2020年12月アーカイブ

December 29, 2020

2021年 音楽家の記念年

●12月恒例、記念の年を来年迎える主な音楽家を挙げておこう。例によって100年区切り。50年区切りだと約25人に一人の音楽家は該当するわけでありがたみがない。ただし、ストラヴィンスキー(1882-1971)没後50年は無視できないか。
●大物はピアソラの生誕100年とサン=サーンスの没後100年。近年は名演奏家、名歌手の生誕100年も多く、かつての黄金時代をうかがわせる。シフラ、コレッリ、ディ・ステーファノなど。意外と200年、300年の区切りが少なく、むしろ没後400年、生誕500年といった長距離に人がいる。特にジョスカン・デ・プレの場合は生年がはっきりしないだけに、没後500年は大きな区切り。亡くなって500年後に作品が生き残るとはなんという偉業なのか。以下、さっと調べただけなので、まちがいがあればご教示ください。
●年末年始に入ったので、本ブログは不定期更新モードで。よいお年を。

[生誕100年]
アストル・ピアソラ(バンドネオン奏者、作曲家)1921-1992
アルフレッド・リード(作曲家)1921-2005
マルコム・アーノルド(作曲家)1921-2006
ヨーナス・コッコネン(作曲家)1921-1996
ジェルジュ・シフラ(ピアニスト)1921-1994
ゲザ・アンダ(ピアニスト)1921-1976
サーストン・ダート(音楽学者、チェンバロ奏者)1921-1971
アルテュール・グリュミオー(ヴァイオリニスト)1921-1986
フランコ・コレッリ(歌手)1921-2003
ジュゼッペ・ディ・ステーファノ(歌手)1921-2008
石井歓(作曲家)1921-2009
入野義朗(作曲家)1921-1980
森正(指揮者)1921-1987

[没後100年]
カミーユ・サン=サーンス(作曲家)1835-1921
デオダ・ド・セヴラック(作曲家)1872−1921
エンリコ・カルーソー(歌手)1873-1921

[生誕200年]
フランツ・ドップラー(作曲家)1821-1883
ジョヴァンニ・ボッテジーニ(作曲家)1821-1889

[没後400年]
ヤン・ピーテルスゾーン・スウェーリンク(スヴェーリンク)(作曲家)1562-1621
フランチェスコ・ソリアーノ(作曲家)1548/49-1621
ミヒャエル・プレトリウス(作曲家、理論家)1571-1621

[没後500年]
ジョスカン・デ・プレ(作曲家)1450/1455-1521

[生誕500年]
フィリップ・デ・モンテ(作曲家)1521-1603

[その他]
ワルシャワ音楽院(1821)創立200年
ウェーバー「魔弾の射手」(1821)初演200年
ハーモニカ誕生200年(ドイツのC.F.ブッシュマンが1821年にオルガンの調律器具として原形を作成)

December 28, 2020

バッハ・コレギウム・ジャパンの「第九」

●27日は東京オペラシティで鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンによるベートーヴェン「第九」。2019年1月にも同ホールでBCJは「第九」を演奏しているが、ベートーヴェン生誕250年の締めくくりとして、今回の公演が急遽実現。14時からと18時からの一日2公演で、18時の回に足を運んだ。客席は大盛況(一席空けではない)。今年、珍しく3公演も「第九」を聴いたが、どれもお客さんがよく入っている。この一年の鬱憤を晴らすがのごとく、せめて「第九」は聴く、ということなのか。森麻季のソプラノ、林美智子のアルト、櫻田亮のテノール、加耒徹のバス。
●休憩なしの公演だが、「第九」に先立って鈴木優人のオルガンでバッハのパッサカリアとフーガ ハ短調 BWV582。ささやかに始まって、やがて荘厳華麗な威容が築かれる様は圧倒的。「第九」の前にバッハのオルガン曲を一曲というのは、内容の点でも長さの点でも吉。「第九」は弦楽器7型(7-7-5-5-3)、合唱は30名強。もともとBCJならこれが本来の姿という思いがあるからなのか、今年聴いた「第九」のなかではもっとも少人数であるにもかかわらず、一切の不足を感じさせず、むしろ格段の熱量が伝わってくる。先日の「運命」でも感じたが、今回もオーケストラの響きが清澄。弦楽器の透明感が本当にすばらしい。そして管楽器はカラフルで、ひとつひとつのパート、ひとりひとりの奏者が際立つ。モダン・オーケストラの均質性や安定性に代わる、語り口の豊かさ。第4楽章、加耒さんのレチタティーヴォが最強に雄弁だった。
●いつもは「第九」を聴くと一年を振り返る年末気分になるのだが、今年はまったくそういう気分になれない。ウイルス禍で一年が一年ではなかったから。あるいは、今は振り返る時期ではなく、これから始まる時期だから、かな。感染状況は今がもっとも酷く、都内の新規陽性者数は一直線の増加から、この数日でさらに勾配を増している。年末年始の休みで劇的に感染者が減ることを願うばかり。

