2018年8月アーカイブ

August 31, 2018

神戸の外国人たち

神戸
●先週のヴィッセル神戸対マリノス戦で、後半から神戸は外国人選手6人が同時にピッチに立っていた。つまり11人の内、半分以上が外国籍の選手だったのだ。ついにJリーグでもこんな光景が見られるようになったのかと感慨あり。
●どうしてそんなことが可能なのか。Jリーグの外国人枠は無条件に3人ある。神戸はこの3人の枠をイニエスタ、ポドルスキ、ウェリントンで使った。これに、アジアサッカー連盟枠として1人を追加できる。この枠をキム・スンギュが使った。さらに、Jリーグには外国人扱いを免れる「Jリーグ提携国」枠がある。これを使ったのがカタールのアフメド・ヤセルとタイのティーラトンの2人だ。これで計6人。国際色豊かだ。
●これを見ると、Jリーグもだんだん欧州と同じようになりつつあるのだなと思う。イングランドのプレミアリーグでは2009年のポーツマス対アーセナル戦で両チームの先発メンバー全員が外国人になった。それじゃあイングランドの選手が育たない、イングランド代表の未来は暗いと言われたものだが、今年のワールドカップを見る限り、その予言は当たっていない。
●マリノスのイッペイ・シノヅカ(篠塚一平)はロシア国籍なのだが、「日本生まれでなおかつ日本の義務教育を受けた選手は各チーム1名に限って外国籍とはみなさない」というルールが適用できるため、日本人扱いにできる。現状のルールはかなり煩雑だ。今のところ顕在化していないが、たとえばカタールがJリーグ提携国であるなら、ブラジル人にカタール国籍を取らせて外国人枠を免れるという手もありうる。遠からず外国人枠は撤廃されて、代わりに日本で生まれ育った選手を最低何名以上(たとえば5人とか)起用するといった制度に変化していくんじゃないだろうか。

August 30, 2018

音楽を止めるな

ヘッドフォン●ある曲をYouTubeで再生していたら、いつの間にか同じ作曲家の別の曲に変わっていた。この自動再生って、よくできたアルゴリズムで選曲してくれてるんだろうけど、勝手に別の曲を続けられるのは困る。そうだ、自動再生を切ればいいのだ。画面の右上にあるスイッチをオフにする。そういえば、Spotifyもあるときのバージョンアップで、自動再生がオンになって辟易したっけ。あれは即座にオフにした。どんなに絶妙な選曲だろうと、やっと一曲聴き終えた後にだれが間髪入れずに次の曲を聴きたいと思うのか。
●と言いたいところだが、世の多くの人が次の曲を選んでほしいと思っているから、YouTubeもSpotifyもそういう仕様が標準になっているのだろう。みんな勝手に音楽を止めてほしくないと思っている。つまり、音楽を止めるときは自分の都合で止めたい。ということは、「演奏を終える」という権限がアーティスト側からリスナー側に移りつつあるとも解釈できる。アルバムの最後の曲をなににしようかとアーティストが熟慮したところで、そこで音楽は止まってくれない。
●YouTubeやSpotifyで育った世代が大人になる頃には、音楽の聴き方もすっかり変わっているにちがいない。コンサートだって開演はみんな同時に迎えるけど、終演は各自が好きなタイミングで席を立つようになる、とか?

August 29, 2018

イエデンをリプレイスするアナクロ大作戦

●何年前のことだったか、FAX電話機が不調になったとき、もうFAXなんてだれも使ってないことに気づいた。これを修理する意味はないし、売り場を見ても新機種なんてほとんど出てない。そうだ、名刺からもFAX番号を削ろう。それでなんの問題もなかった。実はいまだに記者会見の出欠などでFAXでの返信を求められるケースもあるのだが(なぜか案内はメールで届いてたりする)、そういう場合はbiglobeのFAX配信サービスで送信している。この種のサービスも風前の灯火といった感はあるが、かろうじて生き残っている。
●で、FAX機能は無用の長物となったものの、まだ同じ機械をしつこく電話機として使い続けていたところ、ついに液晶表示画面が映らなくなって寿命を迎えることに。そこで単機能の電話機を買おうと思い調べてみると、選択肢があまりない。もう固定電話機というジャンルが細っている。
固定電話の保有率について統計を見ると、30代の保有率は29%、20代は5%しかない(2017年時点)。親の世代は固定電話を持っていたとしても、子が大人になって世帯主になったときに、わざわざイエデンを導入しようとは思わないということか。そんなわけで、今売っている電話機の主流は高齢者向けを意識した機能が売り。迷惑電話防止機能は必須。たとえばかかってきた電話に対して「この電話は迷惑電話防止のために録音されます」とアナウンスしてくれたり、あらかじめ電話機が相手に「お名前を教えてください」と尋ねてくれるとか、電話の呼び出し音の合間に「迷惑電話にご注意ください」と発声してくれたりとか、そんなディフェンシブ親切機能が満載。0120で始まる電話番号は着信拒否に設定できる(これは便利そう)。一言でいえば、「詐欺的な電話に引っかかりそうな老親のために子供世帯が選んでくれそうな機種」を目指してる感じ。いやー、そうじゃなくて、もっとカッコいい感じの電話がほしいと思って調べてみても、そんなに数はないし、あってもどこか基本機能の面で不満がありそうな機種ばかり。それだけ市場が小さいってことか。
●仕事上、固定電話はまだ必要なので、割り切って迷惑電話対策の充実したその手の電話機を導入した。使い勝手はいい。画面表示の字が大きくて吉。記念すべき着信第一号はセールスの迷惑電話だった。ま、そうなるよなあ。

