2018年8月アーカイブ

August 14, 2018

遭難文学

●ONTOMOのアウトドア特集「自然賛歌を聴きにいきたくなる、電車で行ける300m級の低山3選」でも書いたが、自然が美しいのはそれが本質的に危険だから。自然は人間の弱さについて、なにひとつ斟酌しない。常に全力で襲いかかってくるのが自然であり、ワタシたちは不断の努力で自然の脅威に対抗することで、ほんのわずかな居住可能地帯を保っているに過ぎない。山に魅せられるのは、ジェットコースターに乗ってみたくなる心理といくらか似ていると思う。
●で、そんなスリルを求める気分を読書というもっとも手軽な手段で満たしてくれる「遭難文学」とでもいうべきジャンルがあることに気づいた。ヤマケイ文庫の「ドキュメント生還-山岳遭難からの救出」「ドキュメント 道迷い遭難」(ともに羽根田治著)を続けて読んでみたが、これがめっぽうおもしろい。どちらも山で遭難した者に取材をしているのだが、遭難には本当にいろんな形があるものだと愕然とする。道に迷い、何日もさまよい、食糧が尽き、ケガをして、救助を待つがヘリコプターは通り過ぎる。「迷ったら引き返せ」「遭難したら沢に下るな」。そんなことは百も承知しているはずのベテランたちが、根拠のない楽観によって前に進み、沢に下ってしまう。
●九死に一生を得た人もいれば、そこまでの大事にならずに済んだ人もいるが、ひとつ共通しているのは、全員が生還していること。だって、取材を受けているわけだから。これって、ホラーとかサスペンスを「主人公は最後に絶対に助かる」と知っていて見るのと少し似ている。猛烈に怖いけど、最後は救われることがわかっているから読んでいられる。
●同じ著者による遭難本がほかにもシリーズで何冊も出ているのを見て、さらに買ってしまった。著者の取材力の高さに感嘆する。

August 13, 2018

カンボジアの本田、マリノスのポステコグルー

カンボジア●突然、本田圭佑がカンボジア代表の実質的な監督に就任するという驚きのニュースが。つい先日、オーストラリア・リーグのメルボルン・ヴィクトリーと選手として契約を結んだばかりなのに、選手をしながらカンボジア代表の監督をするという。そんなことが可能なんだろうか。といっても肩書きはHead of delegationで、登録上の監督は別の人。カンボジアのサッカーを強くすることを第一としつつも、それだけではなく「サッカー以外のカンボジアのすばらしいところを世界に伝えていくことも使命」と語っているのが興味をひく。本田の周囲ではもう着々と引退後の仕事に向けていろんなプランが同時進行している模様。こうなると、かつての中田ヒデの「異端児」ぶりがかわいいものに思えてくる。中田ヒデは「旅人」としてセレブになったが、本田は引退前から「実業」がスタートしている。
●久々にマリノスについて書いておくと、ワールドカップ後はポステコグルー監督の革新的すぎるポストモダン戦術が火を噴いて、FC東京、広島、川崎相手にトントントーンと大量失点しながら3連敗して、いよいよ降格ゾーンすれすれまで落ちた後、この週末の湘南相手に1-0という珍しくサッカーらしいスコアでやっと勝利した。この試合、DAZNで見たが、蒸し暑さや3連敗のショックもあってか、もうひとつ監督の戦術が機能しなかったようで、そのせいか無事に勝てた。斬新すぎる「機能すると負ける戦術」。どんなに順位が落ちても強気の態度を崩さないポステコグルーのインタビューを見ていると、尊師と呼びたくなる。信仰のためなら、勝点などなんだというのか。だが、降格ゾーンが迫ると、つい信仰が揺らぎそうになってしまうのが凡人というもの。この心の弱さを克服しなければ。お前が欲しいのは、エキサイティングな戦術なのか、それともただの勝点なのか。ともあれ湘南戦の勝点3のおかげで、順位は13位まで回復した。13位まで……回復……ぶふぅっ!(謎)。
●欧州の新シーズンが開幕した。ヨーロッパの夏はもう終わった、フットボール的には。今季注目すべきはサッリ新監督を迎えたイングランドのチェルシーなのだが、サッリについてはまた改めて。

