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2021年12月アーカイブ

December 29, 2021

東京都現代美術館 展覧会 ユージーン・スタジオ 新しい海

善悪の荒野 1
●先日、東京都現代美術館のクリスチャン・マークレー展をご紹介したが、同時開催の「ユージーン・スタジオ 新しい海」も見ごたえがあった。圧巻は「善悪の荒野」と題されたこちら。灰や塵が積もった廃墟のような部屋が展示されている。
善悪の荒野 2
●で、これを見て、ふと映画「2001年宇宙の旅」の終盤のシーンを思い出したのだが、なんと、まさにその映画からインスピレーションを得て制作された作品なんだとか。道理で。映画のなかの白い部屋はエレガントで、もちろん廃墟にはなっていない。あの部屋が滅びるくらいの未来に思いを馳せる。
善悪の荒野 3
●ガラスケースに囲まれているので中には入れない。でも入ってボーマン船長ごっこをやりたくなる。
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●ONTOMOに連載「神話と音楽Who's Who 第7回 ヴィーナス」を寄稿。ご笑覧ください。
●今年もあとわずか。年末年始は不定期更新で。よいお年を。

December 28, 2021

ワクチン接種証明書アプリ、冬の第6波

新型コロナワクチン接種証明書アプリ●デジタル庁、グッジョブ。思わずそう呟いてしまった、「新型コロナワクチン接種証明書アプリ」をインストールして。「デジタル庁」ってなんだか奇妙なネーミングだし、新たに庁を設けること自体にうんざり感があったんだけど、このアプリに関してはスイスイッとノーストレスで動作してくれた。あらかじめ大量のアクセスが集中することを見越したシンプルなページデザインも吉。これに比べて、あの地獄のようなマイナンバーカードと来たら。ICカードなのに、何十社もの取引先に表と裏のコピーを取って台紙に糊で貼り付けて郵便で送らなければならないという狂気のアナログ仕様にすっかり辟易している。現状のマイナンバーカードはすべてご破算にして、一から作り直してほしいくらい。
●もっとも、この新型コロナワクチン接種証明書だが、今のところ使う機会はまったくない。今後、あるんだろうか……。
●現状、東京の新規陽性者数はきわめて少ないので、なにも気にせず生活しているが、どうやらこの後、オミクロン株の大波がやってくることは避けられそうにないようだ。おおむね知りたいことは「オミクロン株 “第6波”抑えるため… 年末年始にできること」(NHKニュース)に書いてあって、1月下旬から2月上旬あたりで新規感染者数が急激に増え始め、感染拡大のスピードはこれまでよりずっと速いだろうというのが専門家の予測。これを読むと、いずれオミクロン株が広がることはまちがいないにしても、市中感染のはじまりを遅くすることによってピーク時の山がぐっと下がるようだ。初期段階での「時間稼ぎ」が大切っぽい。
●またワクチンの効果はオミクロン株に対して低く、西浦推定では12月22日時点で日本国内に「発症を予防できる水準の免疫がある人は14.8%」「重症化を防ぐことができる水準の免疫がある人は38.7%」「死亡を避けることができる水準の免疫がある人は37.5%」という計算。うーん、案外少ない。重症化に関しては微妙なところだが、少なくとも感染防御効果はないも同然か。別記事「オミクロン最新情報のまとめ:重症化率とワクチンの有効性について」も読んでみた。
●この冬のどこかのタイミングで、またもどこまでがOKでどこからがNGなのか、外出の判断に迷う場面が続くのだろうか。

December 27, 2021

尾高忠明指揮NHK交響楽団「第九」

●25日は東京芸術劇場でN響の「第九」。本来であれば次期首席指揮者ファビオ・ルイージが登場するはずだったが、オミクロン株の流行による入国制限の影響で、N響正指揮者である尾高忠明に変更。独唱陣も大きく変わり、森麻季、加納悦子、櫻田亮、三原剛という陣容に。今年の合唱は東京オペラシンガーズ。「第九」一曲のみのプログラム。
●20世紀の演奏伝統の延長上にある端正で自然体のベートーヴェン。どこにも無理がない、ありのままの「第九」がそこに。合唱団は50名前後の規模だったと思うが、これくらいでも今の感覚だと大きいなあと感じてしまう。しかも人数以上にパワフルな歌唱で、久々にこれだけの声量の豊かな合唱を聴いたという実感。合唱団とオーケストラの間には透明アクリル板あり。独唱陣はソプラノとテノールがそろって透明度の高い軽やかな声。爽快。
●年内の演奏会はこれがラストの予定。今年は大河ドラマが「青天を衝け」で、尾高さんのひいおじいさんである渋沢栄一が主役だったし、「尾高イヤー」として締めくくられた感。毎週、尾高指揮N響でテーマ曲を聴いていたわけだし。
●ところで「青天を衝け」を見てたら、幕末から明治、大正へと時代が移っているのに、主人公の風貌がずっと20代の若々しさを保っていて、ほとんど老けない。このお肌ピチピチ感はなにかの伏線なのかと思い、はっと気づいた。これは主人公の主観時間が何十年も経っているだけで、実時間は進んでいないという演出上の表現なのでは。まだ録画を見てないけど最終回で大どんでん返しがあると見た。画面隅に血洗島ですやすや布団で眠る栄一青年の姿が出てくる予感がする。ネタバレ無用。

December 24, 2021

東京・春・音楽祭のサイトにコラムを寄稿

●例年、東京・春・音楽祭のサイトに「作曲家の横顔 ~脇道コラム集~」としてコラムを書かせてもらっている。今年のお題はモーツァルト。どんな切り口だったら書けるのかとしばらく悩んだ末にモーツァルトの手紙をネタにすることにした。以下に公開されているので、ご笑覧ください。