December 25, 2020

エラス=カサド指揮NHK交響楽団の「第九」

●23日夜はNHKホールでパブロ・エラス=カサド指揮N響のベートーヴェン「第九」。エラス=カサドは14日間の隔離期間を受け入れて来日。読響のヴァイグレといい、N響のエラス=カサドといい、この状況での来日には頭が下がる。だって、14日間っすよ。これが7日間とか、せめて10日間だったらまた話は違ってくると思うんだけど……。NHKホールは一席空けではあるが、チケット完売で、久々の盛況(と言っていいのであれば)。合唱は読響公演と同様に40人規模の新国立合唱団、独唱は高橋絵理のソプラノ、加納悦子のメゾ・ソプラノ、宮里直樹のテノール、谷口伸のバリトン。
●オーケストラの入場時に拍手あり。弦楽器は12型と小ぶりな編成。エラス=カサドは第1楽章から一貫して速めのテンポを採用。特に第1楽章は前へ前へと進む力が強く、リズミカルでほとんど舞踊性を感じるほど。まるで第2楽章のスケルツォを先取りしているかのよう。切れ味鋭く、コントラストのはっきりした「第九」で、スリリングで聴きごたえがあった。少数精鋭の合唱はさすがにこの巨大空間では遠さを感じるものの、オーケストラと一体になって雄弁なドラマを伝えてくれた。トータルで60分強。一気呵成に駆け抜けるかのよう。エラス=カサドにはフライブルク・バロック・オーケストラとの同曲の録音があるが、HIPなスタイルにはこだわらず、N響のサウンドを尊重。これだけ充実した演奏であれば、本来なら終わるや否やのブラボーがあったはずだが、今は仕方がない。
●「第九」第1楽章の冒頭って、もやもやとした混沌から秩序が生まれてくるというイメージで、ハイドンの「天地創造」のベートーヴェン流バージョンなんだと思う。シラーの「歓喜の歌」が自由、平等、博愛を讃えているのはたしかとしても、それってあえて宗教性から目を背けているような居心地の悪さもあって、実際には神様万歳の歌詞でもあるはず。宗教的題材を扱った合唱曲という意味で、第4楽章はオラトリオ的。だから、やっぱりこれはベートーヴェン版の「天地創造」でもあると感じる。晩年のハイドンは傑作ミサ曲をいくつも書いたけど、一方ベートーヴェンはハイドンと比較されるのを承知でミサ曲ハ長調を書いてエステルハージ侯から酷評され、ずっと後で「ミサ・ソレムニス」という金字塔を打ちたてた。よくベートーヴェンの初期作品はハイドンの影響を受けているとは言うけれど、見ようによっては晩年までかつての師の背中を追っていたようにも思える。
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●お知らせ。ソニー音楽財団の「子ども音楽新聞」最新刊に協力させていただいた。テーマはこの12月に生誕250周年を迎えたベートーヴェン。クイズあり、豆知識あり、漫画ありで、小学生が本当に自発的に読みたくなるものを目指した。例年であれば公演会場で配れるが今年はそれは無理なので、小学校等に配布している。

December 24, 2020

低音デュオ第12回演奏会

●23日昼はトーキョーコンサーツ・ラボで低音デュオ第12回演奏会。松平敬(バリトン、声)と橋本晋哉(チューバ、セルパン)によるデュオ。4月に予定されていた公演がこの日に延期になり、昼夜2公演で開催された。間隔をとって椅子が配置され、客席数は少ない。手指消毒、体温チェック、連絡先記入あり。プログラムは新美桂子「砂漠の足踏みミシン」(2019、低音デュオ・ポップソングスNo.3)、稲森安太己「忽然と」(2018)、足立智美「超低音デュオ」(2017)、根本卓也「お前は俺を殺した」(2019) 委嘱初演、休憩をはさんで松平頼曉「ローテーションIII」(2020) 委嘱初演、中川俊郎「3つのデュオローグ、7つのモノローグ、31の断片」(2012)、伊左治直「羊腸小径」 (2020、低音デュオ・ポップソングスNo.4) 委嘱初演。
●最初は異色のデュオと思ったバリトンとチューバの組合せが、今やこれしかないという自然なデュオに聞こえる不思議。多種多様な曲が並んでいたが、圧倒的に強いインパクトを残したのが根本卓也「お前は俺を殺した」。詩は佐々木治己によるもので、「お前は俺を殺した」といった内容の言葉が延々と敷衍され、意味のわかるようなわからないような状況説明が付加されてゆく。非常に強迫的でじりじりと追い詰められていくような気分になる。詩ははっきりと聴き取れるのだが、すぐに意味を追えなくなり、やがて「殺す」「殺される」といった単語がゲシュタルト崩壊して、言葉から音に変容する。それがかえって怖い。
●アンコールなしで約1時間50分ほど。帰り道、通りかかった穴八幡宮のあたりがすこぶる賑わっている。気になって後で調べてみたら、冬至祭で一陽来復なる御守りが配布されていたのだとか。金運上昇のお守りらしい。疫病退散ではなく。

December 23, 2020

「かがやき」(馳平啓樹著/水窓出版)