August 28, 2018

サントリーホール サマーフェスティバル2018 「フランス音楽回顧展I」昇華/飽和/逸脱~IRCAMとその後~

●27日はサントリーホールのブルーローズ(小ホール)でサマーフェスティバル2018 「フランス音楽回顧展Ⅰ 昇華/飽和/逸脱〜IRCAMとその後〜」。トリスタン・ミュライユ、ラファエル・センド、フィリップ・マヌリの3人の作曲家の作品が演奏された。「回顧展」と題しつつも、3作とも2010年代の近作。すべて日本初演。
●トリスタン・ミュライユ「トラヴェル・ノーツ」(2015)は2台ピアノ(グラウシューマッハー・ピアノ・デュオ)と2群の打楽器(藤本隆文、安江佐和子)のための作品。旅の手帳ってことなのか。空想の乗り物に乗って空想の風景を旅するということで、ロンド風の形式で旅の部分と風景の部分が交代する。空想の乗り物ということなんだけど、あえてイメージすれば飛行機と空港、かな。ラファエル・センドの「フュリア」(2010)は、チェロ(山澤慧)とピアノ(秋山友貴)の特殊奏法が炸裂。PAで増幅された苛烈な音響と奏者の気迫がインパクト大。
●より印象的だったのは後半のほう。マヌリの2台のピアノと電子音響のための「時間、使用法」(2014)。50分以上の大作だというし、曲名の意味がチンプンカンプンだし(「時間の使用法」ならともかく、「時間」と「使用法」っていうまるで異なる概念の並列がわかんない)、雰囲気だけでもと思い事前に少しだけ音源をつまみ聴きしたのだが、「これは滝に打たれる覚悟で行かねば」と恐れつつ臨む。でも前半よりある意味こちらのほうが聴きやすかったかも。2台ピアノとそれに重なる加工された電子音響が前方と後方の左右に置かれたスピーカーから立体的に聞こえてくる。長大な現代作品に恐れをなしてしまうのは、大概の場合、とにかく文脈が追えないからで(自分には)、いくら瞬間瞬間でおもしろい音が聞こえてきても、前後のつながりがどうなっているのか仮にでも感知できないと迷子になる。起承転結なら最高にわかりやすいが、なんなら起承起承でも起承転転でもアレグロ~アダージョ~スケルツォ~フィナーレでもなんでもいいわけだが、ブルックナーやマーラーがどんなに長くても聴き通せるのはそこで迷子にならないから。だから「時間、使用法」はもうダメだろうと思いきや、全体が8つのセクションにわかれているということで、かろうじてセクションごとの切れ目、キャラクターの違いは伝わる。そこから全体の大きな物語性みたいなものを受け取ると、ある種の恍惚感が訪れる。でも、「時間」はともかく、「使用法」ってなんだろ。「1日3回食後に2錠ずつ飲んでください」みたいなこと?

August 27, 2018

雷光、神戸vsマリノス、久保の初ゴール、イニエスタ祭り未遂

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●昨夜、北の空がピカッ、ピカッとずっと光っていた。一瞬、花火でも上げているかと思ったが、音はしない。よく見ると雷である。音が聞こえないほど遠くで光っているのに、あんなに盛大に空が明るくなるとは。
●そんな雷光が予告するかのように、Jリーグの神戸vsマリノス戦は波乱の一戦となった。ポステコグルー監督のもと降格圏に沈みゆくマリノスに対して、楽天マネーパワーで潤う神戸はイニエスタとポドルスキが先発メンバーにいる目を疑うような豪華布陣。この二大スターに話題が集まりがちだが、ほかのポジションも着実に補強が進んでいるように感じる。監督は元マリノスの選手でもあった吉田孝行(いや、元フリューゲルスの選手だったというべきか)。順位も4位くらいかな。もう神戸は雲の上の存在だ。
●そんな戦力の充実した神戸が相手だけに、マリノスはいつものようにボールを保持できない。ポステコグルー監督の信条とする極端なポゼッション・サッカーをしようにも、個の力の差でボールを持てないんだから、どうにもならない。すると、どうなるか。マリノスが2対0で完勝した。出た、ポステコグルー監督の逆噴射戦術。シーズン当初から言っているように、ハイライン、ハイプレス、ハイリスクの過激戦術は、機能すると負けるが、機能しないとけっこう勝つ。いみじくも試合後のインタビューでポステコグルー監督が言ったように「前半はボールをある程度持てたが、後半は(守勢に回って)苦しい展開になった」。マリノスが2点を奪ったのは、その後半である。サッカーというのは自律的にボールを回してゴールを奪おうとすると果てしなくチャンスが遠いが、相手のミスを突いたりカウンターアタックをしたりすると、なんと簡単にチャンスがやってくるのであろうか。これがポストモダン・フットボールだ。つまり、戦術が競技戦術そのものへの批評性を有するという自己言及性がある。しかし、尊師ポステコグルーとともに絶食の荒行に臨んできた修行僧は、目の前に鰻重を差し出されたらなんの躊躇もなくガツガツと喰い始めてしまう。ポストモダンはもういい、勝点をくれ……と。
●マリノスはFC東京からローン移籍してきた17歳の久保建英が先発、期待に応えてJリーグ初ゴール。右サイドの松原からのグラウンダーのクロスを足元に浮かせてトラップして、これを左足でハーフボレーでゴール隅に突き刺したというビューティフル・ゴール。バルセロナのカンテラ育ちということで将来を嘱望される選手だが、17歳でゴールを決められたのはよかったんじゃないかな。だって、18歳になってしまったらニュース的に「天才感」がまったくなくなってしまうわけだし。17歳と18歳の違いは限りなく大きい。と、つい他人事のように論評してしまうわけだが、それはこの選手が借りた選手だから。どうせウチの選手にはならない。シーズンが終わったら、東京に帰っていくのか、スペインに帰っていくのか、なんだか「帰り先」がいくつもあるような選手で、マリノスとしては将来に向けて育てる意味がまったくない。今がすべて。だから、ゴールをありがとうと言いたい。同一ディヴィジョン内の若い選手のローン移籍って、こういうところが微妙なんすよね。
●神戸だが、さすがにイニエスタはレベルの違うプレイを連発していた。マリノスは特にイニエスタを厳しくマークするようなサッカーをしないので、前を向いてボールを持つたびに脅威を感じる。イニエスタがワンプレイするたびに楽天からメールマガジンが一通届くかのような迫力だ。購読を解除しても解除しても、一瞬の隙をついて新規にメールマガジンが届いてしまう、そんな抜け目のなさを正確無比なプレイに感じる。イニエスタは次々と決定機を作っていたのだが、ほかの選手がゴールを決められなかっただけである。もう少し決定力があれば、今頃チカチカする赤い画面を見つめながら楽天ポイント3倍セールで買い物をしているところであった。