「モーツァルトの手紙に学ぶ」全3回

第1回 拍手のお作法
これは曲目解説などでたびたび言及されるトピックスだが、「パリ交響曲」初演時の客席の反応について父親に宛てた手紙。

第2回 借金の頼み方
晩年にひんぱんに書かれた織物商プフベルクへの手紙について。お金に困っている様子に一瞬心が痛むが、読んでいるうちにむしろモーツァルトの厚かましさにすがすがしさを覚える。

第3回 愛妻コンスタンツェの既読スルー問題
夫が仕事で出張に行ったり、妻が湯治に行くと、夫婦間で手紙が交わされるようになる。どうやら寂しがってるのは夫だけのようで切ない。

December 23, 2021

東京都現代美術館 展覧会 クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]

リサイクルされたレコード
東京都現代美術館で開催中の「クリスチャン・マークレー トランスレーティング[翻訳する]」へ。これは音楽ファンのための展覧会ではないかと思うほど、エキサイティングな展示だった。中心となる題材は「言語化された音」というべきか。レコード盤、音楽、オノマトペ、叫び、といったキーワードを軸に、コラージュや映像インスタレーションなど、多彩な作品が並ぶ。たとえば、切り貼りされたレコード盤などはターンテーブル奏者でもある作者ならではの発想。複製音楽のシンボルといえるレコードをハンドメイドの一点物にしてしまう。

ボディミックス
●これはクラシック音楽ファンならドキッとするだろう。名指揮者エーリッヒ・ラインスドルフのオーケストラ名曲集のジャケットにぜんぜん無関係な女性の下半身が映ったジャケットが組み合わされている。これは「ボディ・ミックス」というシリーズ作品で、ほかにもロリン・マゼールやウィリアム・スタインバーグといった指揮者、さらにはクラシック以外のアーティストたちも同様の「犠牲者」になっている。いずれも上半身はたとえば指揮者のような権力を持った男性、下半身は無名のセクシーな女性のジャケットが組み合わされたコラージュ。レコードジャケットがあらわにするジェンダー。

架空のレコード
●遠目には古いレコードジャケットがずらりと並べて展示されているように見える一角があるが、よく見るとなんだかおかしい。こちらは「架空のレコード」。中古レコード屋で二束三文で叩き売られているレコードを大量に集めていた作者は、ジャケットを切り貼りしたり、背景を消したりして、ジャケットを変容させている。右側の作品の下にいるのはレナード・バーンスタイン。これは米コロムビアの「ラプソディ・イン・ブルー」のジャケに使われていた写真じゃないかな。上にくっついてる NEAR YOU ってなんだ?

叫び
●こちらは「叫び」。いくつかの作品で「叫び」がテーマになっているのだが、ここでは日本のマンガから引用されたイメージがコラージュされている。このキャラ、知ってるような、知らないような……。ムンクのポップカルチャー版というか。


●オノマトペをイメージとして用いた作品も多い。この向こう側に真っ暗な部屋で「サラウンド・サウンズ」と題された映像インスタレーションがあって、室内の四方の壁にひたすら色鮮やかなオノマトペが飛び回る。で、英語のオノマトペなのでよくわからないんだけど、たとえば「PON」っていう文字はポンポン弾けるように動くみたいに、飛んでそうなオノマトペは飛び回るし、重々しい感じのオノマトペは下にズシリと落ちている。無音なのに、視覚から「うるささ」が伝わる。
●写真がないのだが、いちばん興味深かったのは「ビデオ・カルテット」と題された映像で、古今東西の映画から音にまつわるシーンを切り出してきて、これらを4つのスクリーンに次々と映し出す。いろんな楽器、歌、さらには叫びや騒音なども出てくるのだが、ちゃんと文脈がある。映像の対位法といっては大げさだが、ときには4つのスクリーンがそれぞれ絡み合って、おもしろい効果を生み出す。なにより音楽として聴けるようにできている。映画の一場面のほかに、ルービンシュタインなど、見たことのある演奏映像もちらほら。

December 22, 2021

バッハ・コレギウム・ジャパン「クリスマス・スペシャル・コンサート」

東京芸術劇場
●21日は東京芸術劇場でバッハ・コレギウム・ジャパン「クリスマス・スペシャル・コンサート」。クリスマスと「第九」を組み合わせたハイブリッドな年末コンサートで、指揮は鈴木優人。なんと、先週、鈴木雅明指揮で聴いたばかりのBCJ「第九」を、今度は鈴木優人指揮で聴けるという僥倖。歌手陣等、一部出演者は異なる。さらに今回の公演ではホワイトハンドコーラスNIPPONが特別出演し、聾者が手話をもとに訳した「手歌」と合唱で参加している。ホワイトハンドコーラスとは「聞こえない子も見えない子もその友達も多様な子供たちが互いの力を合わせて活動する」というインクルーシブな合唱団で、白い手袋を着用して手で表現する「手歌」をになうサイン隊と合唱で歌う声隊から構成される。
●前半はクリスマス名曲集。鈴木優人のオルガン独奏によるバッハのパストラーレ ヘ長調BWV590とダカンのノエルXII番の間に、いずれも鈴木優人編曲による「まきびとひつじを」「きよしこの夜」「キャロルメドレー」が歌われる。ここでコロンえりか率いるホワイトハンドコーラスNIPPONも登場。東京芸術劇場のオルガンには表面と裏面があるのだが、バッハでは伝統的なデザインのバロック面で演奏され、途中でくるりと回転して、ダカンではメタリックなデザインのモダン面で演奏されるという趣向もあり(あれ、どっちが表でどっちが裏なんだろ?)。この回転シーンは芸劇のオルガンコンサートでも何度か目にしているが、サービス満点の見せ場。変形する巨大ロボを思わせる男子マインド的に熱い光景。
●後半はいよいよ「第九」。やや速めのテンポによるキレとドライブ感のある第1楽章で開始され、ピリオド楽器ならではの澄明で色彩豊かな響きを今回も堪能。合唱団とホワイトハンドコーラスは最初から舞台に乗っていたが、独唱者の席は空いたまま。先週の公演と同様、そのまま第4楽章まで突入して、いざという場面で袖から大西宇宙が登場して歌い始めるドラマティックな展開。独唱陣は中江早希、湯川亜也子、西村悟、大西宇宙で充実。とはいえ「歓喜の歌」で主役ともいえる活躍を見せたのはホワイトハンドコーラスだろう。はじめて目にしたが、声楽に同期して「手歌」が演じられる。手話がそうであるように言葉を動作にしたものという意味では言語のようであり、同時に表現の要素を持つという意味では一種の踊りのようでもある。あたかも声楽にもうひとつのパートが加わったかのように「歓喜の歌」に一段と奥行きを与えていた。これがベートーヴェンの作品であること、そして「歓喜の歌」で歌われる理念を思えば、「第九」ほどホワイトハンドコーラスにふさわしい楽曲はない。
●通常の公演ならこれでおしまいだが、アンコールで「もろびとこぞりて」。まさかバロックオーケストラの伴奏でこの曲を聴くことになるとは! そしてカーテンコールでは優人さんがサンタクロースに扮して登場、独唱陣にプレゼントの小箱を配っていた。笑。
●今日は22日だから、クリスマスイブは明後日か。サンタさんはすでに日本に入国して、どこかのビジネスホテルで弁当を食べながら隔離期間を過ごしているはず。メリークリスマス。

