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2017年4月アーカイブ

April 28, 2017

「自分を開く技術」(伊藤壇著/本の雑誌社)

●この書名じゃ自己啓発書みたいだが、読んでびっくり。「自分を開く技術」(伊藤壇著/本の雑誌社)は、まれに見るおもしろサッカー本だった。著者は「アジアの渡り鳥」の異名を持つサッカー選手で、なんと、アジア18か国でプロとしてプレイした経験を持つ猛者。ベガルタ仙台で一時活躍するも解雇されるが、そこからシンガポールを皮切りに、オーストラリアやベトナム、タイ、インド、マレーシアなど各国を渡り歩いてプレイし続けてきたという異色の経歴を持つ。しかもこれだけ移籍しまくっているのに、代理人を立てずに自分で契約交渉をしてきたというのが偉大すぎる。ある意味、真の海外組。自分の売り込み方からアジアで選手として生き残るための知恵まで、率直に記されている。
●もう日本じゃ絶対にありえないようなことばかりで、ホント、スゴいんすよね。最初にシンガポールに行った体験からして強烈。シンガポールのチームが日本でトライアウトをやって300人くらいの選手が集まって(そんなに集まる!)、晴れて合格してシンガポールに向かうことになったんだけど、交通費は自腹。で、行ってみたらチームのポロシャツを着て記者会見にまで臨んだ後で、「ウチは同じポジションに外国人選手がいるから要らない」と言われて、練習に参加すらできずに放り出される。普通だったら、そこで「アジアなんてもうこりごり」と思うところだろうが、著者はシンガポールで別のチームを見つけ出して、プロ契約を勝ちとる。
●トライアウトで自分が活躍できるようにするための秘策とか、契約交渉はICレコーダーで録音しながらするみたいな話も印象的。オーナーに声をかけられて入団が決まっていたのに、たまたま目の前で代わりにクビにする予定だった選手が目の覚めるようなシュートを決めたら「やっぱ、契約は止めとくわ」って言われて白紙になったとか、呆れるけど少し可笑しい。目鱗だったのは家賃の話。日本の敷金みたいに、借りるときに2か月分とかの家賃をデポジットする。で、最初は退去時まで律儀に家賃を払ってたんだけど、そんなことをしてるのは日本人選手だけだったっていうんすよ。だって退去したら外国に去るとわかってるんだから、最後まで家賃を払い続けたらデポジットなんてまともな金額は返ってこない。だから、ほかの外国人選手たちのように、最後の2か月は家賃を払わないことにした。すると大家が払えと言ってくるけど、そこでデポジットから充当しろと要求すればいいだけだ、と。もうこれってサッカーの話でもなんでもないわけだけど、そんなもの?

April 27, 2017

CDのソフトケース詰め替え大作戦 その5

●さて、しばらく前にスタートしたCDのソフトケース詰め替え大作戦(その1その2その3その4)。「詰め替えても差し障りの少なさそうなもののみを詰め替える」という方針で、現状、1000枚強を詰め替えるところまで来た。ソフトケースに詰め替えるとだいたい半分くらいの厚みになるので、ざっくり500枚分程度の空きが棚にできたわけである。そこに床やら机やらに積みあがっていたCDを収めて、なんとか部屋を片付けようとしている……というか、こうやって捻出した空きスペースはあっという間にほぼ埋まった。まだ十分に整理しきれていないCDもあるが、ともあれかなりの程度、部屋が片付いたので達成感はある。
●で、ソフトケースは、コクヨのメディアパスを中心としつつ、2枚組用にはエレコムの「省スペースディスクケース CD2枚収納」を使った。最近の2枚組は薄型ケースが使われているので詰め替える必要はないが、古いディスクだと4枚組と共用可能なムダに分厚いケースが使われているので、そちらを重点的に詰め替えると効率がいい。
●それで、途中から気がついたのだが、この2枚組用ケースに3枚組を詰め替えることも可能なのではないか。本来2枚を収納する前提のケースだが、1枚収納した裏側にもう一枚収めてしまえば3枚入る。実際に3枚組をこの2枚組用ケースに収納するとどうなったかというのがこちら(左:使用前、右:使用後)。3枚組×5セットを詰め替えてみた。想定より1枚余計に入れている分だけ厚みが出るが、それでもおおよそ半分の収納スペースで済む。すっきり。

April 26, 2017

ベアトリーチェ・ラナの「ゴルトベルク変奏曲」

●25日はトッパンホールでベアトリーチェ・ラナのリサイタル。曲目が当初の発表から変更されて、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」一曲のみに。CDでも見事な演奏を聴かせてくれているので、これは歓迎。先日のルイージ&N響との精彩に富んだベートーヴェンも鮮やかだったけど、今回はぐっと親密な空間で聴けて一段と印象がくっきりと刻まれた。基本的なテンポは速め、リピートありでもスピード感があって、長さを感じさせず。ペダルを細かく駆使し、色彩感の豊かさがとても印象的。ダイナミックで、効果的なタメも入るけど、決してロマンティックではない。ヴィヴィッドで、才気煥発。
●まだ24歳なんすよね。2015年に早々にラ・フォル・ジュルネで来日して、その後、ワーナークラシックスからCDデビューして、N響定期にも呼ばれて……というコースはベルトラン・シャマユなんかとも共通するパターン。コンクール歴もあるにはあるけど、すでにそういう箔づけを必要としない活躍ぶり。ビジュアルで売ろうともしていないし、好感度高し。
●些末なことなんだけど、CDでもこの日の演奏でも冒頭アリアで分散和音を上から弾くところがあって、ついワタシなんかはグレン・グールドの亡霊がよみがえったような気がしてしまうんだけど、でも待てよと思い、ストリーム配信でいろんな録音を聴いてみたら、ピアニストはベテランも若い人も過半は上から弾いてる感じ。チェンバロ奏者はおおむね下から弾いてるんじゃないかな……と思ったら、いにしえのランドフスカは上から弾いていて、グールドより先にこっちがあったのねと知る。