August 24, 2018

元銀行員のサッリを新監督に迎えたチェルシー

チェルシーvsアーセナルのマッチデイ・プログラム●イングランドの夏は短い。すでにプレミアリーグは開幕しており、この週末で3節目を迎える。で、今季もっとも注目したいのがチェルシー。このビッグクラブが今季新たに監督に招いたのは、ウワサの異才、マウリツィオ・サッリ。なんと、元銀行員というイタリア人監督だ。もちろん、プロ・サッカー選手の経験などない。大手銀行に勤務するかたわら、趣味で地元のアマチュア・クラブの監督を率いたところ、毎シーズンごとにチームは上のカテゴリーへと昇格を果たした。そして6部チームを率いていた40歳で銀行を退職し、監督業に専念すると、セリエD、セリエC2、セリエC1とどんどんステップアップ、セリエBからはさすがにしばらく伸び悩んだようだが、やがてセリエBのエンポリをセリエAに昇格させることに成功。銀行を辞めてから15年をかけて、55歳でついにトップリーグにまで到達した。それからナポリに引き抜かれると、ここでも実績を残してスター選手たち相手にもチームを指導できることを証明した。そして、今季からは、ついにチェルシーで指揮を執ることになった。
●こういう話を聞くと、ヨーロッパの指導者たちの日本とは次元の違う層の厚みを感じずにはいられない。監督としてゼロから始めても、才能があれば頂点のビッグクラブまで到達できてしまう。そして、サッリが掲げるのは革新的な攻撃的サッカー。サッリの戦術は「トータル・ゾーン」と呼ばれている。マンマークを放棄した完全なゾーン・ディフェンスで、ディフェンス・ラインは極端に高く、一糸乱れぬ上げ下げのコントロールを要求されるのだとか。約束事の多い戦術らしく、先発メンバーの固定を好み、しかも戦術が浸透するまで時間がかかるからシーズン最初はうまくいかないみたいなことを公言してしまう。ハイラインでポゼッション重視の攻撃サッカーということでは、マリノスでポステコグルー監督がやりたかったのはこれなのかなという気もしなくはない(結果的に似て非なるものになっているが)。
●ここまでは、ハダーズフィールド・タウン、アーセナルを相手に快調に2連勝。シーズン当初から結果が出ている。サッリは自分の戦術を実現するために、ナポリから教え子ともいえるジョルジーニョを連れてきて、アンカーのポジションに置いている。彼が後方のコンダクター。で、おもしろいのは、ジョルジーニョを底に置いた結果、本来この位置でボールを「狩る」役割のカンテがひとつ前の、いわゆるインサイドハーフにロス・バークリーと並んで入っている。すると、カンテが攻撃参加する場面ががぜん増えて、こんなに攻撃もできる人だったのかという驚きあり。4-3-3を採用していて、センターバックにダビド・ルイスが復権しているのも特徴。前線の3枚は今のところ中央がモラタ、左右にウィリアンとペドロが入っている。ということは、ワールドカップで優勝したフランスのジルーがベンチにいる。そしてアザールもなぜか2試合ともベンチスタートだったのだが、その理由はコンディションなのか、戦術的理由なのか、一部でウワサされる移籍が近く発表されるのか、理由は謎だ。
●世界の名監督には、サッリのようにプロサッカー選手の経験がない人はそう珍しくない。元祖革命的戦術家のサッキにはじまり、ザッケローニ、モウリーニョ、ビラス・ボアス、マンサーノ、マノ・メネーゼス、Jリーグでおなじみのオリヴェイラやジョアン・カルロスなどなど。彼らはプロ選手にならなかったからこそ、早期からコーチやスカウトとして体系立ててサッカーを学べたのだと理解しているのだが、それにしてもサッリのように銀行員から転身するというのは異例だろう。会社を辞めて15年を経て、世界の頂点へ。最強のオッサン版シンデレラ・ストーリーだ。

August 23, 2018

ゾンビとわたし その37:映画「カメラを止めるな!」(上田慎一郎監督)

●ようやく観た。低予算映画ながら口コミで評判を呼び、現在大ヒット中。なにせ平日の昼から連日全席完売という大人気ぶり。ONE CUT OF THE DEAD という英題が示すようにゾンビ映画を謳っているわけだが、よもやゾンビ映画を満席の映画館で見ることになろうとは!上映前の客席にみんなのワクワク感が充満しているのが肌で感じられるという近年では稀有な体験。
●で、これがどういう映画であるかというのはなかなか語りづらい。予告編も見ないほうが吉。これから観る人の楽しみを損なわない範囲で簡潔に言えば、細部までよく練りあげられた「感じのいい映画」。最初の30分ほどは、こんなはずではないのだがと思いながらカメラ酔いに耐えていたが(画面が揺れるタイプなんすよ)、途中から合点が行き、最後は溜飲が下がった。登場人物の造形も秀逸。あ、こんな人、いるいるのオンパレードだ。役者の演技もすばらしい。核心となるテーマは愛(多くのゾンビ映画と同じように)。傑作。

