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2025年10月アーカイブ

October 22, 2025

東京都美術館 ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢

東京都美術館 ゴッホ展
●作品さえ鑑賞できればいいというガチ勢ではないので、混雑していそうな展覧会は避けてきた。ぎゅうぎゅうの人が横並びになって進むベルトコンベア鑑賞はぜんぜん楽しくない。となると、ゴッホとかモネは諦めるしかないわけだ。全時間帯で混雑必至。なので、東京都美術館のゴッホ展は見送るしかないな~、と思っていたのだが。

ゴッホ 画家としての自画像
●おそらく美術展でいちばん空くのは金曜日の夜間開館。そこで、この夜間開館の時間帯を狙って行ってみた。金曜夜は演奏会の率も高いのだが、なんとか機会を作って訪れてみたところ、これならぎりぎりセーフかなという程度の混み具合。正解だったと思う。いや、夜間開館でもこんなに人がいるのかと驚くべきかもしれないが……。上は「画家としての自画像」。すごい色彩感。撮影はすべて禁止なので、これは拾い物。著作権はもちろん切れている。

ゴッホ 耕された畑(畝)
●こちらは「耕された畑(畝)」。畝がウネウネとうねっているだけではなく、青空もウネウネとうねっている。すごい迫力。

ゴッホ 農家
●こちらは「農家」。すべてがウネウネとうねっている。これも好き。この展覧会、「家族がつないだ画家の夢」と副題にあるように家族がテーマになっていて、展示にストーリー性があるのが吉。ゴッホの弟テオの妻ヨーの活躍ぶりがすごい。ゴッホの作品は30点強で、関連する他の画家の作品もけっこう多いのだが、そこも含めて楽しめる。

October 21, 2025

ショパン・コンクールの第1位はアメリカのエリック・ルー

●21日、朝起きたらショパン・コンクールの結果が出ているかなーと思ったら、まだ審査が続いていたみたいで(前回もそうだった)、日本時間9時半過ぎにようやく結果が流れてきた。第1位はエリック・ルー(アメリカ)。27歳。2015年の同コンクールで17歳で第4位に入賞し、2018年にリーズ国際ピアノ・コンクールで優勝。ワーナークラシックスへの録音もあり、すでに実績のある人が勝者になったという印象。協奏曲は第2番、ピアノはファツィオリを選択。
●第2位はカナダのケヴィン・チェン(カナダ)、第3位は中国のZitong WANG。カタカナ表記はどうなるんだろう。第4位に日本の桑原志織と中国の16歳Tianyao LYU。
●大量に動画が配信されていて、ほとんど見ていないのだが、ファイナルの演奏を少しだけ聴いたマレーシアのヴィンセント・オン(Vincent Ong)の動画も貼り付けておきたい。第5位を受賞。

October 20, 2025

Jリーグは残り4試合、マリノスの残留争いと、流行のキックオフ戦術

●さて、世間はショパン・コンクールの話題で持ちきりだが、ここでわれらがJリーグのことも振り返っておきたい。今季、残り4試合。降格ライン上をさまようマリノスは浦和レッズ相手にまさかの4対0で完勝。同じ勝点で並んでいた横浜FCは引き分けたので、これで勝点2差で17位。ギリギリ残留できる順位だが、横浜FCはすこぶる好調であり、まったく予想がつかない。マリノスか横浜FCのどちらかが残り、どちらかが降格する可能性が高い。
●ちなみにマリノスだが4点獲ったといっても、とっくにアタッキングフットボールは捨てている。今はボールを持たない、パスを回さない、手数をかけないサッカーが基本。この試合のボール保持率はわずか38%。パスは237本で往時の半分以下、しかもパス成功率は59.9%しかない。これもかつては80%くらいだった。ゴールキーパー(朴一圭)はディフェンスにパスをつながず、大きく蹴る。
●サッカーはこれがいちばん効率がいい。今はもう夢を追っている場合ではないので、こうするしかない。一般論として、ボールをつなぐ攻撃的なサッカーよりも、安全第一のサッカーのほうが勝点を得やすい。だが、前者は楽しく、後者は退屈だ。この大いなる矛盾にサッカーの核心があると思う。
●で、この試合、マリノスはキックオフ時にボールを大きく蹴って、故意に敵陣深くのタッチラインを割るようにしていた。キックオフで自分たちがボールを持って攻撃するよりも、わざわざ相手ボールのスローインにしたほうが有利だ、と考えているのだ。最近の欧州で流行しているキックオフ戦術を取り入れたようだ。
●これがなぜ有利なのか。おそらく、緻密な分析を基にした統計的な裏付けがあるのだと思う。相手の布陣が完全に整った状態では、自分たちがボールを持ってもまず得点にはつながらないのに対して、敵陣深くであれば相手のスローインからボールを奪ってチャンスになる可能性が少しはある、ということなのか。以前、オシムが「自分たちのスローインではピッチ内は常に数的不利になる」と指摘していたのを思い出す。
●これほど退屈なキックオフはないと思うが、このキックオフ戦術はどんどん広がると思う。