December 21, 2021

圧縮音源と非圧縮音源を聴き分けるテスト

●これは以前から公開されているページなのだが、アメリカのNPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)の How Well Can You Hear Audio Quality? で、6種類の音源について圧縮音源と非圧縮音源を聴き分けるテストが掲載されている。それぞれ、非圧縮音源(WAV=ロスレス、CD音源)、320kbpsのmp3、128kbpsのmp3の3種類のサンプル音源がランダムに並んでおり、どれがいちばん高音質かを当てるというクイズ形式。あなたは6問中何問正解できるだろうか。
●これを容易に正解できる人をワタシは尊敬する。いや、6問中5問はなんとか正解できたのだ。でも、どれも一緒じゃん、とも思った。まちがえたのはNEIL YOUNGのThere's A Worldで、あろうことかいちばん劣る128kbpsを選んでしまった……。しかも、残りの問題もすぐに答えられたのは唯一のクラシックであるペライアのモーツァルトだけで、あとはなんども聴き返して、ヘンなコツみたいなものを探していたというか。つまり、高音域の残響の奥行き感とか、ボーカルの特定部分の輪郭だとか、音楽ではなく音響にフォーカスして違いを見つける感じ? 人間は加齢とともに急速に高音域の可聴域が狭まっていくので、20代や30代の頃ならもっと簡単にわかったのだろうか。
●むしろ、mp3という圧縮技術がいかに洗練されているか、改めて尊敬の念がわいてくる。データ量がすさまじく小さいのに、こんなにクォリティを保てるなんて。JPG画像にも同じことが言えるが、なんてエレガントな技術なんだろう。

December 20, 2021

2022年 音楽家の記念年

●12月恒例、来年に記念の年を迎える主な音楽家を挙げておこう。例によって100年区切りに該当する人のみ。50年とか30年とか刻んでしまうと大量の人物がヒットして意味のないリストになるので。
●作曲家で目立つのはフランク生誕200年、クセナキス生誕100年あたりか。吹奏楽に限定すればカール・タイケ没後100年も。地味? 近年は黄金時代の大演奏家や大歌手が次々と生誕100年を迎えている。CDの全集ものはまだ需要があるのだろうか。本という可能性もあって、つい最近シフラ生誕100年を謳って「ジョルジュ・シフラ回想録 大砲と花」(彩流社)が刊行された。
●以下、さっと調べただけなので、まちがいがあればご教示ください。

[生誕100年]
ヤニス・クセナキス(作曲家)1922-2001
ルーカス・フォス(作曲家)1922-2009
別宮貞雄(作曲家)1922-2012
松下真一(作曲家)1922-1990
オトマル・スウィトナー(指揮者)1922-2010
ウィリアム・カペル(ピアニスト)1922-1953
イヴリー・ギトリス(ヴァイオリニスト)1922-2020
ジャン=ピエール・ランパル(フルーティスト)1922-2000
レナータ・テバルディ(歌手)1922-2004
エットレ・バスティアニーニ(歌手)1922-1967