August 10, 2018

フェスタサマーミューザ2018 反田恭平、藤岡幸夫指揮日本フィル

ミューザ川崎
●9日はミューザ川崎へ。フェスタサマーミューザ2018で、藤岡幸夫指揮日本フィル。反田恭平がラフマニノフ~ヴァレンベルク編曲のピアノ協奏曲第5番(交響曲第2番の編曲)を日本初演するとあって、全席完売の盛況ぶり。ファミリー層、反田さんファン、魔改造マニア等、いろんな客席が渾然一体となっていい雰囲気。
●ラフマニノフ~ヴァレンベルク編曲のピアノ協奏曲第5番、すでに録音も複数リリースされているが、ここで初めて聴いた。ワクワク。交響曲第2番の編曲なんだけど、想像以上に「協奏曲化」されていてびっくり。なにしろ4楽章の交響曲が3楽章になっているし、カデンツァまで用意されている。3楽章になっているのは、原曲の第2楽章と第3楽章をひとつにまとめているからで、緩徐楽章のなかにスケルツォを置くという考え方はロシアのスタイルとしてありうるとは思う。長大な原曲をかなり短縮化して協奏曲にふさわしい長さに収めているのも吉。もちろん、無理は承知の編曲だとは思う。未完成作品を補筆したとか、ヴァイオリン曲をピアノ曲に編曲したとかいうのとはわけが違って、なんの不足もない完成品の交響曲をいったん分解して、わざわざ別の要素を加えてピアノ協奏曲に再構築しているわけで、たとえば終楽章の第1主題みたいなあんまりピアニスティックじゃない主題まで独奏ピアノにも割り振らないといけないという苦しさも感じる。完成品をもういちど別の完成品に作り直すためになにを付加すればいいのか。その回答として強烈なヴィルトゥオジティがあって、厚みのある管弦楽との格闘も含めて、独奏者の負担は相当なもの。反田さんの輝かしいソロがなければ成立しない野心作だった。今後、別のピアニストで演奏を聴くチャンスはなかなかないかも。オーケストラも一段明るめのサウンドで好演。
●これで後半がラフマニノフの交響曲第2番だったら完璧だが、そんなわけない。シベリウスの交響曲第1番。7曲すべてが異なる顔を持つシベリウスの交響曲にあって、第1番はロシア的というかチャイコフスキー的な香りが魅力。シベリウスも最初の交響曲ではシンバルを打ち鳴らしていたのだなあ。アンコールにエルガーの「夕べの歌」。清冽。

August 9, 2018

ゾンビとわたし その36:街がゾンビで埋め尽くされたときのためのプレイリスト

●ウェブマガジンONTOMOの8月特集は「ホラー」。「街がゾンビで埋め尽くされたときのためのプレイリスト」を寄稿しているので、よろしければ、どぞ。究極のNO MUISC, NO LIFE。ちなみにバーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」が、リチャード・マシスンの「アイ・アム・レジェンド」に登場するのは、単なる作者の好みではないと思う。ここで補足しておくと、バーンスタインが触発されたオーデンの「不安の時代」にある第2次世界大戦に由来する信仰の危機というテーマは、ゾンビの直系の祖先が吸血鬼であり、彼らが十字架を弱点としたことと明確に関連している。
●あと、ゾンビ以後の世界についてのインフラなんだけど、「アイ・アム・レジェンド」では電力を自家発電してるんすよ。だから、ただひとりの人類になってもレコードを聴いていられる。燃料はガソリンスタンドで調達するのかな。これがたとえば「アイ・アム・ア・ヒーロー」だと、ずっと電力が供給されているみたいでそこが腑に落ちなかった。実際のところ、Zday以降、電気、ガス、水道はどれくらいで止まってしまうのかを知りたい(知ってどうする)。

August 8, 2018

映画「ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー」(ロン・ハワード監督)