October 17, 2025

チョン・ミョンフン指揮東京フィルのバーンスタイン、ガーシュウィン、プロコフィエフ

チョン・ミョンフン 東京フィル
●16日はサントリーホールでチョン・ミョンフン指揮東京フィル。10月28日からのヨーロッパ・ツアー(7か国8公演)に持っていくプログラムのひとつで、バーンスタインの「ウエスト・サイド・ストーリー」より「シンフォニック・ダンス」、ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」(小曽根真)、プロコフィエフのバレエ音楽「ロメオとジュリエット」より。「ウエスト・サイド・ストーリー」は「ロメオとジュリエット」の翻案なので、ダブル「ロメジュリ」プログラム。コンサートマスターの席に近藤薫、隣に三浦章宏、後ろに依田真宣が座って、楽団の3人のコンサートマスターがそろい踏みという全力布陣。気合十分で、持ち前の明るく華麗なサウンドが炸裂。すこぶるパワフルで、サントリーホールが飽和するほどの音圧を浴びた。
●バーンスタインの「シンフォニック・ダンス」では指パッチンあり、「マンボ!」の発声ありでハイテンション。ガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」は冒頭のクラリネットのグリッサンドがかつて聴いたことがないほどソリスティックで、たっぷり。ぞくぞくする。この曲で小曽根真がソロを弾くのを聴くのは何度目だろうか。毎回そうだが、即興マシマシのロングバージョン。初めて聴く曲のように向き合う。アンコールは自作のAsian Dreamで、しっとりと。後半のプロコフィエフはいろいろな抜粋がありうる作品だが、「モンタギュー家とキャピュレット家」でスタートして、「ジュリエットの墓の前のロメオ」「ジュリエットの死」で終わる全10曲、約45分。こちらも力感みなぎる演奏で、造形は端正、熱量は高い。バーンスタインとの組み合わせの妙も楽しめた。
●カーテンコールの写真を撮っていたら、予想外のアンコールあり。「シンフォニック・ダンス」の「マンボ」を本編よりもさらにはじけて。アンコールもツアー仕様なのか。客席は大喝采。ツアーの大成功を祈りつつ拍手。

October 16, 2025

全国共同制作オペラ「愛の妙薬」(杉原邦生演出)記者会見

全国共同制作オペラ「愛の妙薬」 杉原邦生 記者会見
●遡って9日午前、東京芸術劇場で2025年度全国共同制作オペラ「愛の妙薬」(ドニゼッティ)記者会見へ。毎回、演出をいろいろな分野の人が務めることで話題のシリーズだが、今回は演出家の杉原邦生がオペラに初挑戦する。自らを「悲劇の演出家」と位置付ける杉原は、初めてのオペラ演出が喜劇であることに驚きつつも、挑戦しがいがあると語る。杉原「大学に入って演出を始めた頃から、欧米の著名な演出家たちがオペラを手がけていることを知って、いつかはオペラをと考えていたので、ついに来たかと思った。映像で『愛の妙薬』を見て、シェイクスピアの喜劇みたいだなと思いつつ、『カワイイ』と感じた。今回の演出は『カワイイ』がキーワードになる」
●写真は左より、糸賀修平、宮里直樹(以上ネモリーノ役)、高野百合絵(アディーナ役)、杉原邦生(演出)、大西宇宙、池内響(以上ペルコーレ役)、秋本悠希(ジャンネッタ役)。東京芸術劇場、フェニーチェ堺、ロームシアター京都の3都市での開催。11月9日の東京芸術劇場を皮切りに堺、京都と続く。高野「お客さまが心温まる舞台にしたい。アディーナ役は軽さだけではなく力強い声も必要な役」、宮里「『愛の妙薬』はぼくのいちばん好きな作品」、大西「シカゴにいた頃もシェイクスピアの演出家やミュージカルの演出家といっしょになった。異種格闘技的な舞台は楽しみ」と、それぞれが抱負を語った。なお、ドゥルカマーラ役はセルジオ・ヴィターレ、指揮はセバスティアーノ・ロッリ。オーケストラは各地で異なり、東京はザ・オペラ・バンド。ダンサーも登場する。
全国共同制作オペラ「愛の妙薬」●で、今回のフライヤーのデザインはこんな感じで、彩度の高いピンクが目に眩しい。「愛の妙薬」って本当によくできたロマンティック・コメディだけど、いかにも農村の素朴な人たちの物語という感じで、都会人から見た農村ファンタジーになっていると感じるが、このデザインからも察せられるように、舞台はバスクの農村ではなく、特定の土地や時代を示さない模様。大胆演出が売りのこのシリーズだが、今回はジェンダーレスな要素が加わるというヒントがあって、なるほどと膝を打った。期待大。