●最近読んだ本のなかで忘れがたい印象を残してくれたのが、馳平啓樹著「かがやき」(水窓出版)。2011年文學界新人賞受賞作家の初作品集。5作の短篇が収められていて、どれも広く言えば「労働」をテーマにした短篇なのだが、表題作「かがやき」が抜群に味わい深い。登場人物は製造業の人々。主人公は港で部品を船に収める「積み込み屋」で、部品メーカーや工場の人々とともに海の向こうからの発注に右往左往している。注文がパタリと途絶えて困ったかと思えば、短い納期で大量の注文がやってきて大騒ぎになる。発注者は身勝手で、受注する日本側は翻弄されるばかり。製造業でなくとも、こういった発注側と受注側の関係には見覚えがあるのでは。なにか大事件が起きるというわけではなく、働く人々のかさかさとした日常が淡々と綴られていく。
●で、「うおっ!」と思ったのは、主人公は昼に会社員として働いているのに、夜勤でサンドイッチ工場でも働いているところ。工場のラインでパンにキャベツとハムを載せるのが仕事。単純作業の連続でキツいばかりの仕事だと思いきや、主人公はキャベツとハムを載せるだけの行為に対して、よりよい方法を考えてみたり、最終製品であるサンドイッチを店舗で購入して味わったりしている。つまり、昼の部品の仕事ではできないことをしている。
●働く人はだれもが働くことについて延々と考え続けていると思う。何十年経ってもそう。仕事の楽しさとしんどさの源泉はどこにあるのかなとか、人間関係の築き方だとか、個人と仕事との距離感だとか、暮らしに占める適切な割合だとか。そんなあれこれについて、この本はなんの答えも用意してくれていない。でも、寄り添ってくれる、かもしれない。
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●お知らせ。東京・春・音楽祭のコラム・シリーズ、「好き!好き!ストラヴィンスキー」第2回「ストラヴィンスキーの二大名言」を書いた。今回の短期連載はバッハ3回、ストラヴィンスキー2回でおしまい。

December 22, 2020

木星と土星が397年ぶりの超大接近

木星と土星の大接近●今月中旬から下旬にかけて、木星と土星が夕方の南西の空で大接近。とくに21日の日没後は木星と土星が397年ぶりの「超大接近」を果たすということで、せっかくの機会なので空を眺めてみた。いやー、天候は晴れてるけど、東京の空は日没後も明るくて、ぜんぜん星なんて見えないか……と思いきや、目を凝らすと肉眼でも光が見えた。双眼鏡で見ると、ちゃんとふたつの星が近づいているのがわかる。もちろん、近づいているといっても見かけ上の話だけど。脳内BGMはホルストの「木星」と「土星」を交替で。
●こういうときに役立つスマホアプリがGoogleのSky Map。アプリを起動して夜空に向けると、どこにどの星があるのかを表示してくれる。画面で土星と木星の場所を確かめてから、その方向をじっと眺めれば見つけやすい。ついでに、あっちの明るい星は火星だなとか、星の名前を知ることができるのが吉。もっと星のたくさん見える場所なら、さらに楽しいんだろうけど。
●さて、都内の新規陽性者数は11月下旬の「高止まり」状態を経て、12月8日あたりからぐんぐんと直線的に増え続けている(7日移動平均を参照)。もはやみんなの「空気を読む力」だけではどうにもならないようだ。このまま忘年会や新年会のシーズンに突入するとどうなるのかは未知の世界。なにか思い切った対策が必要だと感じている。

December 21, 2020

大作曲家たちの微笑み

●Photoshop Elementsのメニューに「顔だちを調整」という機能があって、いったいなにに使うのか、ぜんぜんわからなかったのだが、「はっ」と思い立って使ってみた。作曲家の肖像画や写真って、やたらと渋い顔の人が多いので、この機能を使って口元をニッコリさせればよいのではないか。
ベートーヴェンベートーヴェン
「フフフフ~ン♪」

バッハバッハ
「これ、落としましたよ」


ワーグナーワーグナー
「お茶でも行きませんか。ムフ」


ショパンショパン
「今日の僕は絶好調だね」


マーラーマーラー
「昨日、いいことがあったんだよね」


シベリウスシベリウス
「早く口を割った方が身のためじゃないのかね」

●ワーグナーとか、いい感じで笑ってくれた人もいるけど、コワモテのシベリウスは微笑んだらかえって怖くなった。目が笑ってないし。

December 18, 2020

「寒い国から帰ってきたスパイ」(ジョン・ル・カレ/早川書房)

●スパイ小説の大家、ジョン・ル・カレ(1931~2020)、逝く。89歳。あちこちで追悼記事が掲載されているが、その量と質がこの作家がなにを築いてきたかを雄弁に語っている。たとえば、BBCの追悼記事、あるいはこの解説記事。すぐれたスパイ小説の書き手が、実際にイギリスのMI5とMI6に所属した情報部員だった。それだけでもすごい話だが、1960年代から2019年にまでわたる創作期間の長さ、コンスタントに新作を発表し続けた持続力にも驚く。本名はコーンウェルで、ル・カレは筆名。どういう由来なんだろう。
●が、ワタシはさっぱり読んでいないのだ、ル・カレを。どうしてなんだろなー、やっぱり、読むべきでは? そして読むなら今しかない。そう思って、いちばん有名な「寒い国から帰ってきたスパイ」(ジョン・ル・カレ/早川書房)を読んでみたら、なるほど、これはおもしろい。ジェイムズ・ボンド的な超越的な存在ではなく、生身の人間としてのスパイ。マッチョでゴージャスではなく、体制と個人の間で揺れ動くスパイ。いや、そんな話は語り尽くされているか。この話、後の作品に比べると練れていないところもあるかもしれないが、ラストシーンがあまりに魅力的で好きにならざるを得ない。
●以前、タイム誌の「英語で書かれた小説オールタイムベスト100」の一冊に、この「寒い国から帰ってきたスパイ」が選ばれたことがあった。でもドイツが東西に分かれていた時代を知らない世代が読んでもおもしろいのかどうかはよくわからない。「ベルリンの壁」とはなにかという説明は、もちろんないので。逆に言えば、今読むから感じる懐メロ的な要素もあると思う。
●ほかの本も読みたくなった。次はどれにしようか、迷う……。