[没後100年]
カール・タイケ(作曲家)1864-1922
アルトゥル・ニキシュ(指揮者)1855-1922

[生誕200年]
セザール・フランク(作曲家)1822-1890
ヨアヒム・ラフ(作曲家)1822-1882

[生誕300年]
ゲオルク・ベンダ(作曲家)1722-1795

[没後300年]
ヨハン・クーナウ(作曲家)1660-1722
ヨハン・アダム・ラインケン(作曲家)1643-1722

[生誕400年]
モリエール(劇作家)1622-1673

[没後500年]
ジャン・ムートン(作曲家)1459以前-1522

December 17, 2021

鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンの「第九」

●16日は東京オペラシティで鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパンのベートーヴェン「第九」。昨年も同じようにここでBCJの「第九」を聴いたことを思い出し、去りゆく一年に思いを馳せる……一年経って、ワクチン接種もいったんは済んだのに、オミクロン株の出現でまだウイルス禍に翻弄されているとは! 物事の変化は速いような遅いような。
●ともあれ、年中行事のようにこうしてBCJの「第九」を聴けるというのはぜいたくな体験。管楽器の混濁しないカラフルな響き、澄明な弦楽器、弾力に富むリズム。新鮮な体験として「第九」を味わう。コントラファゴットが巨大な筒で、視覚的なインパクトはバズーカ砲並み。肩にかけてドカン!となにかを発射できそう。
●合唱団は冒頭からステージ上に配置されていたが、独唱者は椅子が置かれるのみ。しかし、第4楽章が始まってもだれも入場しない。猛然と歌う低弦のレチタティーヴォが熱い。で、独唱者不在のまま音楽が進み、いよいよという場面になって、舞台上手から大西宇宙が歌いながら登場するという超ドラマティックな展開! 深くて強い声が朗々とホール内に響き渡って、一瞬にして空気が変わった。もはやここは劇場。この登場パターンはかつてブリュッヘン&新日フィルの「第九」でもあったけど、歌詞の内容にも即していてすごく効果的。ベートーヴェンの心の声、参上!って気がする。独唱陣は中江早希、藤木大地、宮里直樹、大西宇宙。アルトにカウンターテナーが起用される「第九」2021。
●「第九」一曲のみの凝縮された公演。実は今年はもう一回、BCJの「第九」を聴くチャンスがあって、12月21日に珍しく東京芸術劇場で「バッハ・コレギウム・ジャパン クリスマス・スペシャル・コンサート」が開催される。こちらは鈴木優人指揮! オルガン曲も入ってクリスマスと「第九」の合体仕様。

December 16, 2021

山田和樹指揮NHK交響楽団のシュトラウス&ベートーヴェン

●15日はサントリーホールで山田和樹指揮NHK交響楽団。プログラムはマーラーの「花の章」、リヒャルト・シュトラウスの「4つの最後の歌」(佐々木典子)、ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」なのだが、本来この日のBプロはディマ・スロボデニュークが指揮する公演で、ハイドンの「哲学者」とシュトラウスの「ツァラトゥストラはかく語り」が並ぶ「哲学プロ」だった。で、山田和樹は別の日のAプロで「4つの最後の歌」やシェーンベルクの「浄められた夜」を指揮するというのが当初予定。ところがオミクロン株騒動があって、スロボデニュークは来日できず。山田和樹はたぶん隔離期間の関係だと思うけどAプロは無理だけどBプロならできるということでBプロに移動。Aプロはガエタノ・デスピノーサが代役を務めることになった。その際、もともとのシェーンベルクの「浄められた夜」はデスピノーサが引き継ぐことに。で、「4つの最後の歌」はソリストともどもBプロに移動して山田和樹が指揮するということになって、メインプロになぜかベートーヴェンの「英雄」が組まれることになった。えっ、話が煩雑すぎてわけがわからない? うん、これは文字だけじゃわからない。わかんなくていいっす。
●マーラー「花の章」は以前、山田和樹指揮日フィルでも同じように演奏会の冒頭に置かれていた記憶。「巨人」のなかで聴くよりは素直に楽しめる。「4つの最後の歌」は声とオーケストラのバランスも絶妙。温かくノーブルな歌唱と繊細で柔らかな響きに包まれる。この流れでいくと、後半は「英雄」より「英雄の生涯」だろうって気もするが、堂々たる本格派のベートーヴェンに。もともとしなやかな音楽の流れを作り出す人だとは思うけど、随所のスフォルツァンドの強調など、ダイナミクスのおもしろさもあった。欲を言えば、どこかスムーズすぎて、この曲が持つ「軋み」というか、破天荒な巨大さみたいなものがもっと欲しかった感も残る。終演後の客席の反応は平常運転で、カーテンコールを早めに切り上げて解散。
●分散退場のアナウンス前から続々と人が退場し始めたのだが、本来の目的である「分散の実現」という点ではある意味正しい。単純に分散を最大化しようと思ったら、曲が終わった瞬間から少しずつ退場していけばいい。「みんなそろって分散退場」というのは矛盾してるわけで。でもなんかモヤッとする人も多いと思う。「ルールに従ってバラバラに行動する」というのはなかなか難問だ。「周りの人と十分に距離をとって退場してください」くらいのアナウンスで済ませられたらいいんだけど、まだダメなんすかね。

December 15, 2021

「ラドゥ・ルプーは語らない。──沈黙のピアニストをたどる20の素描」(板垣千佳子編/アルテスパブリッシング)

●「ラドゥ・ルプーは語らない。──沈黙のピアニストをたどる20の素描」(板垣千佳子編/アルテスパブリッシング)を読んだ。決してインタビューを引き受けないピアニスト、ルプーの本がまさか刊行されるとは! 書名にある通りルプー自身はなにも語らないのだが、その代わり、ルプーの近くにいた大勢の音楽家や関係者がルプーについて語っているのがこの一冊。シフやマイスキー、バレンボイム、ウェルザー=メスト、イッサーリスなど、20人のインタビューまたは寄稿が収録されている。もちろん、おもしろい。他人が語るっていう形式が成功している。いろんな人がそれぞれに持っているルプー伝説を披露する持ち寄りパーティーみたいなところがあって、意外と小さなエピソードにぐっと来たりする。
●早々とレコーディング活動を止めてしまった人ではあるけど、自分はやっぱりレコーディング関係の逸話がどれも興味深かった。ルプーはレコーディング嫌いなんだけど、やるとなったら完璧を目指す。チョン・キョンファによると、レコーディングができたのはデッカの名プロデューサー、クリストファー・レイバーンのおかげ。彼のもとで、同じデッカのアーティストであるチョン・キョンファとルプーは一緒にレコーディングをすることになった。で、フランクとドビュッシーを録音したわけだけど、ふたりとも出来ばえに納得できず、リリースを拒否してしまう。まあ、それだけでもびっくりなんだけど、3年経ってから、あるときレイバーンがふたりをスタジオに呼び出して、黙ってこの録音を聴かせる。で、ふたりにどう思うかを尋ねたら、悪くないねということになって、お蔵入りを免れたそう。もうひとつ見逃せないのは、デッカのディディエ・ド・コッティニーの話で、ルプーを説得していくつかのレコーディングを実現したんだけど、シューベルトのソナタ2曲(第17番D850と中期のどれか)だけは本人が気に入らなくて世に出なかった。で、ルプーはデッカにレコーディング・セッションの経費をぜんぶ払って権利を買い取ったって言うんすよ! いやー、すごい話だ。そして、今とは違ってレコード産業が絶大な力を持っていた時代ならではのエピソードだとも感じる。
●あと、なにがスゴいって、この本は翻訳書じゃないんすよ。編者の板垣千佳子さんが20人の証言を集めた日本オリジナル。英語圏の人が読めなくて、日本語圏の人が読めるルプー本がある! 板垣さんはかつてKAJIMOTOで長年にわたりルプーの担当マネージャーを務めた方。ルプーに心酔し、もちろんルプー本人の許諾をとってこの本の出版にこぎつけた。これはよほどの熱意がないとできないこと。