April 25, 2017

「ウルフェント・バンデローズの指南鼻」(ダン・シモンズ)

●以前に当欄でご紹介したジャック・ヴァンス著の「天界の眼 切れ者キューゲルの冒険」(国書刊行会)があまりにおもしろくて、もっとヴァンスを読みたくてしょうがないのだが、読むべき邦訳がない。が、ヴァンスの「滅びゆく地球」シリーズへのトリビュート作品ともいうべき短篇をダン・シモンズが書いており、これが以前SFマガジンで翻訳されていたことを知った。ダン・シモンズは熱烈なヴァンスの崇拝者であり、ヴァンスと同じく科学が衰退し魔法が効力を持った遠未来の地球を舞台にした、ヴァンス風味の物語を書いたのである。しかも、この「ウルフェント・バンデローズの指南鼻」は、切れ者キューゲルこそ出てこないものの、「天界の眼」に登場した公女ダーヴェ・コレムの後日譚となっているのだとか。それは読みたい。パンがなければお菓子を食べればいいじゃない。ヴァンスが訳されなければシモンズを読めばいいじゃないの。
●そんなわけで、SFマガジンの2016年8月号と同年10月号の2冊を手配して、ダン・シモンズの「ウルフェント・バンデローズの指南鼻」を読んだ。なぜ2冊かといえば前後編に分けて掲載されているから。短篇というには長めか。そして8月号と10月号なのはこの雑誌が隔月刊になっていたから(それを知らなくて、どうして9月号がないのかとうろたえてしまった)。
●もととなったヴァンスの「天界の眼」では、美しく気位は高いものの、どこかどん臭かった(?)公女ダーヴェ・コレムだが、このシモンズの小説ではすっかり垢抜けて、勇敢で抜け目のない女戦士に豹変していた。なんかムチャクチャにキャラが変わっている気がするのだが、もっともヴァンスの作品での彼女の扱いは相当酷いものだった。悲惨な目にあって、そこから生還したという設定なんだから、これくらい人が変わっていてもおかしくないのかも。
●で、「ウルフェント・バンデローズの指南鼻」、おもしろかったかといえば、たしかにおもしろかった。ヴァンス風味は効いていて、絢爛たる異世界描写も見事。ただし、公女がアマゾネスになったのと同じくらい、やっぱりテイストは違っている。シモンズは正統派というか、陽性で善良。ヴァンスのイジワルさはない。そりゃ、そうだ。お菓子を食べてパンと違うと嘆くのはまちがっている。お菓子にはお菓子のおいしさがある。

April 24, 2017

ルイージ指揮N響とラナ

●21日はNHKホールでファビオ・ルイージ指揮NHK交響楽団。前半にベアトリーチェ・ラナの独奏でベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番。ラナは先日リリースされたバッハのゴルトベルク変奏曲でも注目されるイタリアの新星。小気味よく軽快、溌溂として機知に富んでいる。澄明で硬質なピアノの音色を駆使して、鮮度の高いベートーヴェンを聴かせてくれた。アンコールはバッハのパルティータ第1番からのジーグ。先日のシフのリサイタルでも聴いたアンコールの定番曲だが、これもみずみずしく軽快。指揮のルイージがステージ上の椅子に腰かけて聴き入っていた。
●後半はブラームスの交響曲第4番。第1楽章の冒頭を、すっと無から有が生まれてくるかのように鳴らすというのはこの曲の入り方の理想形だとは思うが、ルイージはとりわけ念入りにタメて入った。そこからは「ここまでエモーショナルな音楽をする人だったっけ?」と思うような心揺さぶるブラームス。第3楽章の謎めいた浮かれ騒ぎが終わるやいなや、間髪入れずに第4楽章の厳粛なパッサカリアに突入する趣向が効果抜群。これなら緊張感が途切れない。ルイージの気迫はホールの隅々まで伝わったにちがいない。
●ルイージとN響はもっと聴いてみたい組合せ。もしマリオ・ブルネロをソリストに呼べば、マリオとルイージのコンビが誕生するじゃないかと思い至る。

April 21, 2017

日本のプロフェッショナル・オーケストラ年鑑2016が公開

●日本オーケストラ連盟が毎年刊行している「日本のプロフェッショナル・オーケストラ年鑑」の2016年版がリリースされた。ウェブ上にもPDFで公開されているので、だれでも閲覧することができる。各プロ・オーケストラの活動状況を知るための基礎資料として頼りになる。ちなみに掲載対象は日本オーケストラ連盟の正会員25団体、準会員9団体。一般的にはこれが日本のプロ・オーケストラの数ということになる。
●いろんな情報が載っているが、p.138-139の2015年度の統計だけでも興味深い。たとえば年間の公演総数はどこが多いか。1位はぶっちぎりで東フィル309公演。2位が群響で169公演、3位が日フィルで159公演。東フィルだけが別次元だが、309公演中、依頼公演が271公演もあるのが特徴。楽員数の多さでもナンバーワン。
●演奏収入も見てみよう。10億円を超えている団体は3つ。1位は東フィル、2位はN響、3位は日フィル。公演総数が多い東フィルが1位なのは納得として、2位に公演総数が107しかないN響が入っているのがすごい。公演総数に占める定期公演の割合が非常に高く、しかも巨大なNHKホールを埋める集客力を持つからこそ。3位の日フィルは定期公演以外の自主公演が多くて、「打って出る」感が伝わってくる。
●楽員の平均年齢について。若手奏者育成オケである兵庫芸術文化センター管弦楽団(PACオケ)が31.9歳と若いのは当然として、それ以外の団体はすべて40代の範囲に収まる。ベテラン組のトップ3は、1位が九響49.3歳、2位が神奈川フィル48.0歳、3位が東フィル47.5歳。若いほうは僅差で拮抗していて、42歳代が東響、セントラル愛知、名フィル、43歳代がN響、大フィル、関西フィル。今やN響は若いオケに入るんすよね。あと、これは一般聴衆の関心外かもしれないが、事務局の平均年齢まで出ている。こちらは楽員よりももっとばらつきが大きくて、上はセントラル愛知の53.0歳から、下は日本センチュリーの37.8歳まで。
●ところでこの資料、印刷用のPDFが公開されているが、どうせなら公益性を鑑みて、二次利用が容易な形で中身のデータを公開してくれるとありがたい。CSVなりExcelなりテキスト・ファイルなりがあれば、上記のようなデータを昇順降順に並べたりとか、事業活動収入における演奏収入の割合を見るとか、支援の金額と総入場者数の相関を見るとか、年ごとの変化を調べるといったことが容易にできるので。この年鑑自体が文化庁委託事業みたいだし、ぜひオープンデータの精神で。