December 17, 2020

ヴァイグレ指揮読響「第九」でベートーヴェン生誕250周年

beethoven_cut.gif●12月16日は、ベートーヴェンの推定誕生日(1770年12月17日受洗)。ウイルス禍のなかで迎えた生誕250周年となれば、「第九」以上にふさわしい曲はない。ということで、東京芸術劇場でセバスティアン・ヴァイグレ指揮読響のSHINRYO Presents「第九」特別演奏会。今年の初「第九」。合唱は新国立劇場合唱団。練習時等の感染対策の難しさから今年は多くのアマチュア合唱団が「第九」をあきらめており、「第九」はもっぱら少数精鋭のプロ合唱団が歌うものになっている。客席は見たところほぼ満席。ここ最近足を運んだ公演では一番の入り。GoToイベントキャンペーンの対象公演でもある。
●まずは三原麻里のオルガン独奏でベートーヴェンの「笛時計のための5つの小品」より「スケルツォ」「アレグロ」、バッハ「トッカータとフーガ」ニ短調。まったく聴く機会のない珍しいベートーヴェンと、超有名曲という組合せの妙。オルガン曲があったので、休憩後の「第九」も反響板を下ろさずにそのまま演奏。オーケストラは弦楽器10型というコンパクトな編成だったが、音量面で不足は感じない。ヴァイグレは棒を持たずに指揮。厳粛で格調高いベートーヴェン。ティンパニは第1楽章での嵐のような凶暴さと第2楽章での軽快で硬い響きのコントラストが効果的。第2楽章の後で独唱者と合唱が入場、拍手あり。森谷真理のソプラノ、ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナーのメゾ・ソプラノ、AJ・グルッカートのテノール、大沼徹のバリトン。合唱は40名規模で対人距離をとった配置。こちらも十分な力強さ。制約により編成の小さな「第九」になったが、小ささゆえの機動力を生かすというよりは、通常編成時と変わらない重厚なドラマを表現する「第九」。終楽章コーダはかなり煽って、本来ならブラボーの声がわきあがるところだが、もちろん拍手のみ。終演後は階ごとの分散退場。東京の新規感染者数は7日移動平均で534名、今がいちばん多く、下がる気配はなくじりじりと増え続けるまま年末に突入する。
●ヴァイグレも海外からの独唱陣も14日間の隔離期間を受け入れて来日してくれたわけで頭が下がる。ヴァイグレはすでに9日にブルックナーを指揮しており、また1月にも読響で4公演を指揮する。ということは11月下旬から約2か月間、日本に滞在することになるのか。

December 16, 2020

〆切は何日がいいのか問題

カレンダー2021
●原稿の〆切は月末に集中する傾向がある。月刊誌などで発売日から逆算して、〆切がたまたま月末になってしまうのであれば、まあ、しょうがない。しかし、特に進行上の必然性がないのに、なんとなく月末に設定されてしまう〆切も少なくない。これは、ずばり、損。なにもわざわざ混雑する場所に突っ込む必要はないだろう。昔から「5・10日(ごとうび)には道路が混む」と言われる。各種の締め日が10日とか20日とかキリのいい日に設定されることが多く、その影響で道路が混雑するということらしいのだが、月末〆切も似たようなもので、もっと分散したほうがお互いにハッピーになれる。
●そこで、特に何日でもいいような〆切は、他人と重なりそうもない素数の日に設定してみてはどうか。月末とか10日とか20日という〆切はよくあるが、7日とか11日という〆切はめったにない。素数日なら空いている道をスイスイと進むような快適さを体験できるのではないか。13日や17日という〆切もさっぱり記憶がない。19日、23日もなかなか新味のある〆切だ。続く素数日は、29日、31日。一か月のなかで最大の素数日は31日だ。キング・オブ・素数〆切は31日! イェーイ!