December 14, 2021

DCHでジョン・ウィリアムズ指揮ベルリン・フィル

●10月に行われた公演をようやく視聴。デジタル・コンサート・ホール(DCH)でジョン・ウィリアムズ指揮ベルリン・フィル。もちろんプログラムには自作がずらり。最初にジョン・ウィリアムズが姿を見せただけで、マスク姿の聴衆たちがいきなりスタンディングオベーション。一曲目の「オリンピック・ファンファーレとマーチ」からブラスセクションの輝かしくも深みのある音色にノックアウトされてしまう。弦楽器はあまりにシルキー。かつてロサンゼルスオリンピックで飽きるほど耳にした実用品のファンファーレが、超高級品になって帰ってきた。もう立派すぎて笑ってしまう。機会音楽の芸術化、なのか。
●続く「未知との遭遇」もクォリティの高さに圧倒されてしまう。良くも悪くもキャッチーで臆面のないところがジョン・ウィリアムズの魅力だと思っているけど、こうして格調高く奏でられることで、やがて彼の音楽が20世紀後半の「クラシック」に登録されていくのだろうか。「スーパーマン・マーチ」のブラスセクションの重厚でまろやかなサウンドと来たらもう。このスーパーマンはアメリカじゃなくて、ドイツの空を飛んでいる。「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」の「オートバイとオーケストラのスケルツォ」を聴いて、これはデュカスの「魔法使いの弟子」オマージュなんだと得心する。
●漆黒の「スター・ウォーズ」も味わい深い。といっても、残念ながら「メインタイトル」はないのだ。その代わり第1作の幕切れに高らかに演奏される「王座の間とエンド・タイトル」があるので、まあ、半分くらいは満たされる。「スター・ウォーズ」がまだ「スター・ウォーズ」だった頃に思いを馳せる。伝説だ。サウンドトラックを聴くのと(配信であっても)ライブを聴くのは、ぜんぜん別の体験。
●コンサートマスターはノア・ベンディックス=バルグリー。フルートのトップを吹いているアジア人男性はどなたなんでしょ? ジョン・ウィリアムズは80歳なのだから動作は若々しいとはいえないが、経験豊富だけあって達者な指揮ぶりで、オーケストラへの信頼感を感じる。随所でフレーズのおしまいに入る「タメ」にかなり「たっぷり」感があって、これがクラシカルなレパートリーだったらくどいと思うかもしれないんだけど、なにしろ作曲者本人がやっているんだから文句のつけようがない。
●最後の「帝国のマーチ」はアンコールなのかな。曲が始まった瞬間に客席が「ウォーーー!」ってなる。うらやましい。

December 13, 2021

カーチュン・ウォン指揮日本フィルのマーラー5番

●10日はサントリーホールでカーチュン・ウォン指揮日フィル。新たに首席客演指揮者に就任するシンガポール出身の気鋭が帰ってきた。プログラムはアルチュニアンのトランペット協奏曲(オッタビアーノ・クリストーフォリ)とマーラーの交響曲第5番。グスタフ・マーラー国際指揮コンクール優勝者にふさわしいプログラム。しかしマーラーでもトランペットが大活躍するわけで、前半にソロ・トランペット奏者のクリストーフォリがソリストを務めるとなると後半はどうするんだろう……と思ったら、後半も登場して大車輪の働き。カーチュンと並ぶこの日のもうひとりの主役。
●マーラーの交響曲第5番はあちこちにカーチュン印が刻印されており、ジェスチャーのはっきりした明快な指揮ぶりでメリハリのきいた音楽を作り出す。ダイナミックで剛健なマーラーだが、感傷過多になることはない。細部まで彫琢された前半が特に聴きごたえあり。全曲を通してトランペットとホルンが非常に充実していて、朗々と輝かしい音色を響かせる。対して、弦楽器はマットな質感で控えめ。最後は終わった瞬間にどっと盛大な拍手があるかと思いきや、指揮者がタクトを下ろすのを待ってから(なのか?)。それでも客席はカーチュン大歓迎のムードで、拍手が鳴りやまずに指揮者のソロ・カーテンコールに。前回のベートーヴェン「田園」もすばらしかったが、また聴きたいと思わせるポジティブなエネルギーにあふれている。

December 10, 2021

JFLが閉幕、東京武蔵野ユナイテッドはかろうじて残留

●開幕戦を観戦して以来、どうにも複雑な思いにとらわれて足が遠のいてしまったJFL東京武蔵野ユナイテッド。今シーズンは苦戦に次ぐ苦戦で、これはもう地域リーグへの降格かと案じていたが、最後の最後に残留を決めた。17チーム中15位、9勝18敗5分。かつてはJ入りを目指すチームを阻む「門番」として上位で存在感を発揮していた頃もあったのだが、まさか残留争いをするところまで弱体化してしまうとは。今季から武蔵野市の東京武蔵野シティFC(JFL)と文京区の東京ユナイテッドFC(関東1部リーグ)が合併してこの結果に終わったわけで、傍目にはこう映るだろう。「下のリーグのチームと合併したんだから、弱くなるのは当然では?」。逆に東京ユナイテッドFC側から見ると、もしJFLから降格していたら元の木阿弥だった。一度JFLから地域リーグに落ちたら、戻ってくるのは至難の業。
●相変わらず武蔵野市と文京区の合併チームという立ち位置が飲み込めないままなのだが、どうしたものか……。いや、地理的な違和感やクラブとしての継続性とアイデンティティの問題もさることながら、端々から伝わってくる先方の「ノリ」の違いというか、カルチャーギャップが問題なのかも。でもローカルなサッカー観戦にそんなことをグダグダいう必要もないのかな。また来季、開幕したら一度足を運んでみよう。
●ちなみにJFL優勝は福島県のいわきFC。JFLをわずか2シーズンで通過してJ3昇格を決めた。

