2021年7月アーカイブ

July 30, 2021

ジャパン・ナショナル・オーケストラ コンチェルト・シリーズvol.1 岡本誠司、八木瑛子、荒木奏美

●29日は久々の浜離宮朝日ホールへ。以前当欄で記者発表の様子をご紹介した反田恭平プロデュースによるジャパン・ナショナル・オーケストラのコンチェルト・シリーズvol.1。岡本誠司のヴァイオリン、八木瑛子のフルート、荒木奏美のオーボエをソリストに立てて、モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第1番、クロンマーのフルートとオーボエのためのコンチェルティーノ、休憩をはさんでシューベルトの交響曲第5番。指揮者なしで、立奏スタイル。注目はクロンマーの未知の作品を聴けるという点、そして反田恭平不在でどんな公演になるかという点。時節柄もあり客席は盛況とはいえなかったが(客層はかなり若い)、同一プログラム2公演は立派。オーケストラと呼べる最小編成ながらこのホールであれば響きにまったく不足はない。奏者間の密なコミュニケーションと自発性という意味では室内楽でもあり、響きの質感ではオーケストラでもある。そして、とにかくうまい。最大18人編成という少数精鋭が最大限に生かされていた。
●前半、ソロとオーケストラが一体となった生気にあふれたモーツァルトもすばらしかったが、クロンマーはかなり強烈な怪作でインパクト抜群。歴史に埋もれつつあるベートーヴェンのライバルのひとりといったぼんやりした先入観から、ソリストの名技に頼ったギャラントな作風を予想していたらぜんぜん違っていた。ほとんどパロディ的に既視感のあるモーツァルト風フレーズが頻出して(冒頭からして「ジュピター」を連想せずにはいられない)、ときにベートーヴェン風だったりもするのだが、楽想の気まぐれで唐突な推移はエマニュエル・バッハ的な多感様式を思わせる。現代人から見るとパスティーシュ風だけど、当時の耳ではどうだったんだろう。もちろんふたりのソリストは大活躍で、見事な快演。
●シューベルトも攻めた演奏で鮮烈。弦楽器32231という編成だったと思うが、生前のシューベルトが耳にしたコンヴィクトのオーケストラもこれくらいのサイズ感だったのだろうか。シューベルトに期待する多面的な要素、みずみずしいリリシズム、朗らかな曲想に潜むダークサイドのパッション、とぼけたユーモア(第3楽章トリオでファゴットの1番と2番が交替しながら演奏する趣向も吉)、青春の輝き、これらが渾然一体となってひとつの世界を作り出していた。アンコールにモーツァルトの交響曲第40番終楽章。

July 29, 2021

東京オリンピック2020、U-24ニッポンが決勝トーナメント進出

●そういえば、東京ではオリンピックが開かれているのだった、無観客で。森保一監督率いるU-24ニッポンはグループリーグを3連全勝で突破した。開幕前から思っていたのだが、日本は圧倒的に有利な立場にあるので金メダルを獲ってもおかしくない。そもそもオリンピックという大会自体、ワールドカップとは似て非なるもの。強豪国がひしめく欧州からたった4か国しか呼ばれない。しかも、今年はEURO2020という4年に1度の大会が開かれたばかり。欧州から見れば、すでにシーズンオフの大会をひとつ終えたところで、もうひとつ参加しろと言われても。こんな時期に参加できる選手は限られている。しかも来日しても行動制限が多く、心身ともに万全の状態に持っていくのは困難なはず。もちろん、サッカーはなにがあるのかわからないので、ニッポンがグループリーグであっさり敗退することだってありえたわけだが、ここまで南アフリカに1対0、メキシコに2対1、昨日はフランスに4対0で3連勝している。
●で、いつもだったら一戦ずつ、試合内容を振り返るところなのだが、なんというかEURO2020の熱くドラマティックな戦いが終わったばかりなので、気持ちの切り替えが難しい。フランス戦は内容もすばらしく、相手に退場者が出たとはいえここまでの大差をつけたのは立派。こちらはかなりフル代表に近い編成なのに、相手はフランス代表からは程遠いという点でなんだか居心地が悪いのだが、まあ、それがオリンピックというものでもある。
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●で、東京の新規陽性者数の7日移動平均は最高値を更新して、見るからに恐ろしい勢いで上昇している。指数関数というものを都民みんなで体感する日々がやってこようとは。7日移動平均を見るとざっくり10日で倍増のペース。いったん増え始めればどんどん桁数が上がっていく。すぐに何万人になり、やがて検査能力の上限に張り付きそうなものだが、さすがにこれを放置するはずはない。今こそ緊急事態宣言を発出すべきだ!と思ったが、もうとっくに出ているのだった……。




July 28, 2021

ドイツ・グラモフォンがバイロイト音楽祭2021を映像配信中

ドイツグラモフォンのDG Stageで、現在開催中のバイロイト音楽祭の映像が配信されている。7月26日から8月24日にかけて全10作品を配信。ただし、注目の新制作「さまよえるオランダ人」は日本のみ配信対象外。どうやらテレビ放映があるようだ。以降、バリー・コスキー演出の「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、フランク・カストルフ演出の「ニーベルングの指環」全4作、ユーヴァル・シャロン演出の「ローエングリン」、トビアス・クラッツァー演出の「タンホイザー」、カタリーナ・ワーグナー演出の「トリスタンとイゾルデ」、ウーヴェ・エリック・ラウフェンベルク演出の「パルジファル」と続く。新演出の「さまよえるオランダ人」のみ9.90ユーロの有料配信のようなのだがどうせこれは日本からは観られない。あとはすべて無料。字幕は付かない。
●雰囲気だけでも確かめるために「ニュルンベルクのマイスタージンガー」をチラ見。大昔に作っておいたDGのアカウントがそのまま使えた。ワーグナー本人やコージマやリストが登場する読み替え演出で話題を呼んだもの。フィリップ・ジョルダン指揮で快速テンポで前奏曲が進んで、その間、せわしくなく演技が続く。視聴期限は2日間の模様で、すぐに切れてしまう。観るものが多すぎて到底手が回らないけど、選択肢があることはありがたい……のか。
●サイト全体を眺めてもドイツグラモフォンが映像配信にずいぶん力を入れていて、軽く驚く。過去のカタログではなく、今の時代に向き合っている姿勢が伝わってくる。