December 15, 2020

ファン必読のカタールACL帯同記

アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)は、日本勢で唯一勝ち残っていた神戸が韓国の蔚山現代に破れて準決勝で敗退。残念である。ウイルス禍のため、今大会はホームアンドアウェーではなく、カタールにチームが集まっての集中開催となった。一足先に敗退したマリノスの競技運営担当者でありACLでチームマネージャーを務めた矢野隼平氏が帯同記を書いており、これが実におもしろい。われわれファンは試合にばかり注目してしまうが、その裏側にある運営の様子が伝わってきて、マリノス・ファンならずともサッカー・ファンは必読。

ACL帯同記(Football ZONE) 第1回 / 第2回 / 第3回 / 第4回

●結果的に20日間にわたった遠征は、最長1か月を見すえてスーツケース約220個を持参するという大掛かりなもの。食事をどうするか、練習をどうするか、PCR検査、メディア対応、移動、スケジューリング、試合ごとのユニの配色、ロッカールームの準備と後片付け等々、仕事は果てしなくあって、選手だけではなく、マリノスというファミリーで一丸となって試合に臨んでいる様子がよくわかる。同じ大会に参加しているFC東京から炊飯器を借りて、スタッフでおむすびを握った話とか、故・松田直樹のユニを帯同していた話とか、たまらない。
●音楽業界と少し似てるな、とも思った。舞台に立つ人だけじゃなくて、その向こう側に仕事のできる優秀な人たちが大勢いて、みんながギュンギュンと動いている様子が。

December 14, 2020

ベルリン・フィルのDCH 20/21シーズンからミンコフスキ、ラハフ・シャニ他

●ベルリン・フィルのデジタル・コンサート・ホール(DCH)で今シーズンの演奏会をいくつか拾い聴き。演奏会を丸ごと聴こうとすると、まとまった時間が必要になり結局聴けずじまいになりがちなので、アーカイブを聴くときには曲単位で興味のあるものを選ぶことにしようと思いつく。以下、ほぼ自分メモ。
●久々にベルリン・フィルに登場したマルク・ミンコフスキのプログラムがおもしろい。ハイドンの交響曲第59番「火」(火事)とベートーヴェンのバレエ音楽「プロメテウスの創造物」を組みわせた「火」プログラム。ハイドンは日本語の定訳はより具体的に「火事」だけど、ドイツ語だとFeuersinfonieなので「火」つながりが明確に。「プロメテウスの創造物」全曲はなかなか聴けないが、本来ならベートーヴェン・イヤーでもっと注目される機会があったのかも。ベルリン・フィルはアクセルを少し踏んだだけでぶっ飛ぶスポーツカーのよう。夾雑物がなく目の詰まったサウンドで、分解能が高い。ミンコフスキという以上にベルリン・フィルのベートーヴェンを聴いた感。
●イスラエルの指揮者ラハフ・シャニとピアニストのピエモンテージがともにベルリン・フィル・デビュー。ラハフ・シャニ、日本で読響を指揮した際は聴き逃したが、1989年生まれで、メータの後を継いでイスラエル・フィルの音楽監督に就任したそう。しかもピアニストでもある。ワーナーミュージックの紹介文によれば2007年にピアニストとしてイスラエル・フィルにデビューしていながら、2010年にコントラバス奏者として同オーケストラに入団して、その後2013年に指揮デビューしたという異例のキャリアを持つ才人。プログラムはピエモンテージとのモーツァルトのピアノ協奏曲第27番、シューマンの交響曲第1番「春」。指揮ぶりは融通無碍、確信をもってベルリン・フィルをリードする。巨匠風の大きな音楽を作る人のようで、流麗なベルリン・フィルにゴツゴツとした手触りをもたらす。ただし、より印象に残ったのはピエモンテージのピアノ。クリアで硬質な音色としなやかな歌いまわしの妙。表現意欲にあふれているが、過剰に至らないバランス感。
●キリル・ペトレンコがアンドリュー・ノーマンの「サビーナ」(弦楽合奏のための編曲版)を指揮していた。意外と楽しそうな指揮ぶり。グラミー賞の「サステイン」もそうだったけど、耳に心地よい陶酔的な音楽。

December 11, 2020

感染症とストラヴィンスキー

●今年の年末年始はどうしたものか……。遠出はしない、忘年会や新年会はゼロとしても、あまりに年末年始感がなくなって、外出レスな日常に吸収されてしまうのも鬱々とした緊急事態宣言の再来のようでどうかと思う。初詣はピークを外して、人の少ない神社に行くとか? 「第九」は聴く。



●12月も中旬に入るので、簡単に現状確認。都内の新規陽性者数は上記の通り(出典は東京都の対策サイト)。例によって7日移動平均を見る。11月頭から23日までガッと急上昇したあたりで、これは再度の緊急事態宣言かも?と思ったが、その後、一進一退しながら微増ペースになり、現在は高止まりといった状況。23日以降、どうして増加ペースが落ちたのかは知らない。グラフの形から未来を予測できるものではないと痛感する。ともあれ冬はこれから。日本全体のグラフも東京と似たようなもの。世界に目を向けると、行動制限の成果が大きく出ている国と、そうでもない国がある。
ストラヴィンスキー●ところで、100年前にはスペインかぜが猛威を振るったわけだが、やはり音楽界にも大きな影響を及ぼしていて、ストラヴィンスキーの自伝を読んでいると本人も家族もみんな感染してしまったという記述が出てくる。ほかにストラヴィンスキーはチフスでも入院しているのだが、そのあたりの話を、東京・春・音楽祭のコラム・シリーズ、「好き!好き!ストラヴィンスキー」第1回「芸術家 vs 感染症」に書いた。ご笑覧ください。


