるといえばわかるのか。もっとも、主人公は島を出て東京に身一つで出てきた家出少年、ヒロインのほうはアルバイトをしながら小学生の弟と東京で子供だけのふたり暮らしをしているという設定で、子連れで見るには親御さんは落ち着かないかも。主人公の愛読書は村上春樹翻訳版の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」。大人に管理されることを拒んだ少年少女が、東京で自分の居場所を探す。
●ボクがいて、キミがいる。そのふたりの関係が世界全体のあり方を左右するという、典型的なセカイ系の物語であり、大人不在の物語。異常気象の東京で、ずっと雨が降り続いている。だが、ヒロインは晴れ女で、祈りの力で晴天をもたらすことができる巫女のような存在。延々と雨の日が続く東京の描写は、少しだけJ.G.バラード的な終末世界を連想させる。対照的に晴れわたる青空の描写はひたすら明るく、まぶしい。東京の街の描写がリアルで具体的で、なかば観光をしているかのような趣も。風景描写の美しさは見どころ。
●これは「アナと雪の女王」と正反対の物語だな、と思った。「アナと雪の女王」のエルサは氷の女王で、雪と氷を作り出す。一方、「天気の子」のヒロインは、雨の日を晴れにする異能を授かったプリンセスともいえる。エルサは現代のディズニー映画がみんなそうであるように、王子さまに助けられるための存在ではなく、自分の人生を生きるプリンセス。「天気の子」は本質的に「ボクの物語」なので、ヒロインは待つ女。ゲームのノンプレイヤーキャラクターを連想させる(最後の場面なんて特に)。ひとつ、目をひいたテーマは自己犠牲の否定。
●「Yahoo!知恵袋」とか、日清カップヌードルとか、「バニラ」の宣伝カーとか、やたらと実在のブランドが登場するのが生々しい。

August 17, 2019

ダ・ヴィンチ音楽祭 in 川口 vol.1 オペラ「オルフェオ物語」

●14日は川口総合文化センター・リリアへ。レオナルド・ダ・ヴィンチ没後500年にちなんで開催される「ダ・ヴィンチ音楽祭 in 川口」の初日、オペラ「オルフェオ物語」。中心となるのは濱田芳通と古楽アンサンブルのアントネッロ。といっても、レオナルドがオペラを書いたわけではない。オペラの成立よりももっと前、レオナルドがアンジェロ・ポリツィアーノの台本を用いてプロデュースしたと考えられるのが、この「オルフェオ物語」。譜面は残っていないので、再現するのは不可能だが、同時代の音楽を用いて、これに替え歌としてテキストをあてはめながらオペラとして再構成する。蘇演をしたというよりは、ふんだんに創意が込められた再創造と呼ぶのがふさわしい。演出は中村敬一。コンサートホールの舞台上にアンサンブルが載り、主に中央部で歌手が演技するスタイル。2幕構成で休憩を含めて3時間ほど。
●で、「オルフェオ物語」だっていうから、まあ、知ってる話のはずじゃないすか。モンテヴェルディの「オルフェオ」やグルックの「オルフェオとエウリディーチェ」を挙げずとも、それ以前に神話として子供向けの読み物等で読んでいる。オルフェオは毒蛇に噛まれて死んだ奥さんを取り戻そうと黄泉の国に下るんだけど、「決して後ろを振り返らない」という約束を破って、つい後ろを見てしまって、奥さんもう戻らない。普通はここで物語は終わる。でも、この「オルフェオ物語」は、その後のオルフェオの運命までちゃんと描かれているんすよ! むしろ、振り返った後が本題といってもいい。悲しみのあまりオルフェオは女への愛を否定する。で、男に走る。ここで進行役のレオナルド・ダ・ヴィンチが出てきて、オルフェオとのラブシーンがくりひろげられる。巫女たちは、オルフェオ許すまじとなって、オルフェオを殺して、首を切る。オルフェオの首を前にして、狂乱の宴を催し、バッカスを称える巫女たち。ぶっ飛んでる。遊び心もあって、大笑い。
●こんな痛快な舞台が成立するのも、音楽面が充実しているからこそ。キャストは坂下忠弘(オルフェオ)、阿部雅子(エウリディーチェ/メルクーリオ)、黒田大介(モプソ/ダ・ヴィンチ)、中山美紀(プロゼルピナ/ドリアス/バッカスの巫女)、彌勒忠史(プルート)、上杉清仁(アリステオ/ミーノス)、中嶋克彦(ティルシ)他。管弦楽は濱田芳通指揮アントネッロ。擦弦楽器はリラ・ダ・ブラッチョ(初めて聴いた)とヴィオラ・ダ・ガンバ。管楽器はラウシュプフェイフェ、クルムホルン、ドゥセーヌなど縦笛無双。
●たまたまなんだけど、この日、映画館で新海誠「天気の子」を見てから、川口リリアに行ったんすよ。愛する人を取り戻すために一方は天に昇り、もう一方は冥府に下ったという500年の時を超える共通性に気づいて客席で震えた。

