2015年10月アーカイブ

October 30, 2015

サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルのベートーヴェン交響曲全曲演奏会

●サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィルといえば、来年5月に来日してベートーヴェン交響曲全曲演奏会を五日間にわたって開催してくれるわけだが、全5公演セット券が205,000円、一回券でもS席42,000円(「第九」は45,000円)と、かなり刺激的な価格設定となっている。発売日は12月19日。これでもあっという間に完売してしまうのだろうか。
●幸いなことに、ベルリン・フィルのデジタル・コンサートホールではいち早くベルリンで開催された同コンビのベートーヴェン交響曲全曲演奏会を一通りアーカイブで視聴できるようになっている。もちろん来年の5月の演奏がこれと同じようになるという保証は微塵もないわけだが、今のラトルがどんなベートーヴェンを志向しているかという点では大いに参考になるはず。以前のウィーン・フィルの全集とはかなり様子が違っているかもしれないわけだし。これを聴いて打ちのめされて全曲生で聴きたくなってしまうかもしれないし、間に挟まっているジョヴァンニ・アントニーニのハイドンに魅了されてベートーヴェンのことなどすっかり忘れてしまうかもしれないし、どうなることやら。

October 29, 2015

Google Play Music vs Apple Music

●しばらく前からGoogle Play Musicを使いはじめた。いわゆる定額制音楽配信サービスだが、現時点でGoogle Play MusicとApple Music、さらに Naxos Music Libraryの3つの種類を併用していることになる。Naxos Music Libraryは他の2種とは違った利用価値があるので別枠と考えるとして(曲名や演奏家名が日本語化されていることや、検索時における同曲異演の一覧性等)、Google Play MusicとApple Musicは使い分ける明確な理由もなさそうなので、どちらか一方に絞りたいところ。で、どっちにするか。しばらく意識的に両方を使ってみて感じたところを挙げておく。あくまでクラシックの音源をストリーミングで聴くという前提で。
●その1:音源の数。どちらもほぼ同じレーベルと契約しているようで、気にするほどの違いはなさそうだが、検索するとおおむねApple Musicのほうがたくさんヒットする。ただし、必ずしもApple Musicのほうが音源が豊富とはいえない面もあって、Apple Musicはいろんなコンピレーションとかもあれこれ並ぶのに対して、Google Play Musicはそういったタイトルを弾いているようにも見える。微妙。
●その2:アプリケーション。Windowsのデスクトップ機での利用を前提としていえば、Apple MusicはiTunesを起動しなければいけない。Google Play MusicはChrome ブラウザで動く。デザインはApple Musicのほうが美しい。Google Play MusicはスマホアプリをPCで使っているような感触で、画面がカッコよくない。Apple Musicの難としては、iTunesがときどき挙動不審になるところ(ウチではなんどかフリーズした。バージョンアップで解決しているだろうか?)。全般としては、どちらもあまりできがよくないなという印象。痛み分け。
●その3:必要な情報の表示。Google Play Musicが偉いのは、クラシックのアルバムを表示させると、ちゃんと「作曲者」のフィールドが表示されるところ。Apple Musicにはこれがない。一枚のアルバムに複数の作曲家による小品がたくさん入っているときなどは、Apple Musicで聴くとなにがなんだがわからなくなる。まあ、もともとクラシックのアルバムに関してはメタデータがどうしようもないのだが、それはGoogleやAppleの責任ではないしなあ……。
●というわけで、現時点ではどっちがいいのか、判断が付かない。実用性という点ではその3でGoogle Play Musicがリードしているんだけど、画面が美しくないのがどうにも。もうしばらく両方を使い続けてみるか?

October 28, 2015

ゲーゲンプレス

●週末のブンデスリーガ、ボルシア・ドルトムントvsFCアウグスブルクは、ドルトムントが5対1で圧勝。録画でざっと見たところでは、香川真司は次々と決定機を作り出していて、完全にチームにフィットしている。監督がクロップからトゥヘルに代わったドルトムントだけど、前線からのプレスと縦に速い攻撃は健在。その上で、チーム力に差があったため、ポゼッションでも相手を圧倒し、スペクタクルを披露した。
●前監督クロップはリヴァプールへ。クロップとドルトムントのトレードマークとなっていたのが「ゲーゲンプレス」。サッカー用語として定着する外来語はおおむね英語由来か、ポルトガル語やスペイン語あたりから来ていると思うが、なんとドイツ語から新語がやってきた。Gegenpress。英語圏の記事でもしばしばそのまま使われるようだが、Google翻訳で英訳すると counterpressing の語があてはめられた。
●ゲーゲンプレス、自分の理解ではこう。攻撃時にボールを失ったとき、リトリートする(戻って守備陣形を整える)のではなく、数秒間の間、ボールを持った相手に激しいプレスを組織的にかけてボールを奪い返す。なぜなら、この瞬間が相手の守備がいちばん整っていないから。ここでボールを奪い返せればショートカウンターを狙える。でもこれはリスクも大きいはずで、うまく選手間で連動してプレスをかけられないと選手が消耗するばかり。
●もっとも、こういうボールを失った瞬間に激しいプレスをかけるのって、バルセロナも以前からやっている。違うのは前線までのボールの運び方で、ドルトムントは手数をかけずに縦に速い。ゲーゲンプレスを標榜していなくても、今は「高い位置でのプレスからショートカウンター」全盛の時代でもあるので、バックラインの選手の足元の確かさがかつてなく求められている感じ。