October 15, 2025

ニッポンvsブラジル 代表親善試合

●な、な、なんだこれはー! 東京スタジアム(味スタ)で行われたニッポンvsブラジル戦、テレビ中継で観たが、なぜこれを現地で見なかったのか。こんな世界線がサッカー界にあろうとは。前半にブラジルがポンポン~と2点獲った。後半にニッポンがガラガラポーンと3点獲った。ニッポンがブラジル相手に2点差をひっくり返して勝利したのだ。
●森保監督が敷いた布陣はいつもの3-4-2-1というか、3-2-4-1みたいな形なのだが、前半はブラジル相手にボールを持たれることを想定して、守備時は両ウィングバックが下がって5-4-1でコンパクトなブロックを築く。前線からのハイプレスは封印。しかもそれでいて守備一辺倒にならず、相手に決定機を作らせない。自陣でボール奪取に成功すると、そこからボールを巧みにつなげて、堂安や久保、中村敬斗の個人技でチャンスを作り出していた。ボール支配率はかなり低かったが、序盤はニッポンのペースで、おそらくこの戦術がブラジル相手の最適解だと思った、最初の22分くらいまでは。
●ところが、堂安のドリブル突破から南野を経て上田が決定機を迎える惜しい場面があると、ここで急にブラジルのスイッチが入った。あ、これは今までに何度も見たことのある王国特有の謎スイッチだ。そう思ったら、前半26分と32分にブラジルが立て続けにゴール。1点目はほれぼれするほど美しい形で、縦方向にパスを入れると、ワンタッチでこれを戻して、さらにワンタッチで縦にスルーパスを入れて、抜け出たパウロ・エンヒキがゴール。2点目は縦方向の浮き球のパスにガブリエル・マルティネッリが抜け出てボレーでゴール。ここまでニッポンは慎重にゲームを組み立てていたのに、いとも簡単に無効化してしまうブラジルの攻撃陣。見慣れた光景が広がっていた。
●が、後半に入るとニッポンは積極的に前からプレスをかける形に。これが狙い通りに機能したのが後半7分で、相手のディフェンスラインに対する連動的なプレスからファブリシオ・ブルーノのミスを誘発、パスミスを拾った南野が悠々とゴール。後半17分には交代出場した伊東が右サイドから鋭い高速クロスを入れ、ファーサイドの中村がボレーシュート、これをファブリシオ・ブルーノがクリアしたボールがそのままゴールに吸い込まれて同点。後半26分には伊東のコーナーキックを上田がニアで頭で合わせて、まさかの逆転。ブラジルもいくつかチャンスを作っているのだが、前半なら簡単に決めたであろうシュートを外す。終盤はニッポンが守備を固めて逃げ切った。ニッポン 3-2 ブラジル
●これまでブラジル相手に13回対戦して一度も勝てなかったニッポンだが、この試合は勝つべくして勝ったという手ごたえがある。ブラジル代表は初めての外国人監督としてイタリア人のカルロ・アンチェロッティを招聘しているのだが(ウソみたいな話だ)、アンチェロッティのもと、守備の立て直しに成功したと言われていた。それがまさかの3失点なのだからわからないもの。
●GK:鈴木彩艶-DF:渡辺剛、谷口彰悟、鈴木淳之介-MF:堂安律(→望月ヘンリー海輝)、佐野海舟、鎌田大地(→小川航基)、中村敬斗(→相馬勇紀)-久保建英(→伊東純也)、南野拓実(→田中碧)-FW:上田綺世(→町野修斗)。堂安のドリブルが異次元。久保、中村、伊東もキレッキレ。望月の一対一の守備にはらはら。鈴木彩艶はさすが。