August 13, 2019

ソッリマの「100チェロ」

ソッリマの「100チェロ」
●12日はすみだトリフォニーホールでジョヴァンニ・ソッリマの「100チェロ」。舞台上に100人を超えるチェリストたちがずらりと並んで壮観(実際には120人以上いたそう)。「100チェロ」とは、イタリアの鬼才チェリスト、ジョヴァンニ・ソッリマが同じくチェリストのエンリコ・メロッツィと始めたプロジェクトで、プロアマ問わず、経験も年齢も不問でチェリストたちを集め、みんなで音楽を作るというもの。ローマから始まり、各地に広がり、今回ついに東京にやってきた。イタリアから来た4人のコアメンバーと一緒に、上手い人も初心者も舞台に乗る音楽の冒険。ソッリマとメロッツィがソリストとなって(PAあり)、100人のチェリストをリードしながら、猛烈なテンションで弾きまくる。白髪のソッリマが、飛んだり跳ねたり、走ったり、チェロを持ち上げたり、舞台に降りたり、足を踏み鳴らしたり、歌ったり、寝転がったり、もうなんでもありのエキサイティングな舞台。たまにドリフばりのギャグがはさまれるのがおかしすぎる。
●曲もなんでもあり。バッハもパーセルも伝承曲もソッリマ自作もデヴィッド・ボウイもピンクフロイドも。もちろん客席も一緒になって手拍子を打ったり歌ったりという趣向なんだが、もしかしてこっちのノリが悪かったらゴメン。ピンクフロイドの Another Brick In The Wall をみんなで歌っちゃおうって、大型スクリーンが下りてきて、英語歌詞が表示されたんだけど、これはハードル高い。
●100チェロには決めポーズみたいなのがあって、そのひとつがみんなでチェロを高々と持ち上げるというもの。やたら持ち上げる。ソッリマが持ち上げると、みんないっせいに持ち上げる。なんかの部族の挨拶みたいに持ち上げる。そして持ち上げられた100台のチェロは照明を反射してキラキラと輝かしい。100人の創造の現場に立ち会ったという気分。客席で「次はオレも乗りたい」と思った人も少なくないのでは。
●あと、客席にスマホの電源を入れさせてライトを光らせる曲があったり、写真も動画も撮ってオッケーだからタグを付けてSNSにアップロードしてね、なんていう場面もあったりして趣向満載。だから、ここに写真がある。写真、大事。
●今週は夏休み週なので、当欄も不定期更新で。