October 27, 2015

東京文化会館のミュージック・ワークショップ・フェスタ

●24日と25日は東京文化会館のミュージック・ワークショップ・フェスタを取材。東京文化会館がポルトガルの音楽施設「カーザ・ダ・ムジカ」と連携して継続的に取り組んでいる音楽ワークショップの一環で、会場は上野の東京文化会館のほか、池袋の東京芸術劇場も使われている。2日間かけて、芸術劇場での3~4歳向けプログラム「タネまき、タネまき、大きくなあれ!」と、文化会館での中学生~大人向けプログラム「リズミカル・キッチン」、および小学生以上を対象としたワークショップ・コンサート「タ・タ・パ・トゥ・エラVol.2」に足を運んだ。
●後日、東京文化会館の広報誌「音脈」にレポート記事を書く予定なのでプログラムの内容はそちらでご紹介するとして、全体の雑感をいくつか並べて書くと、個別のプログラムはよく工夫されているなということ、ワークショップ・リーダーを務めた日本人のおねえさんたちが超優秀だったこと、子供の反応は正直というか常に「本気」しかない、といったあたり。3~4歳児向けのプログラムなんて、子供たちがみんなワクワクした表情で、すごく楽しそうにしていた。
●文化会館小ホールで開催されたワークショップ・コンサート「タ・タ・パ・トゥ・エラVol.2」は小学生以上が対象、でも未就学児も入場可ということになっていた。下の子がいる場合も考慮してくれているんだと思うが、客席を見渡すとけっこう未就学児率が高くて、むしろ小学生より多いくらい。LFJの「0歳児からのコンサート」でも感じるように、このゾーンの「親子おでかけ需要」は莫大。でも、コンサート(非クラシック系。ドラムとかベースも入る)のノリに対する反応が幼児の間でも様々で、舞台からの呼びかけにこたえてステージに上がりたがる積極派もいる一方で、ノリノリのステージを前にぽかんと口を開けてひたすら呆然としている子供たちも大勢いたのがおかしかった。ほとんど硬直しながらステージを凝視。逆説的だけど、こんな顔をして音楽を聴きたいなあと思わなくもない。

October 26, 2015

パーヴォ・ヤルヴィ&N響のバルトーク他

●23日はNHKホールでパーヴォ・ヤルヴィ指揮N響。トゥールの「アディトゥス」、ショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番(五嶋みどり)、バルトークの「管弦楽のための協奏曲」。来日するたびに定期3プログラム(しかも各2公演)を振ってくれるとなると、スゴい勢いでパーヴォ体験が蓄積されていく感。プログレ出身のエストニア人作曲家、トゥールの作品はかつてパーヴォがN響に客演した際に日本初演した曲だとか。いくぶん重厚なポスト・ミニマル風味とでもいうか、21世紀の一種の祝典序曲としてはありか。ショスタコーヴィチでは五嶋みどり入魂のソロが強烈。特に第3楽章後半の長大なカデンツァは神憑り的。数日前のカルミニョーラに続いて、ここでもヴァイオリニストの足が床を踏む音をたくさん聞くことになったのだが、意味合いはぜんぜん違う。戦慄のショスタコーヴィチ。この息づまる音楽から、第4楽章のブルレスカへと突入する瞬間にパッと光景が変わるのがなんともいえない。曲が終わると盛大なブラボー。
●ショスタコーヴィチの終楽章で一転して訪れる熱狂は、後半のバルトークの「管弦楽のための協奏曲」ともどこか呼応している。好演を耳にする機会に恵まれている曲だと思っていたけど、精妙さと新鮮さをこれほどの水準で実感できる機会はまれ。あれっと思うようなアクセントなど、随所にリズムの面で意外性あり。こういった20世紀作品でも弦楽器はいつもの対向配置だった。壮麗なフィナーレの後、思ったほど客席がわかなかったのは、前半のショスタコーヴィチのインパクトが強すぎたから、なのか?

October 23, 2015

ショパン・コンクールの優勝者が決まると

●まずは先日の第17回ショパン・コンクールの結果を記しておくと、第1位はチョ・ソンジン、第2位はシャルル・リシャール=アムラン、第3位はケイト・リウ、第4位はエリック・ルー、第5位はイーケ(トニー)・ヤン、第6位はドミトリー・シシキンということになった。日本人で唯一ファイナルに残っていた小林愛実さんは惜しくも入賞ならず。
●で、ショパン・コンクールの結果が出ると、ささーっといろんなことが動き出す。まずはN響の11月20日および21日のC定期。フェドセーエフ指揮の公演だが、ずっと前からこの日の協奏曲のソリストにはショパン・コンクールの最高位入賞者が出演して、2曲のピアノ協奏曲のどちらかを演奏するということが決まっていた。というわけで、チョ・ソンジンが出演して、ショパンのピアノ協奏曲第1番を演奏すると発表された。ちなみにチョ・ソンジンとN響はこれまでにも共演歴があって、N響「夏」2010ではまさにそのショパンのピアノ協奏曲第1番を演奏している。
●さらに11月23日には第17回ショパン国際ピアノコンクール優勝者リサイタルが予定されている。こちらのプログラムも近々発表されるにちがいない。
●また、来年の1月23日から31日にかけて、「第17回ショパン国際ピアノ・コンクール2015 入賞者ガラ・コンサート」が全国で7公演、開催される。で、そうなると、困ったのが彩の国さいたま芸術劇場で、もともと1月31日に「ピアノ・エトワール・シリーズ Vol.28 チョ・ソンジン ピアノ・リサイタル」を予定していたのだが、このガラ・コンサートと日程が被ってしまうことになった。そこでどうしたかというと、さっそく発表があったように、リサイタルの開催日を1月22日に早めた。つまり、ガラ・コンサートがスタートする前日に、リサイタルを開く。よく諸般の都合でコンサートが中止になったり延期になったりすることはあるが、予定より早めて開催するという珍しいケースになった。もちろん、希望者には払い戻しあり。
●ドイツ・グラモフォンは11月にショパン・コンクール優勝者によるアルバムを緊急発売するということで、仮のものなのか本番用なのかは知らないが、もうジャケット写真まである。
●こういうのって、事前にどこまで準備しておくものなんすかね。幻のジャケ写とか使われなかった予定稿を供養する行事がどこかのお寺であってもいい気がする。