July 27, 2021

モデルナ製ワクチン2回目接種顛末記

自衛隊大規模接種センター
●4連休の個人的最大のイベントは新型コロナワクチンの2回目接種。先日書いたように自衛隊大規模接種センターのキャンセル枠を利用して6月23日にモデルナ製ワクチンの1回目を接種した。で、少し間隔が空いたがその2回目を打ってきた。会場は大手町の合同庁舎。大勢の人々が詰めかけていたが(もう高齢者の姿はほとんど見かけない)、今回もこれ以上ないほどスムーズな対応で、待ち時間らしい待ち時間もなし。
●で、配布パンフレットにも明記されているように、1回目よりも2回目のほうがずっと多くの人に副反応が出る。1回目は何事もなかったのだが、さて今回はどうかなと思っていたら……やっぱり来た。その日の夜からグングンと熱が上がり、38.9度まで上昇。悪寒も激しかった。ここまで熱が出るともう横になってぐったりする以外になにもできない。あまり眠れないまま一晩過ごしたが、翌朝になっても熱が下がらない。解熱剤は飲んでもよいということだったので飲んだが、それでも翌日一日はなにもできずに横になっていた。が、夜になると急に汗でびっしょりになり、体を拭いていたら、熱が下がっているのに気づいた。それまでがウソのような平熱。ちょうど24時間高熱が続いたことになる。
●その日、NHKニュースで「モデルナのワクチン 2回目接種後に4人に3人が発熱」という記事を見かけたので、まあそんなものなのか。高齢者ほど副反応は出にくく、若者ほど出やすいという説明はパンフレットにもあったが、このニュースはモデルナを接種した自衛隊員が対象なので、現役世代の傾向として参考になる。このあたりはファイザーだとまた違った傾向があるのかもしれない。ともあれ、高熱で体はしんどかったものの、気分的にはそうひどくはない。なにせ体はワクチンにだまされて(?)高熱を出していても、実際にはなんのウイルスにも感染していないのだから。2度目のワクチンが済んだという安堵のほうがはるかに大きい。十分な免疫が確認されるのは2回目の接種を受けてから14日以降ということなので、効果が出るのはしばらく先。14日後が待ち遠しい。
●お知らせを。東京都と都響が主催する「サラダ音楽祭」のサイトに寄稿した。「音楽祭メインコンサート」と子供のためのオペラ「ゴールド!」を紹介している。ご笑覧ください。

July 26, 2021

フェスタサマーミューザKAWASAKI2021 ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団

●22日はミューザ川崎へ。フェスタサマーミューザKAWASAKI 2021の開幕公演でジョナサン・ノット指揮東京交響楽団。まずは三澤慶「音楽のまちのファンファーレ」で華々しく音楽祭の開幕を告げる。ファンファーレだし、指揮者なしかと思っていたら、ちゃんとノットが登場して熱く盛り上げてくれた。いきなり指揮棒を後方にすっ飛ばしてしまうハプニング付き。東京オリンピック開幕を記念して新競技「指揮棒飛ばし」、じゃなくて。演奏が終わって指揮者が客席を向いたら、額に指揮棒を突き刺しながら拍手をしているお客さんがいるというギャグを空想したが、現実の指揮棒は客席まで飛んでいない。
●プログラムが最強。前半にラヴェル(マリウス・コンスタン編)の「夜のガスパール」(管弦楽版)、ヴァレーズ「アルカナ」、後半にラヴェルのピアノ協奏曲ト長調(萩原麻未)、ガーシュウィン「パリのアメリカ人」。曲目を見ただけで「やったー!」と快哉を叫びたくなる大盛サービス感。フランスとアメリカがテーマになっていて、特に後半はジャズを媒介にしたラヴェルとガーシュウィンの交感といった趣。
●で、マリウス・コンスタン編の「夜のガスパール」、生で聴いたのはおそらく初めて。とても華麗。ただ、ピアノの名技性に代わって色彩感が前面に打ち出されているのだが、その色合いは原曲のイメージからはかなり遠い。ヴァレーズの「アルカナ」は荘厳かつ凶暴。巨大編成の管弦楽が咆哮する。そして、やっぱりストラヴィンスキーからの影響の強さを感じる。辛口。「アルカナ」になくて「春の祭典」にあるのは民謡成分か。ラヴェルのピアノ協奏曲では、2か月前にお子さんが生まれたばかりの萩原麻未が独奏。祝。得意のラヴェルで爽快。オーケストラのソロも聴きもの。最後の「パリのアメリカ人」は、事前に発表がなかったが初稿を使用したのだとか。この流れで聴くと、ガーシュウィンの偉才は際立っている。それぞれ20世紀前半のほぼ同時代を切り取った音楽が並んでいるのだが、別方向からの斬新さ。シンフォニック・ジャズというよりは、先進的な20世紀管弦楽作品としてリスペクトしたガーシュウィン。最後はノットのソロ・カーテンコールあり。「パリのアメリカ人」でソロ・カーテンコールが起きるとは。ノットはめちゃくちゃ嬉しそう。

July 21, 2021

「旱魃世界」(J.G.バラード著/山田和子訳/東京創元社)