August 9, 2019

ダン・エッティンガー指揮東京フィル ~ 第2回 渋谷の午後のコンサート「歌うヴァイオリン」

渋谷 夏の日の午後
●9日はBunkamura オーチャードホールでダン・エッティンガー指揮東京フィル。14時開演の「渋谷の午後のコンサート」第2回で、タイトルは「歌うヴァイオリン」。客席は盛況。今、平日昼の公演はとてもホットなのだ。エッティンガーとヴァイオリンの大谷康子さんが、トークをさしはさみつつ、曲を演奏する。あらかじめ寄せられた質問に答えるコーナーなどもあって、飽きさせないようによく練られた構成だった。久々のエッティンガー&東フィル。
●プログラムは、前半がロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲、モンティのチャールダーシュ、バッハの「G線上のアリア」、ベートーヴェンのロマンス第2番、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」。大谷康子さんのソロが大活躍。後半は一転してシリアスなムードになって、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。演奏の精度もぐっと高まって、起伏に富んだドラマティックなチャイコフスキーに。エッティンガーは第1楽章のクラリネットとか、第3楽章のフルートやトランペットなど、ところどころで管楽器を強調して意表をつく。ややアクの強い音楽なのだが、これぞ「悲愴」という気も。第3楽章の爆発的な歓喜から、悲痛な第4楽章へと進む感情表現の落差はやはり鳥肌もの。最後の消え入るような弱音も念入りで、場内には完全な静寂が訪れた。
●こんなふうに、前半はリラックスして聴ける小品集、後半はシリアスな曲という組合せは悪くない。甘いものを食べたら、辛いものも食べたくなる。ピーナッツあっての柿の種。楽しいだけじゃなくて、すごいものを聴いたという満足感があって、客席の雰囲気がいい。後半に「悲愴」が置かれたのは、ミューザ川崎のフェスタサマーミューザと曲目を共通させるという背景もあるんだろうけど、結果的にとてもよかったのでは。
●この公演のプログラムノートを書かせてもらったのだが、通常の公演に比べて、客席でプログラムノートを読んでいる人の割合がずっと高いことに気づいた。すごいプレッシャーがかかる場面(集団で原稿を校正されている気分になる。修行)。
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●お知らせを。ONTOMOの拙連載「耳たぶで冷やせ」、第15回は「『マンフレッド』ってだれ? チャイコフスキーの交響曲とシューマンの序曲に登場するあの人」。渋いネタだが、岩波文庫の「マンフレッド」(バイロン著/小川和夫訳)が復刊された記念に。

August 8, 2019

欧州リーグへの日本人選手移籍状況

ユーロ●サッカーの話題を。欧州は早くも一部のリーグが開幕していて、オランダ・リーグに渡ったAZの菅原由勢や、トゥエンテの中村敬斗がゴールを決めたというニュースが伝わっている。「えっ?、だれ、その日本人選手」みたいに感じる方も多いんじゃないだろうか。このシーズンオフで、大勢の日本人選手が海を渡ったが、移籍事情は急激に変化していて、もっぱら「これから大成する、かもしれない若い選手」が求められるようになった。菅原由勢も中村敬斗もともに19歳。移籍ビジネスは「安いうちに買って、活躍したら高く売る」が基本。従来はJリーグのスター選手が欧州に移籍していたが、今後はまだ有名になる前、20歳前後で欧州に渡るケースが一般的になりそう。つまり、Jリーグも欧州のマイナーなリーグとすっかり同じ扱いをしてもらえるようになったともいえる。
●主だった選手だけ、ざっと挙げておこう。久保建英(18歳)はレアルマドリードに移籍して、即座にバジャドリードにローン。安部裕葵(20歳)はバルセロナに移籍して、3部リーグのバルセロナBへローン。松本の前田大然(21歳)はポルトガルのマリティモへ(ローン)。鹿島の安西幸輝(24歳)はポルティモネンセ。清水の北川航也(23歳)はラピッド・ウィーン。仙台のシュミット・ダニエル(27歳)と鹿島の鈴木優磨(23歳)はベルギーのシント=トロイデンへ。マリノスの天野純(28歳)はベルギーのロケレン(ローン)。年齢的には異例の移籍例。
●欧州間の移籍も活発で、乾貴士は古巣エイバルに復帰。柴崎岳は2部のデポルティボへ。岡崎慎司もスペイン2部でマラガに決まり。シント=トロイデンの冨安健洋はセリエAのボローニャにステップアップ。これは快挙。中島翔哉はアルドゥハイルから名門ポルトへ。中東時代は短期で終わった(大方の予想通り?)。川島永嗣はストラスブールと再契約。久保裕也はニュルンベルクへのローンが満了してヘントに復帰。井手口陽介、宇佐美貴史は帰国。香川真司、酒井高徳は去就未定。
●浅野拓磨はなんとセルビアのパルチザン・ベオグラードへ行くことになった。浅野の所属はアーセナルだったはずだが、シュトゥットガルト、ハノーファーへのローンを経て、ローン先で買い取られることなく帰って来て、結局セルビアへ完全移籍。ビッグクラブでは、こんなふうに有望選手を買って、自分たちでは使わずにローンに出してから売るという例がいくらでもあるのだろう。浅野のケースは少し気の毒で、昨季ハノーファーでは途中まで試合に出ていたのに、「これ以上試合に出ると契約上買い取り義務が発生するから」という理由で、途中から干されてしまった。使える選手だけど、買うほどではないというのが会長の判断。選手が商品として扱われるのはしょうがないのかもしれないが、クラブ間の力学に翻弄されてもはや自分の意志ではどうにもならなくなる様子が透けて見えて、どうにも切ない。