October 22, 2015

ジュリアーノ・カルミニョーラのモーツァルト他

●21日はトッパンホールでジュリアーノ・カルミニョーラのヴァイオリン。バロック・ヴァイオリンではなく、なんと、モダン・ヴァイオリン。ピアノは矢野泰世。モダン楽器なのでレパートリーの選択の幅が広がって、前半にストラヴィンスキーのイタリア組曲、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ ト長調 K379、後半にシュニトケの「古い様式による組曲」、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ イ長調K526。前後半ともモーツァルトの前に擬古的なスタイルで書かれた20世紀作品を置く、といった趣向になっている。
●とはいえ、どの曲でも闊達自在なカルミニョーラ節は健在。一瞬の鋭さとふわりとした脱力の両極を高速で往復するコントラストの鮮やかさ。たびたびフォルテで床をドンと踏み鳴らす効果音付き。すべてがチャーミングでカッコいい。お茶目ダンディ様式と名付けたい。カラッとしたピアノも圧倒的に吉。モーツァルトはこうであってほしいもの。
●ストラヴィンスキーのイタリア組曲が「擬古的」とすると、シュニトケの「古い様式による組曲」は「擬・擬古的」なんだと思う。パロディなんだかイミテーションなんだかよくわからない。普通っぽさを装ってるのか、普通なのか、笑えない冗談なのか、そもそも冗談ですらないのか。アンコールはモーツァルトのソナタから次々と都合4楽章分。満喫。

October 21, 2015

グラモフォン誌のYoung Artist of the Yearにヨーゼフ・モーグ

●しばらく前にグラモフォン誌が「グラモフォン・アワード 2015」を発表したが、目を引いたのはYoung Artist of the Yearにピアニストのヨーゼフ・モーグが選ばれていたこと。この人、本当なら2014年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンで脚光を浴びるはずだったのだが、惜しくも直前で来日中止になってしまった。この年は東京に先んじてナントのLFJを取材していて、ワタシも含めて取材陣の間で評判になっていたのがヨーゼフ・モーグ。ラフマニノフの協奏曲第3番やアール・ワイルド編曲のガーシュイン他を弾いていた。インタビューでもっとも情熱を注ぐ作曲家として名前を挙げたのはスクリャービン。即興演奏が得意とも。東京での音楽祭では事前紹介もしっかりされていただけに、来日中止が発表された際にはがっかり。写真のディスクはOnyxレーベルでリリースされているグリーグとモシュコフスキのピアノ協奏曲集。モシュコフスキが新鮮。楽しい。
●LFJで最初に聴いた若手アーティストが、その何年後かにもっと注目度の高い舞台に帰ってくるというパターンはこれまでになんどもある。指揮のグザヴィエ・ロトとかファンホ・メナ(=フアン・ホセ・メナ)とか、ピアノのベルトラン・シャマユとか。指揮のふたりはともにベルリン・フィルから招かれているし、シャマユはEratoレーベルの主要アーティストになった。ヨーゼフ・モーグもそれに準じるパターンといっていいかも。このあたりのルネ・マルタンの打率(?)には脱帽するしか。

October 20, 2015

村上春樹「職業としての小説家」

●村上春樹「職業としての小説家」(スイッチパブリッシング)。読んでみた。いかにして小説を書くかというテーマを柱に、仮想講演録の体裁で記された自伝的エッセイ。以前に別のところで読んだような内容も多く(たとえば「夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです」とかで)、新鮮味はあまりなかったのだが、それでもとてもおもしろかった。特にいいなと思ったのは第6回「時間を味方につける──長編小説を書くこと」と第11回「海外へ出ていく、新しいフロンティア」。前者は長い文章を書くための具体的な方法論が言及されていて、特に書き直しの仕方がすごく興味深い。後者はアメリカで自分の本を売るためにどんな方法をとったかというプロセスが書かれている。アメリカと日本では出版の仕組みとか流儀がぜんぜん違っていて、まずはエージェントありきなんだけど、アメリカ人作家と同じ土俵に立つために、自分で翻訳者を見つけて個人的に翻訳してもらった英訳原稿(自分でもチェックしたもの)をエージェントに持ち込んだという話に、目からウロコ。そりゃそうじゃん、先方は日本語なんか読めないんだから!と思われるかもしれないけど、そういうことをしている人/できる人ってなかなかいないのでは。
●似たようなことを書いていても、過去のエッセイとはいくらか手触りが違っていて、少し肩の力が抜けているというか、ガードが下がっているというか、なんというのかな、だれでもそうだと思うんだけど年をとるとともに、いろんな面で言うことが率直かつ自由になるじゃないすか。そのあたりはかなり強く感じたかな。