●3月に刊行された本だが、灼熱の夏の到来を待ってから読んだ、J.G.バラードの「旱魃世界」。長期にわたる旱魃により文明が崩壊の危機に瀕した世界を描く破滅小説。川も湖も干上がり、水が貴重品となり、人々は残された水を求めて海岸へと向かう。1965年に書かれた古い小説だが、実は新訳。かつて「燃える世界」の題で訳されていた名作を、作者が改稿したバージョンであり、これが初訳となる。「燃える世界」は大昔に読んでいるはずだが、記憶はすっかり薄れ、この改稿版との違いは自分にはわからないのだが、改めて新鮮な感動を味わいながら読んだ。
●世界の破滅を描くといっても、バラードは「人類が危機にどう立ち向かうか」という点に一切関心を向けない。パニック小説的な混乱の描写もほぼない。あるのは激変する世界に対峙したときの個人の内面の変容であり、運命の袋小路を緩慢に歩む姿の微細な描写。だれもが災禍を淡々と受け入れ、やがて隠されていた内なる衝動を顕わにして、暗黒の自分探しの旅へと向かう。後に書かれる高層マンションを舞台にした「ハイライズ」とほとんど同じテーマを、異なる舞台設定で書いているのだなと感じる。朽ち果てる都市の描写などはまさに退廃美。そして硬質な文体による訳文が圧倒的にすばらしい。たとえば、川で生きる読み書きもできない野生児のような少年フィリップの描写。主人公の医師ランサムは少年を発見して警察に通報しようかどうか悩むが、それを思いとどまる。なぜなら、

川の流儀に従って生きているこの瘦せこけた少年が、二十世紀のスクラップとゴミとで彼独自の世界を作り出していく、そのスペクタクルに魅せられていたからだった。少年は次第に、釘と釣り針をひとつ余さず拾い集める屑拾いから、ウォーターフロントのしたたかな若きユリシーズへと変容していった。

これぞバラード節。もうひとつ、主人公の隣人である建築家ローマックスを描いた部分も引用しておきたい。

ローマックスは、〝目の前の現在〟に強烈にフォーカスすることで――カミソリのようにとぎすまされた瞬時のインパルスを結晶化させることで――自身を形作ってきたのだ。ある意味で、彼の自我は過飽和状態にあり、バロック様式のパビリオンの装飾のように波打つポマードで固めた髪とエレガントな楕円枠のような鼻孔の奥には、物理空間に規定されている以上に大きな環境時間が納められている。しかるべき刺激を与えれば、ローマックスは潮解を始め、内にある光がキラキラときらめきながら泡となって噴き出してくるに違いない。

スゴくないすか、これ。建築家のひりひりとした雰囲気が伝わってくる。そして、かつてオッサンの鼻の穴がこんなにカッコよく描写された小説があっただろうか。
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●明日からオリンピックの影響で変則的な4連休。当欄も暦通りに休む予定。東京の新規陽性者数は猛烈な勢いで増えている。4度目の緊急事態宣言から13日経つので、効果が出るとするならそろそろだが、これで減らない場合はどうなるのだろう。J.G.バラード的な世界が現実に侵食しているような感覚がある。

July 20, 2021

新刊「クラシック作曲家列伝」(やまみちゆか著/飯尾洋一監修/マール社)

●新刊のお知らせを。マール社より「クラシック作曲家列伝」(やまみちゆか著/飯尾洋一監修)が本日発売。副題は「バッハからラヴェルまで12人の天才たちの愉快な素顔」。やまみちゆかさんのマンガ、イラスト、文章で、作曲家たちの楽しいエピソードが綴られている。やまみちさんはTwitterでフォロワー1万5千人という人気ぶりなので、イラストをご覧になったことがある方も多いのでは。マンガも描けて文章も書けてピアノ教室も開いているという多才ぶりには驚くばかり。絵柄から伝わってくる「優しさ」に、やまみちさんのテイストがよく出ていると思う。ワタシは監修という形で参加したのみ。中身のおもしろさはすべてやまみちさんによるもの。帯の推薦コメントは角野隼斗さん。
●マール社といえば美術やデザインの専門出版社だけど、音楽書を刊行してくれたのがありがたい。

July 19, 2021

ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団のシュトラウス「ドン・キホーテ」&シベリウスの交響曲第5番

●17日はサントリーホールでジョナサン・ノット指揮東京交響楽団。またも隔離を受け入れて来日してくれたノットには感謝するほかない。プログラムは少し意外な組合せで、リヒャルト・シュトラウスの交響詩「ドン・キホーテ」とシベリウスの交響曲第5番。対照的な性格を持った2曲というべきか。「ドン・キホーテ」のチェロ独奏は伊藤文嗣、ヴィオラ独奏は青木篤子で、ともに首席奏者が務める。ずーっと前の記者会見で、ノットは楽員がソリストを務める機会を増やしたいと語っていたのを思い出す。ふたりの独奏者は通常の首席奏者の位置に座り、協奏曲的な性格よりも交響詩本来の物語的な性格に重きが置かれる。弦楽器はいつもの対向配置。そういえば16型の大編成オーケストラを聴くのは久々かも。もっとも、「ドン・キホーテ」はスペクタクルというよりは、いくぶん苦味のあるユーモアを滲ませた曲ではあるが……。
●そういえば、少し前に映画「テリー・ギリアムのドン・キホーテ」を観たのだった。あのとき思ったのは、男はみんなドン・キホーテであり、そう自覚している人と自覚していない人がいるだけということ。ドン・キホーテに向ける眼差しは、リヒャルト・シュトラウスもテリー・ギリアムもそう違わない気がする。
●後半、シベリウスの交響曲第5番は圧巻。自分にとって、シベリウスのもっともエモーショナルな作品。ノットとオーケストラがぴたりと一体となって、雄大なドラマを築き上げる。前回、このコンビでマーラー「巨人」を聴いたときに書いたけど、そのときはオーケストラの慣性の大きさを感じた。あっちからこっちに行こうと思って指揮者がハンドルを切っても、グオオオオ……とゆっくりと動き出す大型バスみたいなイメージだったんだけど、今回はそれを感じない。平たく言えば一心同体ということなのだが。シベリウスの第5番、第1楽章や終楽章のヒロイックでドラマティックな幕切れは「第5」らしくもある一方、全体の枠組みは(ベートーヴェンでいえば)「第6」的な陶然とした自然賛歌でもあって、最強の交響曲だと思う。終楽章の高揚感は鳥肌もの。
●今回もオーケストラが退出した後、拍手が止まずにノットのソロ・カーテンコールに。そういえばノットはずっとマスクをしたままだった。本人はすでにヨーロッパで一度、感染していたと思うが、それでも必要ということか。なお、公演の模様は「ニコ響」で無料配信されている(7月24日まで)。
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●ONTOMOの7月特集「避暑」に「名曲4作品でバーチャル肝試し~耳で感じるお化け屋敷」を寄稿。涼みたい。