April 20, 2017

ゾンビとわたし その34:ゾンビがブームに

●当ブログでは不定期連載「ゾンビと私」として、2009年より折にふれて現代を襲うゾンビ禍について考察してきたのであるが、先日asahi.comに掲載された記事「襲われたい?ゾンビがブーム VRに小説、イベント続々」には軽く驚いた。いま、ゾンビがブームになっている、東京ジョイポリスでゾンビ系アトラクションにみんなが夢中だ、テレビや映画でも大人気。そんな肩の力が抜けたトーンで、どこか他人事というか、来るべきZ-dayへの危機感がまったく感じられない。こんな記事が出てくるということは、裏を返せばゾンビの脅威は過去のものになりつつある(とみんなが思っている)証拠なのかもしれない。記事中でゾンビアイドル(ってなに?)の女性が「ゾンビがはやったおかげで滞納した国民年金も払えた。真人間になれた」とコメントしてて、むしろゾンビのおかげで人間になったというまさかの逆転現象が起きているのが興味深い。ゾンビ・ブーム→国民年金払う→人間になる。新たな救済スキームの誕生だ。
ゾンビに注意●少し興味をひいたのは記事中に紹介されている「ゾンビラン」という米国発祥のイベント。「追うゾンビと逃げるランナーに分かれて走る」という。その日に向けた練習という意味ではいい線を行っていると思うのだが、「逃げるランナー」として走るのはともかく、「追うゾンビ」になって走るというのは意味がわからない。ゾンビになりたくないから走るのであって、わざわざゾンビになって走る練習をする意味はないと思う。ゾンビになったら、勝手に走る(あるいは歩く)し、勝手に噛みつく。公式サイトを見たら、「ゾンビランのあとはパーティで盛り上がろう!」みたいなノリで、自分は明らかにお呼びじゃない。そっとページを閉じた。

>> 不定期終末連載「ゾンビと私
April 19, 2017

B→C 荒木奏美オーボエ・リサイタル

●18日は東京オペラシティのリサイタルホールで、B→C 荒木奏美オーボエ・リサイタル。国際オーボエコンクール・軽井沢で日本人初の優勝を果たした東京交響楽団首席奏者の登場ということでチケットは完売。この日、同じオペラシティのコンサートホールではギルバート&都響がジョン・アダムズの「シェエラザード .2」を演奏してて、初台のコンテンポラリー度高し。
●プログラムは盛りだくさん。前半にテレマンのファンタジア イ長調、バッハのオーボエ・ソナタ ト短調 BWV1030b、シューマンの「アダージョとアレグロ」、細川俊夫の「スペル・ソング 呪文のうた」、後半がホリガーのオーボエ・ソナタ、エリオット・カーターの「インナー・ソング」、ジョリヴェの「コントロヴェルシア」、ドラティの「ドゥオ・コンチェルタンテ」。ピアノにリード希亜奈、チェンバロに桒形亜樹子、ハープに景山梨乃。「バッハからコンテンポラリーへ」というこのシリーズの趣旨に従って、バロックから現代まで、きわめて多彩でチャレンジングなプログラム。ハードなプログラムだが、美しくのびやかな音色でどれも自然体の音楽として奏でられていたのが印象的。余裕すら感じる。アンコールはモーツァルトの「後宮からの逃走」のアリア「幸せと喜びが」で開放的に。
●知らない曲をたくさん聴けたので、作品について感じたところを備忘録的にメモ。エリオット・カーターの「インナー・ソング」。モダンではあるんだけど端整な造形の美しさみたいなものを感じさせ、しかも音楽の柄というか表現の振幅が意外と大きくて聴き映えがする。バロックと並列するというプログラムの趣旨との親和性の高さも。無伴奏。ホリガーのオーボエ・ソナタはなんと10代で書いた作品を40年以上経ってから改作したもの。もともとは50年代後半の作品。聴きやすいし、みずみずしさも感じる。ジョリヴェの「コントロヴェルシア」。怪しさと真正さの境界上にあるなにか。
●ドラティの「ドゥオ・コンチェルタンテ」。ある意味、最大の驚き。「ドラティっていう作曲家、知らないなあ」と思って出かけてみたら、往年の名指揮者アンタル・ドラティのことだった! えっ、なんだ、そなの? そういえば、ドラティが作曲もしている話はどこかで目にしてただろうか。不覚。作風としてはモダンっぽく始まるんだけど、先鋭ではなく、折衷的だったり、ハンガリー風(?)だったり、軽快でユーモラスだったりと、どこか円満さがにじみ出ている感。気になって帰宅してからNMLにアクセスしてみたら4種類も録音があって、オーボエのレパートリーとして根付いている模様。アンタル・ドラティが活発なレコーディング活動で指揮者として名を馳せていた頃に、彼が作曲家として後世に名を残す可能性を意識していた人はどれくらいいるんだろうか。
●勢いでNMLにあるドラティの交響曲とかも聴いてみるべき?