●もうほとんど上映が終わりかけている今頃になって、ようやく映画「ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー」を見ることができた(なんでワールドカップとかぶせて公開するのか)。ここのところ新作がポンポンと誕生してありがたみも薄れている「スター・ウォーズ」シリーズだが、今回は外伝に相当するアナザー・ストーリー第2弾。ハン・ソロの若き日を描く。ずっとこのシリーズを映画館で見てきた者としては、見ないわけにはいかない。
●で、ずばり、これは「スター・ウォーズ」がディズニーに移籍して以来、最良の作品だと思う。近年の「スター・ウォーズ」はどれも楽しく見たけど、本編にせよ外伝にせよ、どれもなにかしら無視できない問題を抱えていて、シリーズのファンとしてはどこか覚めた気分で眺めざるを得ないところがあった(聖典となった旧三部作のセルフコピーになっていたり、登場人物の自己犠牲が過剰だったり……)。しかし、今回の「ハン・ソロ」は久々にワタシたちの「スターウォーズ」が帰ってきたという気持ちになれた。良くも悪くも、古き良き冒険活劇で、これが「スターウォーズ」のテイストなんじゃないか。
●感心したのは、旧3部作の伏線がきれい回収できているところ。ハン・ソロだけじゃなくて、あのランド・カルリジアンも若返って登場する。ランドとミレニアム・ファルコン号の特別な関係と、それがハン・ソロの手に渡った経緯、ハン・ソロの名前の由来(これは映画「ゴッドファーザー」へのオマージュか)、チューバッカとの出会いなど、とてもよくできている。西部劇ばりの列車強盗を「スター・ウォーズ」の世界観で再現するという趣向も、すごく「らしさ」を感じる。
●あと、見逃せないのが、音楽の充実。旧三部作でジョン・ウィリアムズは伝説を築いたが、その後、ワタシの感じるところでは、新作が出るたびに鮮度が失われ、過去の遺産への依存度が高くなっていた。でも、この「ハン・ソロ」の音楽は久々にいいと思った。テーマもオーケストレーションも、正調「スター・ウォーズ」でありながら劣化コピーになっていない。音楽はジョン・パウエル。もっと早くから起用してくれればよかったのに!

August 7, 2018

ラジコで「村上RADIO~RUN&SONGS~」

ラジオ・チューナー
●村上春樹がラジオDJを務めた番組「村上RADIO~RUN&SONGS~」(TOKYO FM)を聴いてみた。ありがたいことに今はラジコ・プレミアムを契約していれば全国各地のFM局を過去1週間分、オンデマンドで聴くことができる(→こちら)。なんてラクチン(死語)なのか。
●で、「村上レディオ」(って読んでた)、なじみのないジャンルの音楽の話なので、中身はさっぱりわからないんだけど、楽しく聴いた。そもそもどんな声の人なのか知らなかったこともあって、エッセイで読むときの「村上春樹」というキャラクターと同一人物とは思えない。でも、聴いている内にだんだんなじんでくる。いちばん気になったのはどんなトーンで話すのかということなんだけど、思った以上にざっくばらんとして、やや気取りがあってDJらしい。書き言葉ではなく、「~ですよね」という話し言葉。でも、しっかり書いてある原稿を読んでいると予想。けっこう音楽にかぶせて話をする。ベースはひとり語りなんだけど、途中のQ&Aコーナーは進行役の女性アナウンサーとふたりになる。やっぱりふたりになると話に勢いが出る。
●ご本人の緊張感と楽しんでいる感が同時に伝わって来て、まちがいなく第2回もありそうな雰囲気。今回はなかったけど、そのうちクラシックもかけてくれるのだろうか。
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●話のついでに宣伝だけど、ラジコ・プレミアがあれば拙ナビのFM PORT「クラシック・ホワイエ」もオンデマンドで聴けるぞ! ラジコ、サイコー。ウヒョー!(謎ノリ)。