July 16, 2021

マリオ・ラスキンのアルベロ ソナタ集

●CDだったらたぶん買わなかった新譜でも、Spotify等の定額制ストリーミングだと、ふとした思いつきで聴くことはままある。比較的最近の新譜だと、マリオ・ラスキンというチェンバロ奏者によるセバスティアン・デ・アルベロのソナタ集がそのパターンで、おもしろかった。アルベロ(1722-1756)はスペインの作曲家なんだけど、Wikipedia英語版でも立項されていない(もちろん日本語でも)。聴いてみると、これがドメニコ・スカルラッティそっくり。自分にはぜんぜん区別がつかない。ソレール以上にスカルラッティ。もうジェネリック・スカルラッティと呼びたいくらい似てる。
●やはりスペイン王宮でスカルラッティと親交を持っていたようなのだが、年齢差がけっこうあって、1685年生まれのスカルラッティに対して、アルベロは1722年生まれ。余裕で親子くらいは年が離れている。ところが早世していて、没年はスカルラッティより1年早いことに気づいて、あれこれと思いを巡らせる。
●後で気づいたけど、アンドレアス・シュタイアーの「ファンダンゴ」にアルベロが2曲収められていた。ただし、そちらは「レセルカータ、フーガとソナタ」で、一味違う感じ。

July 15, 2021

アンドラーシュ・シフの「ブラームス ピアノ協奏曲集」

●発売から少し日が経ってしまったが、最近聴いた新譜のなかで、もっとも楽しめたのがアンドラーシュ・シフ独奏によるブラームスのピアノ協奏曲集(ECM)。シフが弾き振りでエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団と共演している。Spotifyでも聴けるし、CDでもリリースされている。古楽オーケストラとの共演にあたって、シフは1859年頃制作のブリュートナー社のピアノを使っているそう。モダンピアノとはまったく異なる音色で、軽やかでニュアンスに富んでいる。シフはライナーノーツで(←CDに残された最後の特典)、現代の私たちは重量級のブラームスに慣れてしまったと指摘し、本来ブラームスの音楽は重たくも分厚くもなく、むしろ晴明で繊細であるという。
●きっと、それが真実なのだろう。一方で逆説的だが、このブラームスのピアノ協奏曲第2番を聴くと、これはとてつもなく巨大な音楽だと実感する。ひとつには独奏も管弦楽も楽器の性能を目一杯要求されるという点で、モダン楽器で聴くよりも音楽の大きさを痛感することもあるかもしれない。もうひとつは、やっぱりこれは録音だから。コンサートホールで聴くブラームスのピアノ協奏曲は、実はそんなに巨大でもないし重厚でもなく、むしろ多くの場合(自分の経験上)厚みのある響きを客席に届かせるのに苦労している。オーケストラの響きが分厚いとモダンピアノのフォルテッシモでさえ霞んでしまうし、かといって抑制的な鳴らし方では楽曲のスケールが伝わらない。でも、録音であれば1859年のピアノでも巨大な音像で再生される。一般に録音では近接的な音像が収められるので、ホールの客席というよりは独奏者の間近で聴いている感覚になる。このあたりの音像との距離感のマジックが、録音再生芸術のおもしろさか。ある意味、録音は客席よりも生々しい。

July 14, 2021

祭りの後

●EURO2020が終わって、祭りの後の軽い虚脱感を味わっている。Googleで「EURO」を検索したら、ブラウザ画面上に緑と赤の花火が打ちあがり、イタリア国旗が描かれた。
●1984年フランス大会を最後に、EUROでは決勝戦で開催国が勝っていない。2004年ポルトガル大会では開催国ポルトガルがギリシャに敗れ、2016年フランス大会ではフランスがポルトガルに屈した。今大会は分散開催だったものの準決勝以降はロンドンが開催地だったので、事実上イングランドのホーム。そして決勝戦でイングランドはイタリアに敗れた。PK戦なのだから記録上は引分けだが、ホームチームが決勝で勝てないジンクスは続いている。
●今大会でPK戦は4回あった。そのすべてで先攻が勝っている。前にも書いたように、統計的にPK戦では先攻が60%の勝率で優位に立つ。たまたまだろうが、統計以上に先攻が勝ったことになる。PK戦のよくないところは、コイントスという完全な偶然で勝ったチームが6対4の優位に立ち、なおかつチーム競技であるにもかかわらず最終的な勝敗が個人の責任に帰してしまう点。今回、イングランドの3選手が人種差別の標的になってしまったこともあるが、もともとこの仕組みはよくないので、廃止できないものだろうか。たとえば延長戦は両チーム一人ずつ減らし、それでも決着がつかなければ再延長でもう一人減らすとか? なんならキーパーなしの5対5くらいでやるとか(それじゃ草サッカーだ)。
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●ONTOMOに新連載「神話と音楽Who's Who」第1回を寄稿。音楽作品に登場する神様を巡る連載企画で、第1回はプロメテウスがテーマ。ご笑覧ください。