April 18, 2017

DAZNなサッカーライフ

●今週のサッカー界はいろいろあった。J3のFC東京U-23対セレッソ大阪U-23で、東京の久保建英が15歳10ヶ月11日でJリーグ最年少ゴールを達成した。初めて映像を見たけど、こんなすごい才能が日本にいたのかと驚くばかり。もうひとりの久保、ベルギーのヘントの久保裕也は1部リーグ・プレーオフで完璧な決勝ゴール。ベルギーだとフィジカルでもまったく見劣りしない。マリノスは広島相手にセットプレイから中澤が足でゴールを決めてこれを守り切った。なぜか広島とは相性がいい。
●こういうのをぜんぶDAZNで見れてしまうのがスゴい。Jリーグ開幕前はずいぶん懐疑的な見方をしてしまったが、始まってみたらもうDAZNなしのサッカーライフを想像できない自分がここに。テレビと違って「わざわざ録画予約しなくてもいい」ことが、こんなに気楽だとは。不満点もまだまだあるが、J1、J2、J3も海外サッカーも、そして野球とかバスケとかモータースポーツとか自転車競技とか、なんでもかんでもクリックすれば楽しめるという飽和状態。すっかりスカパー等が遠いものになってしまった。
●思った以上に便利なのは各試合の約5分間のハイライト。テレビのスポーツニュースの短いハイライトと違って、5分もあればずいぶんと試合の様子がわかる。おかげでどんどん堕落して(録画では)90分の試合をきちんと見ることができなくなりそうで怖い。
●で、思うんだけど、これだけのコンテンツがあって月額1750円というのはずいぶん気前がいい。「メディアを通して見るサッカー」の値段は長期的にずーっと低落し続けている。その一方で、生の試合を観戦する料金は下がっていないし、むしろ上がっている(プレミアリーグなんてすごく高価な娯楽になった)。これって、音楽の世界で起きてることとよく似ている。録画や録音はどんどん安価になり、相対的に生の価値(体験の価値)が上がり続けている。

April 17, 2017

カンブルラン指揮読響の「青ひげ公の城」他

●15日は東京芸術劇場でカンブルラン指揮読響。前半にメシアンの「忘れられた捧げもの」、ドビュッシーの「聖セバスティアンの殉教」交響的断章、後半にバルトークのオペラ「青ひげ公の城」(演奏会形式/字幕付き)。1月のメシアン「彼方の閃光」に続いて、11月に演奏会形式で上演されるメシアンのオペラ「アッシジの聖フランチェスコ」全曲日本初演に向けて期待を高めるようなプログラム。
●圧倒的に感銘を受けたのは後半のバルトーク。「青ひげ公の城」って、オペラといっても登場人物の動きなんてまったくないようなものだから、演奏会形式であることになんの欠落感もない。というか、主役は雄弁な管弦楽。物語も音楽も陰鬱ではあるんだけれど、カンブルラン&読響コンビの鮮やかで澄明なサウンドとのバランスが絶妙。絢爛たる陰惨さとでもいうべきか。イリス・フェルミリオンのユディットとバリント・ザボの青ひげ公も役柄に合致していて吉。強奏時には声をマスクするほど遠慮なくオーケストラが鳴らされたが、ぜんぜんこれでいい。
●で、「青ひげ公の城」。サイコ王子と崖っぷち姫の似合いのカップルによる、ダークサイド版「美女と野獣」。ユディットって人は、ヤバい噂を聞いていながら、婚約者も家族も捨ててわざわざこの城に来ちゃう人なんすよね。お互いが望んでああなったのがこのカップルであって、そういう意味では当事者的にはハッピーエンドのオペラという気もする。
●もともとの「青ひげ」って(ペローの童話だと)、最後の場面で新妻(ユディットに相当する人)の兄弟がズバッとやってきて、青ひげをバサッと倒してしまう。で、青ひげには後継ぎがいなかったので新妻が全財産を相続してウハウハみたいな結末に至る。そう考えるとバルトークのオペラのバラージュ台本はよくできているというか、ずいぶんモダン。

April 14, 2017

新国立劇場「オテロ」 マリオ・マルトーネ演出

●12日は新国立劇場でヴェルディの「オテロ」。演出はマリオ・マルトーネで2009年プレミエの再演。パオロ・カリニャーニ指揮東京フィル。カルロ・ヴェントレのオテロ、セレーナ・ファルノッキアのデズデーモナ、ウラディーミル・ストヤノフのイアーゴ、与儀巧のカッシオ、清水華澄のエミーリア、村上敏明のロデリーゴ他。マルトーネ演出は舞台上に水路を配したもので、これが遠く離れたキプロス島での出来事ではなく、ヴェネツィア当地で起きたこととして置き換えている。その意図をうまく受け止められたという手ごたえはないのだが、あえていえばオテロの異邦人性、社会的孤立が際立つということなんだろうか?
●カリニャーニ指揮東フィルがいい。要所でタメを利かせたドラマティックな「オテロ」。ヴェルディのオペラのなかでも「オテロ」、とりわけ第1幕のシンフォニックで推進力にあふれた音楽は神がかってると思う。
●で、「オテロ」という作品。ここのところワーグナーづいていたからそう思うのかもしれないんだけど、これって「ニーベルングのハンカチ」みたいな話だと思う。魔女が魔法の糸で織ったハンカチには呪いが込められている。オテロがそうデズデーモナに口走ったときって、デズデーモナへの脅しや警告として口から出まかせでそう言ってるのかなと思っていたんだけど(一応リアリズムに則ったストーリーだし)、やっぱりそうじゃないんじゃないか。「マクベス」の魔女と同様に、この魔女は実在しているにちがいない。で、そのハンカチの呪いがオテロやデズデーモナを破滅させる。とすれば、イアーゴ=アルベリヒ。オテロはデズデーモナと愛の力で結ばれて、それゆえに失敗したのに対し、イアーゴはおそらく愛を断念して妻エミーリアと結ばれて、それゆえに成功するという、呪いのハンカチが起こす「ヴェネツィアの黄昏」。
●「オテロ」では、しばしば「イアーゴはなぜ悪事を働いたか」ということが問われる。近年のトレンド(?)としては、イアーゴはオテロを欲していたゆえに、デズデーモナに嫉妬したという解釈があると思う。この一種の三角関係はとても説得力を感じる。イアーゴのオテロへの執着の仕方って、いかにもそんな感じ。ただしマルトーネ演出はオーソドックスなもので、オテロのデズデーモナに対する不信を巧みに視覚化していた。
●この物語のキーパーソンはエミーリア。一見、デズデーモナの忠実な侍女のようでいて、実はイアーゴにハンカチを渡してしまった真犯人。いや、ハンカチを渡すのはしょうがないんすよ、力づくで奪われたらそれまでだから。でも、その後、起きた出来事をデズデーモナに伝えればいいじゃないの。