October 19, 2015

鈴村真貴子ピアノ・リサイタル~カワイサロンコンサート

●16日は鈴村真貴子ピアノ・リサイタルへ(カワイ表参道コンサートサロン「パウゼ」)。前半にモーツァルトの「デュポールのメヌエットによる9の変奏曲」、シューベルトのピアノ・ソナタ第4番イ短調、ドビュッシーの「版画」、後半はすべてプーランクで、3つのノヴェレッテ、テーマ・ヴァリエ、プーランクの組曲「ナポリ」。鈴村さんといえばプーランクなんだけど、前半にプーランクとつながりのある作曲家を並べたという奥行きの感じられるプログラムが魅力的。各曲のキャラクターが伝わってくる精彩に富んだピアノを満喫。
●並べてみると、プーランクへの親和性という点では、ドビュッシーよりもシューベルトのほうがずっとしっくりと来る。シューベルトのピアノ・ソナタ第4番は第2楽章の歌謡風主題が後のソナタ第20番イ長調終楽章と同じでドキッとする。この再利用はなにか特別な理由とかがあったんすかね? 第20番の終楽章で出てくると漂泊の詩人みたいな意味ありげな音楽に聞こえるけど、第4番で聴けば典型的なシューベルトの緩徐楽章に思えてくるのがおもしろい。
●プーランクの組曲「ナポリ」は、作曲者のイタリア旅行をきっかけに書かれたという作品で、「舟歌」「夜想曲」「イタリア奇想曲」の3曲からなる。作曲家というものはイタリアを旅すると曲を書かずにはいられなくなるのだろうか。舟歌は舟歌と呼ぶには浮遊感があって、ゴンドラというよりは空飛ぶ絨毯にでも乗っているかのよう。イタリア奇想曲のとち狂った弾けっぷりが眩しすぎる。

October 16, 2015

パーヴォ・ヤルヴィ指揮N響のR・シュトラウス

●15日はパーヴォ・ヤルヴィ指揮N響へ(サントリーホール)。前回の来日と同様にB定期はリヒャルト・シュトラウス・プログラムで、ソニーミュージックが録音して交響詩シリーズとしてリリースする。第1弾の「英雄の生涯」&「ドン・ファン」はすでに発売中。
●で、今回は交響詩「ドン・キホーテ」(チェロ:トルルス・モルク、ヴィオラ:佐々木亮)、交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」、歌劇「ばらの騎士」組曲の3曲。先日のマーラー「復活」ではNHKホールの空間性が生かされていたのがおもしろかったが、この日はレコーディング・セッションらしいともいえる洗練されたサウンドを堪能。勢いに任せるようなところがなく、細部まで作りこんだシュトラウス。輪郭のくっきりしたシャープな造形と柔和なニュアンスを持たせる部分のコントラストがはっきりと描かれている。弦楽器はいつもの歴史的配置で。オーケストラの音は明瞭で艶やか。これまで以上にパーヴォ新時代の到来を感じた一夜だった。
●少し前にTwitterにできてた #パーヴォ・ヤルヴィの画像をアップすると近い構図のプーチンが送られてくる というタグがおかしすぎたので記念リンク。

October 15, 2015

イラン代表vsニッポン@親善試合

イラン●インターナショナル・マッチ・ウィークに合わせて、先日はシリアとのワールドカップ予選が行われたわけだが、一週間あればもう一試合組むことができる。欧州はじめ各国リーグがお休みでベストメンバーを組めるという貴重な機会。普通ならここで国内で試合を開いて海外組勢揃いで集金マッチをするところだが、今回はわざわざアウェイでアジア最強順位のイランと親善試合を戦った。この強化優先の姿勢は立派。ちなみにイランの監督はケイロス。中東に招かれた大物監督というと、あれやこれやですぐに辞めて去っていくという印象があるが、2011年から紆余曲折ありつつも代表監督の座に居続けている。これは成功なのか、失敗なのか。いや、成功に決まってるんだけど……。
●で、ニッポンは当然メンバーを入れ替えてきたが、それでも先発メンバーに関しては勝負をかけた人選だったはず。中軸は外さない。GK:西川-DF:米倉、吉田、森重、酒井高徳(→丹羽)-MF:長谷部、柴崎(→柏木)-宇佐美(→原口)、香川(→清武)、本田(→岡崎)-FW:武藤(→南野)。
●前半はかなり押しこまれた感。芝は長めだっただろうか。イランはフィジカルで優位に立ち、球際が強い。五分のボールがことごとくイラン・ボールになるような印象があった。もっともイランもニッポンのディフェンスを崩してくるというよりは、しっかりと守備ブロックを形成しつつ、サイドからのクロスなどシンプルで力強いプレーで勝負してくる。前半ロスタイム、ニッポンのエリア内に持ち込んだトラビに対して、吉田が不必要なファウルで倒し、PKを献上。PKはいったん西川が止めたものの、リフレクションをトラビが押しこんでイランが先制。いちばん嫌な時間帯の失点。公式戦でなかったのがせめてもの救い。
●後半頭、見せ場の作れなかった香川に代えて清武投入。攻め手を欠いたニッポンだったが、後半3分、本田が右サイドからアーリー気味で鋭いクロスを入れると、中央の競り合いで武藤の背中あたりにボールが当たって、これが同点ゴールに。むしろイランがやっているような、ニッポンらしからぬプレイで点が入った。後半、徐々に相手の運動量が落ちてくると、ニッポンもボール回しができるようになってきた。途中でアズムンと清武が小競り合いになる場面があったが、両者フラストレーションがたまっているんだなという感じ。1対1のドローは妥当なところ。アウェイでイランに引き分けたのだから、これが公式戦なら万々歳だが、内容的にはニッポンの技術とスピードが相手のフィジカルの強さに屈した感があって、あまり喜べない。特に気になったのは、せっかく相手からボールを奪ってカウンターアタックのチャンスになったときに、プレーの精度を欠いてボールを失い、カウンターのカウンターを食らってしまうところ。相手のプレッシャーの強さゆえにミスが誘発されるのだと思うが、このあたりはチームの成熟度が高まればもう少しうまく対応できそうなもの。
●戦力の発掘という意味では微妙か。むしろ、アジアの戦いでは珍しいことに主審に好感を持った。ただ倒れれば笛を吹くみたいなことがなく、ホームの圧力にも屈せず、基準がぶれなかった。オマーンの人? 単にこの人が優秀なのか、親善試合だったらちゃんとした笛を吹いてもらえるのか、よくわからない。