July 13, 2021

祝祭 EURO2020 決勝 イタリア対イングランド

●期待通り、EURO2020の決勝戦はイタリア対イングランドが実現。会場はロンドンのウェンブリー。6万人の観客が入り、熱狂的な雰囲気に。もちろんマスクなどだれもしていない。イギリスでは感染が急拡大しているのに(参照)、みんな開放的な雰囲気だ。政府による「大規模イベント再開に向けた実証実験」と位置付けられているというのだが、リスクを負ってでも開くべき大会があるのだという強い信念を感じる。きっとイングランドでも賛否はあるだろう。片方にフットボールという「文化」を重んじる価値観があり、片方に感染を食い止めようとする「安全」優先の価値観があって、解はその両者の間のどこかにある。フットボールに価値を認めない人からすれば、これは狂気の沙汰。無観客のほうが確実に安全だし、開催しないのがいちばん安全なのはまちがいない。
●キックオフにあたり、虹色のラジコンカーがボールを運んでくる。そしてイングランドのみならず、イタリアの選手たちもみんなで片膝をついて、Black Lives Matter運動への連帯を示す。ほとんどセレモニーと化したポーズだと思っていたが、終わってみればこれが幕切れへの意図せぬ伏線となっていた感もある。
●両者とも主導権を握って勝ち上がってきた決勝戦にふさわしいチーム。違いはイタリアがより成熟したチーム、イングランドは若手の台頭が目立つチームという点か。イタリアは2トップのインシーニェとインモービレがともに30代というのがやや珍しい感じ。キャプテンのキエッリーニ36歳は別格。イタリアは4バックだが、イングランドはドイツ戦同様、3バックの布陣で来た。開始早々、イングランドに予想外の先制ゴール。右サイドからトリッピアーがクロスを入れると、イタリアの守備陣が中央に走り込んだ選手たちに引っ張られてしまい、大外でフリーのルーク・ショーが左足を合わせてゴール。拍子抜けするほどあっさりと先制点が生まれた。
●この後、イタリアがボールを支配し、イングランドが守るという構図に。後半、キエーザが単独突破から惜しいシュート。キエーザはこの試合でなんどか個の力でチャンスを作り出した。大会のスター。67分、イタリアはコーナーキックからのこぼれ球をボヌッチが押し込んで同点ゴール。イングランドは受け身になりすぎていて、仕掛けが少ない。その後、イングランドはトリッピアーに代えてサカを投入し4バックに。だが、イタリアが攻める流れは変わらず。決着はつかず、延長戦へ。どちらも2試合連続の延長戦。延長に入れば交代枠がさらに一人増えて6人になる。交代枠の増加は試合の質を高めている。
●延長の終盤になって、ようやくイングランドが攻める時間帯があったが、イタリアが消耗したのか、守りに入ったのかはよくわからない。イングランドがサンチョ、ラッシュフォードを投入したのは主にPK戦要員としてか。1対1のままPK戦に入る。イタリアが有利な先攻を引いたが、二人目のベロッティが失敗。ピックフォードがナイスセーブを見せた。これでイングランドが有利になったと思ったが、3人目ラッシュフォード、4人目のサンチョのPK要員(?)がそろって失敗。イタリアは5人目ジョルジーニョが決めれば勝利。職人芸で簡単に決めるかと思いきや、これもピックフォードがセーブ。試合中のPKはほとんど決まるものだが、PK戦のPKは本当によく失敗する。イングランド5人目は19歳のサカ。重圧のせいか、甘いコースに蹴ってしまい、ドンナルンマがセーブ。イタリアの優勝が決まった。顔を覆って泣くサカの姿を見ると胸が痛む。せめて決勝戦だけでもPK戦以外の決着方法をとれないものだろうか(たとえば選手の人数を減らした延長戦など)。結果的にラッシュフォード、サンチョ、サカの3選手が失敗したため人種差別的な暴言の標的となってしまい、FAが人種差別非難の声明を発表する事態になっている。
●優勝が決まり、トロフィーを掲げるイタリアの選手たちの姿は感動的だった。53年ぶりの優勝。なにしろ前回のワールドカップでは予選敗退している。ボヌッチがスタンドになにか叫んでいたが、ニュースによれば「もっとパスタを食え!」と煽っていたそう。なぜだ。大会の最優秀選手はキーパーのドンナルンマ。納得の人選。まだ22歳だが自信がみなぎっている。

July 12, 2021

沖澤のどか指揮日本フィルのモーツァルト、ベルク、メンデルスゾーン

●9日はサントリーホールで沖澤のどか指揮日本フィル。沖澤のどかは来日を断念したアレクサンダー・リープライヒの代役で、日フィルとは今回が初共演。プログラムはモーツァルトの「魔笛」序曲、ベルクのヴァイオリン協奏曲(三浦文彰)、メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」。「魔笛」序曲は泰然とした序奏で始まって朗々と鳴り響く。三浦文彰のベルクは作品に垂れ込める濃密なロマン性を過度に強調せず、のびやかな美音ですっきりと端正に描いた自然体の音楽。白眉は推進力みなぎる後半の「スコットランド」。作品全体を貫く大きなドラマを表出する。モーツァルトでもそうだったがメンデルスゾーンでもトランペットとティンパニが強調され(といってもまったくHIPなスタイルではない)、「スコットランド」に抱いていた幻想的なイメージが覆され、荒涼とした大地が目に浮かぶよう。やや荒々しいが、耳を奪う。
●本日より、東京都に4回目の緊急事態宣言。東京の新規陽性者数はこんな感じで上昇中。前回、感染者が増え始めた段階で緊急事態宣言を解除してしまったのだから、すぐにまた出るのは当然とも思うが、なんども出たり取り下げたりしているうちに、すっかり「緊急事態の日常化」が起きている。ウイルスは変異により感染力を高めている一方、人間はどんどん慣れで鈍感になってゆく。周囲では1回目のワクチン接種を済ませた人が増えてきた。まだら模様の夏へ。