December 9, 2021

芸劇リサイタル・シリーズ「VS」 Vol.1 反田恭平 × 小林愛実

池袋 広場 東京芸術劇場
●8日は東京芸術劇場で反田恭平と小林愛実のピアノ・デュオ。「VS」と題された同劇場のシリーズ第1弾として企画された公演だが、その後ふたりがショパン・コンクールでともに入賞して話題沸騰したとあって全席完売。オーケストラの定期公演などでは全席完売と言いつつもそこそこ空席があったりすることも珍しくないが、この日のように本当にびっしりと埋まった大ホールの客席を目にするのは久々かも。みんなが固唾をのんで舞台に集中している様子。
●2台ピアノ(一部連弾もあり)の公演を本格クラシック作品のみで組むとなるとそこそこレパートリーが限られてくると思うんだけど、今回のプログラムはまさにこの分野の傑作集といった趣。前半にモーツァルトの2台のピアノのためのソナタ ニ長調、シューマンの「小さな子供と大きな子供のための12の連弾小品」より第3曲「庭園のメロディ」、ルトスワフスキの「パガニーニの主題による変奏曲」、後半にシューベルトの幻想曲ヘ短調、ブラームスの「ハイドンの主題による変奏曲」。ルトスワフスキ以外はすべて1st小林、2nd反田。のびやかな小林さんを反田さんが支えるといった様子で、息が合っている。モーツァルト、シューマン、シューベルトはいずれもしっとりとした情感にあふれたしなやかな音楽。短い曲だけど、ルトスワフスキでは反田さんの力強く輝かしいタッチが生きていた。
●ブラームスはもっぱら管弦楽版で親しんでいる曲なのでシンフォニックな印象を抱いていたけど、原曲である2台ピアノ版で聴くとピアニスティックな華やかさやふたりの奏者の対話性にも富んでいることに気づく。本来であれば壮麗な終曲に続いて盛大なブラボーが飛ぶところだが、今は小刻みな拍手で讃えるしかない。アンコールをどうするのかなと思ったら、一人ずつ登場してショパン。まず反田さんがマズルカ第34番ハ長調op56-2、続いて小林さんが24の前奏曲より第17番変イ長調。客席に「待ってました」の雰囲気を感じる。さらにふたりで、シューマンの「小さな子供と大きな子供のための12の連弾小品」より第12番「夕べの歌」、第3番「庭園のメロディ」でおしまい。分散退場が念入りだったが、これほどの満席ならしかたないのか。

December 8, 2021

Gramophone Classical Music Awards 2021

●遅ればせながら、英グラモフォン誌のGramophone Classical Music Awards 2021のラインナップを眺めてみた。グラミー賞みたいなツンツンした尖がり方はないものの、毎年お国柄が反映されていて興味深い。賞にいろんなスポンサーがついているのもうらやましい感じ。もっとも時節柄、華やかなセレモニーは開けなかったようだけど。
●今年のRecording of the Yearはオペラ部門の受賞アルバムであるブリテンのオペラ「ピーター・グライムズ」(Chandos)。エドワード・ガードナー指揮ベルゲン・フィルの演奏で、題名役はスチュアート・スケルトン。新国立劇場の「ピーター・グライムズ」でも歌っていた人。ベルゲン・フィルの本拠地グリーグホールでの録音で、コンサート後にセッション録音されたそう。
●オーケストラ部門はパーヴォ・ヤルヴィ指揮フランクフルト放送交響楽団によるフランツ・シュミットの交響曲全集(DG)、協奏曲部門はアリーナ・イブラギモヴァとウラディーミル・ユロフスキ指揮ロシア国立交響楽団によるショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲集(Hyperion)、ピアノ部門はピョートル・アンデルシェフスキによるバッハの平均律クラヴィーア曲集第2巻より(Warner)。このあたりは日本の音楽ファンの感覚と近いセレクションか。「らしさ」が出ているのは室内楽部門で、タカーチ四重奏団とギャリック・オールソンの共演によるエイミー・ビーチとエルガーのピアノ五重奏曲(Hyperion)。なお、HyperionレーベルはSpotifyにもApple Musicにも音源を提供していないと思うので、聴くならダウンロードで購入するか、CDを購入する必要がある(違ってたら教えて)。
●少しおもしろいなと思ったのは、Label of the Yearにドイツ・グラモフォンが選ばれたこと。老舗メジャーレーベルの選出に一瞬「は? なにを今さら」と思ってしまったが、彼らのサイト、特にDG Stageでの有料映像配信の取り組みなどを目にすると、従来のビジネスの枠を打ち破ろうとしている様子が伝わってきて、なるほどと思う。古くて新しいのがDGなのか。