オテロ 「あのオレが贈ったハンカチをどこにやった!」
デズデーモナ 「あら、あのハンカチならイヤーゴに無理やり奪われたってエミーリアが言ってましたよ」
オテロ 「へー、そうなんだ」

●これで事件は未然に防げたはず。報告、連絡、相談。オペラの登場人物たちには全般に「ほう・れん・そう」が足りない。

April 13, 2017

東京・春・音楽祭 トリオ・アコードのハイドン、ラヴェル、シューベルト

●11日の夜は上野学園石橋メモリアルホールへ。東京・春・音楽祭 トリオ・アコード公演を聴く。白井圭(ヴァイオリン)、門脇大樹(チェロ)、津田裕也(ピアノ)の東京芸大同級生の3人が2003年に結成したというトリオ・アコード。3人の欧州留学に伴って一時期活動が中断していたが、近年に活動を再開し、東京・春・音楽祭には初登場。ハイドンのピアノ三重奏曲「ジプシー・ロンド」、ラヴェルのピアノ三重奏曲、シューベルトのピアノ三重奏曲第1番という、時代の異なる3曲のトリオが並んだ。本当に息の合った3人という感じで、リーダーシップを白井さんがとって、門脇さんがこれに呼応して、津田さんが冷静にバランスをとるといったイメージ。ラヴェルの濃密さ、シューベルトののびやかで豊かな歌心を堪能。
●ラヴェルは本当に強烈な作品で、いろんな要素からなるラヴェルらしさが全部つめこまれた集大成的な作品という感じがする……といっても晩年の作品ではないのだが。第1次世界大戦が始まって、「5か月分の仕事を5週間で仕上げた」という集中力ゆえなのか、創作力が大爆発して誕生した、一生に何度も書けないような傑作。シューベルトのピアノ三重奏曲は、先日、同音楽祭で第2番を聴いたばかり。第1番も同じように傑作だけど、第2番ほどは「気恥ずかしくない」。あるいは崖っぷち感が薄いというか。第4楽章は「ザ・グレイト」と同じく、シューマンいうところの天国的な音楽で、終わることなく続く喜び。

April 12, 2017

新日本フィル2017/18シーズン・プログラム発表記者会見

新日本フィル2017/18シーズン・プログラム発表記者会見
●11日午前、すみだトリフォニーホールで新日本フィルの2017/18シーズン・プログラム発表記者会見へ。上岡敏之音楽監督(写真中央)の2シーズン目にあたる新シーズンのプログラムが発表された。宮内義彦理事長(写真右)の冒頭あいさつでは「ヨーロッパの雰囲気、他の楽団にはないものを上岡音楽監督がもたらしてくれる。昨シーズンより新日本フィルは変わりつつあるという声が寄せられているが、2シーズン目を迎えて、ますます特徴を持った楽団になっていく」と述べられた。上岡敏之音楽監督「新シーズンのプログラムをたとえるなら、ハリウッド映画ではなくヨーロッパ映画。派手な打ち上げ花火は入っていない。楽譜に向き合って、音楽の中身を伝えていく。客演指揮者やソリストもビジネスのために来日するような人ではなく、表現したいものを持っている人を招く」
●そして発表されたプログラムがこちら。客演指揮者の名をざっと挙げるとルイ・ラングレ、ライナー・ホーネック、マルクス・シュテンツ、パヴェル・コーガン、アンドリュー・リットン、デニス・ラッセル・デイヴィス、タン・ドゥン(自作を指揮)、ラドミエル・エリシュカ、尾高忠明、ジェームズ・ジャッド、鈴木雅明、オッコ・カム、ジョアン・ファレッタ、シモーネ・ヤング。全体の傾向として、意欲的なプログラムが目立つ。もちろん超名曲もたくさんあるが、普段あまり演奏されない曲や、テーマ性を持ったプログラムなどがたくさんあって好奇心を刺激する。たとえば、上岡音楽監督の指揮する公演だと、ラフマニノフの「死の島」とレーガーの「ベックリンによる4つの音詩」を組み合わせたベックリン「死の島」プロとか、ニールセン「ヘリオス」とツェムリンスキーの「人魚姫」を組み合わせた変則デンマーク・プロとか。シュテンツのヘンツェの交響曲第7番にハイドンの交響曲を組み合わせたプログラムも興味深い。
●定期演奏会には昨季同様の3つのシリーズがあって、トパーズ(トリフォニー・シリーズ)、ジェイド(サントリーホール・シリーズ)、ルビー(アフタヌーン コンサート・シリーズ)。なぜトパーズなのか、なぜルビーなのかというのがずっとよくわからなかったのだが、質疑応答で出た同様の質問に対する回答を聞いても判然としない。どうやらプログラムのコンセプトの違いではなく、会場や開演時間の違いということなのか。ルビーは金土の各14時なので、平日昼公演もある。内容的には他のシリーズと比べて特に名曲中心のプログラムに傾いているわけではない。あと、特別演奏会として横浜みなとみらいシリーズにサファイアという名前が付いた。
●ユニークなのはトパーズとサファイアのセット券購入者が招待される上岡敏之ピアノ・リサイタルが開催される点。曲目は発表されていないが、特典といえばこれ以上のスペシャル感のある特典もない。