July 9, 2021

疑惑のPK? EURO2020 準決勝 イングランド対デンマーク

●一年遅れのEURO2020、準決勝のもう一試合はイングランド対デンマーク。会場はロンドンのウェンブリー。スタジアムは大賑わいだ。決勝も同じくウェンブリーなので、どう考えてもこの試合はイングランドが勝って、決勝に進んだほうが大会が盛り上がる。イングランドが決勝に勝ち進んでほしい理由がもうひとつある。デンマークはグループリーグで2連敗してから1勝してトーナメントに勝ち進んだ。グループリーグで負け越しているチームが先に進めるというレギュレーションが大いに疑問。2敗もしてるのに決勝に進んでいいの? かつてデンマークは下馬評をひっくり返してこの大会で優勝したことがあるわけだが(自分の記憶にあるもっとも古いEUROがその大会)、ここでそんな番狂わせを見たくない。
●が、試合が始まってみると、意外にも拮抗したゲームに。イングランドがどこか硬いのに対し、デンマークはのびのびとプレイ。前半30分、デムスゴーに惜しいチャンスがあった後、そのデムスゴーが鮮烈なフリーキックを披露して先制ゴール。実はこれがイングランドの大会初失点(というのもすごい話だが)。しかし、39分、イングランドはラインの裏を突いて右サイドからクロスを入れて、中央のスターリングが同点ゴールを決めた……いや、スローで見るとデンマークの選手によるオウンゴールだ。これで1対1。
●後半はややデンマークが押し気味の展開で始まったが、時計の針が進むごとにどんどんとデンマークが消耗し、終盤はイングランドが一方的に攻める展開に。かろうじてデンマークは耐えたが、延長戦に入っても、イングランドの怒涛の攻撃が続く。デンマークは腰に手を当てている選手がいるのに、スターリングはすさまじいスピードでディフェンスを切り裂く。あとは決めるだけ、でもなかなか決まらない。ようやく102分にスターリングが倒されて、イングランドにPK。ケインのキックを一度はシュマイケルが弾いたが、こぼれ球をそのままケインが押し込んで、これが決勝点。ところが、スターリングが倒された場面をスローで見ると、ファウルには見えない。主審がPKを示した後、VARによるポテンシャルPKチェックが入ったが、この段階でVARも主審に同意したらしく、主審がモニターをチェックすることはなかった。まあ、映像を見てもPKだというのなら、PKなのか……? でも、PKには見えなかった。後でニュース記事を読んだら、ヴェンゲルもPKではないと主張していた。VAR時代にも「疑惑のPK」はなくならないことを学んだ。
●イングランドの逆転ゴールが決まった瞬間、場内は大騒ぎ。シャツを脱いで大声で叫ぶ大男たち。マスクどころか裸上等だ。これはどうなるの? ともあれ、以前に当欄で期待した通り、決勝戦はイングランド対イタリアになった。大会としては最良の結果だろう。どちらが勝ってもおかしくないが、賭けるならイタリアかな。

July 8, 2021

笑顔と抱擁 EURO2020 準決勝 イタリア対スペイン

●さて、EURO2020は準決勝の2試合が行われた。今朝の2試合目の結果バレは避けるとして、1試合目のイタリア対スペインを振り返っておこう。会場はロンドンのウェンブリー。夜の試合でもあり、気温は15℃という涼しさ。サッカーには最適。ここまでともにパスをつないで自らゲームを組み立てる戦い方をしてきたチーム同士の対戦で、序盤はよりハイテンションのイタリアがゲームを支配。イタリアはスピードでスペインを上回る。ところがイタリアペースだったのは最初だけで、次第にスペインのボール・ポゼッションが高まり、イタリアは守ってから速攻を仕掛けるしか手がなくなってしまう。イタリアも十分にうまいのだが、パス回しになるとやはりスペインに一日の長がある。
●イタリアは序盤の勢いが押し返された後、現実的な戦い方にスッとシフトするのがさすがで、60分、カウンターアタックからこぼれ球を拾ったキエーザが右足でシュート、これがファーサイドのゴール右隅に弧を描いて突き刺さるビューティフルゴール。目論見通りの先制ゴールで、イタリアは守備への意識を強めて逃げ切り体制に。次々と交代カードを切って攻勢を強めるスペイン。ようやく80分、モラタがダニ・オルモとの鮮やかなワンツーから中央突破、キーパーとの一対一を冷静に決めて同点ゴール。1対1で、延長戦へ。スペインは3試合連続の延長戦だ。
●延長戦もスペインがボールを持ち、イタリアがカウンターを狙うという展開で、決着つかずPK戦へ。コイントスの場面でイタリアのキャプテン、キエッリーニがめちゃくちゃ陽気で、ニコニコしながらスペインのジョルディ・アルバをつついたり抱きしめたりしている。ジョルディ・アルバのほうはムスッとしていたが……。おそらくキエッリーニはコイントスに勝って、先攻を選んだはず。先攻勝率は60%。ところが一人目のロカテッリが失敗してしまう。これで先攻の有利など軽く吹き飛んでしまった……と思ったら、スペインの一人目、ダニ・オルモも失敗! その後は成功が続き、スペインの4人目、モラタがドンナルンマに止められる。イタリアはジョルジーニョが職人芸で易々と決めて、決勝進出。試合内容はスペインが勝っていたかもしれないが、イタリアの団結力とドンナルンマのセーブ力がそれを上回った。
●PK戦の前に両ゴールキーパーが熱い抱擁を交わしていたのが印象深かった。そう来るんだ……と感心。