>> 不定期終末連載「ゾンビと私


August 22, 2018

サイトウ・キネン・オーケストラと松本山雅FC

アルウィン 松本
●きっとこの週末はセイジ・オザワ松本フェスティバルのために松本に出かける人も多いと思う。8月26日の昼はディエゴ・マテウス指揮サイトウ・キネン・オーケストラの公演がある。そんな人にとっておきのお得な情報を。前泊すると、25日(土)18時キックオフの松本山雅FC対横浜FCというJ2リーグ屈指の好カードを観戦できる! 会場はアルウィン。これがすばらしいスタジアムなのだ。サッカー専用なので、陸上競技用のトラックがなく、ピッチが近い。スタジアム自体のサイズもコンパクトで、アットホームな雰囲気がある。山が見えるのも吉。会場へは松本バスターミナル他からシャトルバスが出ていて、初めてでもアクセスはスムーズ。そして今季は松本が大変好調で現在リーグ首位にいる。対する横浜FCは4位。J1昇格をかけた大一番だ。
●こんなふうに松本山雅の試合とサイトウ・キネン・オーケストラを連続して体験できるチャンスというのは実はそう多くはない。両方が夜だと一泊では難しいし、日時が重なってしまってもアウト、さらに松本山雅がアウェイゲームの週はどうしようもない。こういうのって、両者の間で日程調整できる余地はないんすかね。で、今年はチャンスだと思って狙っていたのだが、結局この週末は東京から離れられなくなってしまい、残念ながらサイトウ・キネンは別の週に聴くことにした(松本山雅は断念)。来季はマリノスがおじゃますることになるかも……と思ったが、こっちがJ2に落ちて山雅がJ1というすれ違いの可能性も大いにあるのであった。戦慄。

August 21, 2018

ICC オープン・スペース2018イン・トラジション/キッズ・プログラム 2018 「さわるのふしぎ、ふれるのみらい」

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●東京オペラシティのコンサートホールの1階上にあるのがICC(NTTインターコミュニケーション・センター)。テクノロジーを活用したメディアアート作品などが展示されていて、かなり居心地のいい場所になっている。現在、「オープン・スペース2018イン・トラジション」とキッズ・プログラム 2018 「さわるのふしぎ、ふれるのみらい」が開催中。どちらも無料で気前がいい。「さわるのふしぎ、ふれるのみらい」は触覚がテーマになっていて、上の写真はechoという作品。この箱自体は脇役で、対象物との距離を検知して振動するecho bandという装置を手に装着して、モノに直接触れることなく振動の強弱で距離感を知覚するという趣向。

●こちらは「オープン・スペース2018イン・トラジション」から、「イマジナリー・ランドスケープ」と題された作品(ジョン・ケージの同名作とは関係ない、と思う)。部屋の3面に設置されたスクリーンに、それぞれGoogleストリートビューの異なる国や街の写真が写っている。これは一定のアルゴリズムによって類似性、連続性の高い写真を3枚抽出して並べて、これに応じたサウンドスケープを添えて、架空の風景を作り出すというもの。3枚の写真が驚くほど自然につながっているかと問われるとそれほどでもないのだが、発想がおもしろく、雑踏の音に音に耳を傾けながらしばらくこの小部屋に留まりたくなってしまう。

●こちらはICCから一階下りたところで、コンサートホールの脇にいたチューバッカ。ICCとはなんの関係もなく、たまたまばったり出くわしたので、写真に撮っただけ。たまにいるよね、チューバッカ。
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●今日は本サイトの誕生日。実はこのサイトはインターネット草創期の1995年から続いている。Yahoo! JapanやGoogleやAmazonよりも古い。そして23年も経った割には進歩がない。

August 20, 2018

だれかポステコグルー監督に頭上を見あげるように言ってくれ ~ 鹿島vsマリノス戦

ハゲタカ
●なぜ試合後のインタビューで、だれもポステコグルー監督に「残留争い」について尋ねないのか。もはやだれがどう見ても残留争いを戦っているマリノスだが、この苦しい状況で苦手の鹿島とアウェイで戦うことに。なんと、ポステコグルー監督は前の試合で機能したとは思えない3バックをふたたび採用した。しかも2013年7月から178試合連続フル出場を果たしてきた中澤佑二を外すとは(ベンチ外)。そして新戦力のチアゴ・マルチンスに栗原とドゥシャンを組み合わせるという3バック。試合? ああ、負けたとも。鹿島が1対0で勝った。負けなかったら驚いたと思う。だれかポステコグルー監督に頭上を見あげるように言ってほしい。ハゲタカたちが旋回しているのが見えるだろう。少し前まで、対戦相手たちはどんなにマリノスが負けていても、「今年のマリノスさんは強い」みたいなことを言っていた。ハイライン、ハイプレス、ハイリスクのウルトラ・ポゼッション・サッカーの先にだれも見たことがない未来があるんじゃないかと、みんな畏怖していた。だが、今はどうだ。対戦相手はどこも勝点3必須で臨んでくる。あの過激戦術は袋小路に向かって爆走しているだけ。そう見破られてしまったようである。
●マリノスが抱える問題点は前の試合とまったく同じ。3バックにしたが、バックラインから前線にボールを供給できる選手がいない。そこで中盤から扇原が下がってくるのだが、4バックと比べてさらに前が一枚減っているわけで、左右ウィングバックの山中、松原に出したところでボールが帰ってくるばかり。自らボールを持つサッカーをしているのに、展開力がまったくないという自己矛盾。そしてラインの裏も取られる、サイドのスペースも使われるで、中央の堅さだけで1失点に抑えたようなものだが、肉体派センターバックを並べるんなら堅守速攻のサッカーをやってりゃいいじゃないの。キーパーの飯倉の走行距離は5.5キロ。前節よりは走ったが、7キロ走ってくれないと物足りない。もういいんだ、勝てなくても。飯倉がゴールをがら空きにして7キロ走ってくれさえすれば。それなのに、それなのに、ウッ。
●下位5チームは名古屋のみ勝ち、後はそろって負けてくれた。マリノス、鳥栖、ガンバ大阪、長崎の4チームが依然勝点2の間に密集している。おそらく、この4チームから2チームが自動降格し、1チームが入替戦に臨むことになる。