August 7, 2019

祭のあと


●終わった音楽祭の話題をふたつ。まずは「ラ・フォル・ジュルネTOKYO 2019」だが、上記のようなアフタームービーが公開された。
●えっ、「アフタームービー」ってなに? とか思ってしまいがちだが、世界各地のフェスの終了後に公開されるハイライト動画がそう呼ばれていて、ごく一般的な言葉として定着しているっぽい。それをクラシックの音楽祭でも作った、と。動画自体は音楽祭全体の雰囲気をカッコよく伝えるもので、驚くようなポイントはないんだけど、次回の来場者に向けてのよいアピールになる。特に若々しい雰囲気、ファミリー歓迎の雰囲気が強調されているかな。だんだんクラシックの音楽祭でもこういった趣向が広がっていくのかも。
●もうひとつ、「東京・春・音楽祭 2019」では、計50公演以上を動画で無料公開中。これは本当にすごい。10月25日(金)までの期間限定だが、聴き逃した公演を観ることができるのはありがたい。動画サイズは最大1080p(フルハイビジョン)。注目企画、子どものためのワーグナー「さまよえるオランダ人」にワタシは行けなかったので、ぜひ視聴しておかねば!

August 6, 2019

ジャン・チャクムル ピアノ・リサイタル ~ トリフォニーホール・グレイト・ピアニスト・シリーズ

●5日はすみだトリフォニーホールでジャン・チャクムルのピアノ・リサイタル。チャクムルはトルコ出身。昨年の浜松国際ピアノコンクール優勝者ということで話題の人なのだが、ワタシは今回が初めて。大ホールでの平日のリサイタルなので苦戦するかと思いきや、客席の入りは良好。プログラムがいい。前半にショパンの「華麗なる大円舞曲」、メンデルスゾーンの幻想曲「スコットランド・ソナタ」、バッハのイギリス組曲第6番ニ短調、後半にシューベルトのピアノ・ソナタ第7番変ホ長調、ショパンの24の前奏曲より「雨だれ」等の6曲、バルトークの「野外にて」。
●多彩な曲目だが、全体にうっすらと漂うテーマは、自然に対峙する人間といったところか。メンデルスゾーンの「スコットランド・ソナタ」に聴く嵐や波を前にした畏怖の念、ショパンがマジョルカ島で感じた雨の日の孤独、バルトークの鋭敏な感性で切り取った夜の音楽など。チャクムルはメカニックで圧倒するタイプではなさそう。一曲目から粗っぽいショパンだったが、出色だったのはシューベルト。詩情豊かで、若さに似合わず玄妙。バルトークは思い切りがよく、聴きごたえあり。アンコールにシューベルト/リスト編の「水車屋と小川」。
●プログラム全体を見ると、なんとなく最初の「華麗なる大円舞曲」が浮いている気がする。考えすぎなんだろうけど、もし最初の一曲がなければ、シューベルトのソナタを中心として、その両側にバッハ&バッハへの敬愛から生まれたショパンの前奏曲、さらに外側にメンデルスゾーン&バルトークの対照的な自然描写が並んでシンメトリーをなしているとも見える。で、最後のバルトークの「野外にて」もやっぱり5曲でシンメトリックな構成になっている、という趣向があるのかなあ……と思ったんだけど、そうでもないのかな。
●なぜかプログラムノートに曲目解説がなかった(→後日知ったところによると、挟み込みで別紙にあったそう。気づかずに失礼しました)。客席の雰囲気がいつもと違って、少し落ち着かない様子。