July 7, 2021

新国立劇場「カルメン」アレックス・オリエ新演出

新国立劇場 カルメン●6日は新国立劇場でビゼーの「カルメン」。スペイン・バルセロナ出身のアレックス・オリエによる新演出。東京都のイベント開催制限により開演が18:30から17:30に変更された。注目はなんといってもオリエの読み替え演出で、舞台は現代の東京に置き換えられている。ステージ上にはロックコンサート風の鉄パイプ構造のステージが組まれ(ステージ内ステージだ)、カルメンはショービジネスの世界をたくましく生きる来日シンガー。ホセは竜騎兵ではなく、日本の警官だ。第1幕冒頭に出てくる警察官たちはまさに日本の警察だし、子供たちはまさに日本の小学生という衣装。たばこ工場で女工たちが喧嘩をするのではなく、リハーサルの最中に争いが起きるといった具合。カルメンはシンガーだけど、裏の仕事もあって、密輸団を手伝っている。密輸するのは白い粉だ。細かなところはともかく、読み替えはかなりスマートにできている。
●今回のオリエの演出、ワタシは以前の「トゥーランドット」よりもずっといいと思った。あの陰鬱な「トゥーランドット」と違って、この「カルメン」には楽しさがある。古典的な悲劇には笑いの要素が必須。あくまでシリアスなスタイルのなかに、すっとぼけたファンキーさが織り込まれていて、ワタシはなんども客席で(静かに)笑った。あの「ハバネラ」のシーンとか、かなりシュール。終場で本来なら闘牛士たちが登場する場面で、レッドカーペットが敷かれてセレブたちが次々と登場してフラッシュを浴びる様子なども、相当に可笑しい(ただし、エスカミーリョは本物の闘牛士なのだ。スター闘牛士として来日している)。あと、ミカエラのファッション! いかにもエンタメ業界っぽい尖がった男女のなかに、ひとり田舎の繁華街から迷い込んでしまったかのよう。
●以前、ONTOMOの連載にも書いたけど、もともとメリメの原作「カルメン」は、その出自ゆえに疎外された者同士の悲劇を描いている。カルメンはジプシー、ホセはバスク人。ともにスペイン社会での少数者だ。しかしビゼーのオペラは、ホセの出自に焦点を当てず、どこにでもいるようなあらゆる男たちの物語に変換することで、万人の共感を呼んだ。オリエの演出は、さらにカルメンからジプシーの要素を剥ぎ取って、あらゆる女たちの物語に仕立てている。
●キャストはカルメンにステファニー・ドゥストラック、ドン・ホセに村上敏明(当初のミグラン・アガザニアンから変更)、エスカミーリョにアレクサンドル・ドゥハメル、ミカエラに砂川涼子。大野和士指揮東京フィル。カルメン役のドゥストラックが出色。歌もキャラクターも役にふさわしい稀有な存在。
●この日、客席には若者たちの姿が目立った。吉。やはり「カルメン」は血の気の多い時期に聴いておかねば!

July 6, 2021

「台北プライベートアイ」(紀蔚然著/舩山むつみ訳/文藝春秋)

●評判の新刊、「台北プライベートアイ」(紀蔚然著/舩山むつみ訳/文藝春秋)を読む。台湾の探偵小説。なるほど、これはおもしろい。主人公は劇作家と大学教授を辞め、思い立って台北の路地裏で私立探偵を開業したという人物。妻に逃げられ、心の病も抱え、劇作家時代の仲間たちを酔っ払って罵倒してしまって社会的に居場所もない。偏屈な崖っぷちのオッサンが主人公なのだが、ところどころに出てくる主人公の台湾観や芸術論が興味深く、話の展開も新鮮で、ぐいぐいと読ませる。もしかするとミステリーとしてのおもしろさ以上に、主人公の長々とした独白のほうがおもしろかったかも。たとえば、こんな感じ。

台湾はもはや芸術など必要としていない。台湾が求めているのは、『シルク・ドゥ・ソレイユ』であり、『キャッツ』であり、『オペラ座の怪人』だ。そして、はったりだけで第三世界を騙しまくる、くそったれのロバート・ウィルソン(アメリカの演出家・舞台美術家)だ。台湾人が求めるのは、見かけばかりの華麗さであり、安っぽい感動だ。

ロバート・ウィルソンって、そんな認識なんだ。苦笑。日本文化についての言及もたびたび見られ、横溝正史とか宮崎駿の名前も出てくるし、こんな一文もある。すごくない?

アメリカのロマン派の詩人エドガー・アラン・ポーの怪奇的な美学と残酷な情緒が推理小説の始祖である江戸川乱歩によって日本の土壌に移植されると、土壌や水が合わずに枯れてしまうこともなく、ちゃんと花を開いて、新しい品種を生み出している。

●人間関係がやたらと濃密なのは台湾だからなのか。文化圏として近くもあり遠くもあって、不思議な感じ。あと、序盤で起きている事件が話の本筋だと思い込んで読んでいたら、中盤でぜんぜん別の事件があって、そちらが本題でびっくりする。訳文は最高。
●この一文も印象深かった。

政府が明らかに禁止していることなら、みんなは自信をもってやる。おれはつくづく思うのだが、これこそが台湾を人間が住むのに最も適した所にしている最も重要な要素だろう。