October 14, 2015

「山羊座の歌」→「ハルモニーレーレ」

●12日は西麻布のSuperDeluxeで、ソプラノの太田真紀さんが歌うシェルシ「山羊座の歌」へ。以前、オペラシティのBtoCで抜粋を聴いたが、今回は全20曲を。溝入敬三(コントラバス)、大石将紀(サックス)、稲野珠緒、神田佳子(打楽器)、有馬純寿(エレクトロニクス)。特殊唱法満載だが、唸りや叫びがもたらす呪術性は決して強調されておらず、20世紀後半に書かれた連作歌曲集の名作として歌唱芸術を堪能した。非言語的な表現から立ち昇る多様な情動、執拗さが生み出す時間感覚の変容を満喫。
●13日はサントリーホールで下野竜也指揮読響。ベートーヴェンの序曲「コリオラン」、ヒンデミットの「白鳥を焼く男」(ヴィオラ独奏:鈴木康浩)、ジョン・アダムズの「ハルモニーレーレ」(ハーモニーレーレ)という魅力的なプログラム。ヴィオラ独奏とヴァイオリン&ヴィオラ抜きのオーケストラ伴奏が作り出す「白鳥を焼く男」のくすんだ色彩感と、ヒンデミットならではの硬質なリリシズムを味わう。ポスト・ミニマルの古典「ハルモニーレーレ」は「サンフランシスコ湾から巨大タンカーが宇宙船のように浮かび上がる」という、中二病そのままの楽想がカッコよすぎる。第2楽章はワーグナーの「パルジファル」およびマーラーの交響曲第10番オマージュなんすね。深遠な音楽が対象となってはいるけど、自分は笑うところだと解した。この種の曲だと、疲れを知らない正確無比なマシーンに演奏させたほうがいいんじゃないの的な疑念を随所でつい抱いてしまうんだけど、人間がぜんぶ演奏するから現代性が担保されているのかな、とも思う。
●ところで、白鳥は焼くと旨いのだろうか。カモ科ではあるわけだから、食感は鴨肉みたいな感じ?

October 13, 2015

ゾンビとわたし その32:今すぐインストールしたい、新機能「混雑レーダー」付きYahoo!地図アプリ

小淵沢の紅葉
●久々の更新となってしまった不定期連載「ゾンビと私」であるが、当連載開始以来のインパクトでお役立ち情報を提供したい。この連載では、来たるべきZ-dayに備えて、いかに生き延びるか、いかに逃げるかについて考察を続けてきた。同志のみなさまはすでにご存じのことと思うが、現在のところ、最善の逃れの地は人口密度の薄い「低山」というのが当サイトの結論である。瞬時にして感染が進む都市部は論外としても、島や海、砂漠、山岳地帯等々、人がいないところにはそれはそれで別種の危険があり生存が脅かされる。そこで、なるべく人がいない、しかし人が生活可能な環境が保持可能であるという点で、「低山」に微かな希望が残されている。ここまでがこれまでの連載のおさらいだ。
新宿駅近辺●で、そこで強力な助っ人となるアプリを発見したのであるが、Yahoo!地図アプリに新機能「混雑レーダー」が搭載されたのである。これは端末の位置情報をもとに、リアルタイムで混雑状況を地図アプリから確認できるという、画期的な新機能である。一般には、お出かけ先の混雑状況を事前にチェックするために使用されるようだが、この端末の位置情報がYahoo!防災速報ユーザーから収集されていることにも暗示されているように、いざZ-dayがやってきた場合、この「混雑レーダー」はそのままヤツらの密度を指し示すことになる。人口密度ならぬゾン口密度が可視化されるのだ。
小淵沢駅●というわけで、さっそく週末の夕方に試してみた。まずは上記のように新宿を表示してみると、駅周辺は地獄の業火のごとく真っ赤に染まっている。ここでは10秒として人間であり続けるのは困難だろう。一方、特急あずさに揺られて、小淵沢駅まで足をのばしてみると、右の通りである。えっ、このアプリ、ちゃんと機能してるの?と心配になるくらい、混雑していない。山に人が少ないことは自明であろうが、特急停車駅の近辺であってもこの程度である。これなら、万全の装備と勇気さえあれば立ち向かえるのではないか、ヤツらに。
高尾山●では、山ならいいのか、というと、そうではない。続いて高尾山を表示してみると右のようになった。下手をすると都内の寂しめの私鉄沿線駅よりも賑わっている。山なのに、人がいっぱい。人がいっぱいということは、ゾンビがいっぱい。まちがってもこんなところに逃げ込んではいけない。
●どうだろうか、この可視化された危険情報は。ちなみに、この週末はまさしくその小淵沢まで出かけたのであるが、すでに紅葉が始まっていた。美しい景色を堪能し、心身をリフレッシュするという点でも、山はおすすめである。