October 14, 2025

ニッポンvsパラグアイ 代表親善試合

●10日はニッポンvsパラグアイの代表親善試合(パナソニックスタジアム吹田)。テレビ中継あり。今回の代表ウィークはホームでパラグアイとブラジルの2連戦。強豪相手の理想的なマッチメイクに成功した。が、ニッポンはけが人が続出、主力を多く欠くことに。遠藤航、三笘薫、守田英正、板倉滉といった大黒柱が招集外。久保建英は招集したがけがで使えるかどうかはわからず。さらにディフェンスラインは町田浩樹、伊藤洋輝、冨安健洋が長期離脱中。さすがに選手層が薄い。いつもの森保監督ならパラグアイはBチームで、ブラジルはAチームで戦うところだが、パラグアイ戦にも主力をそこそこ使わざるを得なかった様子。
●布陣は3バック。3-4-2-1。メンバーはGK:鈴木彩艶-DF:瀬古歩夢、渡辺剛、鈴木淳之介-MF:伊東純也、佐野海舟(→藤田譲瑠チマ)、田中碧(→町野修斗)、中村敬斗(→斉藤光毅)-堂安律(→相馬勇紀)、南野拓実(→鎌田大地)-FW:小川航基(→上田綺世)。よかったのは佐野海舟。遠藤航の後継者。しかし、試合は苦戦。ボールは持てるが、さすがにパラグアイは堅守。一対一、球際が強い。ふだんからブラジル、アルゼンチンと戦っているパラグアイにすれば、相手にボールを持たせておいて、隙を突いて手数の少ない攻撃で得点するのはお家芸だろう。前半21分、浮き球の縦パスがミゲル・アルミロンにドンピシャで渡って、キーパーとの一対一を決めて先制ゴール。こういったゴールに直線的に向かう縦パスから得点が生まれる確率はかなり低いはずだが、パスの出し手にノープレッシャーとなると、マークを振り切って走り込んだ前線の選手にぴたりと合ってしまう。全般にプレスのはまりはもうひとつ。
●この直後に、小川がペナルティエリア内から豪快なシュート、キーパーは弾いたが、ボールが高く上がってそのままゴールに入って同点。後半19分にパラグアイがクロスボールにディエゴ・ゴメスが頭で合わせてふたたびリード。パラグアイが逃げ切りそうな展開だったが、後半44分に入った上田綺世が終了間際に同点弾。右からの伊東の速いクロスがファーまで抜けて上田が倒れ込みながら頭で決めた。これはいい形。ほぼ負けゲームだったが、ドローに。2対2
●代表デビューの斉藤光毅が果敢にドリブルで仕掛けていたが、まったく相手に脅威を与えられず。でも好感度大。
●さて、今晩はブラジル戦。できれば万全のメンバーで対戦したかったが、どうなることやら。