April 11, 2017

DAZNでマリノスvsジュビロ磐田戦

●さて、土曜日のJリーグ、マリノスvsジュビロ磐田戦なのだが、磐田に移籍した中村俊輔とマリノスの齋藤学の新旧10番対決が見られるという注目度ゆえか、NHK-BSでも中継があった。だから録画もした。でもどういうわけか、DAZNで見てしまう謎。
●で、試合だが、なるほど、(今の)中村俊輔って敵に回すとこんな選手なんだというのを初めて実感できたかも。とにかくフリーキックを蹴らせたくない。コーナーキックですらイヤだ(実際、一点やられた)。一方で、こうも思う。なるべく俊輔のサイドから攻めて、俊輔に守備をさせる展開に持ち込みたい。マリノスの1点目は齋藤が右サイドをドリブルで突破してピンポイントでクロスを入れ、中でマルティノスが決めたもの。俊輔もカバーに入っていたわけだが……。あとは、磐田がボールを前に運べない展開になると、俊輔がディフェンスライン近くまで下がってボールを受けて助けることがよくある。こんなふうにフリーポジション的に俊輔が下がってくれると、あまり怖くない。
●マリノスの攻撃は全面的に齋藤のドリブル突破→カットインまたはクロスの形に依存していて、なんとなく今シーズンも「定位置」あたりの順位をうろうろするのかなと覚悟している。2点目も齋藤のアシスト。ただし、これはパスを受けた金井のターンからシュートへのスムーズな動きが神技級。2対1で勝利したものの、終盤に磐田が決定機に外す幸運もあった。
●10番対決といってもポジションや役割が違うのでなんとも……といった感じだが、スタッツを見ると俊輔は齋藤よりずっと走っている。磐田では川辺と俊輔がもっともよく走っていて、11.97~11.98km。このふたりほど走った選手はマリノスにはいない。ただしスプリント回数となるとマリノスの両翼、齋藤学が29回、マルティノスがなんと33回。磐田はもっとも多い選手でもムサエフの18回。走ってピッチを幅広く使う磐田と、スペースに飛び出す走りを重視するマリノスと、走りのスタイルの違いが数字にあらわれている。

April 10, 2017

Hakuju ベーゼンドルファー・サロンコンサート・シリーズ 萬谷衣里 ランチタイム・コンサート

●7日の昼はHakuju Hallへ。12時半開演のベーゼンドルファー・サロンコンサート・シリーズで、萬谷衣里さんのランチタイム・コンサート。これはコンサートホールではなく、1階入り口にあるロビーで開催される1時間のプログラム。ベルリンを拠点に活躍する萬谷衣里さんを久々に東京で聴く機会。プログラムは最近ドイツのMDGレーベルからCDがリリースされたばかりのスカルラッティのソナタ3曲(ニ長調K.435、ニ長調K.478、ニ長調K.492)と、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第14番「月光」、そしてガーシュウィンの「ラプソディ・イン・ブルー」。軽快ではあるが濃密で芳醇なスカルラッティ、第1楽章のひたひたと歩むようなゆっくりしたテンポが印象的な「月光」など、以前に聴いたときよりも一段とスケールの大きな表現が志されていたのが印象的。ガーシュウィンは意外な選曲だが、推進力にあふれ鮮烈。
●アンコールにスカルラッティをもう一曲、ソナタ ト長調K.427。これもCDに収録されている曲なのだが、特にこの曲は奏者がスカルラッティ開眼に至った一曲なのだとか。モダンピアノのダイナミズムを存分に生かした精彩に富んだスカルラッティ。
●Hakuju Hall、最寄り駅は千代田線の代々木公園駅または小田急線の代々木八幡駅と案内されているのだが、気候が良ければ原宿駅から代々木公園を通って歩くのが吉。桜が満開の頃となればなおさら。と思って、代々木公園を通ったら目に入るのは、桜以上に鮮やかなブルーシートと、真っ昼間からエンジョイするドリンカーたちだった。ウェーイ。

April 7, 2017

デジタル・コンサート・ホールでペトレンコ指揮ベルリン・フィル、そしてジョン・アダムズ

●先日、キリル・ペトレンコが次期首席指揮者に就任することが決定して以来、ようやくベルリン・フィルに初登場。ベルリン・フィルは公演の様子をデジタル・コンサート・ホール(DCH)でライヴ配信してくれたわけだが、さすがに時差も強烈なので、昨日ようやくアーカイブで観た。プログラムはモーツァルトの交響曲第35番「ハフナー」、ジョン・アダムズのバリトンと管弦楽のための「ウンド・ドレッサー」(独唱:ゲオルク・ニーグル)、チャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」。コンサートマスターは樫本大進。
●モーツァルトの「ハフナー」は、ディテールのデザインが行き届きすぎて神経質なくらいにも感じるけど、新鮮で溌溂とした演奏にはちがいない。さっそく客席はブラボーで、歓迎モード。「ハフナー」はもともと故郷の豪商のために書かれた爵位授与のお祝いの音楽であるわけだが、ここに祝賀の音楽という含意はあるのだろうか。たまたま?
●「悲愴」を振るペトレンコは第1楽章から大粒の汗。要所要所で全身を使ったエネルギッシュな指揮ぶりでオーケストラをリードする。細部まで彫琢され起伏に富んだ「悲愴」。真正面から作品にぶつかって、衒いのない表現をする人という印象。曲が終わると、しばらくの静寂の後、客席は大ブラボー大会。堂々たるソロ・カーテンコールへ。聴衆のハーツをがっつりつかんだ様子。ところで、さすがのパユも白髪が目立ってきたのね、といったことも映像配信だと感じてしまう。
●2曲目にジョン・アダムズが入っていたわけだけど、これはベルリン・フィルがジョン・アダムズを2016/17年シーズンのアーティスト・イン・レジデンスと定めていて、定期公演でいろんな指揮者がジョン・アダムズ作品を取りあげているからなんだろう。ベルリン・フィルはこんなふうに同時代の作曲家をシーズンごとに定期演奏会で盛んに演奏する。バリトンのゲオルク・ニーグルはまろやかで暖かみのある声。緩やかで、淡く、儚く、哀しみをたたえた曲。「ウンド・ドレッサー」という曲名がなんのことかわからず調べてみると、ホイットマンによる詩で、題名は Wound-Dresser。戦時に負傷兵に包帯を巻いたりする人という理解でいいのだろうか。ジョン・アダムズって、なんていうか、思わせぶりだなあ……。
ジョン・アダムズの「シェエラザード .2」のCD●そうそう、ジョン・アダムズといえば、作曲家として取りあげられるばかりでなく、ベルリン・フィルの指揮台にも立ってるんすよ。DCHで観れるんだけど、名作「和声学(ハーモニーレーレ)」と、近年の話題作「シェエラザード .2」を指揮している。「シェエラザード .2」はCDも出たばかりだし、もうすぐギルバート&都響が日本初演したりと、今話題の曲。で、これもジョン・アダムズがいろんなことを言ってるじゃないすか。リムスキー=コルサコフのお伽噺の世界ではなくて、現代アメリカの視点から見たイスラム女性、イスラム世界での女性に対する暴力や差別が作曲のきっかけになっていて云々という話。これも、なんだか思わせぶりなジェスチャーだとワタシは気になるんだけど、そういうのって要るのかな。「和声学」の頃は「サンフランシスコ湾の巨大コンテナ船が宇宙船のように空に飛んで行く」みたいな光景が題材になっていて、その奇想に「すげえ、カッコいい!」と素直に思えたのに。なんというか、つい「今にも怪獣が出てきそうな音楽」を期待してしまう自分は、たぶん、なにかまちがってる。