>> 不定期終末連載「ゾンビと私

October 9, 2015

シリア代表vsニッポン@ワールドカップ2次予選

シリア●今のシリア情勢を考えると、シリア代表との公式戦などまるで現実のこととは思えないが、シリア・ホームの試合がオマーンで代替開催された。シリアとはロンドン五輪予選でU22で対戦したときに、ニッポンは完敗している。そのときもアウェイ戦が隣国ヨルダンだったっけ。シリア代表選手たちの所属クラブがなかなかよくわからなかったのだが、どうやらほとんどが海外組の模様。海外といっても、イラクやオマーン、ヨルダン、サウジなど中東諸国が主で、ごく一部にトルコやボスニア・ヘルツェゴビナでプレイする欧州組もいるらしい。同じ競技ながらも重ならない世界にいるふたつのチームが一点で出会うという、アジアのワールドカップ予選。
●ニッポンのメンバーは万全。GK:西川-DF:酒井高徳、吉田、槙野、長友-MF:山口、長谷部-原口元気(→宇佐美)、本田、香川(→清武)-FW:岡崎(→武藤)。4-2-3-1。ドイツでも好調な原口が先発。センターバックには森重を控えに置き、槙野を起用。ここまで全勝でグループ1位に立つシリアは、これまでの対戦相手と違って、ディフェンス・ラインを比較的に高めに敷いて、相手ゴールに向かってシンプルにボールを運ぶ。序盤はニッポンが受けに回る場面が多かったが、ずっと引いて守られるよりこのほうがニッポンはやりやすい。ただ、芝がかなり長かったようで(パス回し重視のニッポン対策?)、ボールはすぐに止まるし、ときおり予想外のバウンドも。そのためか中盤でのパス・ミスから相手にボールを拾われて、ピンチを招く場面がいくつかあった。とはいえ、シリアのプレイも精度を欠いていた。お互い数少ない決定機に決めきれずに前半はスコアレス。
●どうやら暑かったようで、前半の終盤からすでに選手間の距離が空きはじめていた。後半になるといっそうスペースができ、どんどんニッポンのチャンスが増える。芝を長くしたものの、走力勝負になると結局シリアのほうが苦しくなり、ニッポンが空いたスペースを使えるという、いつものアジアの戦いになってきた。後半9分、岡崎が巧みにエリア内で相手のファウルを誘発して、本田がPKを決めて先制。後半25分は左サイドを香川がゴールライン際まで攻め込んで、細かいタッチで相手ふたりをかわして中央の岡崎に合わせてゴール。これは香川ならではの個人技。後半43分はディフェンスラインを抜け出た本田が相手ディフェンスをひきつけたところで、並走する宇佐美へ短いパス、これを落ち着いて宇佐美がゴール右隅に蹴りこんだ。シリア 0-3 ニッポン。久々にキレキレの長友を見た。インテルで出番を失っているのにフィジカルは好調のよう。
●結果は完勝、やっといつもの2次予選といった試合展開になって安堵。ハリルホジッチ監督も満足したのでは。それにしても1点目の場面、岡崎が倒れてから主審がPKの笛を吹くまでに間があったのには参った。もしかしたら副審に確認したり慎重な対応をとったのかもしれないが、「えっ、そこで迷うの?」。中立地開催で客席ガラガラだからよかったものの、満席で観客が熱くなっているような場合は事務的なくらいにさっさと笛を吹かないと、アウェイチームのPKはもめる。

October 8, 2015

クリストフ・エッシェンバッハ指揮ウィーン・フィル

●ウィーン・フィルハーモニー・ウィーク・イン・ジャパン2015、今年の指揮はクリストフ・エッシェンバッハ。東京では3プログラム。曲目を見るとモーツァルトやハイドン、ベートーヴェンなど古典派の曲が目立つ。それ以外にはチャイコフスキーの弦楽セレナードとプロコフィエフの古典交響曲。つまり、今回は二管編成でしか来日していないのか。なんだか寂しいような? いや、でもウィーン・フィルらしい曲がたくさん聴けるともいえるのか。ヒンデミットと来日した最初の来日公演でもこんな感じのプログラムだったんだっけ?
●で、唯一エッシェンバッハのピアノを聴ける6日の公演へ(サントリーホール)。前半はモーツァルトのピアノ協奏曲第23番、後半にチャイコフスキーの弦楽セレナードとプロコフィエフの古典交響曲。弦楽器の配置は第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンの並びで、コントラバスは下手奥。先日のロンドン交響楽団といい、パーヴォおよびブロムシュテット指揮のN響、ノット指揮東響といい、本当にこの配置を目にする機会が増えた。
●エッシェンバッハのピアノは客席に背中を向ける位置で配置。陰影に富んだモーツァルト。エッシェンバッハの弾き振りは過去になんども聴いているが、相手がウィーン・フィルとなると味わいは格別。ほかでは聴けない豊かで潤いのあるサウンド、ローカリズムの高らかな凱歌。ソリスト・アンコールまであって、シューマンのゆったりとした「トロイメライ」。ほとんど音楽が止まりかけそうになる。後半のチャイコフスキーも、「弦楽オーケストラは大きいほどいい」という作曲者の言葉とは裏腹に少数精鋭で、しかしサイズを感じさせない豪快さ。ゴージャス。プロコフィエフの影が薄くなるほど。アンコールに大らかな「フィガロの結婚」序曲。帰り道に記憶で反芻するのはチャイコフスキー。