October 10, 2025

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮NHK交響楽団のシベリウス他

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●ヘルベルト・ブロムシュテット、98歳(!)が来日。9日はN響との全3プログラム6公演の初日。舞台袖から登場しただけで、客席から熱烈な拍手が沸き起こる。みんな、ブロムシュテットが大好きなのだ。そして、なぜそんなことが可能なのかわからないが、前回、前々回の来日より体が動いている。両手の動きがしっかりしていて、それが音楽にも反映されていたと思う。統率力、音楽に込められた生命力という点でも近年で最上だったのでは。歩行車を押しながら自力で袖と指揮台を往復する。さすがに指揮台はバリアフリーではないので、昇り降りだけははらはらしたが、98歳で大陸間を移動して指揮活動ができていることに驚嘆するほかない。
●プログラムはグリーグの組曲「ホルベアの時代から」、ニールセンのフルート協奏曲(セバスティアン・ジャコー)、シベリウスの交響曲第5番。グリーグでは弦楽器の緻密なアンサンブルから、溌溂とした生気があふれてくる。ニールセンでのジャコーのフルートは軽やか。宙を舞うフルート。アンコールにドビュッシーの「シランクス」を吹いてくれたのだが、軽やかなのに濃密で、甘ささえ感じる。この音色表現はすごい。後半のシベリウスは近年に聴いたブロムシュテットのなかでも指折りの名演だったと思う。引きしまったサウンドで、音楽の流れがよどみなく、パッションも十分でみずみずしい。枯淡の境地ではまったくなく、生の賛歌になっている。「音楽が巨大化する老巨匠の晩年様式」とは無縁。
●今回はカバーコンダクターとしてエヴァ・オリカイネンの名が当初から発表されていたわけだが、無事にブロムシュテットの公演が実現して本当によかった。残念ながら自分は今回はこの一公演しか聴けないのだが、続くAプロ(ストラヴィンスキー「詩篇交響曲」&メンデルスゾーン「讃歌」)ではミシェル・タバシュニク(82歳)、Cプロ(ブラームス)では下野竜也がカバーコンダクター。前回は全公演ゲルゲイ・マダラシュだった。
●N響は来年、創立100年を迎える。創立100年記念事業が発表されているが、そのなかにはブロムシュテット99歳のブラームスもある。つまり、ブロムシュテットとN響は一歳差なのだ。

October 9, 2025

「マーブル館殺人事件」(アンソニー・ホロヴィッツ)

●アンソニー・ホロヴィッツの新刊「マーブル館殺人事件」(山田蘭訳/創元推理文庫)を読んだ。アンソニー・ホロヴィッツ、なにを読んでもおもしろいので毎回感心するのだが、今回もまた見事な出来ばえ。ホロヴィッツの名にふさわしい(?)技巧の冴え。今回はカササギ殺人事件シリーズの第3弾で、主人公は編集者のスーザン・ライランド。今回も劇中劇ならぬ「小説中小説」の趣向がとられている。つまり、主人公が担当している本のなかで殺人事件が起きるのだが、どうやらこれは現実の世界で起きた不審死の謎ときになっているのではないかと主人公が考える。巧緻。メタミステリーとして秀逸であると同時に、編集者小説としても読んでいて楽しい。そういえば、今年の大河ドラマの「べらぼう」も編集者ドラマではないか。今、編集者が熱い!(強引)。
●実は今回、序盤はさすがのホロヴィッツも息切れしてきたんじゃないかと思ったんだけど、途中からがぜん話がおもしろくなってきて、さすがと唸らされた。主人公が50代半ばの女性という設定も効いていて、職場を失ってしまい、フリーランスになって奮闘している、そして……という展開がとてもよい。ミステリーとしては変化球だけど、職業人生小説としてはストレート。
●小ネタとして過去の名作をほうふつとさせる要素がいくつか仕込んである。刑務所の面会場面とか、気が利いている。

October 8, 2025

SOMPO美術館 モーリス・ユトリロ展

モーリス・ユトリロ ラパン・アジル
●SOMPO美術館のモーリス・ユトリロ展へ。平日の午前に訪れたが、想像していたより人が多い。混雑というほどではないにせよ、意外と人気が高くてびっくり。ほぼ風景画のみでモチーフも限定的、そして似たような構図や同じ場所をなんどもくりかえして描く。多くの作品はどこか歪みとか軋みを感じさせる構図。「白の時代」の作品群がすごい迫力。一方、後年の明快な色彩を持つ作品群は肩の力が抜けている。アルコール依存症にずっと苦しんでいたというが、それがどう作品と関係しているのかはよくわからない。
●上は「ラパン・アジル」(1910)。モンマルトルのラパン・アジルはユトリロが足繁く通ったキャバレーなのだとか。ユトリロは絵葉書(!)をもとに、このモチーフをくりかえし書いた。以下、どれも同じ場所を描いている。
モーリス・ユトリロ ラパン・アジル