August 17, 2018

「アルルの女」補遺ホイ

●ONTOMOに書いた「アルルの女ってだれ? ビゼーの二大傑作『アルルの女』と『カルメン』」の記事の補遺をここに。ドーデが書いた「アルルの女」の原作には2種類のバージョンがある。大元となった短篇は「風車小屋便り」に収められていて、こちらはKindleで簡単に入手できるのだが、拍子抜けするほど話が短い。ビゼーが曲を付けたのは、ドーデ自身が短篇に肉付けして戯曲化した「アルルの女」のほう(主人公の名前も違う。短篇ではジャンだが、戯曲ではフレデリ)。こっちは岩波文庫など複数の翻訳があったのだが、今はどれも入手困難。翻訳も相当に古いので、ぜひとも新訳で復刊してほしいところ。
●短篇になく戯曲にあるサブストーリーに、主人公の弟の存在がある。知能の発達が遅れている弟は「ばか」と呼ばれ、母親から溺愛される主人公とは対照的に、息子の内に数えられていない。主人公の一家は裕福な農家なので、親の期待はすべて長男にかけられている。最後に主人公が自らの命を絶とうというときになって、突然、弟は筋道の通ったことを話し出す。つまり、息子がひとりいなくなったけど、ひとり帰ってくるという物語になっている。この話では三角関係と同時に社会的抑圧がテーマになっていて、「ペレアスとメリザンド」で最後に生まれた赤ん坊がやがて次のメリザンドになることが暗示されるのと同様に、知恵を得た弟がやがて次のフレデリになることをうっすらと予感させる。

August 16, 2018

沼地へ。残留争いに本格参入したポステコグルーのマリノス

進入禁止●だーーーっ! マリノス、負けた。しかも残留争いの天王山ともいえる(試合開始時点で)最下位の名古屋に1-2。いよいよお尻に火が付いた。今節を終えて、14位マリノスから最下位ガンバ大阪まで、わずか勝点2の差! この狭いゾーンにマリノス、鳥栖、名古屋、長崎、大阪の5チームがひしめき合うという壮絶な残留争いになっている。念のため、確認しておくと2チームがJ2自動降格し、1チームが入れ替え戦に回る。
●DAZNで見たが、試合終了後、マリノスのポステコグルー監督はこれまでとまったく変わらない強気のコメントを残していた。負けたけど、試合内容は勝点1、あるいは3に値した、みたいなことを。ちがーーーう! それ、違うから。ここまで、エキサイティングすぎる革命的戦術を掲げる尊師ポステコグルーへの帰依を貫いてきたワタシだが、はっきりとそれは違うと否定したい。あのさ、これまでどんなに負けても信仰が揺らがなかったのは、戦術が斬新だったからなんすよ。でも、この名古屋戦、ぜんぜんエキサイティングじゃなかった。それはトラッキングデータにも表れている。キーパーの飯倉の走行距離は4.8キロしかない。一時期、7キロ以上も走ってメッシより走るゴールキーパーと言われ、あたかもディフェンスラインの一員のように異常に高いポジションをとっていた飯倉だが、これじゃ相手キーパーより走っていない。ポジションもぜんぜん高くない。
●この日、ポステコグルーは3バックを採用した。センターバックが3人いるんだから、キーパーがディフェンスラインの中に入る余地はない。ポジショニングは常識的だ。従来、センターバックを務めていたミロシュ・デゲネクはレッドスター・ベオグラードに移籍してしまったため、フランスのランスからドゥシャンを獲得したのだが、もうひとつ中澤とのコンビがフィットせず、この日はドゥシャン、中澤、栗原の3枚のセンターバックで守ろうとした。相手の名古屋もボールを主体的に持って攻撃を仕掛けるタイプのチームだったこともあって、結果的にマリノス側にまったく戦術的な異端性が感じられなくなっている。キーパーをフィールドプレーヤーのように扱って数的優位を作るという発想を失ってしまうと、これって単に攻撃が遅いだけのチームなのでは? 現代フットボールで最強の武器であるカウンターアタックを捨てる一方、自陣深くではキーパーとセンターバックがパスミスを連発して相手にショートカウンターのチャンスを次々と与えるという自虐戦術。2失点で済んだのはどう見てもラッキー。
●スペクタクルがあったからこそ、負けても次も見たいと思えた。でも、スペクタクルがないならただの弱いチームだ。チャンスの放棄と引き換えに、バックパスと横パスを増やしてボール・ポゼッションを高めてなんの意味があるのか。幻想を与えてくれない革命家に居場所はない。

August 14, 2018

遭難文学

●ONTOMOのアウトドア特集「自然賛歌を聴きにいきたくなる、電車で行ける300m級の低山3選」でも書いたが、自然が美しいのはそれが本質的に危険だから。自然は人間の弱さについて、なにひとつ斟酌しない。常に全力で襲いかかってくるのが自然であり、ワタシたちは不断の努力で自然の脅威に対抗することで、ほんのわずかな居住可能地帯を保っているに過ぎない。山に魅せられるのは、ジェットコースターに乗ってみたくなる心理といくらか似ていると思う。
●で、そんなスリルを求める気分を読書というもっとも手軽な手段で満たしてくれる「遭難文学」とでもいうべきジャンルがあることに気づいた。ヤマケイ文庫の「ドキュメント生還-山岳遭難からの救出」「ドキュメント 道迷い遭難」(ともに羽根田治著)を続けて読んでみたが、これがめっぽうおもしろい。どちらも山で遭難した者に取材をしているのだが、遭難には本当にいろんな形があるものだと愕然とする。道に迷い、何日もさまよい、食糧が尽き、ケガをして、救助を待つがヘリコプターは通り過ぎる。「迷ったら引き返せ」「遭難したら沢に下るな」。そんなことは百も承知しているはずのベテランたちが、根拠のない楽観によって前に進み、沢に下ってしまう。
●九死に一生を得た人もいれば、そこまでの大事にならずに済んだ人もいるが、ひとつ共通しているのは、全員が生還していること。だって、取材を受けているわけだから。これって、ホラーとかサスペンスを「主人公は最後に絶対に助かる」と知っていて見るのと少し似ている。猛烈に怖いけど、最後は救われることがわかっているから読んでいられる。
●同じ著者による遭難本がほかにもシリーズで何冊も出ているのを見て、さらに買ってしまった。著者の取材力の高さに感嘆する。