August 5, 2019

N響ほっとコンサート 世界ぐるっと名曲の旅

●4日はNHKホールで毎夏恒例の「N響ほっとコンサート」。会場には大勢の家族連れがつめかけて、全席完売。原田慶太楼指揮NHK交響楽団、ソリストに反田恭平。ナビゲーターはNHKアナウンサーの林田理沙さん。ロッシーニの「ウィリアム・テル」序曲から「スイス軍の行進」ではじまって、ブラームスのハンガリー舞曲第5番、ビゼーの「アルルの女」のメヌエット、ボロディンの「ダッタン人の踊り」、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(反田恭平)など、有名曲がずらり。最後はヒナステラの「エスタンシア」から「マランボ」で大盛り上がり。
●指揮の原田慶太楼がすばらしい。こういったファミリーコンサートに求められる要素をすべて満たしてくれた。なんどか指揮台を降りて、客席に向かって手拍子を求めたりするのだが、客席とのコミュニケーション能力が抜群に高い。前半のおしまいには即席指揮講座も。あらかじめ来場者全員に配布されていたケミカルライトをみんなで振って、オーケストラの演奏に合わせて指揮マネをするという趣向。これは客席の子供たちのテンションを高めるのに大変効果的。「マランボ」では、客席に足踏みや手拍子を求め、さらには途中からN響メンバーを立奏させて盛り上げる(立ち上がるN響!)。しかも、演奏のクォリティが高い。明るく華やかで、くっきりしたサウンドを引き出し、リズムも歯切れ良い。私見では、子供たちは作品が保守的だろうが革新的だろうが気にしないが、曲が長いとすぐに飽きる。なので、「ダッタン人の踊り」や「ラプソディ・イン・ブルー」は大丈夫かな~と案じていたのだが、客席はしっかりと集中を保っていた。これはまちがいなく演奏の力。アンコールに外山雄三「管弦楽のためのラプソディ」から「八木節」。
●開演前と終演後は、NHKホール内の各所に楽器体験コーナーが設けられ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、フルート、ホルン、ハープ、ティンパニ等々、オーケストラのさまざまな楽器に触れる機会が提供された。どの楽器にも長蛇の列ができていて大人気。大人も子供も楽しんでいた。
●この公演、プログラムノートに曲目解説を書かせてもらったのだが、小学生向けの文体を心がけてみた。「です・ます」調ではない、「~だよ」「~だね」の語りかけ文体。少し難しい点があるのだが、コツをつかめた気がする。

August 2, 2019

ドキュメンタリー「サー・サイモン・ラトルとベルリン・フィル~16年の軌跡~」

●毎夏、コンサートの数が減る頃にベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールを見ることが多いのだが、同サービスにドキュメンタリー「サー・サイモン・ラトルとベルリン・フィル~16年の軌跡~」が日本語字幕付きで置いてあったので視聴する(マーラー「悲劇的」のディスクにも同梱されていたもの)。監督はエリック・シュルツ。ラトル本人と楽団員へのインタビュー中心に構成され、ラトル時代の16年間を総括する。映像の作り方、音楽の選び方も含めて、見ごたえあり。67分。
●冒頭、何人かの楽団員たちが出てきて、ラトルを称賛するんすよ。彼は聡明だ、思いやりがある、みんなが想像する以上にベルリン・フィルにぴったりだった、みたいに。あれれ、まさかこんな調子で前音楽監督いいね!が続くの?と一瞬心配したけど、これは杞憂。オーボエのジョナサン・ケリーが出てきて、サイモンはナイスガイに見えるし、実際ナイスガイなんだけど、でもいかれてるんだよね(wacky)と言い出したあたりから、おもしろくなってくる。やっぱり彼はイギリス人だから皮肉屋なんだ、ブラックユーモアの持ち主だ。そんな人物評が続いた後に、ラトル本人が出てきて語る。「(もう退任するから)以前だったら言えないことでも今なら言える。かつてならケンカになったようなことでもね。われわれはやっとお互いに認め合うようになったんだ。去る頃になって。爆!」。
●ティンパニのゼーガースが「アバドの頃もそうだったけど、いったん退任宣言すると、以前ならケンカになるようなことでもどうでもよくなる」と語っていた。これは一般企業でもまま見られること。逆にいうと、それ以前はずいぶん指揮者とオーケストラの間にいろんな軋轢があったんだろうと思う。ベルリン・フィルはひとりひとりの自己主張が強烈で、はっきりとものを言う集団。でも意見が対立しても、妙な恨みが残ったりはしない。そういう文化なんだということが伝わってくる。ラトルによれば「(指揮者は)公の場で処刑される。でもそれがいい。今ではよさがわかる」。こういう本音が拾われているのがドキュメンタリーのおもしろさか。以前、来日した際の記者会見でも、ベルリン・フィルの指揮台に立つのは猛獣の檻に投げ込まれるようなものみたいなことを言ってたっけ。
●ラトルがロンドン交響楽団の音楽監督になって、なんとなく「ラトルはロンドンに帰る」イメージを持っていたけど、ベルリン・フィルを退任してもラトルと家族はそのままベルリンに残るんだそう。家族会議で全会一致で決定。子供たちが「ここを離れる必要はないんでしょう?」と。
●ラトルのジョークって、ときどきおもしろいけど、ときどきぜんぜんおもしろくない。おもしろくないジョークも言わなければいけないのは、最高に聡明な人間の義務なのかも。