モーリス・ユトリロ ラパン・アジル

モーリス・ユトリロ ラパン・アジル

モーリス・ユトリロ ラパン・アジル

モーリス・ユトリロ ラパン・アジル

●それぞれのタイトルと制作年を書こうと思ってたけど、煩雑でよくわからなくなってしまった! おおむね、下のほうが新しい作品。
●ユトリロのお母さんも画家なんだけど、知ってた? 名前はシュザンヌ・ヴァラドン。クラシック音楽ファンにとっては、どこかで聞いたことのある名前かもしれない。えーと、だれだっけ……。そうだ、エリック・サティの恋人の名前だ! ふたりが交際している頃、ユトリロ少年は10歳くらい。サティの激しい恋は、一方的にふられる形で半年ほどで破局を迎えた。サティにとっては世紀の大失恋であり、恋多きヴァラドンにとってはかすり傷のようなものだったという話が泣ける。

October 7, 2025

クリスティアン・アルミンク指揮シンフォニア・ヴァルソヴィアとイーヴォ・ポゴレリッチ

クリスティアン・アルミンク シンフォニア・ヴァルソヴィア イーヴォ・ポゴレリッチ
●6日はすみだトリフォニーホールで、クリスティアン・アルミンク指揮シンフォニア・ヴァルソヴィア。プログラムは前半がドヴォルザークの交響曲第8番、後半がイーヴォ・ポゴレリッチの独奏でショパンのピアノ協奏曲第2番。ふつうのピアニストなら前後半が逆だが、やはりここはポゴレリッチが主役。開演前、延々とスケールを弾き続けるピアノの音が聞こえてきて、一瞬、調律をしているのかと思ったが、ピアノ協奏曲は後半の曲目だ。ホールの中に入ってみたら、ステージ脇に置かれたピアノでニット帽のポゴレリッチが弾いていた。いつもの儀式だ。
●シンフォニア・ヴァルソヴィアといえば、ラ・フォル・ジュルネでたくさん聴いているオーケストラだけど、かなり特殊な条件下での公演になるわけで、こうして通常の来日公演として聴く機会はまれ。今まさにワルシャワでショパン・コンクールが開催中なんだけど、そんなタイミングでワルシャワからオーケストラがやってきて、ショパンのピアノ協奏曲第2番を演奏する。しかも独奏者は同コンクールで伝説を作ったポゴレリッチ。
●前半、ドヴォルザークの交響曲第8番はかなり大らかな演奏ではあったが、濃いめのローカル色が魅力。ひなびた味わいと豊かなパッションが聴きもの。休憩に入ると、こんどはステージ衣装に着替えたポゴレリッチがピアノで静かに和音を奏でている。いったん袖に引っ込んでから、後半に。ポゴレリッチによるショパンのピアノ協奏曲第2番を聴くのはこれが3回目だと思う。最初の機会は2010年のラ・フォル・ジュルネでの同じくシンフォニア・ヴァルソヴィアとの共演で、この日は超絶遅いテンポの演奏でショパンが40分以上にわたる大曲になり、おまけに係員の制止を聞かずに第2楽章をアンコールしたため、60分の予定の公演が90分になったと記憶している(→当時のLFJ公式ブログ。懐かしい)。それに比べれば、今回はノーマルなテンポ設定。とはいえ、自在の演奏であることは変わりない。強弱の幅が広く、ベースとなるタッチが強靭で、筆圧の強いショパンであると同時に、柔らかく軽やかなタッチも。ショパンの協奏曲でこんな荘厳さを感じさせる人はほかにいない。演奏後、ポゴレリッチはいつものように足でピアノ椅子を片付ける。アンコールはなしというメッセージでもあるのだろう。終演後のサイン会に長蛇の列ができていた。