August 13, 2018

カンボジアの本田、マリノスのポステコグルー

カンボジア●突然、本田圭佑がカンボジア代表の実質的な監督に就任するという驚きのニュースが。つい先日、オーストラリア・リーグのメルボルン・ヴィクトリーと選手として契約を結んだばかりなのに、選手をしながらカンボジア代表の監督をするという。そんなことが可能なんだろうか。といっても肩書きはHead of delegationで、登録上の監督は別の人。カンボジアのサッカーを強くすることを第一としつつも、それだけではなく「サッカー以外のカンボジアのすばらしいところを世界に伝えていくことも使命」と語っているのが興味をひく。本田の周囲ではもう着々と引退後の仕事に向けていろんなプランが同時進行している模様。こうなると、かつての中田ヒデの「異端児」ぶりがかわいいものに思えてくる。中田ヒデは「旅人」としてセレブになったが、本田は引退前から「実業」がスタートしている。
●久々にマリノスについて書いておくと、ワールドカップ後はポステコグルー監督の革新的すぎるポストモダン戦術が火を噴いて、FC東京、広島、川崎相手にトントントーンと大量失点しながら3連敗して、いよいよ降格ゾーンすれすれまで落ちた後、この週末の湘南相手に1-0という珍しくサッカーらしいスコアでやっと勝利した。この試合、DAZNで見たが、蒸し暑さや3連敗のショックもあってか、もうひとつ監督の戦術が機能しなかったようで、そのせいか無事に勝てた。斬新すぎる「機能すると負ける戦術」。どんなに順位が落ちても強気の態度を崩さないポステコグルーのインタビューを見ていると、尊師と呼びたくなる。信仰のためなら、勝点などなんだというのか。だが、降格ゾーンが迫ると、つい信仰が揺らぎそうになってしまうのが凡人というもの。この心の弱さを克服しなければ。お前が欲しいのは、エキサイティングな戦術なのか、それともただの勝点なのか。ともあれ湘南戦の勝点3のおかげで、順位は13位まで回復した。13位まで……回復……ぶふぅっ!(謎)。
●欧州の新シーズンが開幕した。ヨーロッパの夏はもう終わった、フットボール的には。今季注目すべきはサッリ新監督を迎えたイングランドのチェルシーなのだが、サッリについてはまた改めて。

August 10, 2018

フェスタサマーミューザ2018 反田恭平、藤岡幸夫指揮日本フィル

ミューザ川崎
●9日はミューザ川崎へ。フェスタサマーミューザ2018で、藤岡幸夫指揮日本フィル。反田恭平がラフマニノフ~ヴァレンベルク編曲のピアノ協奏曲第5番(交響曲第2番の編曲)を日本初演するとあって、全席完売の盛況ぶり。ファミリー層、反田さんファン、魔改造マニア等、いろんな客席が渾然一体となっていい雰囲気。
●ラフマニノフ~ヴァレンベルク編曲のピアノ協奏曲第5番、すでに録音も複数リリースされているが、ここで初めて聴いた。ワクワク。交響曲第2番の編曲なんだけど、想像以上に「協奏曲化」されていてびっくり。なにしろ4楽章の交響曲が3楽章になっているし、カデンツァまで用意されている。3楽章になっているのは、原曲の第2楽章と第3楽章をひとつにまとめているからで、緩徐楽章のなかにスケルツォを置くという考え方はロシアのスタイルとしてありうるとは思う。長大な原曲をかなり短縮化して協奏曲にふさわしい長さに収めているのも吉。もちろん、無理は承知の編曲だとは思う。未完成作品を補筆したとか、ヴァイオリン曲をピアノ曲に編曲したとかいうのとはわけが違って、なんの不足もない完成品の交響曲をいったん分解して、わざわざ別の要素を加えてピアノ協奏曲に再構築しているわけで、たとえば終楽章の第1主題みたいなあんまりピアニスティックじゃない主題まで独奏ピアノにも割り振らないといけないという苦しさも感じる。完成品をもういちど別の完成品に作り直すためになにを付加すればいいのか。その回答として強烈なヴィルトゥオジティがあって、厚みのある管弦楽との格闘も含めて、独奏者の負担は相当なもの。反田さんの輝かしいソロがなければ成立しない野心作だった。今後、別のピアニストで演奏を聴くチャンスはなかなかないかも。オーケストラも一段明るめのサウンドで好演。
●これで後半がラフマニノフの交響曲第2番だったら完璧だが、そんなわけない。シベリウスの交響曲第1番。7曲すべてが異なる顔を持つシベリウスの交響曲にあって、第1番はロシア的というかチャイコフスキー的な香りが魅力。シベリウスも最初の交響曲ではシンバルを打ち鳴らしていたのだなあ。アンコールにエルガーの「夕べの歌」。清冽。

August 9, 2018

ゾンビとわたし その36:街がゾンビで埋め尽くされたときのためのプレイリスト

●ウェブマガジンONTOMOの8月特集は「ホラー」。「街がゾンビで埋め尽くされたときのためのプレイリスト」を寄稿しているので、よろしければ、どぞ。究極のNO MUISC, NO LIFE。ちなみにバーンスタインの交響曲第2番「不安の時代」が、リチャード・マシスンの「アイ・アム・レジェンド」に登場するのは、単なる作者の好みではないと思う。ここで補足しておくと、バーンスタインが触発されたオーデンの「不安の時代」にある第2次世界大戦に由来する信仰の危機というテーマは、ゾンビの直系の祖先が吸血鬼であり、彼らが十字架を弱点としたことと明確に関連している。
●あと、ゾンビ以後の世界についてのインフラなんだけど、「アイ・アム・レジェンド」では電力を自家発電してるんすよ。だから、ただひとりの人類になってもレコードを聴いていられる。燃料はガソリンスタンドで調達するのかな。これがたとえば「アイ・アム・ア・ヒーロー」だと、ずっと電力が供給されているみたいでそこが腑に落ちなかった。実際のところ、Zday以降、電気、ガス、水道はどれくらいで止まってしまうのかを知りたい(知ってどうする)。

August 8, 2018

映画「ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー」(ロン・ハワード監督)