April 6, 2017

仮面のピアニスト

●最近、受け取ったプレスリリースで知ったんだけど、「仮面のピアニスト ランバート」っていう人がいるんすよ! ユニバーサルミュージックのサイトにあるプロフィールによれば、約3年前突如登場した仮面のピアニストで、ライブでも過去一度も仮面をとることなく演奏し、本名も年齢も国籍もぜんぶ非公表なんだとか。なんですか、そのワクワクするような謎設定は。引用すると「メジャーデビューシングル、Sweet Apocalypse はさりげなくクラシック、ポップ、ロックの要素を引き出す。繊細なピアノと弦楽器のサウンドに乗せられる部族的なパーカッションリズムは切迫したような躍動感をもたらすが、作品の中心には甘いメロディーが響く」のだとか。
●しかし仮面をつけてるってことは、仮面を取ったら「えっ、この人だったの!?」みたいなサプライズ展開が用意されているということなのだろうか。仮面を取ってみたらただのオッサンでした、だと盛り上がらないし。いったい仮面のピアニストの正体はだれなのか。謎が謎を呼ぶ展開。日本にはピアニート公爵がいるので、仮面のピアニストvsピアニート公爵の対決をレーベルの垣根を越えて実現してみてはどうか。

April 5, 2017

東京・春・音楽祭「ニーベルングの指環」~「神々の黄昏」

上野のコマツオトメという桜●上野の桜は満開に。そして、ついに東京春祭ワーグナー・シリーズは「神々の黄昏」へ。4年にわたる演奏会形式による楽劇「ニーベルングの指環」、堂々の完結編。今回もマレク・ヤノフスキ指揮N響にゲスト・コンサートマスターとしてライナー・キュッヒルが加わる。合唱は東京オペラシンガーズ。ブリュンヒルデにクリスティアーネ・リボール、グンターにマルクス・アイヒェ、ハーゲンにアイン・アンガー、アルベリヒにトマス・コニエチュニー、グートルーネにレジーネ・ハングラー、ヴァルトラウテにエリーザベト・クールマンといった強力布陣。ジークフリート役は当初ロバート・ディーン・スミスが予定されていたが、来日後の急な不調によりアーノルド・ベズイエンが代役を務めた。昨年のシャーガーの記憶がいまだに新しいわけだが、今回はまったくちがったタイプに。なにしろ急な代役なので……。アイン・アンガーのハーゲンは存在感抜群。ハーゲンとグンターの邪悪コンビは、勝つべくして勝ったという感じだ。いや、別に勝っちゃいないか。精緻で推進力あふれるオーケストラは演奏会形式の主役とも。あの「ジークフリートの葬送行進曲」と来たら! 壮絶。ヤノフスキとN響のコンビで聴けて本当によかった。字幕は広瀬大介さん。いくぶん古風な表現も用いながら、格調高い「神々の黄昏」に。これで「指環」全編の対訳ができあがったんだし、Kindleとかで販売できないものか。
●今回も背景にスクリーンが映像が置かれ、静止画プラス一部アニメ入りの簡潔なCGが投影された。これは賛否両論あるんだろうけど、ワタシはとてもよかったと思う。というか、今までどうもこの映像が古臭すぎて、セガサターンの懐ゲー回顧みたいな感じになっているのがどうかと思っていたが、今回はぐっと進化して、プレステ2くらいまでは来た。あと少しで現代に追いつきそう。ほどほどに具体的で、ほどほどに抽象的で、音楽のじゃまにならず、しかしドラマの理解の助けになるという絶妙な役割を果たしてくれて、「最初からこれくらいのものがあればよかったのに!」と痛感。
●で、「神々の黄昏」だ。いやー、ワーグナーってホントに天才だね!(←みんな知ってる)。こんな音楽と台本の両方を作ってしまうなんて。終演した直後は放心した。この話はとにかく、やるせない。「指環」って「ワルキューレ」は父娘の愛、「ジークフリート」はボーイ・ミーツ・ガールで、どっちも愛の物語じゃないすか。でも「神々の黄昏」は違う。憎しみの物語。憎悪が物語を動かす。ハーゲンやグンターの邪悪さに、ジークフリートが、さらにはブリュンヒルデまでもが取り込まれてしまう。根底には指環の呪いがあるにしても、なんという切なさ。ジークフリートの未熟さも。
●もうひとつ、やるせないのは、これが「愛は負ける」という話だから。ヴォータンとアルベリヒには対照性があるじゃないすか。ヴォータンは愛の力で自由な人間を生んで、そして失敗した。一方、アルベリヒは愛を断念しながら隷属的な子を産み、そしてある意味で成功した。第2幕の冒頭で、アルベリヒとハーゲンの対話シーンが出てくる。一見、物語の進行上、なくてもいいような対話だけど、これは前作までのヴォータンとブリュンヒルデの対話のネガポジ反転みたいな場面になっていて、強い印象を残す。
●「指環」の男たち、ヴォータン、ジークムント、ジークフリートの光組と、アルベリヒ、ハーゲン、グンターの闇組。このなかで共感可能な人物はヴォータンとグンターだけ。葛藤を持っているから。

April 4, 2017

定額制音楽配信のシェア1位はAmazonのPrime Music!?