December 7, 2021

味の素スタジアムで東京ヴェルディvsSC相模原戦

味の素スタジアム
●Jリーグ最終節を迎えた週末、味の素スタジアムでJ2の東京ヴェルディvsSC相模原戦を観戦。味スタは専用スタジアムではないので決して満足できる場所ではないが、行けばやはりワクワクする。なにしろ(旧)国立競技場なき今、東京のスタジアムで愛着のある場所はここくらいのもの。最終節とあって盛況なのか2階席も使用されていたので、久々にそちらへ。眺めはいい。まあ、盛況といっても一列おきの使用で、しかも一席空けなのだから、はなはだ疎ではあるのだが。5万人近く入るスタジアムで入場者数7505人。ウィルス禍以前からもっとガラガラのヴェルディ戦をなんども観ている自分の感覚では、これでも大盛況。飛田給駅からスタジアムまでの道のりは青と赤が目立ち、この街がすっかりFC東京の軍門にくだっていることを感じさせる。これが歴史というもの。
●ちなみにサッカー界の感染対策だが、やはり入口で体温チェックがある。もし発熱している場合はどんな理由であれ入場できないし、チケット代も返金されないという決まり。恒例の持ち物検査がなくなっている。チケットは電子化されていてQRコードを読み取ってもらう(スマホを見せても、プリントアウトを見せてもOK)。売店はフルに営業。声を出す応援は禁止なので、鳴り物と手拍子が基本なのだが、入場時に配布された厚紙を折るとハリセンになる。これを鳴らすと手拍子より大きな音が出て、まあまあ盛り上がる。いろんな工夫を感じる。ちなみに入場時にはヴェルディ・シャツもプレゼントしてもらえたので、着用してみた。マリノス・ファンから見ればかつての好敵手というよしみがあるので、マリノスと同じカテゴリーに入らない限り、ヴェルディを応援してもいいかなという気分になる(←単純)。
●キックオフ前にもいろんなファンサービスが用意されている。そのひとつとして、早稲田大学交響楽団の演奏があった。金管六重奏でジョプリン「ジ・エンターテイナー」他を演奏。なぜワセオケなのかは知らない。アウェイの相模原サポに歓迎の拍手が沸き起こる。チアリーダーたちの溌溂としたダンスに心地よい場末感が漂う。
●で、試合だが、ヴェルディが持ち前のパスワークで相模原を序盤から圧倒、ほとんどの時間帯でボールを保持する展開になった。伝統的にヴェルディの中盤から前の選手は足元の技術が高く、パス回しが巧みで、線が細いタイプが多い。世の趨勢にかかわらず、自分たちでゲームの主導権を握るというクラブのフィロソフィが伝わってくる。立派。ただ、これでJ2上位に入るには強烈なゴールゲッターでもいないと厳しいかも。小気味よいテンポで攻撃するとはいえ、全体にもうひとつスピード感(パスの速さ、展開の速さ)とプレイ強度が欲しくなる。この日は3対0で相模原に快勝して、22チーム中12位という順位。得失点差は-4でまさにJ2の中位。降格する心配もないが、優勝争いもないという戦力。監督は堀孝史。
●一方、相模原は元ヴェルディの高木琢也監督。ふだんのプレイスタイルを知らないのだが、この日はヴェルディの間合いに入って戦ってしまったという印象。相手の長所を消すような戦い方ではなく、正面から戦った結果、個の力の差がそのまま反映されてしまった感がある。19位でリーグ戦を終えた。試合終了時にはまだわからなかったが、後でJ3に降格したことを知る。あと一歩の差で残留を逃した模様。しかしこれがJ2初挑戦。すぐにまたJ2に帰ってくるにちがいない。
●ヴェルディは退団する富澤清太郎が途中出場。39歳の鉄人。マリノス時代の奮闘が記憶に残る。

December 6, 2021

濱田芳通指揮アントネッロのヘンデル「メサイア」

川口リリア 「聞いてください」 マーサ・ヘブンストン・ノジマ
●4日は川口リリアホールで濱田芳通指揮アントネッロのヘンデル「メサイア」。「メサイア」は季節ものだから毎年どこかで聴けそうでいて、実は年末進行等と重なって案外聴けないのだが、この時期なら聴ける。が、聴いたのは「恒例行事」とはほど遠い新たな体験としての「メサイア」。編成は極小。合唱はソプラノ4、アルト(全員カウンターテナー)3、テノール3、バス3で合計13名、杉田せつ子がコンサートマスターを務めるバロック・オーケストラは弦楽器22111、木管楽器はオーボエ1のみ、トランペット2、ティンパニ、テオルボ、オルガン。おもしろいのは合唱と独唱の区別がないこと。曲ごとに次々といろいろな歌手が登場する。これが楽しい。超高水準の歌唱を多様な声質で聴けるというカラフルな歌合戦のようでサービス満点。
●編成がコンパクトな分、機動力に富み、リズムは軽快、キレがあって精彩に富む。前へ前へと進む、躍動する「メサイア」。第1部の田園曲では、ヴァイオリンの天野寿彦がバグパイプを演奏し、指揮の濱田芳通がくるりと客席を向くとリコーダーを吹いているというびっくりな展開。第2部「ハレルヤ・コーラス」は壮麗でドラマティック。視野の範囲内ではだれも立たなかったけど、後方はどうだったんだろう。今は21世紀。
●声楽陣はソプラノに陣内麻友美、中川詩歩、中山美紀、松井亜希、アルト(カウンターテナー)に上杉清仁、新田壮人、彌勒忠史、テノールに小沼俊太郎、中嶋克彦、前田ヒロミツ、バスに坂下忠弘、谷本喜基、松井永太郎。カウンターテナー三人そろい踏みはゴージャス。休憩は第1部の後に1回。埼玉県川口市のリリアホール、駅の目の前でアクセスがいいため、遠そうでいて案外近い。