December 10, 2020

「夏の夜の夢」の「取り替え子」とスタージョン

●ブリテンのオペラ「夏の夜の夢」が10月に新国立劇場でも上演されたけど、あらためてこれってわかりづらい話だなと思った。説明してもらわないとピンと来ない要素がたくさんあるというか。そのひとつが、タイタニアとオベロンの夫婦喧嘩の原因となっているインドの小姓。ここでいうインドは現代のインドではなく、欧州より遠くの異国くらいのイメージなのだと思うが、原作の設定上、この子は「取り替え子」(チェンジリング)の片割れということになっている。つまり、妖精が人間の子を奪い、身代わりとして醜かったり発育不全だったりする子供を置いていく。妖精の側には健やかで美しい子がいて、夫婦で奪い合いになっている。人間の側では「この子は実は取り替え子で、本物のわが子は連れ去られたのだ」という物騒な解釈が可能になるわけで、伝承のなかには取り替え子を火にくべるとその正体がわかるみたいな怖い話も多々あるようだ。
●で、たまたま今シオドア・スタージョンの短篇集「輝く断片」(河出文庫)を読んでいるのだが、その冒頭に置かれているのが「取り替え子」というユーモラスな作品。人間側に残される取り替え子の赤ん坊が登場するのだが、赤ん坊の中身は口が悪ければ性格も悪いというオッサン。ベビーフードが大嫌いで、好物はレアのステーキ。そしてなぜか本名がパーシヴァル。この話では、取り替え子が女性から真の愛情を注がれると本物の人間の子供になる、という設定になっている。じゃあ、もし取り替え子が本物の子供に変わった場合、妖精の側にいる片割れはどうなるんでしょ?

December 9, 2020

アジア・チャンピオンズリーグのマリノスはラウンド16で敗退

●結果を知って「あれ!?」と思った。アジアの頂点を目指すアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)、今年はウィルス禍の影響で中立地カタールで集中開催されているのだが、マリノスはラウンド16(決勝トーナメント1回戦)で、韓国の水原三星相手に2対3で敗退。てっきりマリノスは決勝まで行くものと思い込んでいたので、これは驚き。
●中継がCS放送でしかなく、DAZN等での配信がなかったためハイライトしか見れてないのだが、グループリーグでのマリノスは相当強烈だった。2チーム分の選手を用意してターンオーバーしながら、4勝1敗1分で悠々と首位通過。相手チームはポステコグルー監督の超攻撃的な戦術に衝撃を覚えたはず。なのに、一発勝負の決勝トーナメントに入ったら、あっさり敗退。水原の3点目は、マリノスの若いキーパー、オビが前に出ていたところを山なりのロングシュートで頭を越されたという屈辱的な形。このポロポロと続けて失点する脆さはJリーグでもおなじみではあるのだが、こういう確実性の低いサッカーは一発勝負だとしんどい。でも、しょうがないんすよね、これでやるしかないのだから。監督も選手たちも前半に2点目、3点目を獲れなかったことを悔やんでいて、戦い方に疑問はない。
●ACLではヴィッセル神戸がJリーグ勢として唯一、準々決勝まで勝ち進んだ。優勝してくれ。

December 8, 2020

続・パヴァロッティのスパゲッティとマコーミックのガーリックパウダー

トマト缶
●先日の「パヴァロッティのスパゲッティとマコーミックのガーリックパウダー」の続き。「パヴァロッティとぼく」(エドウィン・ティノコ著/アルテスパブリッシング)に出てくるイタリア料理のレシピが家庭画報.comで再現されている。きちんとしたレシピを知りたい人はそちらを見ると吉。
●一方、ワタシが感銘を受けたのは、先日も書いたように、パヴァロッティは手のかからない料理を作って、最高においしいと言っている点。本物のニンニクではなく、マコーミックのガーリックパウダーを使う。一般的な日本のレシピだったら、「ニンニクは安い中国産よりも青森産がいい」みたいなことを言いかねないところだが、パヴァロッティはパウダーで済ませているんである。玉ねぎも使わず、マコーミックのオニオンパウダーを使う。さらにトマトはトマト缶どころか出来合いのトマトソースすら許容する。フレッシュな材料を一切使わず(パルミジャーノ・レッジャーノを別とすれば)、ストックだけでトマトソースのスパゲッティができてしまうお手軽感。これって日本の家庭料理で言うとなんだろう……インスタントラーメン!? そう気づいたら、パヴァロッティがイタリア版「いつもラーメンを食べてる小池さん」のように思えてきた。ずるずるっ!(と音は立てないだろうけど)
●そして、ワタシはといえば、結局マコーミックのガーリックパウダーは買ってない。でもパヴァロッティ本には大いに触発され、トマトソースに砂糖を入れることを覚えた。実はあの本を読んで以来、ワタシは村上春樹の小説の登場人物並みにスパゲッティを茹でており、すでに5、6回はトマトソースのスパゲッティを作った。ニンニクはマコーミックのガーリックパウダーではなく「みじん切りガーリック」で手抜きする。これなら近所のスーパーで手に入る。マコーミック上等。玉ねぎは省略。たっぷりのオリーブオイルでガーリックと唐辛子を弱火で加熱し、ベーコンやホウレンソウ、ぶなしめじなど、適当に冷蔵庫にあるものを炒めてから、トマト缶(カットトマト)を放り込む。唐辛子は最初から輪切りになっている袋で済ませるし(あるいは省略する)、ホウレンソウは冷凍でもいい。これはインスタントラーメンなのだ。塩と砂糖を少々入れる。以前はここからしっかり1/2程度になるまで煮詰めていたのだが、麺の茹で時間程度で済ませてしまう。麺は海水のしょっぱさのお湯で茹でる。茹で上がったらお湯を切って、ソースと絡めてできあがり。あとはパヴァロッティになった気分で「こんなに簡単で、こんなにうまい食い物はない」と思いながら食べるだけだ。事実、最高にうまい。