October 6, 2025

ヨーン・ストルゴーズ指揮東京都交響楽団、ヴェロニカ・エーベルレ

ヨーン・ストルゴーズ 東京都交響楽団
●5日は東京芸術劇場でヨーン・ストルゴーズ指揮都響。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲(ヴェロニカ・エーベルレ、カデンツァはイェルク・ヴィトマン、日本初演)とシベリウスの交響曲第3番という前半が重いプログラム。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲では、エーベルレが強く芯のある音で気迫のソロ。完成度が高く、ふつうに演奏しても大名演だが、この日はイェルク・ヴィトマンによるカデンツァが演奏された。本編の素材を使っているものの書法はモダンで、完全にヴィトマンの作品になっている。第1楽章のカデンツァでは、コントラバス奏者が指揮者のわきまで出てきて、独奏ヴァイオリンにコントラバス、ティンパニが加わる。第2楽章のカデンツァではコンサートマスター(水谷晃)も加わって二重奏に。第3楽章のカデンツァでは、またもコントラバス、ティンパニが加わり、第1楽章冒頭のティンパニ主題が帰ってきて「ふりだしに戻る」感。先日、ルイージ指揮N響でもベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を聴いたが、あのときのマリア・ドゥエニャスのカデンツァも長いと思ったが、ヴィトマンはもっと念入り、饒舌。とても長大な曲になった。ここまで来ると、古典的書法の作品に突然モダンな響きが混入してハッとするという段階を超えて、ベートーヴェンとヴィトマンが合作して誕生したキメラだと感じる。しかし、本来は奏者に自由が与えられた即興的なものだったはずのカデンツァが、こうして他者の作曲家が創作した再現芸術として「日本初演」されていることに、あれこれと思いを馳せずにはいられない。大喝采の後、アンコールにエーベルレと水谷晃で、バルトークの2つのヴァイオリンのための44の二重奏曲より第43番「ピツィカート」。
●後半のシベリウスの交響曲第3番は快演。小ぢんまりとした古典的な曲だが、弦楽器からすごい音が出ていた。目が詰まっているというか、緻密で濃い。前半に負けないインパクト。都響の合奏能力の高さとストルゴーズの手腕に感嘆するばかり。この曲、3つの楽章でできているのだが、第3楽章後半に出てくるコラール風とされる主題は、なにか元ネタがあるのだろうか。いかにも童謡とか農民歌にありそうに思えるのだが。

October 3, 2025

Spotifyがついにロスレス音質に対応

●先月下旬くらいからSpotifyがようやくロスレス音質に対応している。といっても、勝手に音質がロスレスになってくれるわけではなく、自分で設定を変更する必要がある。以下、Windows用アプリでの話だが、アプリ右上にあるプロフィールアイコンから「設定」を選び、「音質」の項目を「ロスレス」に変更する。すると、次に再生する音源から、ロスレスで聴くことができる。ざっといろんなアルバムで試してみたところ、一部を除いてだいたいの音源はロスレスになっている模様。ロスレスを再生している場合は「ロスレス」の表示が出るのでわかりやすい。
●念のため記しておくと、ロスレスはCDと同じ音質。従来はなんらかのフォーマットで320kbps程度の不可逆圧縮による音源が使われていた。
●せっかくなので、派手な音源を選んでいろいろ聴き比べてみた。PCからUSB-DAC経由でヘッドフォンに出力して聴いたが、ロスレスはすばらしい音がする。でもまあ、320kbpsでもすばらしい音がしている。なんの問題もない。試しに思い切って96kbpsまで下げてみたが、これで音楽を楽しめないかと言われると「楽しめる」と答えると思う。音質の高低が音楽を聴く喜びをどれだけ左右するか、というのは簡単に答えられない問いだ。
●これは絶対にオーディオの世界ではない考え方だと思うが、エコロジー的な発想でいえば、音楽の楽しみが同等ならデータサイズは小さければ小さいほどよいとも言える。写真や動画を保存するときは、なるべく損失が気にならない範囲でファイルサイズを小さくしようと考えるわけで、無圧縮でなければいけないとはならない。
●話は変わるが、クラシックに関してはSpotifyの検索機能はまったく頼りにならない。その点、Apple Music Classicalはしっかりしている。Windows上からもWeb Playerで使うことができる。心情的にはアメリカの巨大IT企業であるAppleよりも、スウェーデンの音楽配信専門の企業であるSpotifyを応援したいのでSpotifyを使い続けているが、そろそろ考え直すべきなのだろうか。
●Naxos Music Groupが北京のクラシック音楽サービスプラットフォーム Kuke Music Holding Limited の傘下に入るというニュースがあった(Investing.com)。約1億635万ドル相当の取引。こういう話を聞くと、日本の音楽業界は小規模だなと感じずにはいられない。