December 3, 2021

シェイクスピア「ハムレット」の対決シーン

●シェイクスピア作品を題材とした名曲は数多いが、意外と有名曲に恵まれていないのが「ハムレット」だと思う。「ロミオとジュリエット」「マクベス」「夏の夜の夢」などはオペラでも器楽でも有名作品があるのに対し、「ハムレット」はこれといった人気作がない。作品が書かれていないわけではなく、オペラであればトマの「ハムレット」、器楽曲ならチャイコフスキーの幻想序曲「ハムレット」、リストの交響詩「ハムレット」、ショスタコーヴィチの「ハムレット」等々、数はたくさんあるのだが、どれも人気曲とは言いづらい。「生きるべきか死ぬべきか」とか「尼寺へ行け!」などオペラ化すれば名場面がいくつもできそうなものではあるのだが。ちなみにトマのオペラ「ハムレット」は結末が原作と違っていて、ハムレットが生き残って王位に就いたりするそうなのだが、この話でいくらなんでもそれはないだろうという気はする。
●で、先日「ハムレット」(松岡和子訳/ちくま文庫)を読んでいて、なんとなく釈然としなかったのが終場でハムレットとレアティーズが剣術試合をする場面。レアティーズはひそかに切っ先に毒を仕込んでおり、これでハムレットを刺すわけだが、その後、「もみ合ったあと、二人の剣が取り替わる」場面があって、今度はハムレットがレアティーズを刺す。毒が回るまでの間にレアティーズは真相を明かし、ハムレットは王を殺して復讐を果たす。でも「剣が入れ替わる」ってどういうことなんすかね。文字で読むともうひとつイメージがわかない。
●そこで実際の上演ではどう処理しているのかなと思い、YouTubeで丸ごと観られるハムレットを検索して、該当箇所を見てみた。以下の映像だと、ハムレットがレアティーズに背後を取られた後、自分の剣を落としてレアティーズの手から剣をもぎ取って、その後、落とした自分の剣をレアティーズに渡すという形になっていた。どうなんだろう、こういう流れって剣術としてありうるのかな……。なんか背後を取られるのが不自然な気もするけど。別の映像では両者とも剣を落としてしまい、ハムレットがたまたまレアティーズの剣を拾い、もう一方を相手に渡したというパターンもあった。演出次第なんだろうけど、動作として自然で、なおかつ観客に剣が入れ替わったことを明確に伝えるのはそれなりに工夫がいるのかも。

December 2, 2021

モバイルPCもWindows 11に更新、EPSON Scanの不具合、Microsoft PowerToys賛

●先日のDeskMini310に続いて、モバイルノートPCのVAIO SX12もWindows 11に更新した。DeskMini310は標準でTPM2.0が無効だったため一手間余計に必要だったが、こちらはもともと有効になっているので簡単。ふだんのWindows Updateと変わらない。どうやらメーカー製PCは標準的に有効になっているっぽい。これでデスクトップとノートPCでOSのバージョンがそろってすっきり。
●今のところWindows 11に更新して唯一トラブルが起きたのがEPSONのスキャナー用ソフトウェア。EPSON Scanを起動すると、あるべき場所にスキャン用のボタンが表示されない。これはEPSONで対応しているんじゃないかなと思って探してみると、ちゃんと修正パッチプログラムが公開されていた。
パワートイズ●ところで、Windows 10から愛用しているツールにMicrosoft PowerToysがあるのだが、これは標準機能に盛り込んでいいのではないかと思うくらいにオススメ。Windows 11になっても役立っている。「痒いところに手が届く」系のツールがひとまとめになっていて、必要な機能だけをONにして使えばいい。自分がいちばん使っているのはPowerToys Run。一種のクイックランチャーで、ショートカットキーで起動すると入力窓が出て、そこに文字を入力すれば該当するフォルダやアプリ、ファイルなどを探し出してくれる。任意のフォルダを名前でシュッ!と呼び出せるのは思った以上に快適。エクスプローラーを開いてうろうろせずに済む。
●ほかにもVideo Conference Mute(どのアプリでも共通のキーでミュートできる)とか、任意のキーを置き換えるKeyboard Managerとか、一括でイメージサイズを変更できるImage Resizerなど、あったらいいなと思っていた機能がそろっている。

December 1, 2021

「おばちゃんたちのいるところ」(松田青子著/中公文庫)

●「おばちゃんたちのいるところ」(松田青子著/中公文庫)が世界幻想文学大賞の短編集部門を受賞。すごい! 慌てて読む。タイトルがモーリス・センダックの絵本「かいじゅうたちのいるところ」に引っかけてある。「皿屋敷」とか「八百屋お七」とか「お岩さん」といった日本古来の怪談が現代日本風にリミックスされているのだが、いちばんおかしかったのは「エノキの一生」。元ネタの怪談「乳房榎」を自分はよく知らなかったにもかかわらず、大いに楽しんだ。というか、この短篇集を英訳で読んだ人たちはほとんどの元ネタを知らないはずで、それでも強烈に引き付けられるなにかがあったことになる。傑作とはそういうものなんだろう。
●このなかではやや毛色が異なる「菊枝の青春」もよかった。「皿屋敷」が元ネタなんだけど、姫路で雑貨店を営む主人公の菊枝が、メーカーから納品された十枚セットのお皿の数を「一枚、二枚……」と数えるんだけど、九枚しか入っていないという場面から話が始まる。納品書を確認して、うーん、一枚足りないっていう。笑。
世界幻想文学大賞、受賞作でも日本語訳がない作品もいっぱいあるので、こうして受賞作を原語で読めることに新鮮な感動を覚える。まあ、過去には村上春樹「海辺のカフカ」も受賞しているのだが。過去の受賞リストを眺めてみたら、自分が読んだことのある本はけっこう古い作品が多かった。傑作として印象に残ってるのはロバート・マキャモン「少年時代」(1992)、マイクル・ムアコック「グローリアーナ」(1979)、チャイナ・ミエヴィル「都市と都市」(2010)あたり。短篇部門受賞作のアヴラム・デイヴィッドスン「ナポリ」(1979)は、殊能将之編の「どんがらがん」に収められているんだけど、あれってワタシは意味がわからなかった。他人の解説を読んでもなおピンと来なかった名作として、妙な形で記憶に残っている。

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