October 7, 2015

ピーター・ゼルキンのリサイタル

●5日はトッパンホールでピーター・ゼルキンのリサイタル。いろんな点で特異で、心底楽しめるか、ぜんぜん受け入れられないかのどちらかのリサイタルだったと思う。自分は前者なので、猛烈に満喫。まずはピアノ。こんなに鈍くてくすんだ音色のスタインウェイを聴いたことがあるだろうか。まったくブリリアントではない。すばらしい。そして、プログラム。チャールズ・ウォリネンによる「ジョスカンの『アヴェ・クリステ』」なる曲で幕を開け、スウェーリンク、ブル、ダウランド、バードといったルネサンス期の作品が続いて、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番ホ長調へ。後半はモーツァルトのピアノ・ソナタ第8番イ短調、レーガーの「私の日記より」Op.82より、バッハのイタリア協奏曲。前半のルネサンス音楽(とその変形)が続くと、なんというか妙に家庭音楽的な雰囲気が漂ってくる。そしてイタリア協奏曲で終わるリサイタルがありうるとは。アンチ・ピアニズムというかアンチ・ヴィルトゥオジティのリサイタルというか。モーツァルトもバッハも、極端なデフォルメがあるわけではないにしても、いちいち緩急や強弱の付け方が独特で、普通ではない。ちなみに調律は「1/7シントニックコンマ・ミーントーン」なんだとか(さあ、音楽辞典で「コンマ」を引いてみよう!)。
●ピーター・ゼルキンはいつも「非ピアノ」というテーマと格闘しているようで、一見、不自由そうに見える。昔、フォルテピアノを弾いたCDがあったけど、あれは何年頃の録音だっけ。だったらフォルテピアノ奏者になればいいじゃん、って思わず言いたくなるが、そうなったら普通の奏者になってしまう。それじゃ意味がなくて、彼は自己矛盾のピアニストであり続けなければいけない。そんな不自由さ。いや、むしろ自由さ、なのか? 父ルドルフ・ゼルキンが一音一音確信に満ちた音を弾いていたのだとすると、ピーターは一音一音を美しい猜疑で彩っている、今も。
●アンコールでバッハのゴルトベルク変奏曲のアリアを弾きはじめたとき、父ルドルフのエピソードを思い出さずにはいられなかった。若き日にアンコールとしてゴルトベルク変奏曲全曲を弾いてしまい、曲が終わった頃には、ホールには知人と共演者しかいなくなっていたというあれ。もちろん、アリアが終わったところで、ピーターは立ち上がった。アンコールはもう一曲。 バッハの3声のインヴェンション(シンフォニア)から変ホ長調。なんだかこれも家庭音楽会っぽい。

October 6, 2015

パーヴォ・ヤルヴィ&N響のマーラー「復活」

●3日はNHKホールでパーヴォ・ヤルヴィ指揮N響によるマーラーの交響曲第2番「復活」。2月定期の共演に続いて、新首席指揮者パーヴォ・ヤルヴィが登場、今回が就任記念公演ということになる。エリン・ウォールのソプラノ、リリ・パーシキヴィのアルト、東京音楽大学の合唱。普段のN響定期とは客席の空気から違っていて、張りつめた緊張感がずっと漂っていたと思う。第1楽章冒頭動機から非常に鋭くアグレッシブで、巨大な作品であるにもかかわらずきびきびとした機動性が前面に押し出されていた。しかも、NHKホールでこんなにも鳴らせるものなのかと思うほどパワフル。瞬発力も持続力も高い「復活」。強靭だが、汗臭くない。ブラス・セクションは強力。バンダの音が後方から聞こえてきて、いったいどこから鳴っているのかわからなかったのだが、2階のロビーだった模様。前方と後方に空間的な広がりをたっぷり感じる立体感がおもしろい。
●今年はマーラー「復活」イヤーでもあったのだが(なぜかたくさん演奏された)、最後に圧倒的なクォリティを持った演奏に出会った感。作品観の更新という点では、ハーディング&新日フィルも忘れがたいかな。この曲に対して壮大さ、スペクタクルを原動力としない頂点が作り出せるものなのかどうか、というのが目下気になるところ。