August 6, 2018

フェスタサマーミューザ2018 ミンコフスキ指揮東京都交響楽団

フェスタサマーミューザ2018のポスター
●5日はミューザ川崎でフェスタサマーミューザ2018。先日、OEKを指揮したマルク・ミンコフスキが今度は都響の指揮台に登場。演目はチャイコフスキー「くるみ割り人形」全曲。クリスマスをぶっ飛ばせ、真夏に聴く灼熱の「くるみ」。当初休憩なしで一気に演奏すると発表されていたが、第1幕と第2幕の間に20分の休憩をはさむことに。これは断然正解というか、フェスタサマーミューザのようなファミリー層も来場するサマーコンサートでは、休憩がないといろんな心配事が発生しがちなので安堵(子供たちが座ってられなくなったりトイレに行きたくならないかとか)。合唱はTOKYO FM少年合唱団。もちろん、バレエはなし。客席はよく入っていた。
●ミンコフスキは一貫してきびきびとしたテンポで、歯切れよくコントラストの効いた音楽を展開。踊りの音楽にはちがいないけれど、バレエのピットで奏でられる優美な音楽というよりは、ノリノリのシンフォニックな音楽。彼が指揮台に立つと、全身から発散される熱気がステージを包み込むかのよう。もともと恐るべき名曲密度を誇る傑作が、さらに一段、濃密に感じられる。全曲版でも舞踊の欠落感をまったく感じさせなかった。なかなかこうはいかない。チェレスタも見事。曲が終わると盛んなブラボーが寄せられ、最後はミンコフスキのソロ・カーテンコール。
●「くるみ割り人形」って、ストーリーが動くのはほとんど第1幕で、第2幕は踊ってばかりで話が進まないんすよね。バレエだからしょうがないけど。あ、でもオペラでも歌ってばかりで話が進まないという現象はあるか。踊らない/歌わないと話にならないけど、踊りすぎる/歌いすぎると話は進まない。まるで人生みたいだ。ウソ。

August 3, 2018

鈴木雅明、バッハ・コレギウム・ジャパン バッハ「クラフィーア練習曲集第3巻」

●2日、昨晩の「ペレアスとメリザンド」に続いて、また東京オペラシティへ。バッハ・コレギウム・ジャパン主催による鈴木雅明のバッハのクラフィーア(クラヴィーア)練習曲集第3巻、通称ドイツ・オルガン・ミサ。鈴木雅明のオルガン独奏に加えて、各コラール・プレリュードの前に鈴木優人指揮バッハ・コレギウム・ジャパンの合唱による同旋律のコラールが配置されるという拡大版。休憩をはさんで2時間超の大作に。満ち足りた濃密な時間を過ごす。
●オペラシティのオルガンをこれだけまとまって聴いたのは久々。重厚できらびやかな音色を堪能。強奏時にホール内の反射音を体感できる空間性はこの楽器ならでは。前奏曲とフーガ変ホ長調BWV552の前奏曲を冒頭に置き、フーガを最後に配置したドラマティックな枠組みのなかで、変化に富み、次々と多様なキャラクターをまとうバッハの音楽を堪能する。合唱でコラールを先に歌ってもらえる親切設計がありがたい。前から順番に全曲を聴き進めていくと、おしまいに4つのデュエットがつながってガラッと雰囲気が変わるのが少し不思議な感じ。最後のフーガはひたすらカッコよく、旅から帰ってきたみたいな気分。「ゴルトベルク変奏曲」でアリアが戻ってくるのと似たような感情がわく。