October 2, 2025

「漫画 パガニーニ ~悪魔と呼ばれた超絶技巧ヴァイオリニスト」

●やまみちゆかさんの新刊「漫画 パガニーニ ~悪魔と呼ばれた超絶技巧ヴァイオリニスト」(浦久俊彦監修/ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス刊)を読む。著者のパガニーニ愛がひしひしと伝わってくる一冊で、パガニーニの生涯を知ることができると同時に、純粋にマンガとしておもしろい。逸話や伝説の多いパガニーニだからこそ、こういったしっかりした文献にもとづいて描かれたマンガが有効だと思う。シングルファーザーとして息子アキーレを育て上げた逸話にもグッと来るが、そのアキーレが成長して家庭を持ち子や孫たちに囲まれて暮らしたと知ると、妙にほっとする。
●で、もうひとつ、やまみちさんの著書の話題を。私が監修を仰せつかった「マンガでわかるクラシック音楽の歴史入門」(KADOKAWA)の重版が決まった。全出版界における最高に甘美な言葉、それは「重版」。憧れの言葉であり、近年なかなか聞けない言葉でもある。ああ、世の中のすべての本が重版されたらいいのに!(ムリ)。

October 1, 2025

国立新美術館 「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」

国立新美術館
●かなり久しぶりに国立新美術館へ。「時代のプリズム:日本で生まれた美術表現 1989-2010」展(~12/8)。国立新美術館と香港M+による初の協働企画ということで、1989年から2010年までの日本のアートシーンを彩った革新的な表現に光を当てる。どれもこれもおもしろく、密度が濃い。たっぷり2時間かけて見たが、映像作品もしっかり見ようと思ったらもっと時間があってもよかったかもしれない。豊田市美術館や金沢21世紀美術館、東京国立近代美術館など各地の美術館の収蔵作品もあり、よそで見た作品もそこそこあるのだが、章ごとに視点を与えて並べられることで、また新鮮な楽しみが出てくる。

村上隆「ランドセルプロジェクト」
●これは以前、豊田市美術館でも見た村上隆の「ランドセルプロジェクト」(1991年)。一見、カラフルでそれぞれ材質も異なり多様なランドセルが並んでいるだけに見えるが、それぞれの材質がコブラの皮革、タテゴトアザラシの皮革、イワシクジラの皮革、ダチョウの皮革、カイマンワニの皮革、カバの皮革など、ワシントン条約で捕獲が規制された動物の皮革でできていると知ると、見え方は変わってくる。なによりもルール順守と画一性が求められる日本の小学校と、これらの素材の組合せは異様な緊張感を醸し出す。

椿昇「エステティック・ポリューション」
●こちらは椿昇「エステティック・ポリューション」(1990年/金沢21世紀美術館蔵)。なんともいえない禍々しさで、生まれてはいけない有機生命体が誕生してしまったかのよう。おもに発泡ウレタンでできているようだが、触りたくなる(触れません)。いろんな個体が合体した複合生命体のようにも。

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イ・ブル「受難への遺憾―私はピクニックしている子犬だと思う?」
●宙づりになっているコスチュームは、イ・ブルの記録写真を映像化した作品「受難への遺憾―私はピクニックしている子犬だと思う?」(1990年/作家蔵)で使われたもの。作者はこの不気味なコスチュームを着用したまま、ソウルの金浦国際空港から成田国際空港に飛び、さらに都内各地を移動してパフォーマンスを展開したという。社会規範と戦う女性の切実さを表現しているということだが、コスチュームそのものには微妙に既視感があり、昭和の仮面ライダーシリーズに登場する怪人みたいだなと思う。

小沢剛「ベジタブル・ウェポン」
●これは何点も展示されている小沢剛「ベジタブル・ウェポン」シリーズのひとつ。世界各地の女性たちが銃を手に持ったポーズで写っているのだが、その銃はみんな野菜でできている。銃がすべて野菜だったらいいのに。この野菜銃を持つのはみな女性であり、ジェンダーもテーマのひとつ。

曽根裕「19番目の彼女の足」
●こちらは曽根裕「19番目の彼女の足」(水戸芸術館/1993年)。19台の自転車が円形につながっているという形状そのものが実にユーモラス。しかし円になっているということは、この自転車はいくら漕いでも前には進まず、同じところをぐるぐるするだけ。ウロボロスも連想させる。
●ほかにも束芋の映像インスタレーション「公衆便女」(撮影不可)や、大岩オスカール「古代美術館」など、見どころ満載。美術館や博物館は大人のための遊園地だなとよく思うんだけど、この展覧会はまさにそう。あと、座る場所がたくさんあるのもありがたい(これ重要)。客層はかなり若め。年配の人がほぼ見当たらないほど。インスタにも写真をあげておいた。

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