October 5, 2015

東京二期会のR・シュトラウス「ダナエの愛」

●2日は二期会のR・シュトラウス「ダナエの愛」(東京文化会館)。準・メルクル指揮東京フィル、深作健太演出。これを見逃したらもう観るチャンスはないんじゃないかという貴重な機会。神話を素材に再構成した物語で、王女ダナエ(林正子)を巡るミダス王(福井敬)、主神ユピテル(小森輝彦)の三角関係が軸となっている。ミダスの手にしたものはすべてが黄金に変わる。もともと貧しいロバ引きにすぎなかったミダスに、その富を生む能力を与えたのがユピテル(=ジュピター)。富と引き換えに、ユピテルは望めばいつでもミダスと姿を入れ替えるという力を持つ。ダナエとミダスは相思相愛になるが、ユピテルはミダスの姿を借りて、ダナエの愛を手に入れようとする。しかし、事態を察したダナエは、ユピテルを拒み、ミダスを選ぶ。怒ったユピテルはミダスから富を奪い、貧しい人間に戻すが、それでもダナエはミダスとの愛を貫き、荒野でのつましい暮らしに満ち足りる。
●シュトラウスのスコアがひたすら美しい。晩年の協奏曲などと同様の肩の力が抜けた簡潔明瞭さ、澄明さも感じれば、ところどころに「サロメ」や「ばらの騎士」のようなエネルギーや官能性も感じる。どこかセルフパロディ的な印象も。第2幕冒頭の音楽に、なんとなく「ばらの騎士」の幕切れを連想したのだが、途中で「銀のばら」ならぬ「金のばら」が出てきた。
●しかしパロディということであれば、なんといってもここにあるのはワーグナーの「ラインの黄金」であり「ニーベルングの指環」だろう。演出上でも明示されていたように、「ダナエの愛」でのユピテルは、「ラインの黄金」でのヴォータンだ。黄金のモチーフも共通する。富と呪いは表裏一体。しかし物語の主題という点では裏返しになっていて、ワーグナーでは黄金の呪いが愛を断念させるが、ここでは愛が呪いに勝利する。
●「指環」以外にもうひとつ連想するのはプッチーニの「マノン・レスコー」。ここでも「ダナエの愛」は裏返しの関係にある。ダナエも最初は富に魅了されているのだが、「マノン・レスコー」のように一線を越えることはなく、愛が黄金に勝る。ともにふたりは最後に荒野にたどり着くが、「マノン・レスコー」では破滅が訪れるのに対し、「ダナエの愛」では愛の巣が営まれる。
●しゃれっ気のある外観に、真摯で切実なテーマが込められているといったところだろうか。上演してみればみんな口をそろえて称賛する一方で、これまでもこれからもそうそう上演されないだろうとも思うわけで、やっぱりそこには「愛は勝つ」という正しいテーマゆえの物語の弱さがあるんじゃないだろうか。愛よりも富、みたいなまちがった選択から起動する推進装置が取り付けられていないというか。しかし、これは1930年代末から40年代にかけてドイツで書かれた作品。富/権力よりも愛、人間性の勝利というテーマの尊さ、切実さは今のワタシらに容易に推し量れるものではないだろう。
●演出面でもよく練られていて説得力のある舞台だったと思うが、第3幕で唐突な原発事故モチーフが出てきた点だけは共感できない。せっかく感動的なダナエの懐妊が用意されていたのに。声楽陣ではミダスが圧巻。準・メルクル指揮の東フィルは精妙でニュアンスに富んでいた。新国でもぜひ。

October 3, 2015

五嶋龍司会の「題名のない音楽会」がスタート

●告知をひとつ。明日10月4日朝9時より、新たにヴァイオリニストの五嶋龍さんを司会に迎えて「題名のない音楽会」(テレビ朝日)がリニューアルされる。五嶋龍さんは1988年生まれ。歴代司会者では最年少ということで、ぐっと若々しい雰囲気になる。
●で、今回よりワタシも微力ながら番組作りのお手伝いをさせていただいている。実は遡ること5月からこのプロジェクトに関わっているので(もうすでに収録は何本か先まで終えている)、やっと実際の放映が始まるという長いタイムラグに不思議な気分を味わっているところ。普段、ここまで先取りして進行する仕事というのはなかなかない。
●毎週放送後に番組サイト内で後書き的なブログも書くことになっている。本編と合わせてご覧いただければ幸い。初回は五嶋龍さんという人を知ってもらうために、ヴァイオリンを弾きまくる構成になっている。目玉は最後に演奏される、久石譲さん作曲の新テーマ曲。独奏ヴァイオリンとオーケストラのための協奏的小品で、久石さん自身の指揮。乞ご期待。

October 1, 2015

ハイティンク指揮ロンドン交響楽団のマーラー、ブルックナー

●28日(サントリーホール)と30日(ミューザ川崎)は、ハイティンク指揮ロンドン交響楽団へ。ともに前半はペライアを独奏に迎えてモーツァルトのピアノ協奏曲第24番ハ短調、後半は前者がマーラーの交響曲第4番、後者がブルックナーの交響曲第7番。ペライアのモーツァルトだってもちろんすばらしいのだが、それぞれ後半のプログラムが圧倒的に強い印象を残した。
●どちらも弦楽器は対向配置で、第1ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンの並びで、下手奥にコントラバスが並ぶタイプ。最近、パーヴォ&N響、ブロムシュテット&N響、ノット&東響など、このタイプの対向配置をひんぱんに目にするようになってきた。一見、上手側がヴィオラと第2ヴァイオリンだけで、なんだか左右にアンバランスに思えるけど、響きの面でバランスに問題を感じることはほぼない。ひょっとして(少なくとも客席側にとっては)どんな配置だっていいのかも。以前、パーヴォ・ヤルヴィはこの方式だといくつかうまくいかないレパートリーもあるというようなことを言っていたが……。
●マーラーは曲が進むにつれて焦点がぐっと合ってきて、最初は地続きの地上の音楽としか思えなかったものが、最後は天上の音楽として調和したといった感。ソプラノはアンナ・ルチア・リヒター。のびやかで清澄、言うことなし。ブルックナーはさらに集中度の高い演奏で、第2楽章アダージョが白眉。かなり明るいサウンドなんだけれど、芯があって、厚みも不足しない。重厚な暗褐色のサウンドじゃなくても、宗教的恍惚感みたいなものは備わるのだなあというのが発見。少しおもしろかったのは、上手側でトロンボーンと一緒に吹いていたテューバが、第2楽章だけはわざわざ下手側のワーグナー・テューバの傍らに移動していたことか。マーラーにしてもブルックナーにしても外見上の意匠の新奇さとは無縁のところで、みずみずしい音楽が生み出されていた。両日ともハイティンクのソロ・カーテンコールあり。
●この一年くらい、意識的にブルックナーの7番をたくさん聴いてきたけど、これでたぶん一段落。充足できたので、もう当分いいかも。

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