●インプレス総合研究所による定額制音楽配信サービスの利用実態の調査結果が発表されていて、興味深く読んだ。「Spotify参入で定額制サービスに混戦の兆し、利用率は増加」(ケータイ Watch)。調査対象はスマホユーザー約2万2千人となかなか大規模。いま定額制音楽配信サービスってこれくらい使われているんだ―という実感を得られる。
●まずは利用率。「現在利用している」が11.9%で、「過去に使用したことがある」は18.3%。11.9%という数字は低いのか、案外高いのか。9人にひとり。最初は「なんだ、低いなあ」と思ったが、よくよく考えてみると毎月お金を払って契約している人の数なんだから健闘してるのかも。むしろ現在使っている人より、過去に使っていた人のほうが多いというのはどうなんでしょ。つまり、一時は定額制音楽配信サービスと契約してみたものの、やっぱりYouTubeとかで無料で聴けるから要らないや……と思った人がたくさんいるということだろうか? サービスごとのシェアでもAmazonのPrime Musicが1位になっているというのは、要はこれがプライム会員向けサービスの一部になっていて「オマケで付いてくるもの」だからなんだろう。定額制音楽サービス利用者の中で、Prime Musicをメインで利用している人は40.6%もいる。そう考えると、先の「現在利用している」11.9%が少し頼りなく見えてくる。
●少し不思議だと思ったのは、性別ごとの利用傾向。男性は10代だろうが60代だろうが、利用率は驚くほど変わらない。どの年代でも14%前後が定額制音楽配信を使っている。IT系のサービスで、こんなに若者でも年配者でも利用率が変わらないものはなかなかないのでは? 一方、女性は世代別の傾向が明らかで、若い世代ほど使い、年配層ほど使わない。60代ではわずか4.8%。ただ、もっとも使う10代でも12.3%であって、実はこれは男性の60代よりも低い。若い女性より60代男性のほうが定額制音楽配信を使っているのだ。
●性別による違いは利用するサービスでも顕著で、女性はPrime Musicの次にLINE MUSICの人気が高いのだが、男性にはLINE MUSICの人気はもうひとつ。男性でのPrime Musicに続く二番手は、若い世代がSpotify、40代以上はApple Music。後発のSpotifyがかなりがんばっている。一方、Google Play Musicは苦戦しているようだ。これはわかるような気がする。dヒッツやAWAなど国産サービスの名前も入っているには入っている。
●不満点の1位は「好きなアーティストの曲が配信されていない」が43.5%、2位が「楽曲数が少ない」で27.8%。一瞬、「ん?」と思うが、最多ユーザーがAmazonのPrime Musicであることを思い出せば納得がいく。主要サービスが3000~4000万曲以上を配信するのに対し、Prime Musicは100万曲以上と桁違いに少ない(ヒット曲もほかのサービスより少ない)。Prime Musicに対する不満がそのまま全体の調査結果に反映されてしまったのでは。不満の3位が「毎回パケット通信量がかかる」という、あまり意味のないものなので、むしろこの結果はユーザーの不満の少なさを反映しているとワタシは解釈した。
●ワタシが抱いている不満は「個々の音源に対するメタデータの不備」が筆頭なんだけど、そんなことを言ってる人は見当たらない。あ、「その他」に該当するのか。

April 3, 2017

東京・春・音楽祭 2017 シューベルトの室内楽 I

桜はまだ三分咲き
●31日夜は東京文化会館小ホールで、東京・春・音楽祭「シューベルトの室内楽 I」。ピアノ三重奏曲第2番とピアノ五重奏曲「ます」の長大な2曲をがっつりと。佐藤卓史(ピアノ)、成田達輝(ヴァイオリン)、横坂源(チェロ)、佐々木亮(ヴィオラ)、山崎実(コントラバス)。こういった編成の室内楽を名手たちの共演で聴けるのは音楽祭ならでは。抜群にうまい。とくにピアノ三重奏曲第2番が楽しみだったんだけど、この曲ってほんとに気恥ずかしい曲じゃないすか。シューベルトのなかでもひときわ内気すぎて恥ずかしい気分になれる完璧な名曲。もう客席で身悶えしながら聴きたい。しないけど。こんな曲を大勢で集まって聴いていいのかっていうくらい、いちいち刺さってくる。その恥ずかしさをカッコよさに昇華することができるというのを知ったのが、この公演。満喫。
●この日は昼の東京都美術館の公演から夜までずっと上野近辺にいたのだが、お天気はもうひとつ。寒いし桜もまだまだほんの少ししか咲いていないし、おまけに午後から雨まで降ってきた。昼間から上野はすさまじい人出だったのだが、雨が降り出すとこんどは人混みが駅へとドッと逆流していくのが壮観。そんな日なのに、前々からの予定で夕方から花見を設定してあった。混雑する上野を避けて谷中墓地に集合することになったのだが、上野からも人が去るくらいなので、谷中墓地なんてぜんぜん人がいない。霊しかいない。雨のなか、だれかの立派なお墓のそばで傘を差しながら30分くらい立ったままアリバイ花火を楽しんだ後(ワタシは飲まないのでただの立ち話とどう違うのかって感じもするが)、お店に入るというみんなと別れ、そそくさと上野へ戻ったのであった。スッと始めて、サッと終わるエクストリーム花見。なんだ、この謎の達成感は。

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