December 7, 2020

電車オペラ

電車の座席
●先日、新国立劇場で藤倉大「アルマゲドンの夢」を観て、「あ、これは電車オペラでもあるな」と思った。電車の場面から始まって、電車で終わる。こういった通勤電車型の窓を背にして座るロングシートの車内をわりと最近、なにかの舞台で観たけど、なんだったっけな……と気になっていたのだが、思い出した、佐渡裕指揮兵庫県立芸術文化センターのバーンスタイン「オン・ザ・タウン」だ。「オン・ザ・タウン」にもニューヨークの地下鉄の場面が出てくるのだった。しかも、両者は戦争オペラであるところも共通している。「オン・ザ・タウン」は水平たちに与えられた24時間の休暇を描いた作品で、戦争の場面は一切出てこないが、背景にあるのは戦時の不安であり、それゆえに登場人物は刹那的な今を生きている。その点で同じバーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」とよく似たテイストを持っている。
●ほかに電車シーンが出てくるオペラってあるんだろうか。観たことないけど、アンドレ・プレヴィンのオペラ「欲望という名の電車」に電車シーンはある? 録音で聴くと冒頭シーンはいかにも電車っぽい音楽なのだが。

December 4, 2020

追悼 ディエゴ・マラドーナ(1960~2020)

●ディエゴ・マラドーナ逝去。サッカーの世界では次々とスーパースターが誕生するが、もうこのような存在は二度と現れないだろうと思えるのはマラドーナだけ。能力でマラドーナを超える選手が出てきたとしても、神話性でマラドーナに並ぶことは難しい。現代フットボールの世界で、「神の子」と呼ばれ、信仰の対象にまでなるような選手を想像できない。
●もっとも記憶に残るプレイは、やはりワールドカップ1986メキシコ大会における対イングランド戦の「5人抜き」と「神の手」ゴール。1986年大会は、本来コロンビアが開催権を持っていたが、これを返上したため、1970年に続いてメキシコで開かれることになった。フォークランド紛争の当事者同士による因縁の対決が準々決勝で実現。2つの伝説は間を置かずして訪れた。51分のマラドーナの「神の手」は、次のゴールがなければただの誤審でしかなかっただろう。しかし55分に伝説の「5人抜き」ゴールが誕生する。もうこんなプレイが飛び出したら、ハンドの誤審などどうでもよくなる。この試合で1点返したイングランドの選手が後に名古屋に在籍するリネカー。
●マラドーナの選手時代の頂点はナポリ時代だろう。84年にバルセロナからナポリに移籍して、南部の弱小チームを史上初めてセリエA優勝に導いた。でも、当時の日本では海外サッカー情報を得る手段が乏しく、ナポリ時代のことは後から知ったことばかり。セリエAとかナポリの位置づけもわかっていなかった。92年にセビリアに移籍した頃になると、リアルタイムの情報もなくはなかった。まだインターネット以前だったがパソコン通信を通じて、セビリアの試合結果をチェックしていたのを思い出す。が、得点者にマラドーナの名前を見ることはまれ。ナポリに訪れたような奇跡は起きなかった。薬物依存症がなければぜんぜん違ったキャリアがあったはず。
●一度、メッシがスペインリーグでマラドーナそっくりの5人抜きゴールを決めたことがあった。あまりにも似ていて、本当に驚く。ただ、メッシも左利きだけど、最後のゴールは右足で蹴っている。マラドーナは最後まで左足。

December 3, 2020

マスク着用時のメガネのくもり止め

●冬になって困るのはマスクを着用しているとメガネが曇ること。普段、メガネとコンタクトレンズを併用しているのだが、常時マスクを着用するになってメガネとマスクの相性の悪さに気づいた。こんな視界不良のまま外を出歩けるはずがない。で、見つけたのが、「パールピュア500 くもり止め」。ずばり、これは便利! メガネのレンズにシュッとスプレーして、少し乾くのを待ってからティッシュで軽く拭き取ればOK。まったく曇らなくなって快適。効果も比較的長持ちするようで、自分の使い方だと翌日になっても平気。メガネ拭きでレンズの表面を拭いてしまうと効果がなくなる。当面必須アイテム。
●宣伝。WebマガジンONTOMOに2本、記事を書いた。ひとつは連載「耳たぶで冷やせ」第22回で「なぜか今、パヴァロッティ」。1月公開のドキュメンタリー映画「甦る三大テノール 永遠の歌声」の試写を見たので、そちらの紹介も含めて(オンライン試写会プレゼントもあり。今は試写会もオンラインなのだ)。もうひとつは12月特集記事「プレゼント」でニック・ホーンビィの「ハイ・フィデリティ」とワーグナーの「ジークフリート牧歌」を絡めて音楽のプレゼントについて。あと、「週刊朝日」(12/1発売)の記事「ベートーヴェン生誕250年 記念イヤーの楽聖CD販売ランキング」に少しだけコメントを寄せている。こちらは取材を受けたもので、ほかに林田直樹さん、伊熊よし子さんも。
●寒くなってきた。「コロナ鍋」という文字列が頭にこびりついて離れない。具は……輪切りにしたチクワとか?