July 5, 2021

EURO2020のベスト4が決定、準々決勝 ベルギー対イタリア

ベルギー●EURO2020準々決勝、優勝候補同士の対戦であるベルギー対イタリア戦を録画観戦した(最初はWOWOWオンデマンドを使ってPCで観ていたのだが、途中からテレビで観たほうが楽しめることに気づいた。画面がPCより大きい、ほんの少しだけ)。会場はミュンヘン。1万4千の観客はかなり疎。他都市に比べると抑制的だが、そうはいっても一部のエリアは密集していて、応援も熱い。
●ベルギーには今大会唯一のJリーガーがいる。ヴィッセル神戸のフェルマーレン。3バックの中央でディフェンスの要を務める。エデン・アザールはケガで欠場したが、代わって出てきたドクがすさまじいスピードを持っている。トップのルカク、中盤のデブライネ、ティーレマンス、キーパーのクルトワら、イタリア以上のタレント集団といった陣容。個の力は高い。一方、イタリアは士気が高く、局面の争いではやや分が悪くても、揺るぎない自信に満ちたプレイぶり。序盤は押され気味だったが、ドンナルンマのファインセーブもあって盛り返し、31分に先制点。ゴール前の競り合いでインモービレが倒れ、笛は吹かれなかったが、ベルギーの縦パスをカットしてふたたびイタリアが攻め、倒れたままのインモービレの脇をバレッラが突破して豪快なシュートを叩き込んだ。倒れていたインモービレが何事もなかったかのように立ち上がって喜びを分かち合うという、やや居心地の悪いゴールシーン。圧巻は前半終了間際のインシーニェで、ひとりでドリブルで切れ込んで狙いすましたミドルシュートでゴール。直後にベルギーにPKを与えて1点を返されるが、後半はスコアが動かずイタリアが勝利。ベルギーにも決定的なチャンスはあったので、紙一重の差だったとは思う。ベルギー 1-2 イタリア
●スイス対スペインは1対1のままPK戦にまでもつれこんで、スペインが勝ち抜け。デンマークはチェコを破り、イングランドはウクライナを4ゴールで一蹴。準決勝の組合せはイタリアvsスペイン、イングランドvsデンマークに決まった。期待通り、イングランドはウェンブリーで準決勝、さらに決勝を戦うことになるのでは。
●今大会のEURO、自分が観た試合はどれもオープンな試合で見ごたえあり。引いて守る消極的なチームがほぼ見当たらず、どこも自分たちで主導権を握ろうとしている。ようやく観客の前でプレイできるようになった喜びのあらわれ、と解するのは単純すぎるか。

July 2, 2021

ソニーの教育プログラム「CurioStep サマーチャレンジ 2021」

●ソニーが取り組む子供たちの教育プログラム「CurioStep サマーチャレンジ 2021」がこの夏に開催される。こんな状況なのでオンラインでのワークショップが中心となるのだが、そのうちのひとつ、「音と楽器のひみつを探るワークショップ」に微力ながら関わっている。対象は小学1年生から小学6年生までの児童と保護者。ピアノの中川賢一さん、フルートの荒川洋さんを講師に、楽器の音色を聴き比べたり、クイズや体験を通して音と楽器のひみつを探るという参加型オンライン・ワークショップ。使用ツールはMicrosoft Teams。8月24日の11:00~と14:00~の2回開催、参加費は無料。ご希望の方はこちらからご応募ください。
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●さて、ワールドカップ2022カタール大会アジア最終予選の組合せが決まった。B組のニッポンはオーストラリア、サウジアラビア、中国、オマーン、ベトナムと対戦。2位までは出場決定、3位はアジアプレーオフと大陸間プレーオフの二重のプレーオフに回る。2次予選までとは一変して強敵ばかり。最近、オーストラリアとサウジアラビアとの対戦が多い気がする。反対側のA組はイラン、韓国、UAE、イラク、シリア、レバノン。韓国はずっと中東勢を相手にすることになる。

July 1, 2021

采配の妙 EURO2020 ラウンド16 イングランドvsドイツ

イングランド●これは大一番。ウェンブリーを舞台にラウンド16でイングランドとドイツが激突。観客は4万5千人。イングランドにはホームの利がある。ドイツ国歌斉唱中もスタジアムからは盛大なブーイング(少しムッとする。その作曲者ハイドンをロンドンに呼んで大ウケしてたくせに!)。イギリスは入国時に自己隔離が求められるはずなので、ドイツ・サポーターたちは現地在住者なのだろうか。この対戦カードで思い出すのは、かつて名古屋グランパスでも活躍した元イングランド代表リネカーの名言。「フットボールとは11人と11人で1つのボールを追いかけ回して、最後にドイツが勝つスポーツ」(うろ覚え)。つまり、ドイツはいつでも勝つ。ときどき勝てないこともあるけど、あきれるほど勝つ。負けそうになっても勝つ。ドイツが勝つ場面は見飽きるほど見ているので、ドイツ人以外のサッカー・ファンにとって、わざわざドイツを応援する理由はない。とはいえ、イングランドを応援する理由も見当たらないのだが……。華麗なサッカーとはだいぶ遠いイメージの両者ではあるが、今回は決勝がウェンブリーだという理由のみでイングランドの勝利を願う。気温16℃は理想的。
●ドイツもイングランドも布陣は同じ3-4-3。イングランドはグループリーグの4バックから布陣を変更して、あえてドイツにミラーゲームを仕掛けてきたことになる。この形、自分にとってはなじみが薄くて、勘所がよくわからないのだが、中盤の4枚の両側がウィングバックということになるのかな。3トップがワイドに開くのではなく、ウィングバックの上下動によって攻守のバランスが変化する感じ。下がれば5バック調の守備ブロック。イングランドは主導権を握るというよりは、相手に自由を与えない戦い方で、膠着状態が続く。渋い展開だったが、イングランドは69分にグリーリッシュを投入したあたりから活性化し、75分に左サイドからのグラウンダーのクロスに中央のスターリングが詰めて先制ゴール、さらに86分にはショートカウンターからやはり左サイドからの低いクロスに中でケインが頭で合わせて2点目。イングランド 2-0 ドイツ。
●ドイツは平均身長186センチの大型チームで高さで優位に立てるはずなのだが、試合後のデータではイングランドが空中戦で59%の勝率、デュエルの勝率も55%で相手を凌駕した。堅い試合で始めて、終盤に勝負を賭けるというサウスゲート監督の狙い通りの試合展開だったのでは。ドイツは相手のミスからミュラーがキーパーとの一対一のチャンスを迎えたが、これを外したのが「らしくない」感じ。これでレーヴ監督は15年の長期政権に幕。輝かしい戦績を収めた名監督だが、ワールドカップ2018とEURO2020での失速が少し寂しい。まあ、監督は最後は失望されて去るのが常ではある。

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