August 2, 2018

ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢のドビュッシー「ペレアスとメリザンド」

●1日はマルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢の東京特別公演でドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」(東京オペラシティ)。ミンコフスキのOEK芸術監督就任記念で、ボルドー国立歌劇場との共同制作。先立って石川県立音楽堂で行われた定期公演ではボルドーでの公演と同様にステージ・オペラ形式として上演されたが、同じ形態でオペラシティで上演するのは困難ということで、東京では後方に大型スクリーン1枚を掲げたセミ・ステージ形式での上演。演技も衣裳も照明もあり。舞台上にオーケストラが乗り、主にその前方で演技が行われるが、バルコニーなども用いられる。大型スクリーンに映し出される映像は、場面場面に応じたものだが過度に説明的ではなく、しばしば登場人物の眼をモチーフとする。懐ゲーのCGみたいのじゃなくて、現代の映像。おそらく金沢での公演はもっとフィリップ・ベジアとフローレン・シオーによる演出面で話題を呼ぶものだったと察するが、東京公演では圧倒的に音楽が主役。
●オーケストラの音が普段のOEKの音とはぜんぜん違う。柔らかくしてしっとりとした質感があって、色彩感豊か。強弱の表現の幅も一段と大きい。OEKは室内オーケストラなので、ベースとなるのは最小の二管編成で、普段はきびきびとした機動力が持ち味。編成が大きい作品を演奏するときはエキストラが増えて、どこか輪郭がにじんだような印象を受けることもあったのだが、今回は一丸となってひとつのサウンドが作られていた。繊細で、熱量も豊か。歌手陣のクォリティはきわめて高く、ペレアスもメリザンドもゴローもアルケルも、みんな歌にも演技にも満足できたという稀有な公演。イニョルド役のマエリ・ケレという人は17歳ってことなんだけど、本当に子供みたいな幼くて清澄な声が出てくるのがすごい。これが金沢ではOEKの定期公演の一公演として開かれたというのも驚き。楽団史に残る記念碑的名演といっていいのでは。
ドビュッシー●で、「ペレアスとメリザンド」だ。少し前に演奏会形式によるデュトワ指揮N響でも聴いたばかりだが、元ワグネリアンのドビュッシーが苦心の末に生み出したポスト・ワーグナー・オペラであり、音楽的にはドビュッシー以外のなにものでもない反面、メーテルリンクの「ペレアスとメリザンド」という題材自体がすごくワーグナー的だと感じる。「トリスタンとイゾルデ」+「パルジファル」。ペレアスとメリザンドとゴローの関係は、トリスタンとイゾルデとマルケ王を思い出させずにはおかないし、深い森に囲まれた閉塞的な城は「パルジファル」のモンサルヴァート城を連想させる。メリザンドは、不幸を先取りせずにはいられない痛々しい女性。崖っぷちでしか生きられない。ドヴォルザークの「ルサルカ」なんかとも同系統のセイレーンものではあるんだけどリアルな存在でもある。彼女の特技は大切なものを水の中に落とすこと。最初のゴローとの出会いで王冠を落とし、ペレアスといっしょのときにゴローの大切な指輪を落とす。わざわざ高く放り投げて戯れて、落としたくて落としている。大切なものを水に落とすという行為は、ずっと反復されてゆく円環的なものなのだろう。最後には死んでしまうわけだが、老王の言うように「次はこの赤ん坊が生きる」。娘は成長したら次のメリザンドになることを予感させる。ドビュッシーの音楽にもどこか円環的なものを感じる。というのは、この曲を聴き終えると、ついつい第1幕冒頭の音楽を思い出してしまうから。おしまいと始まりがどこかで呼応してる。
●イニョルドが遊んでいたボールが岩に挟まって取れなくなる場面で、この演出では岩の役(?)をメリザンド自身が演じていたのがおもしろかった。最後、スクリーンに赤ん坊が映るのは、ついキューブリックの「2001年宇宙の旅」を連想してしまう。意味合いは違うんだけど。

August 1, 2018

火星大接近2018

火星
●現在、火星が地球に大接近中。昨晩が最接近で、火星と地球の間の距離は5759万km。火星はマイナス2.8等の明るさ。9月上旬まではマイナス2等を超えるということなので、夜空に赤くて明るい星を探せば、すぐに見つかりそう。昨晩、南東の方角を眺めてみると、火星がひときわ明るく輝いていた。その右上に暗めに光るのは土星、さらに右で明るく輝くのは木星か。都内の明るい夜空で肉眼で見えるのはそんなもの。スマホからGoogle Sky Mapを起動して空にかざして答え合わせをしてみると、空は星々と星座たちで大賑わいなのだが。
●上の写真はもちろん拾い物。実際に見たのは小さな赤い光点にすぎない。雰囲気だけでも接近感を出してみようかと。

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