●もうほとんど上映が終わりかけている今頃になって、ようやく映画「ハン・ソロ スター・ウォーズ・ストーリー」を見ることができた(なんでワールドカップとかぶせて公開するのか)。ここのところ新作がポンポンと誕生してありがたみも薄れている「スター・ウォーズ」シリーズだが、今回は外伝に相当するアナザー・ストーリー第2弾。ハン・ソロの若き日を描く。ずっとこのシリーズを映画館で見てきた者としては、見ないわけにはいかない。
●で、ずばり、これは「スター・ウォーズ」がディズニーに移籍して以来、最良の作品だと思う。近年の「スター・ウォーズ」はどれも楽しく見たけど、本編にせよ外伝にせよ、どれもなにかしら無視できない問題を抱えていて、シリーズのファンとしてはどこか覚めた気分で眺めざるを得ないところがあった(聖典となった旧三部作のセルフコピーになっていたり、登場人物の自己犠牲が過剰だったり……)。しかし、今回の「ハン・ソロ」は久々にワタシたちの「スターウォーズ」が帰ってきたという気持ちになれた。良くも悪くも、古き良き冒険活劇で、これが「スターウォーズ」のテイストなんじゃないか。
●感心したのは、旧3部作の伏線がきれい回収できているところ。ハン・ソロだけじゃなくて、あのランド・カルリジアンも若返って登場する。ランドとミレニアム・ファルコン号の特別な関係と、それがハン・ソロの手に渡った経緯、ハン・ソロの名前の由来(これは映画「ゴッドファーザー」へのオマージュか)、チューバッカとの出会いなど、とてもよくできている。西部劇ばりの列車強盗を「スター・ウォーズ」の世界観で再現するという趣向も、すごく「らしさ」を感じる。
●あと、見逃せないのが、音楽の充実。旧三部作でジョン・ウィリアムズは伝説を築いたが、その後、ワタシの感じるところでは、新作が出るたびに鮮度が失われ、過去の遺産への依存度が高くなっていた。でも、この「ハン・ソロ」の音楽は久々にいいと思った。テーマもオーケストレーションも、正調「スター・ウォーズ」でありながら劣化コピーになっていない。音楽はジョン・パウエル。もっと早くから起用してくれればよかったのに!

August 7, 2018

ラジコで「村上RADIO~RUN&SONGS~」

ラジオ・チューナー
●村上春樹がラジオDJを務めた番組「村上RADIO~RUN&SONGS~」(TOKYO FM)を聴いてみた。ありがたいことに今はラジコ・プレミアムを契約していれば全国各地のFM局を過去1週間分、オンデマンドで聴くことができる(→こちら)。なんてラクチン(死語)なのか。
●で、「村上レディオ」(って読んでた)、なじみのないジャンルの音楽の話なので、中身はさっぱりわからないんだけど、楽しく聴いた。そもそもどんな声の人なのか知らなかったこともあって、エッセイで読むときの「村上春樹」というキャラクターと同一人物とは思えない。でも、聴いている内にだんだんなじんでくる。いちばん気になったのはどんなトーンで話すのかということなんだけど、思った以上にざっくばらんとして、やや気取りがあってDJらしい。書き言葉ではなく、「~ですよね」という話し言葉。でも、しっかり書いてある原稿を読んでいると予想。けっこう音楽にかぶせて話をする。ベースはひとり語りなんだけど、途中のQ&Aコーナーは進行役の女性アナウンサーとふたりになる。やっぱりふたりになると話に勢いが出る。
●ご本人の緊張感と楽しんでいる感が同時に伝わって来て、まちがいなく第2回もありそうな雰囲気。今回はなかったけど、そのうちクラシックもかけてくれるのだろうか。
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●話のついでに宣伝だけど、ラジコ・プレミアがあれば拙ナビのFM PORT「クラシック・ホワイエ」もオンデマンドで聴けるぞ! ラジコ、サイコー。ウヒョー!(謎ノリ)。

August 6, 2018

フェスタサマーミューザ2018 ミンコフスキ指揮東京都交響楽団

フェスタサマーミューザ2018のポスター
●5日はミューザ川崎でフェスタサマーミューザ2018。先日、OEKを指揮したマルク・ミンコフスキが今度は都響の指揮台に登場。演目はチャイコフスキー「くるみ割り人形」全曲。クリスマスをぶっ飛ばせ、真夏に聴く灼熱の「くるみ」。当初休憩なしで一気に演奏すると発表されていたが、第1幕と第2幕の間に20分の休憩をはさむことに。これは断然正解というか、フェスタサマーミューザのようなファミリー層も来場するサマーコンサートでは、休憩がないといろんな心配事が発生しがちなので安堵(子供たちが座ってられなくなったりトイレに行きたくならないかとか)。合唱はTOKYO FM少年合唱団。もちろん、バレエはなし。客席はよく入っていた。
●ミンコフスキは一貫してきびきびとしたテンポで、歯切れよくコントラストの効いた音楽を展開。踊りの音楽にはちがいないけれど、バレエのピットで奏でられる優美な音楽というよりは、ノリノリのシンフォニックな音楽。彼が指揮台に立つと、全身から発散される熱気がステージを包み込むかのよう。もともと恐るべき名曲密度を誇る傑作が、さらに一段、濃密に感じられる。全曲版でも舞踊の欠落感をまったく感じさせなかった。なかなかこうはいかない。チェレスタも見事。曲が終わると盛んなブラボーが寄せられ、最後はミンコフスキのソロ・カーテンコール。
●「くるみ割り人形」って、ストーリーが動くのはほとんど第1幕で、第2幕は踊ってばかりで話が進まないんすよね。バレエだからしょうがないけど。あ、でもオペラでも歌ってばかりで話が進まないという現象はあるか。踊らない/歌わないと話にならないけど、踊りすぎる/歌いすぎると話は進まない。まるで人生みたいだ。ウソ。