August 1, 2019

「救世主監督 片野坂知宏」(ひぐらしひなつ著/内外出版社)

●いまJリーグで気になる監督と言ったら、なんといっても大分トリニータの片野坂知宏監督。選手時代、広島でサイドバックを務めていたあの片野坂が、今や大分をJ3からJ2へ、さらにJ1へとステップアップさせた名将となってJの表舞台に帰ってきた。監督になって成功した元Jリーガーはそれなりにいるが、ここまでチーム力を引き上げた人はほかにいない。そして、J1にあがってきても上位に留まっている。なにより、マリノスがコテンパにやられた。ポステコグルー監督率いるラディカルなハイライン戦術が話題のマリノスだが、このマリノスを戦術面で完膚なきまでに叩きのめしたのが片野坂監督の大分。もう、ウチの監督になってください!って拝みたくなった。
●で、「救世主監督 片野坂知宏」(ひぐらしひなつ著/内外出版社)は、そんな片野坂監督を丹念に追い続ける著者による一冊。大分トリニータのファンにとってはこんなに楽しめる本はないと思うが、よそのファンにとっても大変興味深い。新しい本なので、件のマリノス戦についても書かれており、大分側からの視点を読めるのは貴重。だいたいワタシらのような一般ファンは、自分たちのチームはよく知っていても、相手チームの試合は見ていないから、日頃どういう戦い方をして、個々の選手がどんな特徴を持っているかはわからないもの。片野坂監督の戦術家としての姿だけではなく、選手たちを鼓舞する熱い姿など、さまざまな面が描かれていて、人間的な魅力が伝わってくる。ますますマリノスに来てほしくなる。
●フォーメーションについていえば、片野坂監督の出発点は師匠筋のミハイロ・ペトロヴィッチが用いる可変システム(いわゆるミシャ式)。3-4-2-1をベースとしながら、攻撃時にはダブルボランチの一枚がディフェンスラインに入って4-1-4-1になり、守備時には両ウィングバックがディフェンスラインに入って5-4-1で守備ブロックを形成する。攻撃は1トップ2シャドーの形。従来型の3バックは3人ともがセンターバックだが、このシステムでは攻撃時に3バックの選手が両サイドに張り出すのである程度攻撃的なプレイも求められることになる。2枚のボランチには屈強なタイプと組み立てができるタイプが求められることになるんだと思う。自分にとってはなじみの薄い戦い方なのだが、ペトロヴィッチ、森保一、片野坂知宏らが成功例。ただニッポン代表の森保監督は代表の基本形ともいえる4-2-3-1(あるいは4-3-3)ベース。ミシャ式は約束事が多そうで、練習時間の短い代表で採用するのは厳しそう。
●大分のエースストライカー、藤本憲明はJ3で2年連続得点王をとって、そこからJ2時代の大分に移籍して、今季はJ1で開幕戦に鹿島から2ゴールを奪うなど大活躍している。実はJ3の鹿児島に入る前はJFLの佐川印刷に所属していたのだとか。JFLはアマチュアなので、佐川印刷の社員として工場で印刷物を梱包する作業などをしていたという。ワタシはJFLの横河武蔵野FC対佐川印刷戦を少なくとも一度は観戦しているのだが、ひょっとして当時の藤本憲明を見ていたりするのだろうか。

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