December 2, 2020

2020年度 第58回「レコード・アカデミー賞」(音楽之友社)が決定

2020年度 第58回「レコード・アカデミー賞」(音楽之友社)が発表された。これは一年間に国内のレコード会社から発売されたディスクからすぐれたものを選んで、レコード会社を表彰するという賞。月刊誌「レコード芸術」の新譜月評で高評価を得たディスクから選ばれる仕組みになっている。
●で、大賞に選ばれたのは、パブロ・エラス=カサド指揮フライブルク・バロック・オーケストラのベートーヴェン「第九」+合唱幻想曲(クリスティアン・ベザイデンホウト)。偶然にも今月、エラス=カサドが来日してN響の「第九」を指揮することになっている(例によって14日間の隔離期間が必要となるわけだが)。同じ指揮者の「第九」を、フライブルク・バロック・オーケストラの録音で聴き、N響の生演奏で聴くという比較ができるわけで、こんなチャンスはめったにない。
●大賞銀賞はガーディナー指揮イギリス・バロック管弦楽団&モンテヴェルディ合唱団のヘンデル「セメレ」。大賞銅賞はパブロ・エラス=カサド指揮マーラー室内管弦楽団のファリャ「三角帽子」&「恋は魔術師」。なんと、エラス=カサドがダブル受賞。これ以外にも部門賞があって、エラス=カサドは協奏曲部門でも、クリスティアン・ベザイデンホウトとフライブルク・バロック・オーケストラとの共演によるベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番で受賞している。エラス=カサド、三冠達成。
●以前、当欄でGramophone Classical Music Awards 2020グラミー賞2020のクラシック音楽部門をご紹介したが、それぞれずいぶんと雰囲気が違う。当然のことながら、受賞ディスクの顔ぶれもずいぶん違っていておもしろい。審査側の価値観の違いもさることながら、背景にあるその国の聴衆の価値観を代弁している面もかなりあると思う。たとえばグラミー賞のBest Orchestral Performanceはドゥダメル指揮LAフィルによるアンドリュー・ノーマンの「サステイン」なんだけど、これなんてドイツ・グラモフォンのリリースながら配信のみでディスクがないから、レコード・アカデミー賞では候補にすらなり得ないし、仮にディスクがあっても管弦楽部門を受賞する可能性は限りなくゼロに近い。SpotifyやApple Musicで音楽はグローバルに配信されているようでいて、受容のあり方はあくまでローカルなものだと感じる。

December 1, 2020

東京武蔵野シティFC vs 松江シティFC JFL最終節

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●29日は武蔵野陸上競技場でJFL(日本フットボールリーグ=4部リーグ)最終節、東京武蔵野シティFC対松江シティFC。なんと武蔵野と松江のシティ・ダービーだ。松江シティFCは2011年に島根県松江市に発足した新しいチームで、Jリーグを目指しているそう。こちらはJリーグをあきらめた古参チームで、立場は対照的だが、JFLではともに低空飛行中。曇天で気温12度はそこそこ寒いが、観客数は872人と盛況。
●武蔵野は前回観戦した岡崎戦と同様、守備に重きを置いたリアクションサッカー。開始直後からもっぱら松江がボールを回す展開。ホームで同程度のチームを相手にしても、これだけボールを持たれてしまうのか……。膠着状態のなかから、互いになんどかチャンスをつかんだものの、ゴールは遠い。武蔵野のGK本田のPKストップも。がまんの展開でゴールレスドローかな……と思った終了直前の90分、武蔵野のアウトスイングのコーナーキックから中央で金守貴紀が頭で合わせ、キーパーがはじいたこぼれ球を石原幸治が押し込んでゴール。最終節を1対0の勝利で飾って、今季を16チーム中11位で終えた。5勝6敗4分で得失点差は-2。少々寂しい結果になってしまった。総得点数はわずか15で、最下位の岡崎の14に次ぐ少なさ。伝統的に守備のチームとはいっても、さすがにここまでゴールが遠いとフラストレーションがたまる。
●今季はウイルス禍の影響で、1回戦総当たりという変則開催で全15試合しかなく、ホームの試合数もチームによって7だったり8だったりするという異例のシーズン。リーグ戦が成立しただけでもよしとすべきなのかもしれない。試合後、岩田啓佑、望月湧斗、両選手の引退セレモニーがあった。岩田は2012年天皇杯のFC東京戦で、決勝点となる伝説の35mフリーキックを決めたあの選手。家族からの花束贈呈にジンと来る。
●主審は山下良美さん。男子の公式戦で女性が主審を務めるのは初めて見たが、安定感のあるレフェリングで、なんの問題もない。すでにAFCの男子大会で主審を務めた経験を持つそう。

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