August 3, 2018

鈴木雅明、バッハ・コレギウム・ジャパン バッハ「クラフィーア練習曲集第3巻」

●2日、昨晩の「ペレアスとメリザンド」に続いて、また東京オペラシティへ。バッハ・コレギウム・ジャパン主催による鈴木雅明のバッハのクラフィーア(クラヴィーア)練習曲集第3巻、通称ドイツ・オルガン・ミサ。鈴木雅明のオルガン独奏に加えて、各コラール・プレリュードの前に鈴木優人指揮バッハ・コレギウム・ジャパンの合唱による同旋律のコラールが配置されるという拡大版。休憩をはさんで2時間超の大作に。満ち足りた濃密な時間を過ごす。
●オペラシティのオルガンをこれだけまとまって聴いたのは久々。重厚できらびやかな音色を堪能。強奏時にホール内の反射音を体感できる空間性はこの楽器ならでは。前奏曲とフーガ変ホ長調BWV552の前奏曲を冒頭に置き、フーガを最後に配置したドラマティックな枠組みのなかで、変化に富み、次々と多様なキャラクターをまとうバッハの音楽を堪能する。合唱でコラールを先に歌ってもらえる親切設計がありがたい。前から順番に全曲を聴き進めていくと、おしまいに4つのデュエットがつながってガラッと雰囲気が変わるのが少し不思議な感じ。最後のフーガはひたすらカッコよく、旅から帰ってきたみたいな気分。「ゴルトベルク変奏曲」でアリアが戻ってくるのと似たような感情がわく。

August 2, 2018

ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢のドビュッシー「ペレアスとメリザンド」

●1日はマルク・ミンコフスキ指揮オーケストラ・アンサンブル金沢の東京特別公演でドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」(東京オペラシティ)。ミンコフスキのOEK芸術監督就任記念で、ボルドー国立歌劇場との共同制作。先立って石川県立音楽堂で行われた定期公演ではボルドーでの公演と同様にステージ・オペラ形式として上演されたが、同じ形態でオペラシティで上演するのは困難ということで、東京では後方に大型スクリーン1枚を掲げたセミ・ステージ形式での上演。演技も衣裳も照明もあり。舞台上にオーケストラが乗り、主にその前方で演技が行われるが、バルコニーなども用いられる。大型スクリーンに映し出される映像は、場面場面に応じたものだが過度に説明的ではなく、しばしば登場人物の眼をモチーフとする。懐ゲーのCGみたいのじゃなくて、現代の映像。おそらく金沢での公演はもっとフィリップ・ベジアとフローレン・シオーによる演出面で話題を呼ぶものだったと察するが、東京公演では圧倒的に音楽が主役。
●オーケストラの音が普段のOEKの音とはぜんぜん違う。柔らかくしてしっとりとした質感があって、色彩感豊か。強弱の表現の幅も一段と大きい。OEKは室内オーケストラなので、ベースとなるのは最小の二管編成で、普段はきびきびとした機動力が持ち味。編成が大きい作品を演奏するときはエキストラが増えて、どこか輪郭がにじんだような印象を受けることもあったのだが、今回は一丸となってひとつのサウンドが作られていた。繊細で、熱量も豊か。歌手陣のクォリティはきわめて高く、ペレアスもメリザンドもゴローもアルケルも、みんな歌にも演技にも満足できたという稀有な公演。イニョルド役のマエリ・ケレという人は17歳ってことなんだけど、本当に子供みたいな幼くて清澄な声が出てくるのがすごい。これが金沢ではOEKの定期公演の一公演として開かれたというのも驚き。楽団史に残る記念碑的名演といっていいのでは。
ドビュッシー●で、「ペレアスとメリザンド」だ。少し前に演奏会形式によるデュトワ指揮N響でも聴いたばかりだが、元ワグネリアンのドビュッシーが苦心の末に生み出したポスト・ワーグナー・オペラであり、音楽的にはドビュッシー以外のなにものでもない反面、メーテルリンクの「ペレアスとメリザンド」という題材自体がすごくワーグナー的だと感じる。「トリスタンとイゾルデ」+「パルジファル」。ペレアスとメリザンドとゴローの関係は、トリスタンとイゾルデとマルケ王を思い出させずにはおかないし、深い森に囲まれた閉塞的な城は「パルジファル」のモンサルヴァート城を連想させる。メリザンドは、不幸を先取りせずにはいられない痛々しい女性。崖っぷちでしか生きられない。ドヴォルザークの「ルサルカ」なんかとも同系統のセイレーンものではあるんだけどリアルな存在でもある。彼女の特技は大切なものを水の中に落とすこと。最初のゴローとの出会いで王冠を落とし、ペレアスといっしょのときにゴローの大切な指輪を落とす。わざわざ高く放り投げて戯れて、落としたくて落としている。大切なものを水に落とすという行為は、ずっと反復されてゆく円環的なものなのだろう。最後には死んでしまうわけだが、老王の言うように「次はこの赤ん坊が生きる」。娘は成長したら次のメリザンドになることを予感させる。ドビュッシーの音楽にもどこか円環的なものを感じる。というのは、この曲を聴き終えると、ついつい第1幕冒頭の音楽を思い出してしまうから。おしまいと始まりがどこかで呼応してる。
●イニョルドが遊んでいたボールが岩に挟まって取れなくなる場面で、この演出では岩の役(?)をメリザンド自身が演じていたのがおもしろかった。最後、スクリーンに赤ん坊が映るのは、ついキューブリックの「2001年宇宙の旅」を連想してしまう。意味合いは違うんだけど。

August 1, 2018

火星大接近2018

火星
●現在、火星が地球に大接近中。昨晩が最接近で、火星と地球の間の距離は5759万km。火星はマイナス2.8等の明るさ。9月上旬まではマイナス2等を超えるということなので、夜空に赤くて明るい星を探せば、すぐに見つかりそう。昨晩、南東の方角を眺めてみると、火星がひときわ明るく輝いていた。その右上に暗めに光るのは土星、さらに右で明るく輝くのは木星か。都内の明るい夜空で肉眼で見えるのはそんなもの。スマホからGoogle Sky Mapを起動して空にかざして答え合わせをしてみると、空は星々と星座たちで大賑わいなのだが。
●上の写真はもちろん拾い物。実際に見たのは小さな赤い光点にすぎない。雰囲気だけでも接近感を出してみようかと。

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